宮城県栗原市 くりこま山車まつり 製作日記

ダイドードリンコ日本の祭り2013で紹介された300余年もの歴史と伝統を誇る栗原市最大のお祭りです。

山形県 新庄まつり

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千門町【風流 寿曽我「工藤館対面の場」】(歌舞伎)

工藤左衛門祐経に殺された河津三郎祐泰の子、十郎・五郎の兄弟は、母の再婚先の曽我姓になり、艱難辛苦十八年を経て、十郎祐成・五郎時致と言う若武者に成長した。一方、源頼朝の重臣となった祐経は、栄ある巻狩奉行総奉行を仰せ付けられ、多くの武将が工藤館に詰めかけて祝宴が催された。兄弟は、この機会に乗じ、朝日奈らの執り成しにより、父の仇祐経との対面を果たすことができた。祐経は、この兄弟を河津三郎の遺児と悟り、殺害の顛末を語り聞かせ、「対面のその印」とばかり、巻狩場の通行手形を与える。兄弟は、潔く討たれる覚悟の祐経の本心に感じ入り、巻狩での再会を約して別れる。

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清水川町【風流 鬼若丸乃鯉退治】(物語)

姫路より北西約二里の地点に書写山円教寺という西国二十七番目の寺があった。この寺の稚児鬼若丸(後の武蔵坊弁慶)は学問手習いなどなにもせず兵法の稽古に勤しんでいた。ある時、寺の小坊主達が大声で騒ぎ立てているので、鬼若丸が見に行くと、目の下八尺余りもある大鯉が暴れていた。それを見た鬼若丸は「何だ此れしきのもの俺ひとりで捕まえてみせる」と叫ぶと、大鯉の背にひらりと飛び乗り、短刀を振りかざし一突きでとらえた。後に鬼若丸は書写山を追われ比叡山に篭り、修行の後、源義経に従い、一生義経に尽くすという弁慶の幼少のころの一場面である。

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若葉町【風流 信濃路紅葉鬼揃】(歌舞伎)

平維盛は信州戸隠山での鹿狩りの道中、紅葉狩りの祝宴をしている女性達に出会います。維盛は女性の誘いを受け、盃を重ねて女性達の舞に見とれているうちに寝入ってしまいました。そして、いつの間にか女性達も山中に姿を消してしまいました。すると夢の中に山神が現れ、女性達の正体は戸隠山の鬼女であることを告げ、維盛に神剣を授けます。維盛が目を覚ますと、先程の祝宴の席は跡形も無く、やがて雷鳴が轟き嵐が吹きすさぶ中、女性達は鬼女と姿を変えて維盛に襲いかかります。維盛は神剣を抜いて応戦し、激しい格闘の末、ついに鬼女達を討ち取るという新歌舞伎十八番の名場面です。

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落合町【風流 平知盛の亡霊「摂州大物浦」】(物語)物語部門最優秀賞 歴史センター入り

平安時代末期、平知盛を大将にした平家と源義経率いる源氏が、壇ノ浦で戦った。潮の流れで平家は源氏に追い詰められ、最期を覚悟した知盛は、碇を担いで、入水した。平家が滅びた後、兄の源頼朝と不仲になった義経は、西国落ちを決意した。摂州大物浦から義経一行が船出すると、にわかに風が吹き荒れ始め、雷鳴と共に高波の中から、平知盛を始めとする平家の亡霊たちが、義経一行を海に沈めようと、襲いかかって来た。義経の乗り込んだ船は、大物浦で転覆し、義経は和泉浦へ難を逃れた。

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常仲町【風流 本能寺】(物語)

