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4月5日 午前11時22分 祖父が息を引き取りました。
その日の8時過ぎに母から「じいちゃんの容体が悪くなった」と連絡がありました。
だけど私はいつものように起き上がれず、でもなんとか起き上がったのが9時過ぎでした。
準備をして家を出たのが11時過ぎで、途中実家のガラス戸にベッタリくっついた粘着
テープを剥ぐためのものをいくつか買ったりして行きました。
途中 臼杵の救急車とすれ違ったのでわき道に車を停めて母に電話すると
「じいちゃん、もう死んだんよ。11時22分に。」と返ってきてガックリしました。
祖父は今年の1月23日に97歳になりました。
私も自分の祖父でなければ「大往生だったじゃない!すごいね!」なんですが、
前日会った祖父の目はまだ生き生きしていて、3女の叔母に何か訴えていて。
まだやり残したことがたくさんあるんだな。まだ生きたいんだなと思えて。
そう思えて悲しくなるんです。
何も食べれない祖父を不憫に思った母が、お茶を口に注いだ時にむせてしまって
咳をした時に、ずっと夢と現実が混濁した状態だった祖父が苦しさで大声で叫びました。
すぐ側に駆けつけ、手を握った右手はとても力強くて。
あの感覚 ・・・父と最後にあった時、握った右手が痛いほど強かったのを思い出します。
父と祖父の感覚。忘れたくないな。
来週の日曜日が父の四十九日で一段落つくはずの私の実家。
なのに母はまた疲れた体を奮い立たせて葬儀に臨みました。
跡取りのなかった家なので独身である3女が喪主。遺族代表が母でした。
葬儀社の対応も、火葬場の対応も大変満足のいくものでした。
祖父が長年に渡り奉仕していたお寺からの住職さんが数人、
親戚の住職さんが一人と、葬儀の会葬にお坊さんがいる風景を私は初めて見ました。
葬儀の読経をお願いしたお寺は祖父の祖先が代々お世話になっているところ。
なのにね・・ここだけは心無い対応でね。本当にひどかった。
最近ではこのお寺の対応が不評で離れて行く檀家さんが多いと話は聞いていたけれども。
祖父の気持ちを思うとね、本当に許せません。祖父を蔑ろにした対応が許せない。
訳あって祭壇を私の実家に持ってきてもらったので、父と祖父の祭壇があります。
葬儀後もひと波乱ふた波乱ありそうな予感。
みんなで「はぁ〜〜〜・・・」とため息ばかりついています。
命日 平成29年 4月5日 葬儀 平成29年 4月6日
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