そして、明後日は滋賀の長浜の近くの姉の所に泊まる。
この姉の事を話そうと思う。
実は、田舎で一人で住んでいる母は、僕が二歳の時に僕を連れて離婚した。
そして、郵便局に勤めながら僕を育ててくれた。
母は、五人も子供の居る、僕の父親と結婚した。
後で知ったのだが、母も再婚だったようだ。
一時は、腹違いではあるが、僕にも兄と姉が居た。
五人の子供達は、去って行った母を恨んだようだ。
しかし、その中の、その滋賀の姉だけは違った。
いつも、気にしてくれて、いろいろと手紙をくれたりしていた。僕に・・・・・・・。
あれは、僕が大學を出て松山で就職して3年経った頃。
姉からの一本の電話。
年老いた父が「僕に会いたい」と言う。
多分、その時、父は75歳位だっただろうか。
確か、7月中旬だったように記憶している。
12月に会う約束をした。
仕事の都合上、まとまった休みが取れるのは12月だった。
僕の心は躍った。
初めて会う父。
「どんな人なんだろう 」
僕の心の中で、いろいろなイメージが湧き上がる。
姉が言った事を思い出した。
「父は、いつも、貴方の事を気にかけていたよ。」って。
早く、十二月にならないかなぁ。なんて思って仕事をしていた。
8月も終わりかけだっただろうか。
その姉から仕事場に電話が有った。
「父が・・・・死んだ 」
僕は、仕事場と言う事も忘れ、涙が溢れ、ワンワン泣いた。とにかく泣いた。
周りの同僚達はビックリした事だろうなぁ。
後で知ったのだが、父は、癌だったらしい。
自分の死を予感していたのだろう。
生まれて、二歳で離婚して。
結局・・・。会えなかった。話も出来なかった。
顔は写真で解るが・・・。
声も知らない。 優しい声だったとは思うが・・・。
その後、その姉の計らいで、他の兄弟と会うことが出来た。
父の墓は松山に有る。
兄弟は、広島の兄・滋賀の姉・浜松の姉・東京の姉・福井の姉。全員、県外。
その姉の計らいと言うのは・・・。
最初の父の法事の時に僕を誘ってくれた。
家内に言うと、「絶対に行くべきだ」と言う。
初めて会う兄弟。
母を・・。去って行った母を恨んでいるとも聞いていた。
だから・・・。会うのが怖かった。
しかし、家内の後押しで行った。
何か、兄は、よそよそしい感じがした。
しかし・・。僕と顔が似ている。ビックリするほど・・・。
その夜。
全員で食事をした。途中から、僕の家族も参加した。
兄が言った。
「今まで、いろいろな事が有った。確かに、君のお母さんを恨んでいた時期も有った。自分も淋しい思いをしただろう。でも、今日、これからは、兄弟として付き合って行こう。」と・・・・。
涙がこぼれた。前が見えない位涙が・・・止まらない。
兄も泣いている。
周りの姉達も泣いている。
家内も・・・・・・。
その姉と明後日会う。
一度だけ行った事は有るのだが、泊まるのは初めて。
ご主人は、退職しているが、自衛隊の、かなり上の位の人だったようだ。でも、いい人。酒飲み。命令調かな。
僕も、今、年齢は五十四歳。
子供の頃、片親だった事もあり、いじめられた事もある。
だから・・・。
その反動なのだろうか。
結婚する時に、家内に言った事を思い出す。
「離婚は絶対にしない。」
「子供は、たくさん欲しい」
不思議な事が有る。
結婚して、一年位だろうか
家内の父親に「お父さん」と言えなかった。
喉までは「お父さん」の言葉が出るのだが言えない。
家内に言われた。
「お父さんが居ないからかなぁ。仕方ないよ」
って。
ショックだった。でも、そんなものなんだろう。
しかし、一年後には、やっと言えるようになった。
不思議なものである。
父について、知らない事も多い。
ただ、知っている人は「人格者だった」と言う。
裕福な家庭に育ち、当時の大学も出て、市役所の税務課長をしていたようだ。
病気で奥さんを亡くし、母と結婚をした。
亡くなった父の事を褒められると嬉しいものだ。
今、僕は、父の墓参りを、よくする。
父の墓は、松山を一望できる場所にある。
行けば、父と話す。
一人で、父と話す。
生きている時には会えなかった。
会いたかった。
でも、仕方ない。父は居ない。
だから・・・・・。
お墓の前で、いつも、三十分は一人で話す。
子供の事。自分の事。いろいろと話す。
明後日、姉と会う。泊まる。
いろいろと、父の事。聞きたい。
いっぱい聞きたい。
楽しみ。
でも・・・。生きている時に・・・・会いたかった。
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