宮城県栗原市 くりこま山車まつり 製作日記

ダイドードリンコ日本の祭り2013で紹介された300余年もの歴史と伝統を誇る栗原市最大のお祭りです。

江〜姫たちの戦国〜

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第18回「恋しくて」 5/15放送分

あらすじ
天正15年(1587)正月、大坂城奥御殿で、羽柴家の一族と江(上野樹里)たちが一同に会した。秀吉(岸谷五朗)は帝を補佐する太政大臣となり、「豊臣」の名もすでに賜ったことを得意満面に告げる。さらに九州攻めを決め、出陣命令を下す。そんな秀吉に対して唯一ズバズバと思ったままを口にする快活な秀勝(AKIRA)の姿に、江は恋心を抱く。
一方、初(水川あさみ)は、大坂城内で見慣れぬすてきな男子を目撃。その顔だちと立ち姿に一目ぼれするが、それは龍子(鈴木砂羽)の弟で、ダメ男とうわさのある高次(斎藤工)だと紹介され、ショックを受ける。
一方、秀吉と対面した茶々(宮沢りえ)は、九州攻めより帰った暁には聞いてほしいことがあると告げられ戸惑う。
夏も盛りになるころ、ついに秀吉は九州を制圧。さらに、九州におけるキリシタンの勢いを恐れた秀吉は、バテレン追放令を下す。たま(ミムラ)は衝撃を受けるが、ひそかに洗礼を受けることを決意する。
やがて、秀吉たちは大坂に凱旋(がいせん)。初は龍子の計らいで高次とふたりきりになる。そこで、高次の嫌いなものが菓子であることを聞かされ、またショックを受ける。
一方、江も秀勝と再会する。しかし秀勝は、九州攻めの武功の少なさに不満を言い、秀吉の怒りを買って追放となったと告げる。
そして茶々は、秀吉から呼び出され、茶々に対する思いを聞くことになる。

鬼島津に大苦戦!秀吉の九州平定

天正13年(1585)に関白に就任した秀吉は、その地位を利用し、全国の戦国大名に「惣無事令(そうぶじれい)」とよばれる私戦禁止令を発令します。「無事」とは、大名同士の講和のこと。これにより領土境目紛争や合戦は豊臣政権の裁定に委ねられることになり、違反した場合は、制圧の対象となりました。当然のことですが、天下統一を目指す秀吉にとって、非常に都合の良い法令です。
まず最初にこの令の餌食(えじき)となったのは、九州の島津氏。天正13年(1585)10月、九州全土の統一を目指して豊後(現在の大分県)の大友氏の領地に侵攻を続ける島津氏に対し、秀吉は勅諚(天皇からの令)を伝えるという形で停戦命令を出します。しかし、島津氏はこれを無視。さらに侵攻を進め、大友氏の本拠・府中(現在の大分市)に近い鶴賀城を包囲します。
怒った秀吉は、仙石秀久、長宗我部元親ら四国の大名を大友氏の救援に派遣し、これに対抗。12月、鶴賀城の北を流れる戸次川(へつぎがわ)を挟んで、島津軍と対峙(たいじ)しました。しかし、この第1ラウンドは、精強な島津軍の前に惨敗。
そこで秀吉は、翌年3月に自ら九州へ赴き、25万ともいわれる大軍を率いて、島津軍と対峙します。これには、さすがの島津氏もお手上げです。脅威を感じた当主・島津義久は、3月21日に和睦を申し入れ、秀吉は九州平定を成し遂げました。
ちなみに、秀吉の政策として有名な「刀狩令」も「惣無事令」の一環。「惣無事」とは、あらゆることに対する「平和」を意味し、「刀狩令」は百姓の平和のため実施されました。
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第17回「家康の花嫁」 5/8放送分

あらすじ
天正13年(1585)7月、秀吉(岸谷五朗)は関白宣下を受け、天下人への道を着々と歩んでいた。10月には宮中で前例のない茶会を開き、後見役の千宗易(石坂浩二)は「利休」と名を改めた。江(上野樹里)は、関白となった秀吉の執心に茶々(宮沢りえ)が屈しないかと気がかりであった。
しかし、そんな秀吉にも、思いどおりにならないものがあった。家康(北大路欣也)である。家康は小牧・長久手の戦以来、秀吉と距離を置き、秀吉から上洛を促されても挨拶に現れないのだ。
そんな折、信長の四男で、秀吉の養子となっていた秀勝が18歳の若さで病死。秀吉は三姉妹のもとに、姉・ともの次男(AKIRA)を連れて現れ、小吉改め秀勝と名づけたと報告。さらに、江に家康を呼びつける策を相談するが、江は一方的に思いを通そうとする秀吉に卑怯千万と言い放つ。関白をも恐れず思うままを口にする江に、秀勝は思わず噴き出してしまう。
その後、江の言葉から妙案を思いついた秀吉は、妹の旭(広岡由里子)を家康に嫁がせる。家康は、旭を妻に迎えたものの、またも上洛を拒否。ついに秀吉は、大政所(奈良岡朋子)をも送り込むことに。
これにはさすがの家康も折れ、事態は収束。そののち、秀吉は茶々を茶室へと招く。母や妹に強いた犠牲に報いるため、ずっと茶断ちをしていたと告白。そんな秀吉の予期せぬ純真さに触れ、茶々の心が揺らぐのを江は見逃さなかった。

