放浪画家←(^−^)ノ 「旅びっとん」の、季節のたより

2019.7.11.12日(?).ハイローオーストリラ、爆勝ち♪ FOMC様々、経済指標はATM(^^; 夢は 海鮮丼生活♪

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博物館展示の仏様 〜仁和寺の場合〜    桜井識子様 著




読者の方から、「お近くに行かれた際はこの神社に行ってみて下さい」「このお寺に行ってみて下さい」というリクエストを多くもらいます。
 
同じように(こちらはまれ〜に、ですが)、博物館に行ってみて下さいというリクエストもあります。
 
東京国立博物館で来週から開催される、特別展「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」の情報を読者さんからいただきました。
 
その情報を見ていて、「あ! そうだ、あれは絶対にお伝えすべき!」と、思い出したことがあるので、書いておきます。
 
まず、これはかなり前に一度書いた内容ですが、魂抜きの説明です。
 
博物館や美術館に、お寺から〝現役〟の仏像(ご本尊や、勤行をしている仏像です)を移動して展示する場合、お坊さんは移動をする前に仏像から魂を抜く儀式をします。
 
その儀式をせずに、魂が入ったままの仏像をベタベタさわったり、ぐるぐると梱包したり、トラックに乗せたりすることはありません。
 
魂を抜いてしまえば、仏様ではなくただの木の像になりますから、さわっても梱包しても移動させても問題ない、というわけです。
 
博物館に安置をしたあと、そこで再び、魂を入れるお坊さんもいれば、展示中はそのまま魂を抜いた状態にしておくお坊さんもいます。
 
私があちこちの博物館や美術館で見た印象は、「ただの木像になっている……」という、魂を抜かれたままの(道が繋がらない)仏像の方が圧倒的に多いです。
 
けれど不思議なことに、魂抜きしてある仏像だというのに、なぜか道が通じる仏像もあります。
 
何百年という年月、長いものは1,000年以上、その仏像に入っていた〝仏様〟ですから、人間であるお坊さんが魂抜きをしたところで、関係ないみたいです。
 
こちらが、その仏像に強く意思を投げかけると、フッと道がひらける仏像があるのです。
 
そうなると、魂抜きしたまま展示されている状態の仏像でも、お話をすることができます。
 
しかし、その数は少ないです。
 
魂抜きをされると、とりあえず道は閉じられる、というケースが多いからです。
 
と、いうことをずいぶん前に書きました。
 
話は変わりまして、たしか去年の今頃だったと思います。
 
場所も東京国立博物館だったと思うのですが、「仁和寺」の特別展示があったようで、見に行かれた読者さんがメッセージをくれました。
 
私が書いたものを読んで下さっていた読者さんは、「展示されている仏像は、魂が抜かれているものが多いって識子さんが書いていたな〜」と見学しつつも、
 
「でも、なんだかこの仏像は道が繋がっているような気がする」「あれ? これもそんな感じがする」と思いつつ、鑑賞されたそうです。
 
で、出口まで行くと、そこに「仁和寺のお坊さんとお話をするコーナー」が設けられていたと言います。
 
読者さんはそこに並び、慈悲深そうな、とてもいい雰囲気のお坊さんに、仏様のお話を聞いたそうです。
 
読者さんが、「博物館などに展示する場合、魂を抜くと聞いているのですが?」と質問をしたところ、そのお坊さんの答えは次のようなものでした。
 
「今回の展示は、移動をする前に一旦、仏像から魂を抜いて、それから移動をし、博物館に安置をして、一般公開をする前日に、すべての仏像に魂を入れています」
 
〝魂を入れた仏像〟にしたということは、毎日の勤行が必要となります。
 
次にお坊さんはこう言ったそうです。
 
「ですから、毎日、開館前にすべての御仏にお勤めをしています」
 
「博物館という場所なので、お花や灯明のお供えはできませんが」みたいなお話をなさっていましたよ〜、と読者さんが教えてくれました。
 
ほぉー、そうなんだ〜! と読んでいた私は大感動でした。
 
関東から京都までは遠いです。
 