天正10年、下克上の戦国時代の真っ直中、天下統一目前の織田信長は、安土城を本拠とし、勇猛果敢な家臣を全国各地に派遣し闘っていた。6月、信長も自ら、秀吉の援軍を思い立ち安土城を離れ、京都四条西洞院本能寺に、約160名の手薄な警護で宿泊していた。同じ日、信長より毛利氏討伐を命じられた明智光秀も、1万3千の兵を率いて中国地方を目指し、丹波亀山城より出陣し行軍していた。しかし、明智軍は備中高松城を目指す途中、突然、光秀の「敵は本能寺にあり」との号令の下、桂川を渡り京都に向かった。翌早朝、明智軍の鉄砲の音で謀反を知った信長は、自らも、弓・長刀を取り、近臣の森蘭丸らと共に応戦したが、「もはやこれまで」と見ると部屋に火を放ち、自刃して果てた。今なお日本史上に多くの謎を残す「本能寺の変」である。その後、光秀は、信長の急を知り駆けつけた羽柴秀吉軍を迎え撃つ「山崎の合戦」で破れ去った。天下取りの夢を追った戦国時代の話である。

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大正町【風流 土蜘】(歌舞伎)

尾上家の家の芸、新古演劇十種の一つ。熱病に苦しむ源頼光の館へ侍女の胡蝶が見舞い、比叡山の智籌と名乗る僧と引き合わせ、平癒祈祷を申し出る。この僧は蜘蛛の精の化身で頼光を呪い殺そうとしていた。頼光はこれに気づき、名剣「膝切丸」で切り付け、化身は傷を負い逃げ去る。頼光は武者の平井保昌に蜘蛛の精の退治を命じ、「膝切丸」を預ける。保昌が四天王を引き連れ蜘蛛の静を追い、暴れ回る蜘蛛の精を名剣にて退治する名場面である。

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横町・下万場町【風流 百鬼夜行】(物語)

その昔、闇が闇として残っていた時代。人々は“妖しいもの„の存在を信じていた。“妖しいもの”―得体の知れないもの、人知では解明できないもの、獣・器物達が様々に妖怪変化をしたもの。すなわち妖怪である。その妖怪達は、森や山奥だけではなく、人の住む都の暗がりの中に、時には同じ屋根の下に息をひそめて一緒に棲んでいた。そして、その妖怪達が闇の中を我が物顔で行進する。それが百鬼夜行である。

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南本町【風流 京鹿子 娘 二人道成寺】(歌舞伎)

話は道成寺を舞台とした「安珍・清姫伝説」の後の話になります。清姫の化身であった大蛇に寺の鐘を焼かれた道成寺は、永く鐘がありませんでしたが、ようやく鐘が奉納されることとなり、供養が行われることになりました。桜満開の鐘の供養の日、そこに美しい花子・桜子の2人が現れ、鐘を拝ませてほしいと申し出ます。聞けば白拍子だといいます。小僧たちはその2人の美しさに魅了され、女人禁制の寺ながら舞を舞うことを条件に入山を許してしまいました。2人は娘の恋の姿をさまざまに舞いながら次第に鐘に近づいていきます。小僧たちはこの花子・桜子が実は清姫の化身であったことに気づくが時遅く、清姫の魔力に翻弄され、とうとう清姫は鐘の中へ飛び込みます。引き上げてみると出てきたのは恐ろしい蛇体をした2人でした…。

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上万場町【風流 因幡の白兎】(物語)

昔々、隠岐島に1匹の白兎がおりました。兎は因幡国に渡ろうと思い、鮫を騙して海に並ばせました。鮫の背中を「1匹、2匹、3匹…」踏み数えながら渡って行き、渡りきろうとした時、「お前たちは騙されているのだ」と言ったばかりに、兎は最後の鮫に捕らえられ皮をはがされてしまったのでした。兄たちの求婚旅行の袋担ぎとして同行していた大国主命がそれを見て、兎に治療法を親切に教えてあげました。兎は言われた通りにすると、痛みが消え、毛も生え、元通りの体になりました。兎はとても喜び、お礼に美しい八上比売の所にお連れし、2人は結婚することになりました。めでたし、めでたし。

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上茶屋町 【風流 おりひめ伝説「星の降る街・しんじょう」】(物語)

天の川のほとりに、天帝の娘で織女という美しい天女が住んでいた。天帝は、機織に精を出している織女と牽牛という牛飼いを結婚させた。ところが、織女は牽牛との暮らしに夢中になり、機織をやめてしまった。怒った天帝は、再び天の川の岸辺に戻って機織するように命じた。織女は年に1度牽牛と逢えることを楽しみに、以前のように機織に精をだした。7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増し、向こう岸に渡ることができなくなる。2人は、互いへの思いを寄せながら涙する。するとどこからともなくカササギの群れが飛んできて、翼を広げて橋になり、織女を牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれるそうだ。

