宮城県栗原市 くりこま山車まつり 製作日記

ダイドードリンコ日本の祭り2013で紹介された300余年もの歴史と伝統を誇る栗原市最大のお祭りです。

天地人

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天地人 総集編

※天地人のOP曲が流れます♪音量にご注意ください。


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心に残る出来事、名場面の数々をもう一度!

第1回「五歳の家臣」から最終回「愛を掲げよ」まで、1年間にわたって描いてきた直江兼続の生涯を4夜連続で放送します。ぜひ、お見逃しなく!
第1回 「天」の章 12月21日(月)
永禄7年(1564)、越後・上田庄の領主・長尾政景の死により、その息子の喜平次(後の上杉景勝・溝口琢矢)は上杉輝虎(後の謙信・阿部寛)の養子になる。五歳の樋口与六(後の兼続・加藤清史郎)は、喜平次の家臣となるため小姓になった。時が過ぎ、青年となった兼続(妻夫木聡)は、景勝(北村一輝)とともに謙信のもとで信長(吉川晃司)と戦っていた。ところが突然、謙信が亡くなり上杉家は混乱に陥る。
第2回 「地」の章 12月22日(火)
上杉家を二分した家督争い「御館の乱」で、景勝(北村一輝)は景虎(玉山鉄二)を倒し、兼続(妻夫木聡)は家老に抜てきされる。しかし、これに不満を持つ者により、お船(常盤貴子)の夫・信綱(山下真司)は命を落とす。兼続は景勝の命で、直江家へ婿(むこ)入りし、直江兼続と名を改める。一方、武田を滅ぼした信長(吉川晃司)は越中の魚津城を取り囲む。兼続は、魚津で戦う吉江(山本圭)たちに降伏を促すため単身乗り込むが・・・。
第3回 「人」の章 12月23日(水)
上洛をためらう景勝(北村一輝)とともに、兼続(妻夫木聡)は故郷・上田庄に戻り、謙信に教えられた義の精神を改めて確認する。天正18年(1590)、秀吉(笹野高史)は北条を滅ぼし天下を統一、翌年には目障りな千利休を切腹させる。兼続は、秀吉の強引なやり方に反発、三成(小栗旬)と衝突する。朝鮮出兵後、秀吉は豊臣政権を維持するため、家康(松方弘樹)がいる東国の抑えとして上杉に会津への国替えを迫る。
第4回 「愛」の章 12月24日(木)
秀吉(笹野高史)が亡くなり、天下を狙う家康(松方弘樹)は上杉に謀反ありとして、会津に向けて出陣する。兼続(妻夫木聡)は白河・革籠原で家康軍を待ち構えるが、西で三成(小栗旬)が挙兵すると家康軍は西に反転、関ヶ原の戦いが起きる。戦いは小早川軍の寝返りにより、家康軍が勝利する。家康は豊臣方についた大名の領地を没収、上杉も米沢30万石に減らされ、兼続は新たな国づくりを始める。

若い徳川の家臣の前で兼続(妻夫木聡)は語り始めた。

「わしの見た信長公、それは恐ろしい人じゃった」

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初めて目通りしたときの、あの狂気をはらんだまなざしを忘れることはない。
危うく殺されかけたにもかかわらず、信長は、強烈に人を惹きつける何かを持っていた。

「天下にはこういう男もいるのかと、つくづく思わされた」

「太閤殿下とは、いかなるお人だったのでございます?まことに猿に似ておられましたか?」

「よう似ておられたわ」

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しわくちゃの笑顔を思い出し、思わず兼続の口もとがほころんだ。

「そのうえ、この世にふたりとおらぬ人たらしでの。わしも何度もたらし込まれた。だが、その胸には天下万民を愛する心がおありだった。しかるに、あの関ヶ原の戦となってしもうた」

