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大体において、自分が想像したものは実現せず、予想だにしなかった事が起きると言うのが主人の持論である。
今度のカテーテル手術も、心配している事は大した事が無く、本当に驚いたり辛かったりする事は思いも寄らない事だったりするのだろう。
 
 
それはまさしく現実となった。
 
 
当日。 予定は2時過ぎと言う事で朝食は普通に食べて良いそうだ。 
主人は昨日の夜から出されたものを全部食べてしまう事にしたらしく、今朝の朝食も全て食べつくしてしまった。
 
 
そうそう、言い忘れたがこの病棟には食堂と言うものが有り、可能な患者はそこで食べる事になっている。
カーテンで覆われた病室のベッドで食べるよりはいくばくか良いだろうと我輩も思う。
 
 
8時に朝食を食べた後は何もする事が無い。 
あ、そうそう、またまた言い忘れたが前日主人はシャワーを浴びた。 そこで本当なら毛を剃るはずだったのだが、直前になって剃らなくて良いと言われた。
理由はわからない。 ナースにもわからないようだ。
だから前日はまさに何もする事が無かった。
 
なので主人は本を読んだりDVDで映画を見たりしていたが、やはりこう言う環境では映画を楽しむという気にはならないようで、ちょっと見てはすぐにやめてしまったりしていた。 落ち着かないようだ。
 
それは当日になればなおの事。 主人、病室と食堂を行ったり来たりしている。
 
 
 
11時頃だったろうか。 ナースがやって来て、「今ですね、緊急の患者さんが入ってしまったので少し遅くなります。」と言った。
主人は今日の最後の予定なのである。 5番目だそうだ。 ところが一つ余計に入ってしまったので、夕方くらいになりそうだというのだ。
 
手術の当日には立会人が必要なのだとか。 主人の場合は家族がいないので、両親しかいない。 2時に来るようにと言って有ったのだが、それを少し遅くする電話を主人は入れた。
 
 
なんともはや、嫌な事を待っているというのは落ち着かないものだ。 
ちょっと寝ようと横になった主人。 寝たかと思った途端に目を覚まして時計を見た。
「げ、まだ10分しか経ってねーじゃんか。」と言って再び目を瞑った。
何がしたいのか我輩には理解できない。
 
 
2時になり、3時になり。 4時が過ぎて5時になっても迎えが来ない。
 
「今、4番目の方が入りましたから。」 と、ナースが言いに来た。
おやおや、本格的に夜の部に突入のようだ。
 
 
結局、主人にお迎えが来たのは6時20分頃だった。 全く医者も大変である。
 
既に主人は手術着に着替え、午前中から点滴をされている。 
点滴のスタンドを押しながら手術室に向かう主人。 
これが生きている主人の見納めかも知れない。 と、思ったら我輩、どうしても手術室に潜入したくなった。 本当はベッドで待っていようと思っていたのだが、やはりどうにも気になってきた。
 
 
広い手術室。 とは言っても他のものを我輩知らないのだが。
真ん中にベッドの様なものがある。 『様な』と言うのは形が少々変だからである。
大抵ベッドと言うものは平たい長方形なものだが、これは片方が狭まっていて、楔形をしているのだ。
主人、そこを頭に横に寝かされる。
 
「下着取りまーす。」 若いナースが元気良く主人に言う。 
主人は今や手術着の下はパンツ一丁である。 そのパンツまで脱がそうと試みるナース。
『ええっ! そんな事聞いてないよ!』 もう少しで主人はそう叫ぶところであった。
事前に渡されていた説明書にパンツだけになるようにと書かれていたので、そこだけは死守出来るものと思っていたのである。
ところが最後の砦はいとも簡単に陥落してしまった。 しかも若い雌にである。
 
幸いと言うべきか、主人は枕と言うものをしていないので、自分の情けない姿を見る事が出来ない。 いや、勿論見ようと思えば見られるのだが、そんなもの見たくない、わざわざ確認したくない主人であった。
 
