主人の健康

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今日、毎度の検診の日であった。
前回の検診の時に、狭窄の話を初めてされたのだった。 
早いものであれから2ヶ月が経ったわけだ。
 
 
 
主人の心臓は大分よくなった。 
生憎、不整脈は治らなかったが。 
 
医者は「治るかなーと思ったんですがねー。」などと言っていたが、何しろシステムが全く違うので関係ないようだった。
むしろ、心臓が元気になってしまった分、不整脈が起きているのがはっきりわかるようになってしまったくらいだ。
逆に言うと、殆どわからないくらいに心臓が弱っていたわけだ。
 
だから脈がとてもはっきりしてきた。 
なにしろ手術前は頚動脈で脈が測れなかったくらいなのである。
それが今でははっきりとわかるようになった。 面白いものである。
 
 
一番実感できる変化と言うと歩いている時であった。
何しろ足が軽い。 自然に早歩きになる。
確かにこの2年くらい、めっきり体力が落ちたと感じていた主人であった。 
何しろ30分もしないうちに足腰が痛くなる。 何より歩く気が起きない。
ところが今では昔の様にスタスタと軽快に歩けるようになった。 これが一番の違いであった。
 
 
 
また、これまで不整脈による不快感だと思っていたものが、実は狭心症によるものだったのだと理解出来るようになった。
何となくいつも感じている胸の違和感と言うか不快感。 これがそうだったのだ。
そして、仰向けに横になった再の胸の圧迫感も無くなった。
 
「やっぱりあったんですねぇ。」 と、医者が言っていた。 
主人、『やっぱりじゃねーよ』と言う顔をしている。
我輩もそう思う。 お前がもっと早く警告していればもっと早くに何とかなったかも知れないじゃないかと。
確かに主人、心臓が長時間にわたって痛いと感じたことは無かったのだから。
 
 
次回、心エコーをする事になった。 
何しろ心筋は傷んでいるはずなので、回復するには少々時間を必要とするらしい。
だから、適度な運動は是非した方が良いそうだ。
 
「2ヵ月後になれば、心臓の動きも良くなっていると思いますよ。」 と、言う医者。
 
是非そうあって欲しいものである。
 
 
 
 
時に。
 
A1Cが7.6と言う高い数値になってしまった。
この2ヶ月は何しろステレスが大きくて、食生活が乱れ、運動も減少してしまった。
その所為かも知れないが、もしこの2ヶ月で改善を試みてもダメだったらいよいよ薬物投与を考えなければならないと言われてしまった主人。
全く次から次へと忙しいものである。
 
 
帰りに毎日飲まなければならない薬を薬局で買った主人。
6千円も取られて絶句していた。
 
 
 
 
に、にゃあ〜
 
 
手術の翌日。 8時の朝食はベッドでだった。
看護師さんにベッドを起こしてもらい、何とか飯を食う主人。
 
ちなみにこの看護師さんには大変お世話になった主人である。
手術直後に一回、夜中に2回ほど尿瓶の世話になる主人。 その度に主人のナニはこの看護師さんに摘んでもらったのである。
 
ここは公共の場なので、主人のそっち方面に関しての言及は避けるが、こんなに若いメスにナニを触られるなど、この十数年なかった事である。 少なくとも我輩は見た事がない。
我輩のあずかり知らぬところでの話は知らないが・・・。
 
だからこの看護師さんには特別な感情を抱いた主人であったが、午後に交代に来た看護師さんははっきり言ってもっと可愛かったので、苦も無く心変わりする主人であった。
 
 
時にこの病院の看護師はいったい何人いるのか、随分沢山居るようだ。
二交代制で主人が居た5日半の間に、述べ6人は来たのではなかろうか。
主人のナニを世話した看護師も一番のお気に入りの看護師も2回ずつ来たと思う。
 
 
 