江の2番目の夫となる秀勝登場!でも秀勝って1人じゃないの?

第17回「家康の花嫁」から、のちに江の2番目の夫となる羽柴秀勝がついに登場! しかし、ここでちょっと問題が?! お気づきの方も多いと思いますが、またまた秀勝が登場。ややこしい限りです。
そこで今回は、いったいどうして?っという方のために、羽柴秀勝について少しご紹介します。
「秀勝」という名は、実は秀吉にとってとても思い入れのある名前です。秀吉の周囲に、秀勝と名乗る人物は3人いました。
まず1人目の秀勝は、秀吉の実子と考えられる人物です。秀吉には、茶々(淀殿)が産んだ鶴松と秀頼のほかには実子がいなかったと考えられていますが、秀吉が長浜城主だったころ、南殿という名の側室との間に石松丸という幼名の実子がいたようです。生まれたのは天正元年(1573)か2年ごろ。秀吉はこの石松丸に秀勝という名乗りを与えていたらしく、これが1人目の秀勝となります。しかし残念ながら、この石松丸秀勝は天正4年(1576)ごろに早世。待望の跡取り息子の早すぎる死に、秀吉が落胆したことは想像に難くありません。
そのためか、秀吉はのちに、主君・信長に願い出て、信長の四男・於次丸(おつぎまる)を養子にもらい受けます。これが2番目の秀勝です。第9回「義父の涙」で、明智光秀を討った秀吉が、京の大徳寺で信長の盛大な葬儀を挙行したというシーンがありましたが、この喪主を務めたのが於次丸秀勝。“信長の実の子”で“秀吉の養子”とくれば、その後継者として、その将来は前途洋々だったはずです。
しかし、天正13年(1585)に若くして病死。そこで登場するのが、AKIRAさん演じる3番目の秀勝です。
於次丸秀勝を失った秀吉は、秀吉の姉・ともの次男・小吉を養子に迎え、秀勝の名と遺領・丹波亀山28万石を与えました。身内を大切にする秀吉らしい人事です。しかし、そんな秀吉の思いとは裏腹に、苦労知らずの小吉秀勝はどこ吹く風。のちに戦功に対する恩賞が少ないと秀吉にかみつき、所領を没収されるなど、波乱万丈の人生を歩むことになります。
ちなみに小吉秀勝は、永禄12年(1569)の生まれと考えられており、江より4歳年上。茶々、そして、江の最初の夫・佐治一成と同じ年です。そして気になる江との結婚は、もう少し先の話。江と秀勝の恋から、今後も目が離せません。
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第15回「猿の正体」 4/24放送分

あらすじ
天正12年(1584)12月、秀吉(岸谷五朗)によって、突如佐治一成(平岳大)と離縁させられた江(上野樹里)は、怒りに打ち震えていた。城から抜け出そうと試みるが、大坂城の広大な敷地で迷子になり、城からは一歩も外へ出て行けない。
秀吉への復しゅうを誓った江は、乳母のヨシ(宮地雅子)を従え、秀吉の弱点とその正体を暴こうと、城中を調べて回る。
石田三成(萩原聖人)を筆頭に、秀長(袴田吉彦)、黒田官兵衛(柴俊夫)、秀次(北村有起哉)、京極龍子(鈴木砂羽)、おね(大竹しのぶ)、千宗易(石坂浩二)とくまなく聞き込みを始めるが、秀吉の弱点を聞きだせず、誰ひとり秀吉を悪く言う者もいなかった。
全くらちが明かず、江は秀吉に直接会ってその正体を探ろうとする。しかし、秀吉に話をはぐらかされたばかりか、甥(おい)の秀次をどう立派な武将に育てればよいか、相談に乗ってしまう。
その後、城内に秀吉が病で寝込んでいるとのうわさが流れる。急ぎ秀吉のもとへ向かう江。しかし、そこには秀吉の元気な姿が。江はついに、秀吉の思わぬ本性を目のあたりにする。

