されど調布の日々〜昭和とともに燃えつきた青春

上京後住み着いた調布の下宿はお化け屋敷で最期は火事で全焼した。でもこれはホラーじゃない。昭和後期の空気漂うアホな青春の記録です。

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TABOはそのアタリ棒を見て嫌な予感がした。
そのアタリ棒でもう一本、只でアイスがゲットできるからだ。
が、道行の途中に立ち寄ってアイスを買い求めた店は
はるか後方。
まあ、フツーの人だったらその時点で諦める。
そのためだけに引き返すのはトーゼン躊躇するはず。
だからそこまで心配する必要はない。

ところがそこはコースケ先生。
常人とは違う。
何の迷いもなく、そのためだけに引き返すのだ。

果たしてそのときも即座にクリルと踵を返した。

「さあ、もう一本もらいに行きましょう」

コースケ先生の出方は分かっていたとはいえ、
改めて口にされると驚く。

「ヒエ〜、マジですかい」

TABOの声もさすがにひっくり返る。

「何言ってるんですか、アタリクジですよ。
そんなのムダにできるわけないじゃないですか。
最近の若いモンは全く」

結局、いま歩いてきた道のりを引き返した、
アイスを一本受け取るために。

その間、バスがワレラの横を無情にも通り過ぎていく。

「あちゃ。行ってもた」

「まあまあ、いいじゃないですか。
これで完全にバズ代が節約できましたね。ムヒョヒョヒョヒョ」

で、従兄弟の家の着いたときはどっぷりと日も暮れていた。

「歩いてきたの?」

従兄弟はさすがに驚きを禁じ得ないといった面持ちだった。

「遅いから道にでも迷うたかと思うとった。
でも道は駅からの一本道だから迷うはずないもんなあ」

そう言いながら従兄弟は笑い飛ばす。
が、それにこっちが何の反応を示さないため、
従兄弟はTABOの顔をまじまじと見つめながら、

「そうとう疲れとるなあ。
一風呂浴びて飯でも食って元気出せや」

と慰められる始末。

そりゃそうさ。

で、その夜、従兄弟の家で夕食をご馳走になったあと、
疲れたカラダを床に預けた。
周囲は静かな山間の地。
下界とは違って森閑とした時が流れる別世界で、
夢心地は格別。それだけが救いだった。

旅はその後、彦根城、琵琶湖、敦賀(駅泊)、
天橋立(ここはさすがに絶景!)、岐阜柳ヶ瀬と回り、
無事ゴールの一宮(コースケ先生の根城)にたどり着いた。

移動代と限られた食費以外、
ほとんどカネを使わないケチケチビンボー旅行。
しかも広範囲を2泊3日の強行軍で走破したため、
一宮に到着したときは身も心も疲れ果てていた。
にもかかわらず、さらに東京への帰路を急ぐTABOに向かって
コースケ先生は別れ際に一言、

「TABO先生、また行きましょうね」

だってさ。

う〜〜ん。即答できず、思わず唸ってしまったのであった。
だってこの旅、TABOにとってはただの旅などではない。
精神修養のための難行苦行の旅にほかならなかったのだ。

当時、ユーミンがブレイク、勢いに乗っていた。
街には彼女の4枚目のアルバム「14番目の月」の
楽曲が流れていたのを覚えている。

そのためか、このユーミンのアルバムを聞くたびに
あの苦行旅を思い出すのであった。

イメージ 1

【さみしさのゆくえby荒井由実】
http://www.youtube.com/watch?v=4Ynu7ookMyE


*ユーミンのアルバムのなかではいまでもこのアルバムが一番好きだ。タイトル曲はじめ、「さざ波」「中央フリーウェイ」「さみしさのゆくえ」「朝日の中で微笑んで」「晩夏」など収録曲も充実している。まさにハズレなし!

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