10時頃、その可愛い娘ちゃんが来たのと同時に主人に歩行の許可が出た。
早速点滴を引きずりながらトイレに行く主人。 やはり尿瓶というものは快適とは言えないようだ。 
 
暫くしてその点滴も外れた。 担当医がやって来て傷の具合を見て問題無いと太鼓判を押された。
午後には主人、殆ど何の問題も無い生活が出来る様になった。
 
 
 
全く医学の進歩は大したものである。
カテーテルがなかった頃はバイパス手術しかなかったわけで、その前はと言うと何にも無かったわけだ。
開胸手術となれば、数週間の入院が必要になる。 ベッドから起き上がるだけで数日かかるのだろう。
それがカテーテルなら翌日にはなんとも無い生活が出来る。 なんとも凄い話である。
 
 
事前に大体一週間の入院と聞いていたので、退院は恐らく日曜日だろうと考えていた主人。
従って、木曜、金曜、土曜と、如何にして快適に過ごすかが問題であった。
 
 
手術からのストレスから開放されたからか、主人、腹が減って困るのである。
だからと言って何か買ってきて食うわけにも行かない。 何しろ運動がまだ出来ないので血糖値が心配である。 なんか食っていいかと聞いたら、ダメって言われるに決まってるし・・・。
 
 
 
それともうひとつ大きな問題が有った。 木曜日の夜から、安眠が出来ないのである。
なぜかと言うと、木曜日に隣に入ってきた親父のいびきが物凄いのである。
しかも決まって主人より早く寝てしまうのだ。
 
主人、HDDプレーヤーで音楽を聴きながら寝る事にした。 これでいびきは聞こえないが、だからと言って熟睡も出来ない。
しかも、窓際のベッドの窓の外は隣の建物の窓がある。 ほんの数メートルしか離れていないのだ。 
これが何の建物なのかわからないが、どうやらこの病院の施設らしい。 少なくとも入院病棟ではないようだ。
この窓、普段は使っているのかもわからないくらいなのだが、どう言う訳か夜中に突然電気が点くのである。
最初、一体何が起きたのかと驚いた主人である。 我輩も驚いた。
いきなり真っ暗な部屋の中がぼんやりと明るくなった。 自分の目がどうにかなったのか。 はたまた脳がいかれたのかと思ったほどである。
そんな具合なので、木曜の夜から三日間、殆ど夜に寝られなかった主人であった。
 
 
更に木曜の夜、不思議な出来事があった。
寝る間際。 主人は本を持って食堂に居た。 10時が消灯時間なので、そろそろ帰ろうかと思った時、ふと両腕の前腕部の内側あたりに痛みを感じた。 ちょっと筋肉痛のような感じであった。
こんな所の筋肉使ったっけかなぁ・・・と思いつつも気にせず寝ようとする主人。
隣の親父のいびきが凄い。 寝られない。 しかも腕の痛みが段々酷くなり、これが激痛へと変化していった。
 
主人、いつもの様に痛みを分析する。 主人は若い頃、ちょっと運動医学の様なものをかじった事があるので、痛みには結構詳しいのである。
これは明らかに神経ではなく筋肉の痛みだ。 関節でもない。 しかし不思議なのは腕の角度によって痛み方が劇的に変化する事だった。
仰向けになって両腕を腹の上に置くと段々痛くなってくる。 我慢できなくなる。
かと言って下に下ろすともっと痛い。 上に上げても痛い。 
手の平を上にして腕を伸ばす。 そして手首を外側に返すと物凄く痛い。
つまり前腕の内側の筋肉を伸ばすと痛いのだ。
 
この痛みが次第に尋常でなくなってきた。 こいつはまさか何か別の病気だろうか。
筋膜炎とかだったらどうしようなどと考える主人。
我輩、ここは何しろ病院なのだから、具合が悪いのならさっさと言えば良かろうと思うのだが、気の弱い主人は思わず内緒にしてしまうのだった。
大事にしたくない。 もう少し我慢していれば治まるかも知れない。 ついそんな風に考えてしまう気の弱い主人であった。
 