東北や甲信越の方々も、東京なら行けるけれど京都はちょっと無理……という方がいらっしゃると思います。
 
お身体が不自由な方は、東京国立博物館だったら車椅子でも行けるけれど、実際に京都のお寺まで行くのは難しい、などの事情があるかもしれません。
 
このように京都まで行けない方が多くいるわけです。
 
仁和寺のお坊さんはそのような方のために、展示されている仏様からでも「ご加護」や「ご縁」がもらえるように、魂を入れておられるというわけですね。
 
素晴らしいな〜、と思いました。
 
というわけで、展示されている仏像だからといって、一概に魂抜きをされたままだとは言えず、そこはご自分の目で見て、ご自分の仏様アンテナで感じて、判断をなさるといいです。
 
仏様アンテナを磨く練習にもなります。
 
「う〜ん、道は繋がっていなさそう……」と思ったら、前述したように、強く意思を投げかけると、ふっと繋がることもあります。ニコニコ

「お不動さんにご縁をいただくありがたさ」

     https://ameblo.jp/holypurewhite/entry-12294867552.html ←(転載元) 




前回の記事で、自分に合ったお不動さんを見つけるところまで書きました。
 

自分と合う、好きだと思えるこのお不動さんに、
ぜひ! ご縁いただきたいところですが、
ご縁をもらうのは仏様の意思になります。 
 
向こうから与えていただくものなのです。 
 
ですから、「ご縁を私に下さい」「ご縁がほしいです」と、
こちらから催促するのはちょっと違うのですね。 
 
催促をすると、欲張りな心が前面に出てしまいますから、逆効果です。 
 ここはもう、真心でぶつかるしか方法はありません。
(私もそうしています) 
 
ご縁をもらうことに関しては、霊感があるとか、霊能力があるとか、
そんなことは一切関係ありません。 
 

仏様が見ているのは信仰心やその人の人柄です。 
 
私は神様にも仏様にも、心の底から湧き上がる「大好き!」という感情を、
そのままお見せしています。 
 
境内に入る前から、ワクワク、ウキウキしていて、
それは「大好きな人に会いに行く」という感覚です。 
 

神仏は、恐れ敬わなければいけない存在ですが、
だからと言って、ビクビクしたり、よそよそしい態度でお話したり、
距離を置いたりしなくてもいいのです。 
 
失礼のないように……そこさえ気をつければ、
あとは、お慕いする気持ち全開で構いません。 
 
神仏を心から信頼している、深く信仰している、
そのような気持ちが丸わかり状態のほうが好まれます。 
 
さらにそこで、「何かあった時はどうかお助け下さい」と、
真心こめて、一生懸命にお話をすれば、
ほとんどの場合、ご縁はいただけるのではないかと思います。 
 

ご縁は、1回目で下さる神仏もいますが、
何回か通ってやっと下さる神仏もいます。 
 
そこに決まりはなく、これは神仏によります。 
 
ですから、このお不動さんが好きだな〜と思ったら、
何回か参拝に行くといいです。 
 
行けば行くほど、ますます厚いご加護がいただけますし、
ご縁もいただけることと思います。 
 

ご縁がいただけたら、緊急時に呼ぶと、お不動さんが来てくれます。 
 自分とお不動さんに道ができていますから、お守りを持つ必要はありません。 
 
ただし、緊急ではない時に呼ぶのはルール違反です。 
 
たとえば、お願いを叶えてほしいとか、
腹が立ったからあの人をなんとかしてほしい、などです。
 
お不動さんを呼ぶ、ということは、
〝仏様〟に対して、自分のところまで来い、と呼びつけることになります。
 
失礼がないように慎重にしなくてはいけません。 
 
くだらないことで何回も呼びつけていると、
その行為はお不動さんを子分扱い、家来扱いにしているということで……
そのうち来てくれなくなるかもしれません。 
 

危険な時は、これはもう、遠慮なくお呼びして大丈夫です。 
 
霊感がないので、幽霊に憑かれているのかどうかわかりません、
危険なのかどうか判断がつきません、とおっしゃる方は、
ご自分の感覚で「なんだかヤバい」「危険な気がする」と思ったら、
呼んでもさしつかえないです。 
 