秀吉自慢の城 大坂城

「山崎の戦い」で明智光秀、「賤ヶ岳の戦い」で柴田勝家を討ち、織田信長の後継者として名乗りを上げた羽柴秀吉。天下統一を目指す秀吉は、新たに領地とした摂津(現在の大阪府)に安土城をしのぐ巨大城郭を築き、自らの力が「信長以上」であることを誇示しました。
今回は、そんな秀吉の自慢の城、大坂城について少し紹介します。
大坂城の建築が着工されたのは、天正11年(1583)9月1日のことです。かつて信長を10年にわたり苦しめた本願寺の本拠・石山本願寺の跡地に、秀吉は巨大城郭・大坂城を築きました。
上町台地の北端に位置するこの地は、東は難波津、北は淀川、大和川に面する天然の要害。京都に通じる山陽道の基点ともなり、畿内の政治経済の中心をなす交通の要衝でした。
信長のあとを受け継いだ秀吉は、まず黒壁に黄金で装飾された華麗な五重天守を建てて本丸の石垣を構築。そして、二の丸、三の丸、総構に幅広い堀や累壁を巡らし、城下町を拡張します。江たち三姉妹が大坂城へ移ったころに完成していたのは、本丸と二の丸だけ。秀吉は慶長3年(1598)に亡くなるまで、大坂城の拡張工事を続けていました。しかし、建築途中であっても、その美しさは見る者を圧倒。「三国無双」とうたわれたといわれています。
山上の要害に頼った旧来の城郭ではなく、平地の要衝に家臣団の屋敷や社寺などあらゆる施設を集め、天下統一の中心拠点をつくり上げた秀吉。以後、大坂城をモデルとした豪壮華麗な近世城郭が、全国へと広がっていきます。
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第14回「離縁せよ」 4/17放送分

あらすじ
天正12年(1584)2月、江(上野樹里)は尾張大野城で、佐治一成(平岳大)との婚礼の日を迎えた。しかし、乳母のヨシ(宮地雅子)から初夜の段取りを聞き、式の最中に倒れてしまう。
一成の優しさに触れて元気を取り戻した江は、一成と共に、清洲城の織田信雄(山崎裕太)に挨拶に行く。そこに現れた家康(北大路欣也)に驚く江。実は、江の知らぬ間に、打倒秀吉(岸谷五朗)に向けて、戦準備は着々と進んでいたのだ。一成は、秀吉からの誘いを断り、織田方として戦に出る覚悟であった。戦を止めるために嫁いだはずの江は、戸惑いを隠せない。茶々(宮沢りえ)や初(水川あさみ)とも敵味方に分かれてしまうのだ。
それから間もなくして、信雄・家康同盟軍と、10万の兵を率いる秀吉軍との戦が始まる。家康相手に苦戦を強いられる秀吉。甥(おい)の秀次(北村有起哉)は、奇策があると秀吉の許しを得て出陣するが、すべて家康に見破られ、大打撃を受ける。ついに秀吉は、信雄の懐柔策に出て和睦に持ち込み、戦は突如終結する。
戦を終えた一成がようやく城に戻り、再会を喜ぶ江だったが、そこに茶々が病気で寝込んでいるという文が届く。一成は、江を早速、大坂城へと向かわせる。しかし、出迎えた秀吉は、「佐治一成とは離縁となった」と江に言い放つ。
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激突!小牧・長久手の戦い