しかし4時頃、とうとう主人は我慢出来なくなったらしい。
ナース・ステーションに行き、そこにいた看護師に事情を話す。 
「どうしたんてしょうねぇ。」と主人の腕を見る看護師。 お前にわかるのかと我輩などは思ったが、主人はいたって正直に頼っている。
「特になんともなっていないみたいですけど、取りあえず湿布でもしてみますか?」
と言われた。
確かに見た目では全く変わったところも無いのだ。
 
肌色の紙の様なものを両腕に2枚ずつ貼られる主人。 そんなまじないで何の効果が有るのだろうかと我輩疑ったが、これが意外にも効果が合ったようで、それから主人は程なく眠りにつくことが出来た。 ヘッドフォンをしたままであったが。
 
しかし、実際に寝たのは2時間も無かった。 看護師が見回りに来る6時にはもう起きてしまった主人である。 今夜は2時間も寝ていないだろう。
 
翌日、腕の痛みは何故か治まっていた。 筋肉痛の様に手首を返すと痛いし、前腕の内側を押すと痛いのだが、大した事は無かった。
余計な病気でなくて良かったと胸をなでおろす主人であった。
 
 
金曜日、担当医が心拍のテストをした。 ランニング・マシンの様な物で歩いて、心拍数がどう変化するかを見るのである。
幸い、時速4キロほどで歩いても主人の心臓はびくともしなかった。
 
「大丈夫そうですね。 じゃあ、明日退院しましょうか。」
 
主人、一瞬絶句している。 「え? いいんですか?」と思わず聞き返す主人。
まさか土曜日に退院出来るとは思っても見なかった主人である。
 
「何時頃にしましょうか。」 「いや、そりゃもう、早ければ早い方が・・・。」
 
主人の顔が一気に明るくなった。
 
 
と言うわけで翌日の10時に主人は退院の運びとなった。
また寝られなかった主人であったが、幸い、隣の親父に襲い掛かると言った醜態も晒さずに済んだ様だ。 
もっとも、もう一日長かったら我輩の方が必殺の三本線をお見舞いしていたに違いない。 隣のおやじは命拾いしたようだ。
 
 
8時に最後の飯を食い、荷物をまとめて、10時になるまでのなんと長い事か。
主人、落ち着かずにウロウロしていた。
 
 
外は雨が降っていた。 だから帰りはタクシーに乗る事にした主人。
まだ体調は万全とは言えない。 何となくおっかなびっくりである。
何しろ心臓の血管にケーブルが通り、金属の部品が入ったのである。
ある意味主人、『サイボーグ』である。
 
 
 
 
こうして主人の『心臓カテーテル体験』が終わった。
こんな事ならもっと早く、最初に言われた時にやってしまえば良かったと、今となれば思える主人であった。
 
しかし、何しろ初めての経験である。 入院自体が小学校4年の時に扁桃腺の除去手術で入院して以来なのである。
 
やって良かったとは思えるものの、決してやりたくは無い経験である。
 
 
 
 
世の中には恐らく主人と同様の方もおられよう。
不整脈だと思っていたら、「狭心症」を併発しているかも知れない。
「カテーテル検査」は確かに入院が必要だし、高額医療である。 だからおいそれとは出来ないが、もし、『ちょっと怖いから』と言う理由でためらっている方がおられたなら、それは杞憂であると我輩言える。 
確かに快適ではないが、さほどの苦痛は無い。 下半身を裸にされてしまい、小便がちょっと不自由になるだけの事である。
それも48時間以内に解決するのである。
 
どんどんやれとまでは言わないが、怖がる事は無いと我輩申し上げておこう。
 
 
 
だからと言って我輩はそんな事真っ平ごめんであるが・・・。
 
 
 
に、にゃあ〜
 
 
 
大体において、自分が想像したものは実現せず、予想だにしなかった事が起きると言うのが主人の持論である。
今度のカテーテル手術も、心配している事は大した事が無く、本当に驚いたり辛かったりする事は思いも寄らない事だったりするのだろう。
 