それが間違いだったとしても、自分が「危険」と本気で思ったわけですから、
お不動さんも怒ったりしませんし、
来て、危険でないとわかればすぐにお帰りになります。 
 
このようにお不動さんは、
〝来てくれて〟その場で祓ったり、霊から助けてくれるので、
ご縁をいただくことは本当にありがたいことです。 
 

「何回か通いましたが、ご縁をいただけているかどうかわからないです……」
という場合ですが、何回か通えば、ご縁はもらえているように思います。 
 
それでも不安な方は、そのお不動さんのお守りを買うといいです。 
 
お守りは神仏にSOSを発信する小型発信機のようなものです。 
 
握りしめて「助けて下さい!」と念を込めてお願いすると、
お守りの波動に乗って神仏に声が届きます。 
 
神仏のほうも、お守りの波動を目印に飛んで来ることができます。
(このような用途で持つ場合は、半年経ったら新しいものと交換し、
常に波動入りのお守りを持つようにします) 
 

※次回に続きます。 

お不動さんはお願いも叶えてくれますが、
それはこちらからお不動さんのいるお寺に
〝行って〟お願いをすべきことになります。

呼び出して頼むのは大変失礼ですので、ご注意下さい〜。
〝幽霊を祓う〟というテーマからはずれてしまうため、
願掛けに関しては書くのを控えております。


北海道神宮 〜札幌〜 





北海道神宮に行ってみて下さい、というリクエストは、
ずいぶん前から多くいただいてきました。 
 
いつか行きたいな〜、とは思っていましたが、
北海道は遠く、なかなかそのチャンスがありませんでした。 
最新刊の取材でやっと北海道に行くことができ、
その時に北海道神宮を訪れました。 
 


社殿は立派な造りで威厳があり、力強い印象を受ける神社です。 
 
この日は、のんびりゆっくり散策する時間がなかったため、
祈祷をお願いして神様にお会いしました。 
(境内末社は時間の都合でスルーしています)
 
私が祈祷を一緒に受けたのは、
お宮参りのご夫婦2組と、家内安全祈願のご家族1組です。 
太鼓の音とともに神職さんの祝詞が始まり、その後、幣で祓ってもらいます。 
それから神職さんが、願掛けの種類別に祝詞を奏上します。 
 


そこで神様が出てこられました。 
 
それが珍しく、また、意外なお姿で……。
ひげもじゃの男性なのです。 
 
去年、NHKの大河ドラマ「真田丸」で
藤岡弘、さんが演じられた 「本多忠勝」みたいな雰囲気です。
(ご存知ない方はネットで検索してみて下さいね) 
 
見た目は、まさにあの人物です。 
 


平安時代後期〜鎌倉時代の方のようで、
ドラマの藤岡さんとはお召し物が違いますし、チョンマゲでもありませんが、
あのような感じのお顔、と思っていただければ間違いないです。 
 
「意外やわぁ〜」と心の中で思いました。 
 
明治天皇の肝いりでこの神社に鎮座された神様らしく、
どうやら宮中から来られたようでした。 
 


この神様は、ものすご〜〜〜〜〜く気さくな性質です。 
 
「よっ!」と片手を上げて声をかける、そんなフレンドリーな感じで
神様のほうから声をかけてこられました。
その時点で、明るく冗談もオーケーな神様であることがわかります。 
 
「宮中から来られたのですか?」 
「うむ」 
 
「みやびな宮中から来られたにしては……あの〜、その〜、
こう申し上げては何ですが……
お酒とかガブガブ浴びるように飲んでいそうですよね……?」 と、
見た目の印象をお話すると、
 
