かえで!!

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 「レイラ!」に続く第2作めとして書き始めたブログタイトルの才蹴探偵社「かえで!!」ようやく

終わる事ができました。

 プロローグ1をアップしたのが、2007/5/24(木) 午前 1:11 だそうなので、丸々5年以上かかった

事になります。まぁ、かかり過ぎです。物語は初夏から初冬にかけての僅か数ヶ月の出来事なのに。

割合直球だった「レイラ!」よりも少し膨らませようとした結果、ダラダラと長くなった感は否め

ません。主人公二人が(主に才蔵が)天翔還元会と言う宗教団体に支配された岡山の村で大暴れをする

辺りまでは面白かった(自分で言うな)と思うのですが・・・。ただ、ここまでだとタイトルの

「かえで!!」は殆ど登場してないんですけどね。

 5年間・・・これを書いてる間に、ワタクシのホラ話など凌駕する出来事が現実に沢山起こりました。

リーマンショックやら、ユーロの崩壊やら、日本でも政権が交代したり、東日本大震災、それに伴う

原発問題。

 初めの頃に「世界を救え」なんてセリフを出してしまってたから、新政府の動向とか、やはり気に

なりました。日本がスゲェー良い国に変貌したりしたら、この物語の教祖様とか身の振り方を考えなけ

りゃならないなぁ・・・とか思ってたけど杞憂に終わりました。物語の最後の舞台、北方領土には

ロシアの大統領が平気で来ちゃったり、弱腰外交にも程がありますね。なんて思ってたら原発・・・

敵である天翔還元会は原発を独自に持ってる事にしてメルトダウンなんかも折り込もうかとしてたら、

もはや冗談や梯子段じゃ済まない事に。・・・5年間、本当に色々とありました。

 この物語は、主人公である才蔵とかえでが些細な事から喧嘩して、プイっと海外にかえでが

行ってしまい、その旅行先で超大富豪に見初められ、軟禁されてしまう。・・・と言うのが大元の

発想でした。「レイラ!」と変わり映えしない話なので、これは却下しましたが。いずれにしても

この二人が結婚を決める迄を書く事だけは決めてましたので、それだけは初志貫徹できたと思って

います。


●麻衣の事

 今回の「かえで!!」には麻衣と言う女性が登場しています。

気が強くて元気があって、初めの頃は彼女が中心となって話が回ってました。

前出の「世界を救え」と主人公に言ったのも彼女です。正直、彼女は、かえでの恋のライバル

的存在として出そうと思ってた女の子でした。才蔵を巡り、「未来少年コナン」のコナンとジムシィ、

ダイスの如くひたすら馬鹿をやる、そんなシーンを想定していたキャラな訳なのです。・・・が、

過酷な運命を一手に担う様な方になって行ってしまって・・・正直、これには困りました。

 中盤からラストに掛けて、何度か、麻衣は死ぬしかないなぁ・・・と考えました。となると才蔵の

腕の中か・・・。しかし、それだけはやってはいけない、と思い直しました。どんな状況になったと

しても麻衣は、生きて、幸せにならなければならない。仮に物語が破綻しても麻衣は助ける!

かえでには済まんこってすが、ワタクシの中で物語は「麻衣!!」になってました。


 前作「レイラ!」を書き始めた頃、つまりはブログを始めたばっかの頃、どこで知ったのか、拙い

ワタクシの小説を読みに来てくれる女の子がおりました。コメントなんか余りいただけなかった頃の

話です。この子が入れてくれるコメはトテモ嬉しかったものです。

 この女の子のブログ上のハンドルネームが 麻衣 でした。

そうそう、ワタクシ、当時のハンドルネーム tabashira shukei でした。なので、実は、

シュウとかシュウケイとか名乗っておったのですよ。それをこの麻衣さんがいきなり呼んでくれました。

タバさんてね!!ちょっと驚きでした。考えもつかない呼び方でしたので^^

とにかくあれからワタクシは、タバさんになりました。

 さて実はこの方、心臓を患っているとの事で、何度も手術を受けなければならない体でした。

普段はご自身のブログには好きな音楽とか、今時の女の子らしい内容の記事しか書かれておらず、

そんな重い疾病を抱えた方だとは全く知りませんでした。

が、いよいよ手術が迫る頃、恐いけど頑張るよ!と書かれた事で初めて知ったのでした。

 で、彼女は一旦バイバイ!と書いてブログをお休みし、1回目の手術に臨みました。

彼女のブログ経由でゲスブに来られた方が居て、麻衣さんを一緒に応援してあげて下さい。

なんて言われた。何もして上げられないけど、彼女のブログに応援コメを入れてください。なんて。

それは、どーなんだろう?(返って迷惑では?)とも思ったがそうした。だって、どうしょうも無い

じゃん。何もできないのは本当だから。

 彼女の手術の少し前、何と臨時にブログを立ち上げた人がいた。彼女のリアルな友人と言う女の子

である。手術直前、術中、直後の様子を知りうる限り記事に書いてくれていた。いつ更新されるか

分からないから携帯でもしょっちゅうチェックしていた。(今ならツィッターなんだろうな)

