千姫救出慶長20年(1615年)19歳の時、大坂夏の陣では、祖父である徳川家康の命により落城する大坂城から救出される。 その後、秀頼と側室の間の娘奈阿姫が処刑されそうになった時に千姫は彼女を自らの養女にして命を助ける。 千姫事件元和2年(1616年)、桑名藩主本多忠政の嫡男・本多忠刻と結婚。 この時、津和野藩主坂崎直盛が輿入れの行列を襲って千姫を強奪する計画を立てていることが発覚し、直盛は自害(もしくは家臣により殺害)、坂崎氏は改易処分となった(千姫事件)。 一説には大坂城落城の際、千姫を救出した者と千姫を結婚させるとの家康の言葉を受けた直盛が、顔に火傷を負いながらも千姫を救出したが、直盛の器量が悪いことから千姫が結婚を嫌がり、結局美男の本多忠刻と結婚することになったという。 直盛の襲撃計画はこのことを恨んでのものとされ、長く信じられていたが、現在ではそもそも大坂城で直盛が千姫を救出した話自体が疑わしいとされている(実際には堀内氏久という豊臣方の武将に護衛されて直盛の陣まで届けられた後、直盛が秀忠の元へ送り届けた、というのが真相らしい。それに、千姫を与えるではなく、嫁ぎ先を探すのを頼まれたのが真実らしい)。 詳しく→坂崎直盛 画像は天地人の千姫(川島海荷)より ![]() にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ(文字をクリック) ![]() にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ(文字をクリック) ![]() にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 栗原情報へ(文字をクリック) ↑ブログランキングに参加中です!この文字をクリックして頂けたら幸いですm(__)m |
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2009年11月18日
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