「失礼なことを言うなぁ」 と、神様はゲラゲラと豪快に笑っています。
そのような会話を楽しんでくれる神様なのです。
 


「願いは何でも叶えてやるぞ」と言ってもらえましたが、
そう言われると遠慮してしまう性格なので…… 
小さくお願いをしてみました。 
 
神様は、なんだ、その願いは? 
小さいな、もっと大きな望みを言え、みたいな雰囲気で、
「ん〜〜〜〜〜、ま、叶えてやろう」と言ってくれました。
(ちなみにちゃんと叶いました) 
 


そうこうしているうちに神楽が始まって、
巫女さんが太鼓を叩き、神職さんが笛を吹き、巫女さん1名が舞います。 
 
太鼓のドンドンドン! という大きな音で、
お宮参りの赤ちゃんが驚いたのか、泣き始めました。 
 
うぎゃー! うぎゃー! と泣いていると……。 
 
なんと!  神様が「お〜、よしよし」「どーした? どーした?」と、
赤ちゃんのそばに行ってあやすのです。 
 
神様が、です。   

赤ちゃんの斜め上あたりに顔があったのですが、
赤ちゃんはそれを見ると、ピタッと泣きやみました。 
なんだろう? このひげもじゃのおじさんは? 
という感じで、じぃぃぃーっと見ています。 
 


「子供は可愛いの〜」と神様が言うので、 
「子供がお好きなのですか?」とお聞きすると、 

「好きだ」と微笑みながら言います。 
 
うわぁ〜、ますます意外ーっ! と心の中でつい、大絶叫してしまい、 
 
「いや、あの、その、見た目と言いますか、
そのいかついお姿からは想像もできないと言いますか……」と、
正直に思ったままを言うと、 
 
「お前は本当に失礼だな」と口では言いながら、
神様はとっても嬉しそうに、ハハハと笑っていました。 

よく笑う神様なのです。 
 


祈祷の最後は玉串奉納です。 
 
これは、神職さんが1人1人に手渡してくれる榊の枝を、
神前にある台まで進んで行って、台に載せ、
そこで2礼2拍手1礼をする、というものです。 
 
お宮参り1組目の赤ちゃんは最初から最後までスヤスヤと眠っていました。 
 
この1組目の玉串奉納が終わると、
さきほどの泣いていた赤ちゃんが再び泣き始めました。 
抱っこしていた母親が、玉串奉納のために立ったからです。 
 
赤ちゃんの父親と母親は玉串奉納のために前に進みます。 
 
赤ちゃんが、うぎゃーうぎゃーと泣いていると、
またしても神様が赤ちゃんのそばに行き、
べろべろばー、とあやしていました。 
 
しつこいですが、神様が! です。 
 
するとですね! 
今度も赤ちゃんはピタッと泣きやみ、
空中をじぃぃぃぃーっと見つめていました。 
 
このおじさん、えらいひげもじゃやな〜、
なんでひげをつけてるのかな〜、固そうなひげやな〜、という感じです。 
 
全然目をそらさずに凝視していました。 
ご両親は、玉串奉納して下さいね、2拍手して下さいね、
と言われるのでそちらに集中しています。 
 


抱っこされている赤ちゃんは、神様を見つめ倒していて、
その視線を受けて、神様はニコニコと笑顔を返していました。 
 
赤ちゃん全員がしっかり見えるのか、
この赤ちゃんに霊能力があったから見えたのか、そこはわかりませんが、
とてもほのぼのとした、気持ちがほんわかする光景でした。 
 
見た目は、いかつくて、お酒をガブガブ飲み、
戦に強く、みんなワシについて来い! という武将タイプの神様です。 

男気があって1本筋がビシッと通っている、
曲がったことは嫌いである! という性質もお持ちですから、
ズルいことや心正しくないことはお嫌いです。 

でも、子供が大好きという面もあって、人間味あふれる神様という印象でした。 
 


ここには眷属もたくさんいます。 
 
「眷属はいらん、ワシ1人で十分だー!」と最初は思っていたそうですが、
大勢の人が願掛けに来るようになって、手が回らないため、
それで今はたくさんいるのだそうです。 
 