 で、手術成功、麻衣の意識は戻ったよ!! ヤッター!!なんて文字を読んだ時には、不覚にも

泣けちゃったよ。

 ところが、である。当の麻衣さんは怒ってしまった。意識が戻り、また次の手術に備えて入院しつつ

体力をつけていた頃、自分のブログを見、そして友人が臨時で立ち上げたブログの存在を知ったらしい。

仕事中に何気に携帯でチェックしたら麻衣さんのブログが更新されていて驚いた。

書かれていたのはこんな内容だった。(正確には覚えてません)


 本当に沢山の方達に心配をおかけしてしまいました。友人にもブログは止める様、注意しました。

本当に迷惑かけて済みません。心配掛けてばっかりで何もできませんので、私もこのブログは閉鎖

致します。本当にごめんなさい。          麻衣


 おいおい・・・と、思ったが仕事中でもあり、帰ったら止めない様、コメを入れよう。

と思ったのだが・・・数時間後に部屋に戻ってPCを着けたら・・・もう、彼女のブログ、無くなって

ました。確か・・・麻衣さん、当時、21歳。若さ故の潔癖さと言うか、潔さと言うか、

頑なさと言うか・・・このトンガリコーンが!! (意味は無い)

 その後、彼女がどうしてるのか、どうなったのか、27歳になって結婚もされてるのか、何も

分かりませんが、「かえで!!」を書き始めた頃は思ったものでした。また、遊びに来てくれないかな。

 ウチの小説には、気丈で、頑固で、元気に暴れる麻衣と言う女の子が出てるよ。なんて・・・。


 長くなってしまいました。そんな思いから大分外れた物語になってしまいましたが、だから、

例え傷だらけになっても、麻衣は生きて、幸せな暮らしを受け入れる人にしたかったのです。

 何はともあれ、書き続けた物語を完結させられた事は実に喜ばしい^^

そう思っております。 御拝読、ありがとうございました。


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 「…あ」  「どうした?」  裏庭を見渡せるダイニングキッチン。お茶を飲んでいた年若い医者はお腹の大きな新妻を気遣う様に椅子から立ち上がった。
「うん…今、何か凄い騒がしい人達が家の前、走って行ったから…」
「観光客だろ。はしゃいでたんじゃないか?」  「だね…」  「どうした?」
「うん…なんか、知ってる人の様な気がして」  「そうなのか?」
若い医者は背後から新妻の肩に両手を置いた。  「記憶が戻りそうなのか?もし…そうなら…」
新妻は小さく首を振り新郎である元主治医に笑顔を向けた。  「愛してる」
若い医師はホッとした様に笑うと彼女の壊れていない方の頬にキスをした。反対側を触れられる事、彼女は嫌がるからだ。


 ドモリ…蹴一…私の記憶の事、才蔵に黙っていてくれてありがとう。
あれだけの騒ぎを起こした私に、幸せになっていいんだと言ってくれてありがとう。
慣れない幸せを恐れ、彼の下から逃げようとした私を、ドモリながら、我慢強く説得してくれたね。
…嬉しかったよ。会う訳にはいかないっていつも遠くから私の心に話し掛けてくれた。あの優しい声、私、忘れないよ。ふふっ、でも、顔も合わせてないのにドモってたのは何故?
 才蔵…強くて、頼もしくて、憎らしい、大好きな才蔵…貴方の言った通りだね。誰よりも幸せになる事が私の角来への復讐…。復讐…そんな思いもう消えたよ。これが幸せって事なのかな?
あ…ねぇ、才蔵、きっとそう、麻衣って名前、母がつけてくれたんだ。あの名前…今は捨てたけど、母の
思い、大事に大切に…この子にも伝えるよ。
才蔵、貴方が頑張って話してくれた言葉一つ一つを噛締めて、この人と生きてくね。
 …そしてかえで、可愛いかえで。貴女も幸せに。本当に幸せに…いつまでも健やかに…。才蔵の事、お願いよ。
 ああ…何もかもに感謝したい気持ちだよ。こんな日が来るなんて夢にも思わなかったよ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう!!     そして…さようなら!!