執刀医が来て、なにやら茶色い液体を、主人の両足の付け根の上の部分に塗り始めた。 なぜ両足なのか、我輩にわかるはずもない。 
 
ここからの事は実は良くわからない事が多い。 
主人は採血が嫌いである。 いや、血が駄目なのではなく、自分の腕に針が刺さっているのを見るのが嫌いなのである。 勿論、痛いのはもっと嫌だ。
しかし我輩はと言うとその逆で、別に主人の体に何が刺さろうと別段嫌でもないが、血が出ているのを見るのは真っ平御免なのである。
したがって、ここからはもっぱら音だけでの判断。 あるいは、一瞬の目撃によるものであるので甚だ正確性に欠ける事を勘弁願いたい。
 
幸い、主人のナニはガーゼで保護されていた。 どうやらナースだけでなく、医者も見たいわけでは無い様だ。 さも有りなん。
 
右足の根元の上に指を這わせていた医者が麻酔の注射をした。 主人、『痛てっ』と顔をしかめる。
なんとなく嫌な展開になって来たので我輩、目を瞑ってしまった。 だから何が行われたのか良くわからない。
 
「痛いですかぁ〜。」 「大丈夫ですよぉ〜」
 
医者とナースの声がする。 目を開けたらなんと主人の足から血が噴き出ている。
我輩、思わず失神しそうになった。
 
暫く震えていたが気を取り直して再び目を開ける。 するとどうだろう、主人までが震えている。 
 
「あれ? どうしました?」
「すいません、なんかからだが震えてきて止まらないんです。」
 
確かにこの部屋はちと寒い。 だからと言ってあんなに震えるほどでもなかろう。
ところが主人の振るえは止まるどころが一層酷くなっていった。
 
なんだかんだで40分くらいが過ぎた頃。 造影剤が入り、主人の心臓の様子が大きなモニターに映し出された。
 
医者たちが何やらわけのわからない話をしている。 医者のドラマの好きな主人と一緒に我輩も随分見ているが、ここで交わされた会話のひとつも理解出来なかった。
知っている単語がとにかく全くと言って良いほど出てこないのである。
 
ここで医者がこんな事を言った。
 
「あのですねぇ〜、先の方も随分細くなっているんですよ。 うーん、バイパスにした方が良いかそれともこのままやるか・・・。 んー・・・ どうします?」
 
どうしますと言われても、今の主人に的確な判断など出来るはずがない。
しかし、主人の脳裏に浮かんだのは、『バイパス』=『開胸手術』と言う事だけであった。
そんなもの、真っ平御免に決まっている。
 
「できたら、このままでお願いします。」
 
主人、震えながら言っている。 正直なところ、何しろ震えが酷くてそれどころでない主人である。
 
 
医者が突然出て行った。 後で知った話なのだが、立会いに来ている主人の両親に事情を話しに行ったのだそうだ。
本人がこのままやって欲しいと言うのでやりますと。
 
暫くして戻ってきた医者はいよいよ本題の作業に入った。 ステントの導入である。
 
我輩一応見てはいたが、何しろ吾輩は猫なので何をしているのかは良くわからない。
だから全て後から聞いた話なのだが、問題の血管のその先の部分。 これが細くなってしまっているので、ここにもステントを入れる事にしたそうだ。
結局、ここに3本ものステントを使ったのだとか。
そしていよいよ問題の箇所のステントの導入も、中々苦労したと自慢していたが成功したらしい。
 
その間、主人はと言うとしっかり意識はあり、時折医者やナースからの問いかけに答えてはいたが、なにしろガタガタと震え続けるからだが言う事を聞かない。
上半身が緊張して仰向けに横になっていると言うのに縮こまろうとする。 自然と両肩が持ち上がる。 それを無理やりねじ伏せる。 ふーっと息をついてリラックスに勤めようとする主人なのだが、またまた緊張が始まってしまう。
この繰り返しを2時間近くもやっていた。
 
鎮静剤を入れられて少し落ち着いたのは最後の10分間くらいのものだった。
これがカテーテルと何か関係が有るのかはわからない。 恐らく関係ないのだろう。
緊張から来るものなのか、はたまた跳ね上がった血圧によるものなのか。
 
何の所為かはわからぬが、とにかく、カテーテルによる直接的な痛みは全くなかった。
バルーンを膨らませ、ステントを入れる瞬間、一瞬血流が途絶えるので痛みが来る事が有るらしいのだが、それすらも全くなかった主人であった。
ひょっとすると主人の心臓が鈍感なだけなのかも知れないが。
 
