第4回「本能寺へ」 1/30放送分あらすじ 天正9年(1581)冬。三姉妹は、初めて香道を体験する。市(鈴木保奈美)に父・長政(時任三郎)愛用の香を教えられ、喜ぶ茶々(宮沢りえ)や初(水川あさみ)だが、江(上野樹里)には父の記憶がない。 そんなとき、江たちは、信長(豊川悦司)が京で開く馬揃えに招待される。初めて訪れる京で市と三姉妹は、明智光秀(市村正親)や娘のたま(ミムラ)と出会い楽しい時を過ごすが、市は光秀の様子が気にかかる。 圧倒的な迫力と華やかさで群衆を魅了する馬揃えに感動した江は、ひとり本能寺で信長と対面。そこで江は、信長からバテレンの服を贈られるが、「自らが真なる神である」という信長のごう慢な態度が許せず、怒って本能寺を後にする。市らのいる宿所に戻った江は、母に「もう二度と信長に会わない」と宣言する。 天正10年(1582)を迎え、信長率いる織田軍は、天下統一に向け最終局面を迎えようとしていた。武田家を滅亡させた信長は、安土への凱旋(がいせん)の途上、市と対面し、茶々を養女に迎え天皇家に嫁がせたいと切り出す。一方、江は信長に会わなかったことを後悔していた。 そんななか、光秀はひとり焦慮を募らせ…。 絢爛豪華!馬揃え天正9年(1581)2月、信長の主催により、京でビックイベントが開催されました。正親町天皇を招いて行われた「馬揃え」です。「馬揃え」とは、軍馬を集めてその優劣や調練の状況などを検分する武家の行事のひとつ。端的にいえば、軍事パレードです。そんな武家行事を天皇を招いて大々的に行うことで信長は、自らの力と朝廷との良好な関係を日本全国にアピールすることに成功しました。見事なパフォーマンスです。 このイベントの実行委員長を任されたのは、教養豊かな明智光秀。光秀はわずか1か月ほどの準備期間で、メイン会場の設置から招待客の手配までを行いました。信長の“ムチャぶり”を完璧にこなすあたり、さすが光秀と言わざるを得ません。 信長の側近・太田牛一が編述した『信長公記(しんちょうこうき)』によると、メイン会場である馬場は内裏の東側に造られ、全長は約872m。御所の東門築地の外に設けられた帝の御座所には、金銀の豪華な装飾が施されたと伝えられています。 そして気になる信長のファッションですが、眉を描き、金紗の頬あてをし、唐冠の頭巾をかぶって衿(えり)に梅枝を差すという奇抜なもの。宮中より送られた造花の牡丹(ぼたん)も腰に差すなど、細部に至るまでこだわっていたとか。若いころはカブキ者として有名だった信長。本領発揮というところでしょうか。 ちなみにこの「馬揃え」は、当時無名だった山内一豊が、妻・千代のへそくり黄金10枚で購入した名馬に乗って参加し、信長から称賛されたことでも有名。2006年に放送した大河ドラマ「功名が辻」の名シーンのひとつです。 ![]() にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 栗原情報へ(文字をクリック) ![]() にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ(文字をクリック) ↑ブログランキングに参加中です!この文字をクリックして頂けたら幸いですm(__)m |

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