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 主人の部屋は裸火厳禁なのだそうだ。 つまり、火の付くストーブの類、またガスコンロの
 類は使えないのである。 
 
 暖房は「えあこん」とか言う横長の箱が壁に陣を構えており、その口から器用にも涼しい風
 や温かい風を吐き出すのだが、それだけで賄えという事であるらしい。 
 しかし、この御仁、なかなか仕事が遅いのである。 しかも今までの様に6畳の狭い部屋で
 はなく、その倍近い訳なので、暖かくなるまでに随分と時間が掛かるのだ。 
 
 幸い、主人の部屋は実に日当たりが良いので、天気さえ良ければ夜まで暖房は要らないが、
 流石に朝は寒い。 今のところ主人はジャンパーを着る事で我慢しているようだが、直ぐに
 暖かくなる「ハロゲン・ヒーター」と言うものの購入を主人は考えているようだ。 
 全く電気代がかさんでしょうがないと嘆く主人ではなるが、その分、灯油などが要らないの
 であるから、そう心配する事でもなかろうと吾輩思う。 
 特に今年の灯油の高騰は驚くばかりであるし。 
 
 さて、台所には「ガスコンロ」と言う奴が必ずあって、鍋やらフライパンやらを灼熱地獄の
 刑にしていたものだが、この部屋の台所には、白くて丸い板切れが置いてあるだけであった。 
 
 吾輩、何度か乗ってみたが、別に毛皮が焦げる事もなく、全く安全なものであった。 
 しかし、主人が何か調理をした後はその板が随分と熱くなるので剣呑である。 どうやらこ
 れがIH電磁調理器と言う奴らしい。 
 
 聞くところによるとこやつはガスコンロのように熱い炎で調理器具を熱するのではなく、調
 理器具の金属自体を熱くするものなのだそうだ。 従ってどこか別のところに火がつくと言
 う事がなく、火事の心配が殆ど無いのだそうだ。 
 確かに回りは熱くならない。 現に主人、毎朝食べているシリアルを入れているプラスティ
 ックの容器をすぐ横に置いているし、出汁の素やらの袋を置いていたりしていても全く問題
 が無い。 
 調理中に主人は良く吹き零れを拭いたりもしているし、安全な物では有るようだ。 
 
 しかし、これを使っての調理が実にやりづらいと主人は良くこぼしている。 これを使うと
 確かに湯が沸くのは早いようだ。 只単に鍋に水を入れて湧かすと言うだけなら良いらしい。 
 ところがそれ以外の事をすると一々困った事になると言うのである。 
 
 先ず第一の弱点は、そこの丸いものは使えないと言う事。 これは主人が大事にしている中
 華鍋が使えないと言う事であった。 
 これは最初からわかっていた事であったからまだ良かったが、これまた主人の愛用するテフ
 ロン加工の鍋が駄目だったのにはガッカリしたようだ。 
 仕方なくIHが使える鍋を大小ひとつずつ購入した主人。 フライパンも買い揃える羽目に
 なった。 
 
 何処が違うのかと言うと、底が平らで、ある適合した金属でなければならないらしい。 実
 に面倒なものである。 
 また、底の部分は常に接触していないといけないのである。 少し離れただけで「ぴーぴー」
 と鳴いて知らせてくる。 
 これが警告であるのか苦情であるのか吾輩は猫なのでわからないが、とにかくうるさい。 
 
 底を離す事が出来なければ当然『鍋振り』も出来ないと言う事であり、主人が得意とする中
 華料理の炒め物は封印せざるを得ない。 
 もっとも、その事は最初から主人は知っていたらしいが、今ではそう言う料理が食べられな
 いので、さほど気にしなかったらしい。 
 
 それよりも主人が驚いた事がふたつ有った。 
 ひとつはフライパンで肉やら野菜やらを焼くと、物凄く水が出る事であった。 
 
 主人の得意料理の一つに「麻婆豆腐」と言う物が有る。 吾輩は食べた事が無いのだが、な
 にやら赤黒いドロッとしたものの中に四角く切られた豆腐が浮かんでいる料理である。 
 これを作る際、先ず油をひき、摩り下ろした生姜を入れ、挽肉を炒める。 これが黒っぽく
 なるまで炒めるのが本式なのだそうだ。 
 主人、これにこだわっているのであるが、このIHでそれをやると、まるで魔法でも掛かっ
 たかの如く肉から水が出て来るのである。 
 それはそれは驚くほど大量に出る。 従って、炒め物ではなく、煮物になってしまうのであ
 る。 
 しかし、だからと言って途中でこの水を捨てたのでは、肉から出た旨みを捨てると言う事に
 なり、カロリーは少なくなるかも知れないが、言わば出がらしを食べるようなものになって
 しまう。 
 これは勿論、挽肉に限った事ではなく、薄切り肉でも同様である。 
 