 
それはまさしく現実となった。
 
 
当日。 予定は2時過ぎと言う事で朝食は普通に食べて良いそうだ。 
主人は昨日の夜から出されたものを全部食べてしまう事にしたらしく、今朝の朝食も全て食べつくしてしまった。
 
 
そうそう、言い忘れたがこの病棟には食堂と言うものが有り、可能な患者はそこで食べる事になっている。
カーテンで覆われた病室のベッドで食べるよりはいくばくか良いだろうと我輩も思う。
 
 
8時に朝食を食べた後は何もする事が無い。 
あ、そうそう、またまた言い忘れたが前日主人はシャワーを浴びた。 そこで本当なら毛を剃るはずだったのだが、直前になって剃らなくて良いと言われた。
理由はわからない。 ナースにもわからないようだ。
だから前日はまさに何もする事が無かった。
 
なので主人は本を読んだりDVDで映画を見たりしていたが、やはりこう言う環境では映画を楽しむという気にはならないようで、ちょっと見てはすぐにやめてしまったりしていた。 落ち着かないようだ。
 
それは当日になればなおの事。 主人、病室と食堂を行ったり来たりしている。
 
 
 
11時頃だったろうか。 ナースがやって来て、「今ですね、緊急の患者さんが入ってしまったので少し遅くなります。」と言った。
主人は今日の最後の予定なのである。 5番目だそうだ。 ところが一つ余計に入ってしまったので、夕方くらいになりそうだというのだ。
 
手術の当日には立会人が必要なのだとか。 主人の場合は家族がいないので、両親しかいない。 2時に来るようにと言って有ったのだが、それを少し遅くする電話を主人は入れた。
 
 
なんともはや、嫌な事を待っているというのは落ち着かないものだ。 
ちょっと寝ようと横になった主人。 寝たかと思った途端に目を覚まして時計を見た。
「げ、まだ10分しか経ってねーじゃんか。」と言って再び目を瞑った。
何がしたいのか我輩には理解できない。
 
 
2時になり、3時になり。 4時が過ぎて5時になっても迎えが来ない。
 
「今、4番目の方が入りましたから。」 と、ナースが言いに来た。
おやおや、本格的に夜の部に突入のようだ。
 
 
結局、主人にお迎えが来たのは6時20分頃だった。 全く医者も大変である。
 
既に主人は手術着に着替え、午前中から点滴をされている。 
点滴のスタンドを押しながら手術室に向かう主人。 
これが生きている主人の見納めかも知れない。 と、思ったら我輩、どうしても手術室に潜入したくなった。 本当はベッドで待っていようと思っていたのだが、やはりどうにも気になってきた。
 
 
広い手術室。 とは言っても他のものを我輩知らないのだが。
真ん中にベッドの様なものがある。 『様な』と言うのは形が少々変だからである。
大抵ベッドと言うものは平たい長方形なものだが、これは片方が狭まっていて、楔形をしているのだ。
主人、そこを頭に横に寝かされる。
 
「下着取りまーす。」 若いナースが元気良く主人に言う。 
主人は今や手術着の下はパンツ一丁である。 そのパンツまで脱がそうと試みるナース。
『ええっ! そんな事聞いてないよ!』 もう少しで主人はそう叫ぶところであった。
事前に渡されていた説明書にパンツだけになるようにと書かれていたので、そこだけは死守出来るものと思っていたのである。
ところが最後の砦はいとも簡単に陥落してしまった。 しかも若い雌にである。
 
幸いと言うべきか、主人は枕と言うものをしていないので、自分の情けない姿を見る事が出来ない。 いや、勿論見ようと思えば見られるのだが、そんなもの見たくない、わざわざ確認したくない主人であった。
 
