宮城県栗原市 くりこま山車まつり 製作日記

ダイドードリンコ日本の祭り2013で紹介された300余年もの歴史と伝統を誇る栗原市最大のお祭りです。

山形県 新庄まつり

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ 1

イメージ 2

北町若連【風流 ヤマトタケル】(歌舞伎)

 小碓命(おうすのみこと・後のヤマトタケル)は美しい外見と無双の力、それに激しい気性のため、帝から疎まれ熊襲征伐を命じられた。熊襲はタケル兄弟によって統治された強大な国であったが、小碓命は女装してタケル兄弟の宴に紛れ込み、見事彼らを討ち果たし、彼らの名を取ってヤマトタケルと名乗る。
 凱旋したヤマトタケルに帝は休む間もなく東国平定を命じる。難行苦行の末ついに平定を果たしたが大和に戻る途中、力尽きて倒れてしまう。死に臨んで「大和は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる大和しうるわし」と詠い、大和の国を夢見つつ白鳥に姿を変え大空へと飛び立っていった。
イメージ 3

イメージ 4

鉄砲町若連【風流 弁慶引摺鐘】(物語)

 昔、承平年間(十世紀前半)に田原藤太、藤原秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に寄進した。
 高さ五尺五寸、厚さ三寸五分、直径が四尺一寸、目方六百貫という大鐘である。
 時は流れて、三井寺と比叡山の争いが激化すると、数で勝る山門の僧兵は、事ある毎に三井寺へ攻め込み、堂舎は幾度も炎上した。
 山門僧兵の中でも、弁慶は特に乱暴であり、音に聞こえた三井寺の法師も弁慶には歯がたたなかった。
 勝に乗じた弁慶は、三井寺自慢の大鐘に手をかけてずるずる引き摺って山へ持ち帰った名場面である。
イメージ 5

イメージ 6

常仲町若連【風流 伊勢 龍神伝説】(物語)

 こんもりと緑を盛り上げた倉田山の北の峰に、松尾観音寺というお寺があった。本堂裏にある二つ池(龍池)と呼ばれる二つの池には、昔から東の池には雄龍、西の池には雌龍がそれぞれ住んでおり、観音様をお守りになっていると言われている。
 今から約六百年前の応永十年五月、にわかに本堂から火の手があがったが、山中の寺の為人々の気付くのが遅く、駆けつけた時はもう本堂は火の柱となっていた。手のほどこしようもなく、村人たちは「観音さまが…」とおろおろするばかりだった。その時、すさまじい炎の中に二つ池から二体の龍神様がお姿を現された。雄龍は燃え盛る炎を飲み込みながら舞い降り、観音様を自らの体に巻き付け、また、雌龍は何度も池の水を炎に吹きかけ観音様を火災からお守りになった。
 今でも村人たちは、龍神様が生きていると固く信じて疑わないそうである。
イメージ 7

イメージ 8

上金澤町若連【風流 竜飛崎の由来】(物語)

 兄頼朝に追われた源義経は、自刃したとされる衣川の高館よりかろうじて逃れ、安住の地を蝦夷の地を求めて津軽半島まで辿りついたが、津軽海峡の波浪は荒く容易に渡ることができなかった。
 そこで義経が、信心の観世音菩薩に祈願したところ、三日目に夢の中に白髪の老人が現れ、「三頭の竜馬にのって渡るべし」という夢を見た。目が覚めると三頭の竜馬がいななき、荒れていた海面は鏡のように静かになっており、義経主従はこの竜馬に乗って蝦夷の地へ渡ったという。
 七百九十余年を経た今も、津軽半島には「義経伝説」が息づいている。
イメージ 1

イメージ 2

北本町若連【風流 滝の白糸】(歌舞伎)

 明治の文豪「泉鏡花」の小説「義血侠血」を劇化した新派の代表的な演劇の一つです。
 苦学生村越欣也に献身的な愛情をささげる水芸の太夫滝の白糸は、学費の仕送りをする金の工面に窮して罪をおかし、やがて検事補に出世した欣也の裁きを受ける身となった。
 恩義は恩義、天下の法は曲げられぬと極刑を宣告した欣也は、自ら若い命を絶ったと伝う。
 明治時代の若い男女の心を表現した物語であり、山車は相愛中舞台で名人滝の白糸が水芸を演じている一場面である。
イメージ 3

イメージ 4

南本町若連【風流 天竺徳兵衛韓噺】(歌舞伎)

