されど調布の日々〜昭和とともに燃えつきた青春

上京後住み着いた調布の下宿はお化け屋敷で最期は火事で全焼した。でもこれはホラーじゃない。昭和後期の空気漂うアホな青春の記録です。

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ある意味、コースケ先生は知恵者である。
同世代の若者らしからぬ発想で持って
驚くべき行動に出ることももしばしば。

だから若年寄とも呼ばれていた。
そんな老成した青年、
コースケ先生とのつきあいで忘れられない出来事がある。

それは、彼が岐阜大農学部に籍を置いている頃の話だ。
T外大合格の前の年、昭和で言えば51年ということになる。

当時、コースケ先生は愛知県の一宮に住んでいた。
岐阜市と名古屋市の中間に位置する都市だ。

岐阜と名古屋の間はJRと名鉄が並行して走っているのだが、
同じ路線にもかかわらず、JRのほうが運賃が高かった。
時間的に速いわけでもないのに、だ。
にもかかわらず、なぜか岐阜名古屋区間をJRを利用する
学生がたくさんいた。

この様子を見て
「皆さん金持ちですね、贅沢なさって」
と皮肉るのがコースケ先生のいつもの口癖であった。

そんな先生とその年のゴールデンウイークに
一緒に旅をする機会があったのだ。
伊勢神宮ー鳥羽ー彦根ー琵琶湖ー敦賀ー天橋立といった
コースだったと記憶する。
これが忘れられない思い出となったというわけだ。

独立不羈、自立精神の強いコースケ先生は
辛抱第一を信条としており、
学生のノーテンキでノホホンとした甘えが大嫌いなタイプ。
一見、ヒナタもやし風でナヨッとしているのだが、
これがなかなかどうして意外で硬派で渋チンなのだ。

旅行の最中も徹底した倹約ぶりで、一切の贅沢は許さなかった。
TABOが100円の缶ジュース買うのも憚れるほどに
アツをかけてくるのであった。

「水があるでしょ、水が」
と威圧的な態度で諌めるため、
10回のうち9回はジュースを購入する手を
引っ込めざるを得なかったのだ。

むろん泊まりにも金はかけない。
途中2泊の行程だったのだが、
1泊はTABOの従兄弟の家を利用させてもらい、
もう1泊は駅の待合室にゴロ寝と相成ったのだった。

そんなケチケチ旅行中に、
コースケ先生のキャラを如実に物語る
特筆すべきエピソードが発生した。

アイスキャンディーアタリ棒事件だ。

<続く>

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