川西町若連【風流 茨木綱館】(歌舞伎)平安中期の武将源頼光の家臣で、その四天王の一人である渡辺綱が、羅生門で悪鬼茨木童子の腕を切り落とし、唐櫃に収め七日間物忌のため屋敷に引き篭もっていると、そこへ津の国の叔母がはるばる面会に訪れる。なかなか会おうとしない綱に叔母は門の外から無情に恨み、養育した昔の苦労をくどくどと物語ると、さすがの綱も心が折れ、叔母を屋敷に入れ酒宴をもうける。酒宴ののち、鬼の腕を見せようと所望した叔母が隙を窺い腕を奪うと、たちまち悪鬼茨木童子の本性を現して逃げ去る。ご存知、歌舞伎羅生門の名場面「茨木綱館」の場である。http://www.youtube.com/watch?v=cdsIJKYE1bA 北本町若連【風流 梶原平三誉石切】(歌舞伎)参拝で出会った兄弟。大庭、俣野に刀の鑑定を頼まれた梶原平三は、それが紛れもない名刀と判断。俣野に「いかに名刀であっても切れ味が悪くては鰹かきも同じ事」といわれてしまう。六郎太夫は必死に「二つ胴も易い事」と試し斬りを願い出る。だがあいにく試し斬りできる罪人は一人しかいない。源氏再興の軍資金のため金がすぐにでも必要な六郎太夫は、焦りの余り自分の体を試し斬りに提供することになる。鑑定をした責任から、その試し斬りをかって出た梶原は、六郎太夫を縛った縄を斬ったところでピタリと止まった。俣野に鑑定眼を疑われて詰められてしまう。六郎太夫は自害しようとするが親子の素性を見破った梶原は止め、本心を明かす。「今は平家方の侍だが魂は頼朝の源氏方にある」と。名刀である証拠に、石の手水鉢を真っ二つに斬って見せる。この梶原という男、平家に属しながら挙兵して間もない頼朝の器量を見抜き、頼朝の危難を救った男であった。http://www.youtube.com/watch?v=f2BmuXFgxqk 南本町若連【風流 源氏物語】(歌舞伎)熱病を病んだ源氏の君は、祈祷のため京都北山の寺に出かけ、藤壺の中宮(義母)を心から慕う源氏の君は、そこで藤壺に大層よく似た面影の少女(紫の上)に出逢うことになる。源氏の君は藤壺恋しさに、その少女を手元に引き取り理想の女性に育てようとするが、一方、正妻葵上とは未だに心打ち解けることがなかった。その後、藤壺の中宮は源氏の君と初めての出逢いに懐妊してしまう。実情を知らぬ桐壺帝(源氏の君の父)は、我が子と思い藤壺の懐妊を大層喜ぶが、二人は自らの運命に恐れおののくのであった(源氏18歳)第5帖「若紫」より。http://www.youtube.com/watch?v=xzttOiRNDXI 上金澤町若連【風流 大江山伝説】(物語)時は平安の代。丹波の大江山に酒呑童子という鬼が棲んでいた。酒呑童子は茨木童子ら多くの手下と共に夜な夜な都に現れては、悪行の限りを尽くしていた。 あまりにも酒呑童子が悪行を働くので帝は、源頼光に酒呑童子討伐の勅命を下す。 頼光は渡辺綱ら四天王と共に山伏姿に身をやつし、道に迷ったふりをして鬼の岩屋にたどり着き、一晩の宿を願い出た。 やがて酒宴が開かれると、頼光は人間が飲むと神の力が身につき、鬼が飲むと力を封じ込められるという、神より授かった「神便鬼毒酒」を飲ませ、酒呑童子の体を鎖で縛り、その首を掻き切って成敗した。http://www.youtube.com/watch?v=b0QE3LCmXSY |
山形県 新庄まつり
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新庄祭りの人形は顔の表情、動き、衣装などが素晴らしいです!
かっこいい〜☆ |
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今年も山形県の新庄まつりに行ってきました(*^_^*) 千門町若連さんの『風流 義経千本桜「伏見稲荷鳥居前の場」』の山車が自分は一番好きです。 歌舞伎の舞台そのままの様で新しい感じがしました。 ごちゃごちゃしてなくてスッキリとした山車で人形がメインとなって一瞬に生きている様でした。 桜もとても綺麗でした。
歌舞伎の一場面を上手く表現されていました。 ここの写真にはありませんが 北町若連さんの『風流 真田十勇士』は動物たちがいっぱいで大迫力の山車でした。 色鮮やかでとても綺麗でした。
若葉町若連さんの『左甚五郎昇り龍』は龍が昇っていく様子が目に焼き付きました。 とても素晴らしい構図でした。
新庄駅前で山車が通ると観客の拍手喝采がすごかったです。 日帰りしてきました! 各山車の写真は後日アップします。 |