執刀医が来て、なにやら茶色い液体を、主人の両足の付け根の上の部分に塗り始めた。 なぜ両足なのか、我輩にわかるはずもない。 
 
ここからの事は実は良くわからない事が多い。 
主人は採血が嫌いである。 いや、血が駄目なのではなく、自分の腕に針が刺さっているのを見るのが嫌いなのである。 勿論、痛いのはもっと嫌だ。
しかし我輩はと言うとその逆で、別に主人の体に何が刺さろうと別段嫌でもないが、血が出ているのを見るのは真っ平御免なのである。
したがって、ここからはもっぱら音だけでの判断。 あるいは、一瞬の目撃によるものであるので甚だ正確性に欠ける事を勘弁願いたい。
 
幸い、主人のナニはガーゼで保護されていた。 どうやらナースだけでなく、医者も見たいわけでは無い様だ。 さも有りなん。
 
右足の根元の上に指を這わせていた医者が麻酔の注射をした。 主人、『痛てっ』と顔をしかめる。
なんとなく嫌な展開になって来たので我輩、目を瞑ってしまった。 だから何が行われたのか良くわからない。
 
「痛いですかぁ〜。」 「大丈夫ですよぉ〜」
 
医者とナースの声がする。 目を開けたらなんと主人の足から血が噴き出ている。
我輩、思わず失神しそうになった。
 
暫く震えていたが気を取り直して再び目を開ける。 するとどうだろう、主人までが震えている。 
 
「あれ? どうしました?」
「すいません、なんかからだが震えてきて止まらないんです。」
 
確かにこの部屋はちと寒い。 だからと言ってあんなに震えるほどでもなかろう。
ところが主人の振るえは止まるどころが一層酷くなっていった。
 
なんだかんだで40分くらいが過ぎた頃。 造影剤が入り、主人の心臓の様子が大きなモニターに映し出された。
 
医者たちが何やらわけのわからない話をしている。 医者のドラマの好きな主人と一緒に我輩も随分見ているが、ここで交わされた会話のひとつも理解出来なかった。
知っている単語がとにかく全くと言って良いほど出てこないのである。
 
ここで医者がこんな事を言った。
 
「あのですねぇ〜、先の方も随分細くなっているんですよ。 うーん、バイパスにした方が良いかそれともこのままやるか・・・。 んー・・・ どうします?」
 
どうしますと言われても、今の主人に的確な判断など出来るはずがない。
しかし、主人の脳裏に浮かんだのは、『バイパス』=『開胸手術』と言う事だけであった。
そんなもの、真っ平御免に決まっている。
 
「できたら、このままでお願いします。」
 
主人、震えながら言っている。 正直なところ、何しろ震えが酷くてそれどころでない主人である。
 
 
医者が突然出て行った。 後で知った話なのだが、立会いに来ている主人の両親に事情を話しに行ったのだそうだ。
本人がこのままやって欲しいと言うのでやりますと。
 
暫くして戻ってきた医者はいよいよ本題の作業に入った。 ステントの導入である。
 
我輩一応見てはいたが、何しろ吾輩は猫なので何をしているのかは良くわからない。
だから全て後から聞いた話なのだが、問題の血管のその先の部分。 これが細くなってしまっているので、ここにもステントを入れる事にしたそうだ。
結局、ここに3本ものステントを使ったのだとか。
そしていよいよ問題の箇所のステントの導入も、中々苦労したと自慢していたが成功したらしい。
 
その間、主人はと言うとしっかり意識はあり、時折医者やナースからの問いかけに答えてはいたが、なにしろガタガタと震え続けるからだが言う事を聞かない。
上半身が緊張して仰向けに横になっていると言うのに縮こまろうとする。 自然と両肩が持ち上がる。 それを無理やりねじ伏せる。 ふーっと息をついてリラックスに勤めようとする主人なのだが、またまた緊張が始まってしまう。
この繰り返しを2時間近くもやっていた。
 