                     才蹴探偵社 かえで!!   終わり

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 「怖い話?」  才蔵の眉間に皺よる。  「ああ…」  
「夏向きだな」  蹴一はふふ、と笑った。  「勿体つけないで早く言え」
蹴一は頷き、スチールチェアーの埃を払い前屈みに腰掛けた。
「俺達は、大会長を名乗るあの青年を死なせた事で、この件は一応の解決を見た、そう結論付けたな?」「ああ…治安は悪化したがな」  既に全身埃まみれの才蔵も、諦めた様にデスクの上で胡座をかく。
「そうじゃなかった。かえでさんの危機は去っていない」  才蔵の表情が変わった。  
「何だと?!」
「あの男、あの日総本山で起こった事、全てを把握していた。しかし、それは有り得ないんだ」
む?才蔵はじっと考える。
「ヤツも記憶を無くしてなけりゃおかしいって事か?だが、ヤツも超能力者なんだろ?だとすりゃ…」「本人もそんな言い訳してたがな…あの時うやむやにしないで言及するべきだった」
「ヤツの声の力には俺も全く逆らえなかったんだぜ。よく分からんけど、あの位の力がありゃ…」
「いや、彼の超能力者としてのレベルは極めて低い。あの程度の力では何億もの人間を無意識の内に巻き込んだかえでさんのあの力は破れない」  少しだけ複雑な思いが才蔵の胸中に広がる。
「だが、アレじゃねぇか?磯部とか榛原みたいな抗体ってのか?そんなのがある人間もいるんじゃねーの?」
「だとしたら、そんな人間が世の中に大勢いたら、俺達は今頃世間の晒し者になってる。マーク・クリフト大会長の力をもってしても噂は抑え切れなかった筈だ」  「なるほど」
「かえでさんの力は麻衣さんの眼の比では無い。現に磯部さん、榛原さん達、麻衣さんの眼に耐えた人達も記憶を無くしていただろ?」  おいおい、かえで、そんなに凄いの?
「総本山が傾く前にあの男は逃げ出している。本来ならその後の経緯を知ってる筈がないんだ。岸根さんのウィルスのお陰でデータも残ってないし」
「モニターか何か!!…で見てたなら記憶喪失の筈か…だったら、どーゆー事になるんだ?」
蹴一は煙草に火を点す。
「全てを見ていて、尚且つ、かえでさんの力に動じない能力を持った人間が大会長のバックにいたとしか思えない」  「馬鹿な…」  「いや、そうだ。そして、その人間は俺以上の超能力者」
はぁ?  才蔵はすっとんきょうな声を上げた。
「蹴一以上?超能力者様御一行の世界には疎いんだがよ、お前以上の力を使う人間がそうそういるとは思えないぜ」  「ああ…自分で言うのも何だが、俺もそう思う」
「ならよ、ってか超能力者とは限らないだろ?」
「まあ…だが、大会長、かえでさんが光を放ち続けていた事に興味を持っていたって話しただろ?」
「ああ」  「光らせたのは俺だが、その光のイメージを二億人に伝播したのはかえでさんの力だと知った時、彼は言ったんだ」  「何て?」
「俺と同程度の力を持つ超能力者を捜せば同じ事ができる、ってな」  才蔵は目を丸くした。
「そんなの簡単に見つかるもんかよ」  「うん、俺もそう思って聞き流した。それが自然だ」
「だろ?」  「だが、だからこそ、こうは考えられないか?不自然な事を言い出した大会長には実は当てがあったと。現に俺に勝る超能力者を知っていたと」
才蔵は絶句した。有り得ない話ではない。何しろ相手は半世紀以上に渡り世界の裏側を支配し、君臨し続けてきた一族の頂点に立っていた男。
「知っていた所か、既に手元に置いていたのかもしれない」  「何故そう思う?」
「脅しを掛ける意味で、俺は大会長に対し様々な力を使って見せた。だが、彼は驚く素振りなど全く見せなかった。つまり…」  「見慣れていた、か?」
「ああ。かえでさんのあの力以外、興味が無い、そんな態度だった」  「かえでの力か…」
「かえでさんの力は謂わば強烈な精神侵食だ。俺ですらあっさり落とされた程の。そして無垢であるが故の爆発的な伝播力」
「つまり…何だ…そのかえでの力を跳ね返す能力を持った人間が今も生きていて、今度はそいつがかえでを狙う、とかって言う気か?!」  「可能性はある。いや、違うか」  「何だよ?」
「大会長に付いてた位だ。相当に上昇志向、権力志向の強い人間かもしれない。しかしそのくせ、一切表には出て来なかった。だとすれば…」
「世の権力者、大物政治家、金持ちの懐に転がり込む気か…かえでの情報を手土産に!」
「それだ。しかし今は、どの国の政局も荒れていて誰が生き残り、上に立つのか読めない状況」
「なら今は、世の中が安定する迄じっと息を潜めて高見の見物って所か?」  「逆もあるな」
「逆?」  「混乱に乗じ自らの手で反逆者を国王に祭り上げるとか」  「どっちなんだよ!!」
蹴一は頭を振った。  「分からない。全て俺の妄想でそんな人間、いないのかもしれない」
「はぁ?」  「だが、可能性は0でない。俺達は今後、常に備えていなければならない」
才蔵は宙を睨んだ。  「あー…大会長、あの金髪小僧は麻衣が死んだって事、疑ってなかったんだよな?」  「ああ」  才蔵はヨッ、と声を出してデスクから飛び降りた。
「て事はそーか、その謎のX氏も麻衣の生存を知らないと考えていいんだな?」  「ああ…多分」
「なるほどな」  「俺達はもう麻衣さんの人生に一切関わってはならない。巻き込んではならない」「あいよ。かえでの馬鹿一人で手一杯だろうしな」  
「恐らく相手は並みの人間じゃない。大丈夫か?」
「へへっ、確かにおっかねぇ話だ。まだ終わってなかったのか…」  「…」
「そーいや麻衣に言われたっけな…俺達は安らぎじゃなく、激しさの中でしか生きられない人間だと」「いや、俺は言われてない」  才蔵は蹴一の言葉を無視して唇の端をクイっと持ち上げた。
「…望む所だ!!」  蹴一は一つため息を着き、煙草をポケット灰皿に押し込んだ。
「早く子供を作れ」  「はぁ?」  「麻衣さんを見習え。子ができればかえでさんの力は消える」
才蔵はバーン!とデスクを叩いた。  「その子が、俺の子が力を継ぐかもしれねぇ…」
「そうか…かもな」  「だから、覚悟はできてるってんだよ!!望む所だ!!」  「…」
「日々適度な緊張感が無いと人間腐ってくからな、ま、丁度いいって事よ」
「ほう…やっぱりお前、麻衣さんの眼にやられてないか?」
「バーカ。何があってもかえでを守る、約束しちまったしな。…ただし、蹴一…」  蹴一は頷いた。「かえでさんには内緒だな?」  「その通り」
 「誰に内緒ですって?」  バン!!と音を立ててドアが開いた!!
淡いピンクのタンクトップ姿、ショートパンツから伸びる長い脚を惜し気もなく露出した若い女が立っていた。
「かえで!!」  「かえでさん?!」
「才蔵!蹴一さん!内緒って何?!二人っきりで宮古島ってどーゆー事?」
「てか、何でお前がいる?!」  何となくオロオロとしてしまう才蔵、そして蹴一。
「せっかく南の島に来て、何でこんな汚いビルに籠ってるの?怪し過ぎる!!本当にホモなんじゃない?!あたし、騙されてた?!」  ずんずんと大股で近付いて来るかえで。
「馬鹿抜かせ!!まずは俺の質問に答えろ!何でここにいるんだ?!」
「警視庁をナメるなよ」  「はぁ?!」
長身のかえでの背後からひょっこりと白髪の老人が顔を出した。  「桜田さん?!」
「警部、流石ね」  「いやいや、かえでちゃんには敵わんよ。ちなみに俺、元警部ね」
「お前らな!」  「才蔵。二、三日、事務所を留守にするって警部に電話したでしょ?」
「あ?ああ」  「結婚承諾を親に貰った報告、あたしが警部にしないと思ったの?」
それでバレたのか。
「かえでちゃんに頼まれてね、お前らの旅行先を調べさせたんだ」
「警察使って?!」  頷く桜田。  「何だ、そのドヤ顔は?!税金泥棒が!!」
 「ああ!!」  突然、かえでが叫ぶ!!  「何だよ?!」
「あたしの双眼鏡…」  才蔵の足下には叩き壊された双眼鏡が転がっている。
「あたしの?」  才蔵は蹴一に目を向ける。視線を反らす蹴一。
「ワールドカップに備えて買った…あたしの双眼鏡が…」
かえでが双眼鏡を手に取るとレンズがポロンと落ちた。  「五万もしたのにぃ…」
「五万?どーりでよく見えた訳だ。…しかし双眼鏡に五万?その方が引くわ!!日用品は還元会から安物買ってたくせしてよ!!」  才蔵の言葉にかえでは目を剥いた。  「何ですってぇ!!」
「蹴一、逃げるぞ!!」  「は?」  埃を舞い上げ脱兎の如く駆け出す二人!!
「待て!このぉ!!」  追いかけるかえで!!  「こら、年寄りを置き去りか?!」

