甲州街道
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上諏訪宿に入ってきました。 ここでは酒蔵が並びます。 ということで、片っ端から試飲にのぞむわけです・・・ 『宮坂酒造』『伊東酒造』『酒ねのや本金酒造』『麗人酒造』『舞姫酒造』 と400mくらいの街道に並ぶのです。 リュックには酒の肴をキープしているの ここで液体燃料を仕入れなければいけません。 しかし、こういうものはむつかしいですね。 一旦全部試飲して、そこからまた舞い戻って購入するわけにもいかず どの時点で購入するのか・・・・ 最終的には友人からの助言も含め、『真澄』(宮坂酒造)『舞姫』(舞姫酒造)を購入。 持ち帰るのも大変なので、宅急便でまとめて送ってもらいました。 それぞれの店で送ってもらうと送料がもったいないので、 真澄を舞姫酒造に持ち込み、一緒に送ってもらえないかとお願いしたら 快く引き受けていただきました。助かった〜 その他にも山田養蜂場、呉服のかねさ等々古いつくりの店舗が 街道歩きの雰囲気を高めてくれる街でした 街の中心あたりから、国道を離れます。 旧甲州街道での国道歩きはここが最後です 温泉が豊富なのでしょう、温泉寺があったり、 民家の庭先には温泉を引くためのタンクが、どこでも見かけることができます 諏訪の旧街道を歩き続けます。 坂道を登り、一汗かきます。 試飲したお酒を少し恨みつつ・・・・ 大きなかやぶき屋根の建物が見えました。 『寿量院』と札があがっています。 振り返ると諏訪湖の湖面が広がっていました。 日本のおへそが見えました 諏訪湖の湖面を望みながらの道が続きます。 ここまでくれば残りもわずか。 いよいよラストステージへ向けて・・・・ 次回でこの旅もお話も終わりとなるわけです |
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茅野は7年に一度行われる『諏訪大社御柱祭』の木落としの会場があるところです 上の写真でその場所が見えているように普段は何もないところです。 ここで次回は平成22年4月に行われ、写真の川の下流で川越しという行事も行われます 祭りの日には電車も徐行運転で楽しませてくれた時代もあったようです。 小生は一度も観たことがありませんが、いろいろな人の話を聞くと とにかく大変な人の賑わいで、なかなか山に近づけないようです 茅野駅からすぐのところに『丸平支店』という川魚専門のお店があります 中に入ると、オカミさん(といってもまだまだかなり若いし美人)が小魚の佃煮を用意していました 『なにが一番美味しいですか?』との問に 『ウチはうなぎが一番なのですが・・・』 確かに、水槽の中には生きたうなぎがうじゃうじゃ! 実はここにはいる前に昼食で信州そばを食べた後で、 とてもうなぎが食べられる状況ではありません。それに徒歩旅の最中です 持ち帰るわけにもいきませんから、写真のような 『わかさぎ筏焼』『わかさぎ紅梅煮』を買って帰りました。 徒歩旅の旨を告げると、保冷材まで用意してくれて、大変感じのいい接客でした リュックの中は味噌と佃煮で一杯になりました。 液体燃料が揃えば言うことなしです! 茅野の町を過ぎ、国道歩きが続きます。 その国道から別れる小路には写真のように名前がついていました 『播磨小路』『鍛冶小路』『塔所小路』『渋沢小路』等々 どんな由来があるのか。 『塔所小路』のところにおばあちゃんがふたりで井戸端会議をやっていたので聞いてみました 『なんでこの道は塔所小路なんですか?』 『あ〜・・・それはね、この角にほら火のみやぐらが立ってるからなんよ』 『なるほど・・・そういうわけですね・・・』 『おに〜さん、どこから来たの?・・・学者さん?』 『あはは・・・いえいえ・・・・』 どの道の名前もそれぞれ由来があるのでしょうね。 おばあちゃんたちはそれからこの辺のことをたくさんはなしてくれました 遺跡の話や古いこと等々。なかなか楽しいひと時でした おばあちゃんはもっとお話したかったようですが、先があるので街道歩きにもどりました。 国道を離れ、裏道という感じのところを進んでいきます そこには写真のように、あちこちに温泉マークのついた施設が現れます このへんはどこでも温泉が出るのでしょう 2枚目の写真で判るように、あるところでせんたくをしているおばあちゃん 『おばあちゃん、ここは洗濯するところなの?』 『洗濯したりさ、農作物洗ったりね、冬でも暑いくらいだよ』 『流石に戸外だから風呂としては使わないんだね』 『いや〜遠くから来た人が知らずに入っちゃう人もいるけどね・・・・あはは・・・』 手をつけてみるとお風呂なみに熱い。 こういうところは農作業の後に手足を洗ったり、道具を手入れするために利用することが多いようです ちなみに、お風呂はおばあちゃんが座っている後ろの壁の中にあり 地域の人がお金を出し合って管理しており、入浴するには皆さん世帯ごとに 鍵を持っていらっしゃるということでした。 いろいろなところに共同浴場があり、利用時間が表に掲げてあります 『午前5時〜午前10時、午後1時〜夜12時』 もちろん料金表はなく、お昼は風呂の清掃のための時間とのことでした のどかな時間が過ぎていきました 上諏訪宿に向かいましょう! |
