北本町若連【風流 義経千本桜「伏見稲荷鳥居前の場」】歌舞伎
ここは都の外れにある伏見稲荷の鳥居前。都を落ち延びようとする義一行が参拝にやってきたところへ、義経の愛妾・静御前が後を追ってくる。だが、家来達はこれからの道中は女には危険だから都へ残るようにと静御前を説得する。その後から武蔵坊弁慶も追いかけてくるが、義経は先日の失態を許そうとせず、弁慶を手討ちにするという。しかし弁慶が義経を思えばこそしたことなので、どうか許してほしいと願い、他の家来や静御前も義経に許しを請うので、義経は弁慶を許し旅に同道することにする。だが静御前の同じ願いに義経は耳をかさず、迎えを待てといい、形見にせよと禁裏から拝領した初音の鼓を渡す。納得できない静御前を、亀井たちは鼓の調べ緒で側の梅の木に縛りつけ、境内へと入っていく。
そこへ頼朝の家来・笹目の忠太達がやってきて、静御前を捕らえ初音の鼓を持ち去ろうとする。すると義経の家臣・佐藤四郎兵衛忠信がどこからか姿を現し、忠太達を散々にやっつけて忠太を踏み殺す。境内から出てきた義経は、静御前を救ってくれた忠信に自らの姓名・源九郎と着長(きせなが)を与え、万一の時には自分の身替りとなって敵をあざむくよういう。義経はわずかな家来を連れて、九州へ旅立つため大物浦へと急ぐ。残された静御前は形見の鼓を抱え都へと戻っていく。その後を佐藤忠信がついていくのだが、その姿にはどことなく怪しいところがあるのだった。
万場町若連【風流 浦島太郎】物語
漁師の浦島太郎は、子供達が亀をいじめていたので、亀を助けると、その亀はお礼に龍宮城へ連れて行ってくれた。龍宮城では乙姫が出迎えてくれ、浦島太郎を歓待してくれた。しばらく龍宮城で楽しい時を過ごし何日か過ぎると、故郷が恋しくなり帰りたいと乙姫に言うと、決して開けてはなりませんと玉手箱を手土産にくれた。浦島太郎が故郷の浜に帰ると、浦島太郎が知っている人は誰もいなかった。おかしいと思いつつ玉手箱を開けると、中から煙が出てきて、浦島太郎は白髪白髭の老人の姿になってしまった。
龍宮城で過ごした日々は数日だったが、地上では三百年経っていたというお話です。
落合町若連【風流 萩野・仁田山 鹿子踊り伝説】物語
鹿子踊りには二つの伝説がある。
遠い昔、小倉山にカモシカが群がり、踊りたわむれていた。この年は天候に恵まれ、五日ごとに風が吹いて十日ごとに雨が降り、とても豊作で、村人は「これはめでたい。カモシカの踊りのお蔭だ」と、この踊りをまねて踊るようになったという。
一方、天平の昔、将軍大野東人が蝦夷討伐で仁田山に陣を張り、東人は兵士の一行を慰めるため村人に踊りを所望した。マタギの親方助十郎が、若者にカモシカやクマの頭骨をかぶらせ毛皮を着せて即興の踊りを披露し、東人は助十郎の功を讃えて一巻の巻物を与えた。
鹿子踊りのカモシカは山の精霊の象徴で、里人に豊作を恵んでくれるということを形にしたのが鹿子踊りであり、踊りと伝説が遠い昔より現代まで受け継がれ、今年も五穀豊穣を願い奉納される。
北町若連【風流 竹取物語】物語
今から千年以上も前の日本最古の物語です。竹取の翁が竹林に出かけると光り輝く竹があり、中から三寸ほどのこの上もなく可愛い女の子が出てきたので、自分達の子として育てることにした。
女の子は三カ月ほどすると妙齢の娘に成長したので、「なよ竹のかぐや姫」と名づけた。あまりの美しさに皆が結婚したいと望んだが姫はかたくなに拒み続けた。そんな様子が帝にも伝わり、会いたいと思うが叶わず、三年の月日が流れる。
八月の満月が近づくにつれ、姫は悲しみに包まれ、自分は月の人で帰らねばならないという。帝は阻止しようと二千の兵を繰り出すが、天人には勝てるはずもなく、かぐや姫は車に乗って天へ昇っていった。
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