 南国の熱い日射しを受けながら汗を噴出して走る才蔵、蹴一、かえで!!怒鳴り、喚き、騒ぐ三人。
待て!!  待てねぇ!!  何処まで行く気?!  知るか!ついて来んな!!
嫌だぁーぁあああ!!  走る才蔵。走る蹴一。走るかえで。
 ポツリポツリとだが住宅が建ち並ぶ街並みに入る。息堰切って疾走する男女三人組に目を丸くするゴーヤを抱えた老婆。
 あっ!  白い壁の家。先程まで麻衣が水を撒いていた裏庭。
待てってば〜!!  追って来るかえで。  才蔵も蹴一も速度を弱める事なく全速力で駆け抜ける。
 …あばよぉ!麻衣!!

 「才蔵、俺、無理、もう無理!!」  ゼイゼイと喘ぎながら蹴一が言った。
「才蔵〜!もう走れないよ〜!!」  かえでは既にサンダルを無くし裸足になっている。
「わっはっはー!!この軟弱者共がぁ!!」  「才蔵!!」  「才蔵ぉ!!」
「まだまだこれからだ!!遅れをとるな、俺に続けぇぇぇええ!!」
 走れ!  走れ!!  走れ!!
                                  (続く)
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 「才蔵、双眼鏡、見ろよ」  「何で沖縄まで来て…」
「いいから。才蔵、それからな、何を見ても騒ぐな」  才蔵は、ハッハと笑う。
「馬鹿言うな。何を見れば騒げるってんだ?」
斜めに構えた才蔵は、蹴一に言われた通り窓の正面から体を外し、双眼鏡に目を当てる。
「えー、信号脇の白い、個人病院だっけ?先生が看護婦と浮気でもしてんのか?…ってか、よく見えるな、この双眼鏡高かったろ?」  「人影は?」
「あん?あー、若い女が家から裏庭に出て来たぜ。何だか妙な髪型だ」  「…そうか」
蹴一は静かに目を閉じた。  「女は何をしてる?」
「ああ、ホースで庭木に水撒いて…あ?あ?!ぁああ!!」  「気付いたか?」
才蔵は、脇目もふらず双眼鏡に両目を押し付ける。  「ま、まま、、し、し、しゅ、しゅ…」
蹴一は瞼を閉じたまま答えた。  「そう、麻衣さんだ…」
「本当かよ?間違いねぇのか?蹴一!!」  「ああ…」
才蔵は腕を突き上げ、身悶えした。無言ながら鼻をすすり上げ、そのまま前屈みに床に手を着いた才蔵は、シャツが埃にまみれる事も忘れて顔を覆った。生きてた!麻衣が生きてたあ!!
「…」  才蔵…分かってはいたが…これ程までとは…。
パンっ!   床を一つ叩いた才蔵は、跳ねる様に立ち上がり出入口へとダッシュ!!
バタン!!   半開きだった鋼製のドアが突然閉じた!!
「うわっ!」   ドアノブに手が掛かっていた才蔵は、反射的に引っ込めた。
「蹴一!何の真似だ?!」   「何処へ行く気だ?」   「麻衣に会うんだよ!決まってんだろ!!」
才蔵はガシャガシャとノブを動かすがドアはビクともしない。  「あ…」  ノブが抜けた。
どうやら軸を折ったらしい。   「くそお!蹴一!!」   「騒ぐなと言ったろ?」
ドガーン!!  ドアを蹴る才蔵!!   「もう一度聞く。何の真似だ?」
事と次第に因っちゃあ…。才蔵の目つきは、暴力も辞さない構えである事を物語っている。
「…ってか蹴一、麻衣が生きてたの知ってて何故隠してた?俺…俺がどれだけ…蹴一ぃ!!」
才蔵は蹴一の胸ぐらを掴んでいた。  「何とか言え!!」   「才蔵…」  「何でぇ?!」
「麻衣さんには会わせない」   「…てめぇ」   才蔵は拳を蹴一の顔面に振り下ろした!!
嫌な音がして蹴一の鼻と口から鮮血が吹き出した。ハッとして、蹴一の胸元から手を放す才蔵。蹴一は、そのままヘナヘナと床に尻餅を着いた。才蔵は蹴一の血が飛び散った自らの拳を見つめ苦悶の表情を浮かべている。
「…才蔵、痛いよ」   「…」   「お前に殴られるのは小学生以来だな」
「殴りたくて殴ってんじゃねぇ…」   「ああ…」   「ただ…訳分かんねぇ…分かんねぇーよ…蹴一」
蹴一は口の中の血を吐き出し、頭を振りながら立ち上がった。
「才蔵、もう一回、双眼鏡を覗いてみろ」  「だから直接、会いてえんだよ!!」   「見るんだ」
蹴一は埃まみれのデスク上に置かれた双眼鏡を手にして才蔵に差し出す。仕方なく受け取った才蔵はザワザワと音を立ててブラインドを上下に拡げ双眼鏡に目を当てた。

新緑の青々しい芝生。ホースで水を撒く、ゆったりとした薄いイエローのワンピースを着た麻衣。彼女の背後から三十前後の白衣の男が声を掛ける。嬉しそうに振り返り、頷く麻衣。

「あああ!!」  才蔵は声を上げた。

振り返った拍子に、不自然に顔面の右半分に掛かっていた麻衣の髪が跳ねた。

一瞬の出来事であったが才蔵は目を疑った。

麻衣の顔、右側半面は完全に壊れていた。醜い傷痕で引き吊り、青黒く、瞳が失われていた。しかし、麻衣の左顔面は輝く様な優しい笑顔に満ち溢れている。 美しくはあるが常にピリピリとした険があったあの麻衣とは別人の様に穏やかな雰囲気を醸していた。
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「…」   「才蔵…麻衣さんのお腹の辺り、見てみろ」   「お腹?」

