宮城県栗原市 くりこま山車まつり 製作日記

ダイドードリンコ日本の祭り2013で紹介された300余年もの歴史と伝統を誇る栗原市最大のお祭りです。

過去の山車

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過去の山車5

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2002年の山車
『風流 碇 知盛』です。

【解説】「壇ノ浦」で滅びた平家の武将、平知盛は、名を渡海屋銀平と変えて、安徳帝を守り秘そかに平家再興を計っていた。

時節到来し、知盛は亡霊の装いで、「大物浦」から船出し、義経の後を追い、討とうとするが、義経に計略の裏をかかれ、戦いに敗れてしまう。

この場面は、安徳帝の将来を、義経に託しながら、碇を背負い海中へ沈んでゆくという、知盛の壮絶な最期を再現したものです。

過去の山車4

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2003年の山車
『風流 南総里見八犬伝 芳流閣』です。

【解説】室町末期の武将、里見義実の娘、伏姫が八房という愛犬の精に感じて生んだ「仁義礼智忠信孝怫」の玉を持つ八犬士が、里見家再興のため活躍する物語です。

この場面は、八犬士の一人、犬塚信乃が、父の遺言により、足利御所へ家宝である名刀「村雨丸」を献上し、犬塚家再興を願い出たが、「村雨丸」が、すりかえられており、怪しまれ、警護の武士に追われる。

追っ手を振り払いつつ、高楼(こうろう)「芳流閣」(ほうりゅうかく)の頂上まで逃れると『手強い奴、かくなる上は現八に討たせよ』と言う足利成氏公(あしかが なりうじ)の命により、無実の罪で入牢中であった、犬飼現八が、引き出され、竜虎相打つ楼上の闘争となり、両者誤って利根川へ転落するという場面です。

のちに、同じ八犬士の義兄弟とわかり、里見家再興のため共に大活躍する信乃と現八の芳流閣決闘の場です。

過去の山車3

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2004年の山車
『風流 娘道成寺』です。

【解説】その昔、熊野詣に来た旅の僧、安珍は、途中、日高の庄屋の家で、一晩の宿を借りることになった。

庄屋には清姫というきれいな娘がいたが、その清姫が一目で安珍に恋をしてしまい僧の身であるにかかわらず、強引に言い寄るのであった。

修行中の身であることを理由に断りはしたが、破戒を恐れた安珍は、清姫の元から逃げ出すのだが、清姫の叶わぬ恋はやがて、激しい憎悪となり逃げる安珍を執ようにどこまでも追いかけるのであった。

必死で逃げ、すがる思いでたどり着いた道成寺で安珍は寺の僧の助けで鐘の中へと身を隠すのであった。

愛憎渦巻く清姫のみは大蛇となりついには、安珍への思いは執念の炎と化し鐘もろとも安珍を焼き殺してしまうのであった。

その後自らの心に翻弄された清姫は、蛇体のまま入水し果てるのであった。

過去の山車2

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2005年の山車
『風流 舟弁慶』です。

【解説】兄、頼朝の追及から逃れるため、弁慶をはじめとした義経主従は、京の都を捨て摂津の国、大物浦から西国へ船出しようとした。

はじめは穏やかな海であったが突如荒れだし、波間から知盛をはじめとする平家の亡霊が現れた。

長刀を振りかざし襲い掛かる知盛を、弁慶は数珠を持ち法力を持って立ち向かった。

やがて悪霊は次第に遠ざかり白波と消えていくのであった。

過去の山車1

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2006年の山車
『風流 鬼若丸 鯉つかみ』です。

【解説】平安末期、熊野の別当の子として生まれた弁慶は幼名をその体の大きさから「鬼若丸」と名付けられました。

あまりの暴れん坊ぶりに比叡山延暦寺に稚児として預けられましたが、学問手習いをよそに武芸の稽古ばかりしておりました。

ある時、寺の小坊主たちが大声で騒いでいるので鬼若丸が行ってみると、馬をも呑み込むという大きな鯉を捕らえようとしているところでした。

「何だこれしきの鯉、俺一人でたくさんだ。」と短刀を振りかざし大鯉の背中に飛び乗り一人で捕まえてしまいました。

後に武蔵坊弁慶と名のり源義経に仕えた弁慶少年時代の物語です。

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