兼続は、目を閉じて手を合わせた。

「あの世に行ったら、何より太閤殿下にわびねばならぬ」

「では、関ヶ原の戦で、随一の人物と申せば、どなたとお考えでござりましょう」

若い家臣たちは、兼続がどの武将の名前を出すか、期待して待っている。

「関ヶ原随一の名将は、なんといっても石田三成よ」

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若者たちの顔に、いっせいに落胆が走った。

「あの者は、謀反人でございますぞ?」

「大罪人じゃ。そんな者の名を出されるのでございますか?」

「今の世ではそう言われておるが、わしはあの男ほど、この国を思い案じていた者を知らぬ。その心は常に高々とし、その目は常に澄んでおった」

家臣たちは誰ともなく口をつぐみ、兼続の話に聞き入っている。

「わしは三成に教えられたのじゃ。何よりこの日本国を見つめる目を持たねばならぬとな。そして生きて必ず後世に我らの義を伝えると約束したのじゃ……」

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感想:天地人も最終回を迎えました。関ヶ原の戦いでの敗戦側の主役の大河ドラマは初めてで、今までと違った感じが良かったです。
命を賭して秀吉への忠義を貫いた 石田三成(小栗旬)。
しなやかな強さで北の地を治めた独眼竜 伊達政宗(松田龍平)。
時代に翻弄され、歴史を変えた 小早川秀秋(上地雄輔)。
勇猛に戦い抜いた赤備えの武将 真田幸村(城田優)。
豪華な出演メンバーでした。
笹野高史さんが演じる豊臣秀吉、松方弘樹さんが演じる悪役の徳川家康が特に良かったと思います。素晴らしい演技でした。
史実では徳川家康は善人、石田三成は悪人です。
このシーンのように伝え方次第で歴史の内容は変わります。
自分もこの日本の歴史をうまく伝えられる人間にならなければならないと感じさせられました。

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最終回 「愛を掲げよ」(11月22日放送/73分拡大版)

景勝(北村一輝)と兼続(妻夫木聡)は米沢へ戻る。米沢は兼続の改革が功を奏し、しだいに活気づいてきていた。竹松から名を改めた景明(太賀)ら若い家臣たちは藩の財を高めようと改革案を練るが、その場で景明が病に倒れる。兼続とお船(常盤貴子)の看病のかいなく、景明は息をひきとる。
翌年、年老いた家康(松方弘樹)は兼続と政宗(松田龍平)を呼び、秀忠(中川晃教)の指南役になってほしいと頼む。家康の子を思う心に感じいった兼続は、これを引き受ける。
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一方、お船は自分も役目が欲しいと考え、景勝と兼続の許しを得て、玉丸(西山潤)の世話をするため江戸へ旅立つ。家康が息をひきとり、兼続は秀忠の指南役として江戸城に入る。兼続は徳川の若い家臣たちにせがまれ、戦国の英傑たちの話を聞かせる。
やがて、兼続は私財を投じ、米沢初の学問所となる「禅林文庫」を創設し、政から身をひく。そして、江戸へ向かった兼続はお船と再会し、二人で越後へ旅に出る。懐かしい景色に感慨無量となる二人は、ともに夫婦として幸せだったことを確かめ合う。
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米沢へ戻った兼続を、景勝は峠の岩場へ連れて行く。春日山の岩屋に似たここに謙信公をまつるという。二人の胸に、これまでの日々が去来する。
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元和5年(1619年)秋、紅葉の木を見ながら、お船に「紅葉になれたかの・・・」と、兼続は問いかけるのだった。


千姫救出と千姫事件

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千姫救出

慶長20年(1615年)19歳の時、大坂夏の陣では、祖父である徳川家康の命により落城する大坂城から救出される。

その後、秀頼と側室の間の娘奈阿姫が処刑されそうになった時に千姫は彼女を自らの養女にして命を助ける。

千姫事件

元和2年(1616年)、桑名藩主本多忠政の嫡男・本多忠刻と結婚。

この時、津和野藩主坂崎直盛が輿入れの行列を襲って千姫を強奪する計画を立てていることが発覚し、直盛は自害(もしくは家臣により殺害)、坂崎氏は改易処分となった(千姫事件)。