 菊池家の老臣吉岡宗観の屋敷に、播州高砂の船頭徳兵衛が招き入れられ、天竺に吹き流された土産話を愛嬌たっぷりに語る。しかし宗観は実は大陸からのスパイで、徳兵衛こを一子大日丸と告げ、天下を狙う待望と蝦蟇の妖術を護って切腹する。徳兵衛は室町の重臣梅津掃部の館へ座頭に化けて入り込むが、たちまち正体現れ南無三と庭の泉水に身を投じる。と次の瞬間、花道から鮮やかな早替りで徳兵衛が上使姿で現れる。
イメージ 5

イメージ 6

沖の町若連【風流 最上の伝説「おしら様と角川の龍」】(物語)

 昔、古口を流れる最上川の深い淵に龍が棲んでいた。水枯れの続くある日、龍は天に昇らんと今神様の奥の院である「お池」まで川をさかのぼる途中、十二沢の白山大権現の怒りにふれ、角をへし折られてしまう。
 その角から流れた川だから「角川」と呼ばれるようになった。また、傷ついた龍の血が真っ赤な川となって流れたので「血の川」と呼んだのが「角川」になったとも云う。
 十二沢の白山神社には「おしら様」と呼ばれる養蚕の神が祀られ、現在まで信仰が続く。ご神体は桑の木に人の顔を刻み、毎年衣を重ね着させている。この衣は人々の信仰の深さとともに益々厚くなっている。
イメージ 7

イメージ 8

下金澤町若連【風流 暫】(歌舞伎)

 舞台は鶴岡八幡宮。天下をわがものにしようとする公家悪、清原武衡が、手下の鯰坊主震斉や女鯰照葉など大勢の家来を従え、関白宣下の式をあげようとしていた。そこへ、加茂次郎義綱と婚約者の桂の前一行が大福帳と掛額を奉納に来る。すると武衡は言いがかりをつけ掛額を引きおろし、家来達に命じ善良な男女を斬ろうとする。
 まさにその時、耳をつんざくような大声で「しばらく」と声をかけ、鎌倉権五郎景政が登場し、景政は武衡の横暴を責め、大太刀を抜いて大勢の奴の首を斬ってしまう。悔しがる武衡を尻目に、善人達を助けた景政は大太刀を肩に意気揚々と引き揚げていくのであった。
イメージ 1

イメージ 2

上茶屋町若連【風流 西遊記】(物語)

 はるか昔の物語。天界の暴れ者孫悟空は乱暴が過ぎてお釈迦さまに五行山の大岩の下に閉じ込められる。そこから5百年後。天竺にありがたいお経を取りに行く旅の途中の三蔵法師に助けられ、孫悟空は三蔵の弟子となり取経の旅の供をする。途中、豚の化物猪八戒や河童の沙悟浄らを供に加え、一行は遥か遠く天竺を目指す。
 旅の先に待ち受けるのは様々な困難や恐ろしい妖怪たち。返事をすると吸い込まれてしまう不思議なひょうたんを持つ妖怪金角、銀角。なんでも吹き飛ばす芭蕉扇を持つ羅刹女。その夫で火焔山に住む恐ろしい牛魔王。誰もが知る冒険の物語。西遊記の世界をどうぞお楽しみください。
イメージ 3

イメージ 4

万場町若連【風流 龍の子太郎伝説】(物語)

 太郎の母は太郎がお腹にいる時に空腹で村の掟を破り岩魚を食べてしまい龍にさせられてしまった。太郎が成長したら北の湖に住んでいるので来る様にと言い残して行ってしまい、太郎は北の湖に旅に出る。母に会った太郎は、母がこんな姿になったのも村が貧しいせいだと悟り、湖の水を海に流しお米のとれる新しい土地を作ろうと思いついた。太郎は母龍にこのことを話したところ、母龍は太郎を背に乗せると、岩山に何度もぶつかった。
 やがて岩山は砕け湖の水は海に注いでいった。母龍は太郎の思いやりの心で元のやさしい母の姿に戻り、豊かな土地で幸せに暮らし始めるのだった。
イメージ 5

イメージ 6

川西町若連【風流 寿 連獅子】(歌舞伎)

 能の石橋の小書きから出た親子獅子の舞踊である。
 ここは人里から離れた山奥で、時は牡丹の咲き誇る春爛漫であった。親子獅子の見事な舞も最高潮に達したが、実は惜別がひしひしと感じられ、子への思いやりあふれた場面でもある。すなわち、生まれた獅子の子を千尋の谷に投げ込み、中途ではね返って岩角に取りつく程の強いものばかりを養育する厳しい気迫の場であり、転じて、自分の子を艱難の地においてその力量を試す意味のあらすじでもある。
イメージ 7

イメージ 8

馬喰町若連【風流 女鳴神】(歌舞伎)