しばし、二人は一本のホースを取り合う様にジャレ合い、そして白衣の男は麻衣のお腹を気遣う様に手を当てた。ゆったりとしたワンピースの下、彼女のお腹は明らかに…。

「妊娠?!」  「あれから二年半になる…不思議じゃない」 才蔵は双眼鏡を下ろし、壁に凭れた。
「そうか…でもよ!だったら尚更、おめでとうを言いに行っちゃいけねえのか?!あの麻衣がよ、子供…子供か!」  蹴一は頷いた。  「そうか!これで麻衣、巫女の眼からも!」 
「そう、解放された」
「そうか…そうか…やったな、あんな顔になっちまって…でも、でも、やったよ、やったな麻衣!俺ぁ嬉しいよ、本当に…本当に嬉しいよ、麻衣…」   「…だから才蔵、俺達は会いに行っちゃいけない」
「けどよぉ!!」  「麻衣さんは今、全ての記憶をなくしている」  「花畑か?」
「いや、タイミング的に花畑は有り得ない。海に投げ出された際に、頭を強く打ったせいだろう」
「海…あの北の海か?よく無事で…」  水圧だけでやられる深さだった筈。
「違う…沖縄…この近くの海だよ」  「はぁ?!…お前が?」
「ああ…多分、俺が跳ばしたんだろう。全然、憶えてないんだが」  「どういう事だ?」
「あの時、かえでさん、事務所に帰りたい、そう言った。お前と俺と…俺達の事務所に帰りたいと」  「で?」  「で、俺達は帰った。恐らく俺は…その時、無意識に麻衣さんの思念を追い、居場所を特定していながら…麻衣さんを弾いたんだ」  「弾いた?」
「…あの大会長の言った通りさ。俺は、麻衣さんを、お前とかえでさんにとって邪魔者だと…判断した」  「…」  「俺は…人でなしの俺は…麻衣さんをできるだけ遠くへ跳ばしたかったんだ。実はな。酷い話さ…」   膝を着く蹴一。才蔵は言葉も出ない。  「お前に殴られて当然、そう思ってるよ」
  「…」  「だが、だからこそ!俺は、今度こそ、麻衣さんの幸せを守りたい!勝手な言い草だってのは重々承知だが、守りたいんだ!!」  「…何故、俺が会っちゃいけない?」
蹴一は臥せていた目を上げ、才蔵を真っ直ぐに見た。
「麻衣さんは運良く、浅瀬に投げ出された。更に運の良かった事に彼女を発見したのは若い医者だった」  才蔵は窓の外を振り返った。  「あいつか?!」
「とても心の優しい医者だと近所でも評判な人らしい…俺は、調査を重ねる度、この偶然、運命に感謝した」  「あの医者を調べたのか?」  「ああ…妙な人間なら、引き離そうと思ってた」
「しかし…そりゃ…」  やり過ぎじゃね?
「麻衣さんには日本国籍も戸籍も無い。記憶も無いんだ。知り合いの俺が引き取るのは当然だろ?」
「だが…そうしなかったんだな」
「ああ…顔半分が潰され、記憶も無い。当初、麻衣さんは混乱し、荒れ狂ったそうだ」
「だろうな」  麻衣の気性なら。  
「だが、あの医者は根気強く、愛情を持って接し続けたと言う。俺が彼女に出会ったのはその頃だ。ムイガー断崖って場所知ってるか?」  「いや」
「彼女は迷い、苦しんでいる様だった。しかし、一方じゃこれ迄知っている麻衣さんとは信じられない位、安定していた」  「…」
「俺はあれからたまに宮古島に来ては二人を見てきた…辛い場面もあったけど、嬉しい事の方が多かったよ。麻衣さんの心が少しずつ解れていってな…」  
「へえ…」  いい男に出会えたんだな…麻衣。
「あの男、なかなか強かでな、プロポーズして結婚を決めた後、なけなしの金を積んで彼女の戸籍を収得したそうだ」  「ほう…頑張るじゃねーの」
「ああ、医者ったって田舎の町医者なんだ…大金持ちって訳じゃない」  「…だろうな」
「間違いなく彼女は今、幸せの中にいる。恐らくは生まれて初めての」  「…だな」
蹴一は一つ深呼吸した。
「才蔵…彼女にとって、あの天翔だった時の記憶、異常な体験は心の奥底で今も尚、燻っている可能性が高い」  「…」  「それを今、思い出す事、彼女の為になると思うか?」  「…」
「安らぎ等、一度として感じた事の無い少女時代の記憶。戦場をたらい回した角来敬太郎への憎しみ、復讐。思い出す事が今の彼女にとってプラスになると思うか?」  「…いや」
「なら彼女には会わないでくれ。頼む」  「何でそうなる?!」
「お前の顔を見たら彼女、十中八九、記憶を取り戻す」  「そーんな馬鹿な!!」
「言い切れるか?」  「いや…それは」
「お前と麻衣さんは、たかだか一時間余りだが、それこそ命懸けで、これ以上は望めない程濃密な対話をしている。一生分位のな」  「ああ…」  「だが、あんな事、思い出して欲しいか?」    「…」  「もしそうなったとしたら、才蔵、お前に何ができるんだ?」
「…何が…できるんだ?俺」  悔しいが…。  「何もできねえ」
「何もできないんだ。俺達」  才蔵は手にしていた双眼鏡を床に叩き付けた。