明るく快活な性質で、広い大地にぴったりの神様だな〜、と思いました。 
 
宮中にいる神々の中から、
誰かが北方の守りに行かなければいけない、となった時に、
誰が行く? と神々の間で話し合いがあったそうです。 
 
そこで、この神様は「ワシが! 行く!」と立候補したそうです。 
 
このように、積極的で、元気で、楽しく、明るく、豪快に笑う……
そんな素敵な神様がいる北海道神宮なのでした。
 

(お断り: 本記事は転載記事です) → http://ameblo.jp/holypurewhite/entry-12179127277.html
 
         
「ひっそりとスピリチャルしています」 桜井識子 

 
 

 
秀吉さんの教え 〜久しぶりの豊国廟④



秀吉さんとの会話を終えて、「では、そろそろ帰ります」 となった時でした。
 
秀吉さんのほうから、手が2本多いが? という指摘がありました。
あ! 見えてるんだ〜! と、
これは驚いたと同時に、ものすごーく嬉しかったです。
 
自分ではまったく意識していなかったのですが
(というか、普段は完全に忘れています)、
三十三間堂で借りた手は
本当に私の体についているということが、ここでわかりました。
 
借りた2本の手は肩から横に出ているそうです。
秀吉さんに手を借りた経緯を詳しく話すと、
借りているものが微妙に違うとのことで、アドバイスをもらいました。
 
せっかくなので秀吉さんのアドバイス通りの借り換えをするために、
豊国廟のあとに三十三間堂にもふたたび行きました。
(このご報告は1〜2年経って、効果が実感できたら書きたいと思います)


 
廟を去るとき、秀吉さんは
石段の途中にある中門まで一緒に歩いて降りてくれました。
降りながら、秀吉さんのコンプレックスについて聞いてみました。
 
出自に関しては強いコンプレックスがあっただろうと思うし、
身長が低いことも
大きなコンプレックスになっていたのでは? と思ったからです。
 
すると、背が低いことはそれほどに気にしていなかった、とあっさり言います。
この時代、身長が低い人は意外と多かったそうです。
それよりも、ブサイクだった劣等感のほうが、はるかに強かった、と言うのです。

 
これは意外でした。
 
戦国武将で強いということは、もうそれで誰から見ても十分カッコイイわけで、
それなのに〝顔〟にコンプレックスがあったというのが……
人間って複雑なのだなと思いました。
 
そして、天下を取ってからも秀吉さんが苦しんだのは、
やはり出自に関するコンプレックスだったということでした。
 
そのような話をしていると、中門に着いたので、そこでお礼を言いました。


 
最後のご挨拶を終えると、秀吉さんはタッタッタッと
すごい勢いで石段を駆け上がっていきました。
 
足腰を鍛えているというか、慣れているというか、そんな感じです。
 
すごいですね〜! と言うと、信長さんに呼ばれた時もこのようにして、
思いっきり走って登っていた、と笑っていました。
 
他の人は普通に歩いて登っていたし、
休み休み息を整えながら登っていた人もいたそうです。
安土城は山なので上まで行くのが結構しんどいです)
 
今すぐ走って来い、と言われたわけではないので、
みんな無理なく普通に登るのだけど、
秀吉さんだけは体調が悪くない限り、全力で走ったそうです。
 
それはどうしてかというと、その姿を初めて見た人は
緊急で呼ばれたのだなと思う、
しかし何回かその姿を目にすると、
秀吉という人は毎回必死になって走って登るんだな、と気づきます。
 
それはいつか必ず、信長さんの耳に届くというのです。
 
すると信長さんは、秀吉さんがいつも自分に対して一生懸命であることを知り、
秀吉さんの忠誠心をわかってくれる、ということでした。
(この件だけでなく他にもいくつか、見えないところで
一生懸命に尽くすことをしていたのだろうと思われます)
 