 時の天皇が鳴神尼に皇子誕生の祈祷を依頼し、誕生すれば北山に祈祷所を作る約束をした。しかし皇子が誕生したにもかかわらず、約束を果たさない天皇を恨んだ鳴神尼は、北山の龍壺に雨をつかさどる龍王を封じ込め、雨を降らさせない。そこで美男雲の絶間之助を北山の岩屋に送り込む。さすがの鳴神尼も雲絶間之助の美しさに惑わされ行法を破る。すると龍王は天に上り、たちまち雨を降らせる。
 だまされた事を知った鳴神尼は経文を破り、雷と化して雲絶間之助の後を追って行く。題名ですぐ分かるように歌舞伎十八番「鳴神」のもじり狂言。
イメージ 1

イメージ 2

清水川町若連【風流 坂田金時蜘蛛退治】(物語)

 大和の国葛城山に古くより住み着き天下を狙っている蜘蛛の精がいた。
 病気の源頼光に毒を盛った薬を差し出し、倒れこんだ頼光をみて、蜘蛛の精が襲い掛かるが、逆に頼光によって伝家の宝刀「膝丸」で一太刀浴び、蜘蛛の精は葛城山に逃げ込んだ。
 頼光は我が身を救った宝刀・膝丸の剣を「蜘蛛切丸」と改め、四天王にこの刀を授け蜘蛛征伐を命じた。
 四天王の一人、坂田金時は蜘蛛の精の繰り出す妖術に応戦、ついに蜘蛛の精を退治するのであった。
イメージ 3

イメージ 4

落合町若連【風流 安珍 清姫絵巻】(物語)

 道成寺に伝わる絵巻物語。延長六年、奥州より熊野に来た安珍は大変な美形で、真砂の庄司清次の娘(清姫)は宿を借りた安珍を見て一目惚れし迫るが、安珍は「参拝中の身、迫られても困る、帰りに立ち
寄る」と騙し、参拝後は立ち寄らずに行ってしまった。
 騙された清姫は怒り、裸足で追跡、道成寺までの途中で追い付くが安珍は再会を喜ぶどころか別人だと嘘に嘘を重ね、更には熊野権現に助けを求め清姫を金縛りにし逃げ出そうとする。ここに至り清姫の怒りは天を衝き、蛇身に化けながら安珍を追いかける。
 日高川を船で渡り道成寺に逃げ込んだ安珍を追うものは、火を吹き川を渡る蛇の姿。梵鐘を下ろしてもらい中に逃げ込む安珍。清姫は鐘に巻き付き、安珍は鐘の中で焼き殺されてしまう。
イメージ 5

イメージ 6

東本町若連【風流 児雷也】(歌舞伎)

 筑紫の領主尾形左衛門尉弘康の遺児、尾形周馬は、名を「児雷也」と変え、無念のうちに死んだ父の仇を討つべく、また、諸国に散った家宝、家系図、名刀蛞蝓丸を探すため旅に出る。その旅路で仙素道人の蝦蟇の妖術を授けられ、女賊綱手を味方に、いざ決戦の地近江琵琶湖へ向かう。この場面は、児雷也、綱手が敵である大蛇丸と対峙し、各々が秘術の限りを尽くし、長い血戦に入っていくという、余りにも有名な「三竦縮」と称される豪壮華麗な名場面である。
イメージ 7

イメージ 8

千門町若連【風流 勧進帳】(歌舞伎)

 源頼朝に追われ山伏姿になり奥州平泉に落ちていった源義経は、弁慶以下四天王を共に引きつれ、富樫左衛門が警固する加賀の安宅の関所にさしかかった。
 富樫に疑惑を持たれ「何者か」とたずねられた弁慶は、機転をきかせ東大寺の勧進の僧だと偽る。富樫は「それならば勧進帳をみせろ」と迫ったが、弁慶は持っていた全く関係のない真っ白な巻物を取り出し、勧進帳と称して、さもそれらしく読み上げた。
 弁慶の必死の演技で通過の許可が下りたが、今度は関所の番卒から強力(荷物持ち)に装う義経の疑惑が持たれた。すると弁慶は「おまえが判官殿に似ているから」と主君の義経を大声でののしり、金剛杖で打ちのめし疑いを晴らそうとする。
 そんな弁慶の主君を打ち据えてまで守ろうとする悲痛な姿に心を打たれた富樫は、義経と知りつつも自分が責任をとって切腹する覚悟を固め、一行を見逃すのだった。
 本場面は、弁慶が義経を打ち据えたあと、富樫に詰め寄り関所を破ろうとする四天王を、満身の力でおさえている「詰め寄り」の場である。

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事