「へへ…俺達、もはや過去の男?」  「ふふ…」  ははは…。才蔵は笑いながら涙していた。
「殴って悪かった」  「いや…本当は麻衣さんが生きてるって事、一生黙ってるつもりだった」
「そうか…けどよ!うん、生きててくれたってだけで確かに超豪華景品を当てた気分だぜぇ!!」
その顔が見たかった。才蔵知ってるか、お前の生き生きとした表情こそが俺の超豪華景品なんだよ。
「俺だけ幸せにはなれないとか何とか、かえでさんとの結婚から逃げる口実に麻衣さんを使わせたくなかった。だから、見せたんだ」  「しねーよ、そんな事!…多分」  笑い合う二人。
 「才蔵…」  「あ?もう出ようぜ。こんな埃っぽい所」
「麻衣さんに俺達が関わってはいけない理由がもう一つある」  「まだあんのかよ?!」
「この前、お前と話してる時に思い付いた事なんだが…」  「何だよ、怖い顔してよ」
「怖い話なんだ…実際…」
                             (続いてしまう…)
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 五日後。東京上空。
「なあ蹴一、眺めがいいなぁ…」  「そうだな」
「うん…って、馬鹿タレが!!何で俺達、飛行機乗ってんだ?!」
「飛行機、嫌いだっけ?」  蹴一が笑うと才蔵はソッポを向いた。
「泳げない野郎が生抜かすな」  蹴一はへぇ、と感心した様に頷く。  「何だよ?」
「才蔵、飛行機、本当に苦手なのか?30年も腐れ縁なのに全然知らなかった」
「はは、苦手じゃねーよ」  「何だそうか」  「…ただ、好きじゃないってだけだ」
それを苦手と言うんだろ。ふふ、知らない事もあるんだな…。
「北海道には何度も飛行機で行ってるのに」  「子供じゃねーんだ。我慢する事位できらぁ…」
「かえでさんの為だもんな」  「バーカ」  才蔵はシートを少し倒して、頭の上で腕を組んだ。
「蹴一こそシンドイだろ?お空の上じゃ、ずっと禁煙でよ」
「なんくるないさー」  時間が停止した。
才蔵は口をあんぐりと開いたまま、ドングリ眼で蹴一を見つめた。蹴一は赤面した。
「蹴一…何てった?」  「…何も言ってない」  「何か…妙に浮かれてないか?」
「そんな事はない」  「ふーん。で?俺達、何処行くんだ?」
蹴一はフライトアテンダントを呼び止め、アイスコーヒーを受け取る。
「あ?じゃ、俺、ジンジャーエール」  才蔵もドリンクを受け取り、美人スッチーに愛想を振り撒いた。楽しそうに笑いながら、後部座席の客へと進む彼女は後ろ手で、才蔵に手を振った。満更でもない顔でニヤニヤと笑う才蔵を尻目に目を閉じる蹴一。
「って、オイ!!」  才蔵の大声に、振り返る美人スッチー、付近の乗客達。あー、いやいや、何でも無いです。立ち上がり、ペコペコと頭を下げる才蔵。
 「蹴一、お前のせいで恥かいたろが」  ドスン!と座席に掛けた才蔵は小声で文句を言う。
「俺のせいか?」  「お前が行先を言わないからだろ?!」  才蔵の小声は続かない。
蹴一はシッと指を立てる。
「才蔵、行先、知らずに飛行機に乗ってるのか?チケットにだって何だって書いてあるだろ?」
才蔵はキリキリと目を吊り上げた!
「だから飛行機の行先は知ってるよ!飛行機降りてから、何処へ何しに行くのかって聞いてんだ!!ミステリーツアーか、これは!謎解きすりゃあ景品でも当たるのか?!」
「お客様、どうかされました?!」  美人スッチーが飛んで来た。
「あ…いや、貴女にまた会いたいなぁ…なんて」  笑いを堪える蹴一。
「同じ機内にいるんです。いつでも、お呼び下さいね。でも、皆様が驚きますので大声は…」
じっと才蔵の目を覗き込む美人スッチー。
「はい、分かりました〜」  才蔵が頭を掻き掻き、いい返事を返すと彼女はニコやかな笑顔で去っていった。
「なんかムカつく…」  「そうか?」  「超マニュアル通りの答を返された気がする」
「あはは、かもな」  「ったく…って、また誤魔化されるトコだった!蹴一!」
「はいはい、景品は貰えるよ」  「え?!マジで?」  頷く蹴一。
「何だよー、どんな景品だよ?」  「超豪華なモノだぜ」  「だからさ…」
「おいおい分かるって」
 うーん。  才蔵は腕組みして唸る。今すぐ知りたい、けれど、蹴一がそこ迄言うからには本当に豪華な…後の楽しみに取っておくか。
「分かった。今は聞かない…」  「それがいい」
「けどな!すげぇつまんないモノだったり、ガッカリなモノだったりしたら怒るかんな!」
蹴一は笑った。  「大丈夫」  「そっかー、けへへ、楽しみだなー。何処行くのかなー」
「ああ…才蔵、楽しみにしとけ」  豪華景品、実際、貰うのは多分、俺の方なんだけどな…。