心の中で固く忠誠を誓っていても、
信長さんのために死ぬ覚悟までしていても、人間は相手の心が見えないので、
その気持ちを理解してもらうのは難しいです。


 
形にして少しでも見えるようにしなければ、相手に伝わりません。
 
心の中で忠誠を誓い、相手が気づかなくても構わない、と思うのなら、
それはそれでいいそうです。
 
しかし、目をかけてもらいたいとか、将来につなげたい、
こいつ寝返るかもしれん、と疑われたくない、
大切に思う人に疑わせたくない、という場合は、
その忠誠心をわかってもらう必要があります。
 
秀吉さんの場合、あいつは出自がいやしいから必死だな、
見ていて滑稽だ、と人にどれだけ笑われても、
信長さんに本心をわかってもらうほうが大切だったそうで、
あらゆる場面で頑張ったと言っていました。


 
なるほど〜、と勉強になります。
 
たしかに黙っていては……態度で示したりもしなければ、
相手が人間である以上、心の中の思いは伝わりません。
 
どれだけ夫や妻を愛していても、会話が少なくてプレゼントなどもしなくて、
普段は笑顔も見せない、となると誤解されそうです。
愛されていないのね、と
相手に持たなくていい悲しみを持たせてしまうことにもなります。
 
謝罪の気持ちがどれだけ強くても、お詫びをちゃんと言う、
態度に表す、などをしないとわかってもらえません。
感謝の気持ちがいっぱいにあふれていても、
ありがとうと言わないと伝わらないのです。
 
そこは頭ではわかっていても、日常生活ではつい忘れてしまいます。
ああ、そうだな、そこは生きて行くうえで大切な部分だな、と思いました。
そこで、秀吉さんを見習って、私もちゃんと形にしようと思います。


 
応援して下さっている皆様、いつもありがとうございます。
 
皆様が応援して下さるおかげで、書籍を出すことができ、
ブログを続けることができています。
これは本当に、心の底から、いつもそしてずっと感謝しています。
ありがとうございます。
 
ブログへのメッセージ、手書きのお手紙、
ハート出版さんに返送して下さった読者ハガキなどに書かれている励まし等は、
私はとっては宝物で、ありがたく拝読しています。
 
そして、そのメッセージやお手紙に救われることが、非常に多いです。
 
今まで何度も、もうやめよう! と思うことがありましたが、
そのたびに皆様に救っていただきました。
 感謝してもしても、しきれないです。
 


不思議体験や、神社仏閣に参拝したお話、
その方が歩んでこられた人生のお話など、皆さん、個人情報大丈夫でしょうか? 
と思うくらい赤裸々に書かれています。
(ちなみにブログのメッセージもお手紙も、私しか読めませんのでご安心下さい)
 
お手紙の方は、律儀に住所氏名をしっかり書かれていて、
信頼して下さっているのだなぁ、と感激します。
 
聖書のお話や頼朝さんの詳しいお話、靖国神社の阿南さんのお話など、
丁寧に教えて下さる方もいらっしゃいました。
 
いいねをして下さったり、ランキングのポチを押して下さったり、
毎日ブログをのぞいて下さる方がいらっしゃるから、
こんなに更新が少ないブログなのに、目につく位置にいられるのだなぁ、
ということもひしひしと感じております。
 
私が読者の方にいただくものは、ありがとうとか、感謝とか、
そのような言葉では表現しきれない、とっても大きなものです。
 
ありがたくて嬉しい、ありがたくて温かい、それを私はいただいております。
本当に本当に、感謝です。ありがとうございます。
 


余談のほうが長くなってしまいました、すみません。
 
ですから、秀吉さんの、心から皆様に感謝する気持ちも、実感としてよくわかりました。
相手に伝わるように形にしてわかってもらう、
その大切さを秀吉さんに教えてもらって、今回の素敵な参拝は終了したのでした。


 
イメージ 1
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  本記事は (^^)転載記事です。 → http://www.e-bless.com/taidatsu/astral.htm
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お題: 「アストラルボディー」
 
 
 
体外離脱をはじめて経験したときは、
所謂アストラル界といわれる世界に行くことがほとんどです。
 
例えば、自分の寝室や家の周りなどに出て、
ベッド、机、椅子、窓、壁、天井、床、家などが見えたりします。
このアストラル界は、現実とよく似ており、
現実の青写真(設計図)であると言われたりすることもあります。
 