鎮静剤を入れられて少し落ち着いたのは最後の10分間くらいのものだった。
これがカテーテルと何か関係が有るのかはわからない。 恐らく関係ないのだろう。
緊張から来るものなのか、はたまた跳ね上がった血圧によるものなのか。
 
何の所為かはわからぬが、とにかく、カテーテルによる直接的な痛みは全くなかった。
バルーンを膨らませ、ステントを入れる瞬間、一瞬血流が途絶えるので痛みが来る事が有るらしいのだが、それすらも全くなかった主人であった。
ひょっとすると主人の心臓が鈍感なだけなのかも知れないが。
 
 
実は手術前の説明で、もうひとつ或る脅しが有った。 それが小便である。
 
午前中から点滴をしている。 これは大量に使うはずの造影剤を早く体外に出す為のものなのだそうだ。 つまり小便をどんどんするのである。
手術中にもよおす事もあるそうだが、中には尿瓶を使う事がどうしても出来ない人がいるそうな。 その場合には尿道に管を刺してやらせるのだとか。
 
当然の様にそんなものは勘弁願いたい主人であった。 断固として尿瓶を使うと断言して見せたものである。
 
2時間半の手術がようやく終わった。 それを待っていたかのように、いや、実際待っていたのだが主人、「すいません、小便させてください。」とか細く言った。
担当ナース。 あわてて尿瓶をあてがう。 その際、主人のナニをちょっと摘んだのを我輩しっかりと目撃した。 主人にもはっきりと自覚があったはずだが、鎮静剤でボーとしていた主人は何も言わず、ただ小便にだけ集中した。
数時間分の小便が一気に出て行く。 ほっとする主人。 我輩もほっとした。
 
 
時計は既に9時を過ぎようとしている。 
事前に渡されていた説明書では、術後暫くしてから担当医が止血をして、2時間後には寝返りがうてるようになり、4時間後には少しベッドを起こすことが出来、6時間後には45度起こしても良くなり、12時間後には歩けるようになるとの事だった。
しかし、もう既に消灯の時間である。 そんな手続きの全てがスルーされてしまった。
 
暫くしてから担当医と研修医みたいなのが来た。 これから管を抜き、止血すると言う。
どうするのだろうと見ていたら、なんと原始的にも指でギューッと押さえ始めた。
 
担当医が研修医に言う。
「色々やり方は有るんだけどね、これが僕は一番良いと思うんだよね。」
 
主人、さぞかし痛がるかと思ったら平気な顔をしている。 全然痛くないようだ。
それよりもまだすっぽんぽんなので、おっさん二人に至近距離から下半身を見られると言う事の方がよっぽど苦痛だったのである。
 
「だけどね、これをやると字が書けなくなるんだよね。」
と、時折指を変えながら一心不乱に押し続ける医者。 ならば何か別の方法を考案した方が宜しいのではなかろうかと我輩猫ながら思うものである。
 
なるほど医者と言うものも大変だ。
 
 
この止血作業は40分続いた。 鎮静剤で頭がボーっとしていたのでさほど苦労でもなかった主人。
 
その後、巨大な絆創膏を貼られ、ガムテープみたいなものをベタベタと巻きつけられた主人。 下半身がミイラ状態である。
 
 
先ほど書いたように、本当ならここから安静解除の道をたどるのだが、今日はもう寝る時間なので、このまま安静の体勢で朝まで寝かされる主人。
 
 
深夜の何時頃だったろうか。 主人、半分寝ぼけながらガムテープを剥ぎ取っている。
その痕が痒くて仕方が無いのである。
 
その後様子を見に来たナースに主人、怒られていた。 でも主人が狸寝入りしていた事は我輩には明白である。
 
 
とにもかくにも心臓カテーテルが終わった。
案の定、心配していた事は何も問題なかったが、予想もしなかった困難が待ち構えていた。
次にやる時にはこの体験が生かされるであろうが、二度とやりたくないと思う主人なのであった。
 
 
に、にゃあ〜
 
 
 