 「めんそーれ、ってなもんか?」
才蔵は意味も無く笑い出した。余りにも明るく眩し過ぎる日射しのせいなのかもしれない。空の旅、羽田から約2時間半、二人は沖縄市内、那覇空港の到着ロビーにいた。
「なんかインターナショナルな感じだな。五日前には真逆の北海道にいたってのによ」
北海道も沖縄も国内である。
「才蔵、急ごう。余り時間無いぞ」  冷房中ではある様だがそれでもかなり蒸し暑い。蹴一はサマージャケットを脱ぎながら小走りで先を急ぐ。
「なーんだよ、せっかく沖縄来たんだ、のーんびりしようぜ」  
才蔵は完全に観光モードに入っている。
「だからチケット見たのか?」  「あ?」  「乗り換えだ」
「乗り換え?!も一回飛行機かよ?」  「そうだ、置いてくぞ」  「…ムカつく」
「子供じゃないんだから我慢できるんだろ!」  「子供でいいわい!」  「じゃ、勝手にしろ」
ずんずんと先を行く蹴一。  「わーったよ!!行きゃあいいんだろ!!」
 今日の二人のテンションは普段よりも二割増し程度高い。それは才蔵も蹴一も感じていた。意識的でもあった。たまにはこんな日があってもいい。互いが互いの心の重荷から解放される時間があってもいい…せめて旅の間くらいは。しかし、蹴一は実はまだ戸惑い、迷っていた。この旅を続けるべきか否かを。
「なんくるないさ〜!!」  才蔵は無意味に大声を出し、空港職員に注意を受けた。

