☆結婚から不妊治療まで

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結婚から現在の不妊治療に至るまでを綴っています
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結婚から4ヶ月、そして

2005年11月に私達は結婚した。 主人は農家の長男だ。いずれ継ぐことになっているが、現在は普通のサラリーマン。仕事場と実家は車で2時間ぐらい離れているので、今は別居している。今まで主人が進んで実家の手伝いをしている姿をみたことがない。「何か手伝いなよ。」と私が促しても「自分がやってくれば?」と言っていつも寝ている。義父母のもどかしい感じが私に伝わるし、私にぶつけられることもあるのだ。 何か役に立ちたいけど、何をしたらいいか教えて欲しいと言っても、「今はないから」と言われるし。慣れない環境で合わせるのは難しい。 結婚から4ヶ月経った2006年3月、生理予定日を1週間過ぎても高温期のままなので37日目に初めての妊娠判定器を使ってみる。すると陽性反応があった。 「うわぁ!やったーー♪」というよりは、「・・うそ」と言う感じ。不安でいっぱいになった。(どうしよう・・でも間違いかもしれないし・・) 翌日の38日目にも使ってみたらやはり陽性。その頃少量の出血が続いていたが、基礎体温はギザギザだけど高温を保っていた。 翌日激しい腹痛が続き、夜には多めに出血してしまった。 怖くなって母に電話をし、「どうしたらいいん?妊娠かどうかもわからんよ。妊娠するとお腹痛くなるん?」と涙ながらに聞くと、「そんな事ないわぁ。明日病院に行っておいで。ついて行こうか?」と言われ病院に行く決心をした。 評判のいい産婦人科が車で10分ほどのところにあったので、そこに行った。診てもらうと「・・まだ小さくてわからんな。」とだけ言われ、「今度基礎体温を表に書いてきて」と体温表をもらい帰った。 病院に行って5日後、レバー状の塊がドロリと出てきて再び激しい痛みに襲われた。「なんで?」と再び不安にかられ、診察時間外だったが病院に電話して診てもらうことにした。 内診してもらうと「もう、始まってるね」と一言。「始まってるって?」一体どういうこと?つまり、妊娠していたと言うこと? 先生はひどく不機嫌で、私の聞きたいことは聞けず、頭の中をグルグル回っていた。 「これを飲んで」と薬を出されて終わった。 薬を飲むと10分後位に下腹部に激しい痛みがくる。その後トイレに行くとレバー状の塊がたくさん出た。1時間ほど痛みに耐えて、疲れて寝る。 食後にまた飲み、痛みがきて、トイレにいくと塊がたくさん出る。痛みに耐えて、疲れて寝た。 仕事から帰ってきた主人は「ご飯、食べないの?」とか拍子抜けすることしか言ってくれなくて、一人でお気楽にテレビを観ていた。一言も「大丈夫?」なんて言ってはくれなかった。 トイレにいくと出てくる塊を見て、悲しくて泣いた。「ごめんね。私がしっかりしてないから、こんなことに。ごめんね。」と。 2日後、病院で診てもらうと「きれいに出たね。」と言われそれで終わった。 母に報告すると電車でうちまで来てくれて、「本当にそれで大丈夫なの?よそで診てもらったほうがよくない?」とすごく心配してくれた。「しばらく帰っておいで。ゆっくりしたらいい」と言われたが、一人でいたいと思ったので断った。
「お子さんは?」との戦い
美容院に行くと「ウパさん、お子さんはまだ?」と聞かれ、親戚の家に行くとおっちゃんに「おいウパ、子供はまだか?うちの長男みてみろ、子供ができてすぐ離婚してから、また子供が出来て再婚して。ざまーねーろーが」 あはは、笑えません。 お買い物に行っても、親戚の集まるところに行っても、同級生に会っても、「仕事は?結婚は?お子さんは?」と3点セット。 妊娠はしたんだよ!(不確かだけど!)うるせーよ!ほっとけよ!と、攻撃的で嫌な私になっていった。うちに籠もりっ放しになっていった。鏡をみるのが嫌になった。おしゃれもしなくなった。 主人の実家に行くと義弟親子がいて、子供が2人チョロチョロしている。義父母が見たこともない顔で仲良くしている。 私は完全に蚊帳の外だった。 毎日イライラしていた。主人に当り散らし、パンチを繰り出した。 ひどい言葉もたくさん浴びせた。本当に、今思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、この時はもうどうしようもなかったんだ。 
初めて不妊治療を目的に婦人科を訪ねたのは2007年5月末。仕事もしないでゴロゴロしてたら不妊の言い訳がないなと思ったから。 転勤で福岡に来てから7ヶ月が過ぎていた。外出の予行練習に出掛けたら変なおじさんに付きまとわれ、正面から携帯で写真を撮られた。 「怖い・・一人で外出するのが怖い」となかなか婦人科に辿り着けなかった。 博多駅から徒歩5分ほどのところにある婦人科だった。産科はないので妊婦さんをみることはなかったが、若い夫婦か恋人同士が両親を連れてくるなど、うっとうしい光景をみる事があった。 内診と子宮ガン検診、ホルモン検査など一連の検査を受け、卵管造影の日を迎えた。 「生理痛の時、痛み止め飲んでるんだっけ?来る前にも痛み止め飲んできてよ。まぁ、そんなに痛くないと思うけど。」と先生に言われる。 確かに、腰がズーーーンと重くなる感じで、ガマンできない程じゃなかった。「今から始めるよ〜。」「ちょっと痛いかな?ゆっくり入れるからね」と先生が声を掛けてくれるのでリラックスしていた。 結果、左の卵管が詰まっていた。 STD検査も受けた。結果はクラミジア感染に陽性。ビブラマイシンを処方された。 主人にも「STD検査受けておいでよ」と理由はうやむやにして受けてもらった。ピンポン感染は嫌だもんね。 でも主人は陰性だった。 通院している間にカンジダにかかった。ものすごく痒くてヒリヒリして座っていられない。 その頃インプラント手術もしたりして、私の体は薬漬けになっていたかもしれない。次から次へと薬飲んだなぁ。 フーナーテストは気分が沈む。まず先生に内診してもらって、主人にお願いする。だいたい、いい顔はしない。「疲れた」と言って早く寝てしまうこともあった。 タイミングがとれず婦人科へ行き、先生に「すいません」と私が謝る。この一連の流れがストレスになっていった。 婦人科へ通い始めて5ヶ月頃、先生に「抗精子抗体があるかもね。AIHに進みませんか?」と言われ主人に相談する。 主人は「そこまでして欲しくないな」と言った。 私の溜まりに溜まったものがその時噴出した。「一人で子供が出来るならあんたに相談なんかせんわ!協力してくれないと出来るモンもできんやろ!!」あとはもう、言いたいことが次から次へ出てくるけど、覚えていない。ヒックヒック泣きながらで言葉が詰まって言えない事もあったかも。 「もういい。もう婦人科に行かない!」で、婦人科通いをやめてしまった。 検査と子作り目的以外ではなかった「夫婦生活」がここで完全になくなった。 「夫婦生活」をした翌日に先生から内診されるのも、主人に「お願い」するのも、私には屈辱的だったのだ。 同じ頃、義弟夫婦に3人目の妊娠がわかり「もう、やめたい。離婚したい」と思い始めていた。