一説には大坂城落城の際、千姫を救出した者と千姫を結婚させるとの家康の言葉を受けた直盛が、顔に火傷を負いながらも千姫を救出したが、直盛の器量が悪いことから千姫が結婚を嫌がり、結局美男の本多忠刻と結婚することになったという。

直盛の襲撃計画はこのことを恨んでのものとされ、長く信じられていたが、現在ではそもそも大坂城で直盛が千姫を救出した話自体が疑わしいとされている(実際には堀内氏久という豊臣方の武将に護衛されて直盛の陣まで届けられた後、直盛が秀忠の元へ送り届けた、というのが真相らしい。それに、千姫を与えるではなく、嫁ぎ先を探すのを頼まれたのが真実らしい)。

詳しく→坂崎直盛

天地人を見た人から

「本当に直江兼続や真田幸村が千姫を助けたの?」

と言われたのでこの記事を作ってみました(^_^;)

画像は天地人の千姫(川島海荷)より

1615年5月7日深夜、鉄壁の大要塞であった大坂城が炎に包まれた。
淀(深田恭子)と秀頼(中村倫也)は、自刃の覚悟を決めていた。
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「千はここまでじゃ!」

淀が千姫(川島海荷)に言った。
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「いいえ!千も死にとうございます。私もご一緒し、死んでおじじ様を苦しめてやりとうございまする」

秀頼に追いすがろうとする千姫の手を、淀が振り払った。

「ならぬ!そなたにはそなたにしか果たせぬ役目がある。そなたは生きて家康に我らの最期をしかと伝えよ」

「嫌でございます!」

淀が千姫を突き倒す。
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「そなたを死なすわけにはいかぬ。そなたを道連れにしては、天下の豊臣の名がすたるでの」

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「千、わしと母上のぶんまで生きてくれ」

「秀頼様…」

ふたりに諭された千姫は、泣きながら秀頼の胸に飛び込んでいった。
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「幸村。あとは任せたぞ」

淀は、近くに控えていた幸村(城田優)に言った。

「お方様。ありがとうございまする」

戦は力で制する者が勝つわけではない。何かを残し、次の世につなぐことができた者こそまことの勝者であると、師である兼続(妻夫木聡)は教えてくれた。
いつしか、炎は間近に迫っていた。
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「また、あの世で会おうぞ」

「さらば、しばしのお別れを!」

幸村は千姫を秀頼から強引に引き離した。
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「秀頼様!母上様!」

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「千、家康めに申し伝えよ。豊臣は慈悲の心を持って、まことの天下人になるとな」

淀は誇り高く微笑み、秀頼とともに、炎の中に消えていった。


感想:実際のところ、この歴史場面の真相は謎のままです。
だから面白い!!自分が好きな歴史場面の1つです。
脚本家の腕の見せ所ですね☆

「葵 徳川三代」では秀頼と淀の自害シーンがあり、秀頼が淀に
「来世もまた秀頼を産んでくださりませ。幾たびも生まれ変わって豊臣家の再興を計りましょうぞ」
というセリフが印象的でした。

今回の大河ドラマの半分以上は歴史を改編した架空の話すぎます。
直江兼続と真田幸村が千姫を救出したように描かれてますが、史実では幸村討死の翌日に大坂城炎上、秀頼・淀自害です。
実際、幸村は大坂城から出撃し、昼間は激戦の真っ最中の頃です。城が攻め込まれ落城した夕方から夜にかけての頃はすでに討死してました。
めちゃくちゃな脚本のようです…。
大坂夏の陣のメインは幸村が家康本陣まで攻め込んで徳川の軍を追い詰め、家康に死まで覚悟させたという場面なのに今回はなくて残念です…。

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