 更に飛ぶ事およそ45分。沖縄本島より南西約290キロメートルに位置する宮古島。
宮古空港発着ロビー。  「はい、蹴一君、次の乗り換えには間に合うのかね?」  
「次はな…」  「え!次あんの?!嘘だろ?!」  才蔵はポケットからチケットを出す。
「行先宮古空港って書いてあるぞ!!」  チケットでパンパンと蹴一の肩を叩く才蔵。
「往復券だからな、なくすなよ。次はレンタカー屋だ」

 「どうした?早く乗れよ」  いくら世の中が荒れ始めているとは言っても初夏の観光シーズンには違いない。殆どの車が出払っているとの事で最寄りの店で借りられたのは女性が好みそうな可愛いらしい軽自動車であった。蹴一は運転席に乗り、エアコンがちゃんと効くかを確認している。
「才蔵?早く乗れって」  才蔵は、おっ、と返事し、苦笑いしながら助手席に乗り込んだ。
「どうした?」  才蔵は頬をカリカリと掻く。
「この車、色は違うけど…岡山で麻衣が乗ってた車と同じだよな?」  「ああ…だな」
けっへっへ。才蔵は笑った。  「悪い、何か思い出しちまってよ…」
 岡山県、急勾配の山道で突然ブレーキが利かなくなり、涙目になりながらも必死でハンドルを切る麻衣。逆に拍手したくなる様な強がり、意地っ張り。才蔵の腕や胸に今も残る体温。怒鳴り声、罵声、笑顔。そして…約束…唇の感触…。
 蹴一は何かを言い掛けたが黙って車を出した。
「なぁ、そろそろ言えよ…」  「うん?」  蹴一の走らせる車は海沿いではなく、内陸部を目指している様であった。空はどこまでも蒼く澄み渡り、白い雲が悠々と浮かんでいる。舗装された道路の左右には一面、人の背丈程の緑の葉を付けたサトウキビ畑が広がり、風を受けてそよいでいる。
「何処へ向かってるんだよ」  畑ばかりの風景を過ぎるとポツリポツリと民家が建ち並ぶ市街地が開けて来た。大きくはないが中学校や小学校、背の低いビルが有る。コンビニの前を通過し信号待ち。
「もうすぐ着くよ」  蹴一は横路へと乗り入れると車を降りた。
「やっと着いたか?」  後に続く才蔵は外に出て改めて南国に来た事を実感した。肌に喉に熱い空気が絡み着く様な気がする。
「あちぃ…」  「才蔵、このビルだ」  「ほう…」
見上げれば、どう見ても打ち捨てられ使用されていない三階建ての廃ビル。蹴一は、錆びついたドアを軋ませ中へと入って行く。  はぁ…才蔵は溜め息を着いた。  「電気、来てねぇよなー、やっぱ」
まず冷房は期待できそうにない。
 薄暗い廃屋の通路は想像以上に暑苦しく、そして何より、当然ではあるが汚かった。剥がれて浮いた床のPタイルを乾いた音をたてて踏み締めながら階段を三階まで昇る。
 ぎゃうわぁ!!  才蔵と共に何かが悲鳴を上げた!  脱兎のごとく走り去る三毛猫。
「バーロー!!ビックリすんだろが!!」  どうやら尻尾でも踏んだらしい。
「がぁあ!」  驚いた拍子に壁に肩を当ててしまったのだが、今日の才蔵は洒落たホワイトのシャツを着ていた。慌てて埃を払うも後の祭である。
「何ガタガタしてんだ?早く来い」  そう言って蹴一は、元は事務所であったと思われる一室へと入って行った。
「ようやっとゴールかよ。こんな所に本当に豪華景品あんのか?」
室内には豪華景品どころか、まばらに残置されたスチールデスクと椅子だけしか無かった。
 けっ!どれもこれも、何から何まで埃っぽいぜ!!マスクしてないとヤバくね?
蹴一は半ば壊れ掛けた横型ブラインドがぶら下がっている窓際に立ち、才蔵を手招きしている。
「何だよ?」  「才蔵、なるべく窓の正面に立つな。で、ブラインドの隙間から外を見ろ」
「はぁ?」  才蔵は言われた通りにの窓の脇に立ち、指先でブラインドの羽を広げると煤けて曇るガラス越しに窓の外を見る。これ迄車で走って来た住宅街の風景がそこにあった。
「何の真似だよ?」  「十数件先、信号の角に外壁が白い一軒家があるだろ?看板が付いてる家だ」
「ん?…ああ、あるな…って何?張り込み?仕事なの?!」  蹴一は才蔵の足を軽く蹴った。
「何だよ!」  「大声出すな。あれは個人病院。見てみろ」
蹴一は折り畳みのコンパクト双眼鏡を才蔵に押し付けた。
「…」  観光じゃねーの?マジ、お仕事なの?!有り得ねぇ〜!!
                            (今度こそ次回、最終回!)…多分!
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