婦人科通い・・Part2

今、通院している病院へ行くようになったのは、2008年の10月。主人が職場の人に「不妊治療で有名だよ。うちもそこに行って授かった」と言われた話を私にしたから。 前回、別の婦人科でAIHを勧められた時に「そこまでして僕は欲しくない」と言った主人がこんな話するんだから、この人も職場で肩身狭い思いしてんのかな?いろんな人に子供の事言われてんだろうな。 「ウパもその病院に行ってみたら?」「いいよ。だけどまた一から検査やらないといけないからね。ちゃんと協力できる?」「うん」 「多分AIHも勧められると思うよ。どうする?」「その時は考える」 その頃茶色のおりものと下腹部痛が続いていて、気になっていたからそれを理由に行ってみたんだけど、いまだにその原因はわからない。 先生からは詳しいことは言われない。終わったらカルテを覗いてメモって帰る。 初日・子宮頚管粘液検査=分泌物正常、びらんなし・子宮頚部細胞診=内膜が厚い・子宮ガン検診=陰性 TRHテストをする為、朝から空腹で行ったある日、何度も注射針を刺され、「血管が弱いですか?すぐ腫れちゃうなぁ。アルコールアレルギーあります?」と聞かれ(そんなん、しらんよ・・・痛ぇよぉ〜)と苦笑いして耐えた。途中でやめられてしまい、採血される。 プロゲストロゲン=30.6ng/ml・下垂体不全、高プロラクチン血症の疑い、と書かれていた。 生涯2度目の卵管造影。前回よりも数倍痛い!あまりの痛さに頭を左右に振り、汗が噴き出し、体中が痺れた。意識が何度も遠のきそうになる。結果、内膜・左卵管の閉塞がわかる。前回より閉塞部分が子宮に近くなってると思った。 LH=6.7、FSH=7.7、プロラクチン=23.28 よくわからないが、下垂体不全、高プロラクチン血症ではないらしい。 それから4ヶ月は卵胞を見ながらのタイミングを続けた。 前回も婦人科に通っている時にカンジダにかかったが、今回もそうだった。 2009年の1月にフーナーテストをする。量は多いとの事。 2月からフォリスチム注50を打たれる。筋肉注射は初体験だったので怖かった。これを続けると思うと気が重くなったけど、みんな1度は通る道なんだと言い聞かせ耐えている。 同じ月に「ラパロも考えた方がいいかもしれないですね」と先生の口から出たので、夫婦で話し合った。 「それが有名な病院なんやろ?だから僕勧めたんで」「他人事やな。お腹にカメラ入れられたり、怖い思いするの私ばっかりやん。」「わかってる」 「年齢に余裕がないからやるつもりやけど!先生に伝えてもいい?」「うん、金額の事とか詳しく聞きたい」「わかった。その事も伝えてみる」 この病院では有料だが個別に不妊相談が受けられる。専門のスタッフが「ぶっちゃけて何でも聞いてくださいね」と気さくな感じで話を聞いてくれ、不妊治療で悩んだり苦しんだりしている女性の事を主人に話してくれた。これが結構私たち夫婦にはよかったようで、治療のことを主人の方から聞いてくるようになったり、夫婦生活も「義務的」なものじゃなくなった気がする。 6月にラパロの予約を入れた。早いところで6月しか空いてなかったのだ。今回実母には内緒にしておくことにした。2人で乗り越えてみたいと思ったから。

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