 どうしてこのような事になったしまうのか。 主人はあれこれ実験していたが、どうやらフ
 ライパンの熱伝導が原因のようだ。 
 フライパンに水を張り熱してみると、真ん中の部分だけに気泡が出来るのである。 つまり、
 本当に熱くなるのは真ん中だけであり、周りの部分が熱くならない様なのだ。 
 従って、その真ん中だけを使って焼けば何とかちゃんと焼けるから、焼肉などはそうやって
 焼く事が出来たが、炒める場合にはそう言う訳にも行かない。 
 どうしても熱くない部分にも材料が接するので、そこから水が出てしまうらしいのだ。 
 
 水が出ると言うだけではない。 薄焼き卵も実に焼きづらい。 
 何しろ周りが全然焼けてこないのである。 待っていれば何れは固まってくるが、その頃に
 は真ん中が焦げてしまうという始末。 主人は仕方なく、フライパンを上げたり降ろしたり
 しながら調節していたが、その間、IH殿は『ぴーぴー』と鳴き通しである。 
 実にやかましい薄焼き卵作りであった。 
 
 ならばフライパンが悪いのかと主人は違うものを買ってみた。 今度は最初に買ったものよ
 りも大分値段も高く、IH対応ではなく専用であったのだが、結果は『少々まし』と言う程
 度であったのが生憎である。 
 
 もうひとつの難点は、そうやって炒め物がやりづらいくせに、煮物をやると焦げ付き易いと
 言う事であった。 
 主人がこの調理器具で初めてカレーを作った時、最終段階で煮込んでいて、数分間そばを離
 れて再び戻った時、なにやら随分と焦げ臭かったのだそうだ。 
 どこかが焦げたのかと、慌てて探す主人であったが、周囲は何処も焦げたりしていない。 
 それがIHの良いところなのだ。 
 気のせいかと思って主人は鍋をかき回した。 すると、真っ黒な物が浮かんできたのである。 
 なんと鍋の底が焦げ付いていたのだ。 
 
 当然この時主人は火力を一番低くしていた。 この状態で数分間煮込まなければならない。 
 煮込み料理とはそうしたものである。 
 ところがそれでなんと焦げ付いてしまったのである。 
 
 この現象はその後も続いた。 一番主人が驚いたのは、味噌汁に豆腐を入れて加熱したら、
 豆腐が焦げ付いた事であった。 
 要するにちょっと粘度の高いものや、具が多くて中で動かなくなったりすると焦げ付くので
 ある。 これには閉口した主人であった。 
 
 よって主人は煮込み料理を作る際、そばを離れる事が出来なくなってしまった。 
 しかし、何かでかき回し続けたりしたのでは、中の具が煮崩れてしまう。 だから主人は鍋
 を揺する事にした。 ずっと鍋の柄を持って細かに揺すりながらリビングのテレビを見る主
 人の姿は哀れなものであった。 
 出来る事なら吾輩も手伝ってやりたいが、生憎と熱い物が苦手の猫なので諦めざるを得なか
 った。 迂闊にネコ・パンチを食らわせて鍋をひっくり返したりでもしたら大変であるし。 
 
 そこで主人は最近、「しゃとる・しぇふ」と言う鍋を買った。 これは家付きの鍋の様なも
 のであった。 両手鍋がすっぽりと納まる蓋付の容器が付属されているのである。 

 主人はこの鍋をIHの上に置き、普通に調理を始めた。 水を入れ野菜などを入れる。 
 それがグラグラと湧いて来たなと思ったら、何を思ったら主人は鍋を掴むや否や、蓋付の容
 器へと収めてしまった。 
 熱いままで閉じ込められた鍋殿はさぞ熱い思いをしている事だろう。 吾輩、鍋殿の健康が
 心配になったが、それで良いのだそうだ。 いや、それでなくてはならないのだそうだ。 

 なんでも、この蓋付殿、「保温」するのが仕事であるらしい。 熱せられた鍋殿を保温する
 事によって、過熱し続ける事無く調理を続けると言う趣旨であるらしい。 
 
 主人はと言うと「しゃとる・しぇふ」殿を台所に置き去りにしたままテレビ前へと帰ってい
 った。 30分ほどして取り出す主人。 恐る恐る中のものを見てみると、ちゃんと火が通
 っていた。 
 
 なんとも不思議なものである。 これならばどんなものを煮込んだところで焦げると言う気
 遣いは無い。 しかもかき回さないので煮崩れも起こさない。 更には燃料代が掛からない。 
 良い事尽くめである。 
 
 ただし、注意書きにもあるが、煮詰めると言う事は出来ない。 従って、味付けは出来上が
 りの状態に持っていかなければならない。 濃度も同様である。 
 だからいい加減に水を入れて、少々薄めであった場合、このまま煮詰めれば良いと言う訳に
 はいかなくなる。 しかし、それを補って余りある効用であるらしい。 
 
 主人は大変お気に入りで、その後、シチューやら豚の角煮やらを作っていた。 何れも失敗
 なく作れたようだ。 
 
 しかし、何かを暖めなおすと言う事には使えないので、相変わらず昼食用に作っておいたも
 のを暖めなおすのにはIH殿を使っている。 
 この場合には焦げ付きが無いように、フライパンを使う事の多い主人であった。
 

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