2週間近くも時間が有れば、独り暮らしの主人とて入院の準備くらいは十分に出来る。
意外と問題だったのは病院まで行く手段であった。
 
いつもはバイクで行っている主人。 しかし、一週間も駐輪場に止めておけないので、別の方法で行くしかない。 ところが交通の便が実に不便だったのである。
 
散々調べた結果、バスを乗り継いで行く事にした主人。 
いよいよ入院の当日。 やけに重くなってしまったバックを肩から掛け、最寄のバス停までの10分くらいの道をえっちらおっちら歩いていく。
『これで心臓発作起こしたら笑うよな。』 主人の考えそうな事である。
 
しかし無事主人は病院までたどり着いた。 入院の手続きは午前10時。 
それ専用の部屋に出向くと、なんと朝から人で一杯だった。 なるほどベッドが満床な訳だ。
 
言い忘れたがこの病院、カテーテルと言うものに関しては随分とやっているのだそうで、年間200例以上もやっているとかで、最近専門のチームを作ったのだそうだ。
果たして『チーム・ドラゴン』か『チーム・バチスタ』かと考える我輩であった。
 
手続きをする。 いきなり10万円取られる。 さながら『敷金』である。
最近はこうやって患者が逃げるのを防いでいるらしい。
 
病室は4Fだった。 ナース・ステーションに出向いた主人は、建物の奥の奥、一番奥の部屋に通された。
満床だとか行って脅かされたが、見るとどの部屋も患者がいない。 『なんだよ、全然ガラガラじゃねーか。』とぶーたれる主人。
 
部屋に入ると患者がひとりだけいた。 主人のベッドは窓際。 これがまた後に、良いのか悪いのか分からない事になる。
 
とにかくジャージに着替える主人。 程なく看護師がやってきて、今日のスケジュールを告げていった。 『採血』、『採尿』、『胸部レントゲン』の他に、「頚動脈エコー」と言うのと「動脈硬化検査」と言うのをやるそうだ。
先の三つは容易に想像がつくが、「頚動脈エコー」と言うのはひょっとして、胃カメラのようなものを飲み込んでやる奴じゃないのか? 確か、カテーテル・アブレーションの体験記に出てきたような・・・。 と、早くもビビリの虫が騒ぐ主人であった。
 
入れ替わりにいつもの担当医が入ってきた。 
おお、この医者、木曜以外にも居たのか。 何しろこの病院、外来の担当が毎日違っていて、週に一度しか同じ医者が出てこないのである。 だから検診の日以外に用が有る場合に困るのだ。
どうやら外来の日以外は別の事をやっているようだ。
 
実は主人、ちょっと前に日本の医者が主人公の小説を読んで、医者にも色々ランクがあると言う事を知った。 『講師』と言うランクが有ると言うことを初めて知った次第である。 この担当医がまさに『講師』だった。 
 
その担当医の後から別の医者が入ってきた。 もっと年嵩の医者。 主人とどっこいかも知れない。 この医者が実際に執刀するのだそうだ。 一番のベテランなんだとか。
 
そのふたりに連れられて別室へと行く主人。 そこで今までよりずっと詳しい説明を受けた。
 
なんでも心臓の冠動脈と言うのは太いものが(とは言っても、直系2mm程度らしいが)
3本あり、その内の真ん中の奴が一番重要で、万が一ここが詰まると一巻の終わりなのだそうだ。
主人の場合はまさにそれ。 そして、その動脈は根元のところで三叉に分かれていて、その内のひとつが狭窄しているとか。 そこにステントを入れる事になるだろうが、これが簡単な事では無いと言われた。
ステントを入れた所為で、他の血管が押されてつぶれる危険があるとか。
状況によっては、ステントではなく、バイパスにした方が良いと言う状況になるかも知れないとも言われた。
 
この期に及んで随分と脅かしてくれるものだ。 しかし、もう主人にはどうすることも出来ない。 患者が努力する余地は全くと言って良いほど無いのである。
まさに「まな板の上の鯉」なのだ。
如何に脅されようともされるがままになるしかない主人であった。
 