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末広町【風流 北条早雲「火牛の計」】(物語)

明応4年(1495年)9月、関東を狙う北条早雲は親しかった小田原城主大森藤頼に「狩をしたら獲物がそちらに逃げたので追い返す人を入れさせて下さい。」と使者を出す。大森が良かろうと返事をした夜、早雲は松明を角に結んだ千頭の牛と箱根の山に入り、機をみて松明に火をつけ小田原目がけ走らせた。異様な物音に大森が気付き、見れば数多くの松明が山中で動いている。早雲に計られたことを知り、防戦するが、忍び込んでいた風魔小太郎率いる風魔忍者と侍女になりすましていた「くノ一」により追いつめられ敗れ去る。以後5代の百年に渡って北条氏が関東を支配する基盤となる小田原城奪取の場面です。

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北本町【風流 三人石橋】(歌舞伎)

大江の定基は出家して寂昭法師となり難苦修行の途中に、文殊の浄土清涼山に到り、石橋を渡って、その聖地を踏まんとしたところ、彼方より笛歌聞こえ敬虚の心をもって佇むうちに絢爛たる牡丹を分けて獅子が現れ、雄壮華麗な獅子舞を見せてくれた。これが能楽の概要であるが、獅子は生まれた子の強弱を試みるために、子を千尋の谷に投げこみ、途中の岩角にとりつく程の強きもののみ育てるという、いわゆる獅子の子落としを舞台化した名場面である。

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馬喰町・沖の町・北町

馬喰町【風流 国性爺合戦】(歌舞伎)

和藤内は、父親が明国、母親が日本人の混血で、日本に住んでいます。そこで、父の国明国が危ないと聞き、父母とともに明国に渡り、明国回復のために大活躍するという物語です。この山車の場面は、千里が竹で、虎と格闘し、最後は、天照皇大神のお札で感服させるという場面と、和藤内の異母兄弟である錦祥女の夫である韃靼国の甘輝将軍をようやく味方につけた、父一官と錦祥女が獅子が城で永遠の別れをするという動と静の場面を表現しました。

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沖の町【風流 歌舞伎十八番 象引「豊島館の場」】(歌舞伎)

武蔵の国で天竺渡来の象が暴れて、民が困っていた。治安を預かる豊島家が家督相続を控えていた頃、都より勅使大伴大臣褐麿がやってきて、像が暴れているのは関東守護の任を疎かにしている豊島家がいけないと言いたて、自らが象を退治してやるから換わりに息女弥生姫を差し出せと無理難題を持ち出した。そこへ箕田源二猛が「待った」をかけた。豊島家奥庭へ象が現れ、象を退治しようと猛と褐麿が引き合ったところ、象が急に大人しくなった。褐麿が弥生姫を手に入れたいばかりに象に術をかけて操っていたのが解けたのだった。豊島家に相続の許しが帝より出され猛は象を与えられ、ゆうゆうと引き揚げて行く。

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北町【風流 奥州衣川の館の戦い】(物語)

平家滅亡に目覚しい活躍をした義経は、その活躍のゆえに兄頼朝から鎌倉を追われる。奥州藤原秀衡を頼った義経は平泉の地、衣川館に安住の地を得た。しかし義経の力を恐れる頼朝は、秀衡の死後、家督を継いだ泰衡に朝廷を通じて義経討伐を迫る。逆らえば朝敵として藤原一族が打たれる。悩んだ泰衡は兄弟の国衡とともに衣川館の義経を襲う。泰衡の辛い立場を悟った義経は戦わず自害の道を選ぶ。別れのとき弁慶は義経に「六道の道の巷に待てよ君、後れ先立つならひありとも」と詠むと義経は「後の世もまた後の世もめぐりあへ、に染む紫の雲の上まで」と返し、白龍となって天に昇っていった。

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