江が佐治一成のもとへ嫁いでいった天正12年(1584)3月、一成の主君・織田信雄が羽柴秀吉と対立。若い夫婦にとって予期せぬ事態へと発展していきました。「小牧・長久手の戦い」の勃発です。
今回は、羽柴秀吉軍と織田信雄・徳川家康連合軍とが戦った「小牧・長久手の戦い」についてご紹介します。
本能寺の変」のあと信長の嫡孫・三法師を擁立し、織田家簒奪(さんだつ)の動きをみせる秀吉。この秀吉の動きに不満を抱いていた信雄は、同じく秀吉の専横的な行動を苦々しく思っていた家康と手を組み、秀吉と対立します。
具体的な動きがあったのは、天正12年(1584)3月6日。信雄は、かねて秀吉から懐柔工作を受けていた3人の家老を誅殺(ちゅうさつ)。秀吉に対するきっぱりとした意思表示で、秀吉との決戦に臨みます。
このとき、信雄・家康連合軍は3万(一説に1万6、7千)、秀吉軍は10万(一説に8万)といわれ、軍事的には秀吉軍が圧倒的に有利でした。しかし、功を焦った秀吉方の森長可(ちなみに森蘭丸の兄)が、尾張の羽黒(現在の愛知県犬山市)まで陣を進めて敗退。数では劣る信雄・家康連合軍が、地の利を生かして善戦します。家康が本陣を小牧山に置いていたことから、このころまでの戦いは「小牧の戦い」とよばれています。
4月に入り、次第に焦りの色をみせはじめたのは秀吉軍でした。女婿・長可の名誉挽回を考えた池田恒興は、「家康を小牧山にくぎづけにしている間に別働隊が三河を攻め、家康の本領をかく乱すれば勝てる」と進言。この作戦に乗り気ではなかった秀吉ですが、甥(おい)の秀次が「私が大将になりたい」と志願したため、その作戦を実行します。しかし、秀吉の不安は的中。秀次率いる別働隊の動きを察知した家康は、長久手(愛知県愛知郡長久手町)あたりで待ち受け、これを強襲。不意をくらった秀次軍は大敗し、池田恒興、森長可は討ち死に、秀次は命からがら逃げ帰りました。
この戦いは、場所の名前をとって「長久手の戦い」とよばれています。「小牧・長久手の戦い」とは、さきの「小牧の戦い」と合わせ、この年に起こった一連の戦いのことを指します。
その後、両者の対立はこう着状態となり、秀吉と信雄が単独で和解。戦う大義名分を失った家康は、浜松城に戻ります。
このとき、信雄・家康連合軍の一員として船を調達し、家康の帰参を手助けした一成でしたが、これを聞いた秀吉は激怒。「茶々が病気なのですぐ見舞いに来るように」という偽の手紙で江を誘い出し、強引に離縁させたといわれています。
江と一成の結婚生活は、半年にも満たない短いものでした。
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第12回「茶々の反乱」 4/3放送分

あらすじ
天正11年(1583)初夏、江(上野樹里)たち三姉妹の部屋が華やかな着物で埋め尽くされていた。それは茶々(宮沢りえ)に目をつけた秀吉(岸谷五朗)の仕業だった。
そのうえ、これまで三姉妹が身につけてきた母との思い出詰まる着物は処分され、茶々や江は激怒。侍女の着物を着て秀吉に激しく抗議する。そんな江の背後に、再び信長(豊川悦司)の姿を見た秀吉は震え上がる。
一方、初(水川あさみ)だけはきれいな着物を身にまといご満悦の様子。さらに秀吉は、豪勢な食事を次々と用意するが、茶々は着物も食事も一切受けつけない。江も箸を置き、初もしぶしぶ従う。こうして三姉妹と秀吉の攻防が始まる。 
茶々は、秀吉の命のままに振る舞う石田三成(萩原聖人)にも強烈な侮蔑のひと言を投げつける。才気走る三成も、その瞬間雷に打たれたように茶々への思慕が芽吹く。
空腹に苦しむ妹たちに心を痛めながらも茶々の戦いは続き、やがて三姉妹は、千宗易(石坂浩二)と対面。
一方、秀吉は黒田官兵衛(柴俊夫)から家康(北大路欣也)と織田信雄(山崎裕太)の不穏な動きについて報告を受けるが、茶々に夢中でうわの空。あきれるおね(大竹しのぶ)が、市(鈴木保奈美)より預かった遺言のことを挙げ、三姉妹は嫁に出すべきと忠告する。そのとき秀吉に名案がひらめき、江を嫁に出すことを決める。

父から嫌われた不運の子・於義丸

「築山殿事件」で長男・信康を失った徳川家。年齢順でいえば次男が家督を継ぐことになりますが、その話になると、家康は思わず顔を曇らせます。次男・於義丸(のちの秀康)と三男・竹千代(のちの秀忠)の関係は、光と影。今回は、父から嫌われた悲運の子・於義丸について少しご紹介します。
武勇に優れ、兄・信康に勝るとも劣らない器量の持ち主だったといわれる於義丸。しかし、信康と違って家康の愛情はさっぱり。かなり嫌われていました。
家康が於義丸を嫌っていた理由は、その出生と容姿にあるといわれています。
於義丸の母・お万の方は、初めから家康の側室ではありませんでした。実は、正室・築山殿の元侍女。このため家康は、於義丸に対し「本当に自分の子なのだろうか?」という疑念を抱いていたようです。
加えて、残念ながら於義丸は、イケメンではなかったようです。名の由来は、なんと深海魚のオコゼに似た「ギギ」という魚。生まれた顔が「ギギ」の顔つきにそっくりだったということから、「おギギ様」と呼ばれ、於義丸というようになったといわれています。於義丸にとっては、どちらもとんだ言いがかりです。
その後、人質として秀吉のもとへ送られる於義丸。元服後は、秀吉から“秀”の一字を与えられ、家康の“康”とで秀康と名乗ることになります。
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