 
実は手術前の説明で、もうひとつ或る脅しが有った。 それが小便である。
 
午前中から点滴をしている。 これは大量に使うはずの造影剤を早く体外に出す為のものなのだそうだ。 つまり小便をどんどんするのである。
手術中にもよおす事もあるそうだが、中には尿瓶を使う事がどうしても出来ない人がいるそうな。 その場合には尿道に管を刺してやらせるのだとか。
 
当然の様にそんなものは勘弁願いたい主人であった。 断固として尿瓶を使うと断言して見せたものである。
 
2時間半の手術がようやく終わった。 それを待っていたかのように、いや、実際待っていたのだが主人、「すいません、小便させてください。」とか細く言った。
担当ナース。 あわてて尿瓶をあてがう。 その際、主人のナニをちょっと摘んだのを我輩しっかりと目撃した。 主人にもはっきりと自覚があったはずだが、鎮静剤でボーとしていた主人は何も言わず、ただ小便にだけ集中した。
数時間分の小便が一気に出て行く。 ほっとする主人。 我輩もほっとした。
 
 
時計は既に9時を過ぎようとしている。 
事前に渡されていた説明書では、術後暫くしてから担当医が止血をして、2時間後には寝返りがうてるようになり、4時間後には少しベッドを起こすことが出来、6時間後には45度起こしても良くなり、12時間後には歩けるようになるとの事だった。
しかし、もう既に消灯の時間である。 そんな手続きの全てがスルーされてしまった。
 
暫くしてから担当医と研修医みたいなのが来た。 これから管を抜き、止血すると言う。
どうするのだろうと見ていたら、なんと原始的にも指でギューッと押さえ始めた。
 
担当医が研修医に言う。
「色々やり方は有るんだけどね、これが僕は一番良いと思うんだよね。」
 
主人、さぞかし痛がるかと思ったら平気な顔をしている。 全然痛くないようだ。
それよりもまだすっぽんぽんなので、おっさん二人に至近距離から下半身を見られると言う事の方がよっぽど苦痛だったのである。
 
「だけどね、これをやると字が書けなくなるんだよね。」
と、時折指を変えながら一心不乱に押し続ける医者。 ならば何か別の方法を考案した方が宜しいのではなかろうかと我輩猫ながら思うものである。
 
なるほど医者と言うものも大変だ。
 
 
この止血作業は40分続いた。 鎮静剤で頭がボーっとしていたのでさほど苦労でもなかった主人。
 
その後、巨大な絆創膏を貼られ、ガムテープみたいなものをベタベタと巻きつけられた主人。 下半身がミイラ状態である。
 
 
先ほど書いたように、本当ならここから安静解除の道をたどるのだが、今日はもう寝る時間なので、このまま安静の体勢で朝まで寝かされる主人。
 
 
深夜の何時頃だったろうか。 主人、半分寝ぼけながらガムテープを剥ぎ取っている。
その痕が痒くて仕方が無いのである。
 
その後様子を見に来たナースに主人、怒られていた。 でも主人が狸寝入りしていた事は我輩には明白である。
 
 
とにもかくにも心臓カテーテルが終わった。
案の定、心配していた事は何も問題なかったが、予想もしなかった困難が待ち構えていた。
次にやる時にはこの体験が生かされるであろうが、二度とやりたくないと思う主人なのであった。
 
 
に、にゃあ〜
 
 

閉じる コメント(4)

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私は腕の肘の内側からカテーテルを入れましたので
出血も少なく手術も早かったですね。
大掛かりな予防注射の様な感じでした。

2012/4/4(水) 午後 11:01 ZUMA

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入れる場所は色々有るみたいですね。
どうやって判断するのか良くわかりません。
しかしやはり腕からの方が治りは早いようですね。

2012/4/5(木) 午前 0:47 [ たくあん ]

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一昨日同じ手術を体験しました。
ごめんなさい、大変な手術だったと言うのに分かる、分かる〜!!と、面白おかしく読ませて頂きました

2013/6/9(日) 午後 10:11 [ れな ]

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面白かったならば幸いです。

2013/6/14(金) 午前 1:11 [ たくあん ]


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