このアストラル界で使う身体のことを
肉体(フィジカルボディー)とは区別して
アストラルボディー(または幽体)などと呼んだりします。
 
 
 
この世界は一見すると物理的な現実に近いですが、
すこし物理的な現実とは異なっています。
例えば本来机においてあるものがそこでは無かったり、
椅子が違うところに置いてあったりと、多少現実との違いがあるのです。
 
また壁や床なども、はじめ触ってみると硬いのですが、
思いっきり手を突っ込むと“プスー”というような音を発して、
どんどんと手がめり込んでいくなどの現象があります。
 
また窓を抜けて外へ飛んでいったりすることも出来ます。
本来はそこに重力があるのですが、
飛ぼうと思うと自由に飛ぶことも出来るのです。
 
また落ちると思うと下に落ちていくこともあります。
このようにアストラル界では自分の想念によって
世界がすこし変化してしまうのです。
 
 
 
また周囲の空間にも意識があることが知覚できたり、
空間が発している音、香りなども知覚することが出来ます。
 
体外離脱をすると肉体の硬い鎧から、
魂が気体のように出てきたような状態になりますので、
さまざまな意識体と交じり合う一種異様な現象が起きます。
 
このことで空間の意識を感じたり
他の魂とテレパシーで感情レベルの
直接的なコミュニケーションが図れたりします。
 
 
 
私の場合はこのような状態になれるのに最初はとても苦労しました。
 
まるで自分の心の中が剥き出し状態になって、
いろいろな意識がズカズカと土足で足を踏み入れるような感じがしましたので、
そこに数秒間でも留まっているだけで大変だったのを覚えています。
 
 
 
またこの霊的な世界(アストラル界)で見えることは
そこに「見えるものが本当に存在する」というのではなく
 
その見えたものが本当は何の象徴(シンボル)として出てきたのか?」
あるいは「その見えたものは具体的にはどういう意味をなすのか?」
という解釈(あるいは翻訳)をせねばならない場合が多い
 
ということが判ってきました。
 
霊的な世界で見えることはどちらかと言うと「右脳的」で、
答えをいきなり「映像」で与えてくれますが、
それはあなたが解釈しやすいように
あなた頭脳のなかの「シンボル」を使って出てきたものなのです。
 
ですので同じ概念を感受したとしても、
人によって見えるものは変わってしまいます。
 
そのためこの霊的な世界では見えるものをそのまま鵜呑みにするのでなく、
「シンボル」の解釈というプロセスがとても大事になるのです。
霊的な世界では見えるものの真の意味を問うのです。
するとそれが非常に重要なメッセージであることに気づくことが非常に多いのです。
 
 
 
さらに体外離脱の経験がすすむにつれて、
そのアストラル界とは異なる所謂、
本当の霊界ともいえる世界があることも分かってきました。
 
アストラルボディーを脱ぎ捨てて、より精妙な身体へ移行すると、
物理的な世界とはかけ離れた様々な霊界を旅行することが出来ます。
そこで使う身体はメンタル体・コーザル体などと呼ばれ、
アストラルボディーよりもさらに活動的になり、
他の意識体のコミュニケーションの質や量もぐんと増したものになります。
 
の霊的な世界を探求することはとても刺激的で興奮します。
アストラル界も最初は非常に面白かったのですが、
やはりメンタル体・コーザル体での活動に比べるとかなり色あせて見えます。
 
この世界(メンタル界・コーザル界あるいはそれ以上の霊界)は
同じ性質のものが集まって構成された世界ですので、
集まってくる意識によって無数の世界が存在します。
 
密教や仏教の曼荼羅の絵のごとく無数の霊的な世界があります。
大きく分けると上は神霊界、天界から
下は宗教界、修羅界、餓鬼界、地獄界などがあります。
 
この世界にはいると
自分の意識の状態に合っている波長の世界に行きますので、
自分の本性がその世界に行くことによってはっきりと炙り出され、
あらためて再認識されられたりします。
 
 

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