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この記事が777番目の記事である。ということでお祝いのお酒! 金沢宿を出て長い国道歩き。 途中国道から離れた一里塚にも寄って見ましたが、そこはラブホテルの裏にあり 情報がないと見過ごしてしまうようなところでした それでも、立派な石碑がおいてありました。 さて、木船地区に入っていきます。 そこでいろいろな面白いものを見つけることができます ちょっと不思議な集落でした そんな集落を抜けると、また道は脇へそれていきます やはりそこには川が流れ、その水の透明感が心を癒してくれます 釣り人がいたので『なにが釣れるのですか?』とお聞きしたら 岩魚<いわな>ということでした。 岩魚の塩焼きで日本酒を一杯。すぐ想像してしまった・・・・ 中央高速をくぐり抜けると茅野の街の中へ入っていきます 御柱祭がある街で有名ですね。御柱祭りは7年に一度。 祭りの日は身動きができないほどの人であふれかえりますが 普段の茅野の町は静かに時が流れていきます この街道歩きで酒蔵は幾度か紹介しました。 この先も酒蔵が出てくるのですが、ここでは『味噌蔵』が見学できます 『丸井伊藤商店』。マルイ味噌で有名なところです。 お店に入っていくと、そこは奥行きの深い工場につながっています 薄暗い工場で見学は自由です。 できあがった味噌のにおいが、なんともいえず・・・ 子袋に入れるところや、大きな味噌ダルを見せてもらいました。 味噌蔵見たのは初めてだった気がします 他に見学者がいなかったので、電気が消えていましたが すぐに工場の人が照明を点けてくれました その味噌蔵の横にもうひとつ賑やかそうな部屋があります なんと、味噌工場の中に神社があるのです。 その名は『貧乏神神社』 こんな縁起の悪い神様ですから、拝むわけにはいきません 以下のようにおまいりするそうです (1)豆代100円を壷に入れる (2)貧乏神の前にあるご神木を貧棒という名の棒で3回叩く (3)叩き終わった後は貧棒をおき、おもむろにご神木に3回蹴飛ばす (4)最後に豆を神体に向かって1回投げつける くれぐれも手を合わせて拝まないように・・・・ (5)次におかめ神社に参拝して、お賽銭を投げ、鈴を鳴らして手を合わせて拝みます 最後におかめ様の顔をなでます。ほっぺたをなでるとよりご利益があるそうです 結構大変でした お味噌を買って、次の目的地へと向かいます しかし、このお味噌が背中にずっしりとかかり、 道中が大変になるとは思っていませんでした。 |
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朝5時半に自宅を出ます。 すっかり明るくなっており、雲一つない空が朝焼けで茜色に輝いていました。 中央本線普通電車松本行きに乗り込み、2時間20分の汽車旅からの始まり。 朝早い時間帯はまだ特急列車は動いていません。 車中、正面に座った男性。70近いといった感じでしょうか。 時刻表と山梨県の地図を広げ、車窓の風景を楽しんでいらっしゃいました。 お話をすると、青春18切符を使ってあてのない日帰り一人旅とのこと。 桜が満開だった甲府で降車されました。旅人ですね・・・・ 9時40分。すずらんの里駅に2週間ぶりに戻ってきました。 ひんやりした空気。標高が800mを越えています。 空は雲もかかっていますが、青空は充分にその割合を残してくれています 最終日の徒歩スタートです。 歩き出して1km。大きな木がそびえる一里塚があります 『御射山神戸一里塚』で日本橋から四十八里目の一里塚となります このように大きな一里塚は大変珍しいとのこと 380年間ここで育った大木は高さ25mまで届いているそうです 昔の旅人は、この木陰の下で一休みしたのでしょう。 SEIKO・EPSONのスポーツ施設の横を通り抜けていきます 流石EPSON発祥の地。この先、あちこちにEPSON関連の建物が現れます それにしても立派な施設です。従業員が優遇されていることがわかります JR青柳駅を過ぎ、いよいよ金沢宿へ。 インターネットで調べた情報にはありませんでしたが、街道から少し入ったところに 泉長禅寺という立派なお寺がありました そこで見つけたもので珍しいものが・・・ 『仏足跡』です これは釈迦年尼仏を象徴表現したもので、古代インドでは礼拝の対象であったものです 法輪、三宝標、螺王紋、花瓶紋、双魚紋をはじめ仏の胸上にある吉祥の標識である卍など 象徴物を配した様は、釈迦年尼仏の功績が大きかったことを示すものだそうだ 金沢宿の街にもうひとつ発見したものがある 民家の玄関先にある大きな石。 その手前に小さく控えている石がわかるだろうか。 孔があいているものだ。 これは『馬繋石』と呼ばれるもので、 ここに馬をつないでいたものということ。 この甲州街道歩きでも、初めて目にすることが出来た 大事にして欲しいものだが、無造作においてある 民家の住民にとっては、今ではもうただの石っころなのかもしれない |