 
最近の医者は事故が起こった際の言い訳になるように、とにかくありとあらゆる事を事前に言ってくる。 まぁ、医療事故だと騒ぎ立てる患者遺族が、裁判で何かにつけ、「そんな事聞いてない!」と言う事への対策なのだろうが、これが結構迷惑な話で、いちいちそんな事まで言われなくてもとつい思ってしまうのだ。
100%の安全など保証できるはずが無い。 どんな手術であっても失敗の可能性があり、死ぬ危険は当然ある。 病院で死ぬか自分の家で死ぬかはたまた道端で死ぬかの違いに過ぎない。 
 
我々猫族は人間に死ぬところを見られるのを好まない。 これは野生で生きていた頃の記憶である。 弱みを見せたら最後、自然界では死ぬしかないのだ。
だから我々は、自分の死を直感したならば静かにそっと姿を消す。 そして誰も知らないところで己の死と向かい合うのである。 誰もそれに文句などつけない。
 
しかし人間たちはそう言う自然界の掟を知らぬものだから、医者と言えば患者を助けて当然、病院となれば病気が治って当たり前、手術室と言えば、スーパー・ドクターがどんな難手術も成功させるのが常識と考えているらしい。
だからそれに失敗しようものなら大声で喚く、罵る、泣き叫ぶ。
相手も同じ人間であると言う事を忘れてしまう。
 
我輩にはわかる。 主人は例え手術が失敗で自分が死んでしまったとしても、その責任を医者に追わせようなどとは微塵も思っていない事を。
 
 
採血と採尿はいつもやっているし、胸部レントゲンなどは造作も無い。
問題は頚動脈エコーなる新技である。
 
時間が来てそれを行う部屋へと通される。 ちょっとドキドキしている主人。
しかし、行われたのは心エコーと同じ事を首にされただけであった。
また、動脈硬化の検査と言う奴も、血圧を測る例のギュッと閉まる奴を両手首と両足首にされ、あっちこっち順番に絞められると言うだけの話であった。
 
これにて今日のお勤めは終了。 やれやれと一息つく主人。
 
 
病院はとても綺麗で設備も新しく、実に快適といえるほどだったが、困ったのが食事だった。
なにしろ、検診後の一ヶ月はかなりの量の炭水化物をとるが、後の一ヶ月は極力食べない主人である。 もうその後半に入っているので、普段は米も麺類も食べない時期に入っていた。
然るに出てきた病院食は炭水化物と糖質の塊の様なものであった。 
煮物には間違いなく砂糖が使われている。 菓子類は多少食べる主人だが、料理に砂糖は絶対に使わない。 焼き鳥もタレではまず食べない。 テリヤキなどと言うものも口にしない。 
最近煮物や蕎麦つゆにオリゴ糖で甘みを付けることを覚えたが、砂糖と言うもの自体が台所に無いのである。
また果糖に関しても同じで、果物はまず食べない。 年に一度くらいイチゴを食べる事が有るが、それ以外の果物は食べない主人である。
ところがのっけからパイナップルが出てきた。 煮物も随分と甘い。 これには困った主人であった。 しかも野菜が少ない。 全く少なすぎる。
仕方なく食べられそうなものだけ食べ、殆ど残した主人であった。
 
早速ナースに事情を話し、糖尿病患者用のものに代えてもらった。 ところがその後もご飯が普通に出てくる。 どうやらここではカロリーしか考慮できないらしい。
ナースは、「担当医から、一日1800キロカロリーの指示が出ていますので・・・。」なんて言っていたが、問題はカロリーではないのだ。
例え同じカロリーであっても、炭水化物や糖分を食べた場合と、たんぱく質や脂肪、繊維質を食べた場合とでは血糖の上がり方が全く違うのだ。
病院側はそんな事先刻ご承知だろうが、要するに病院食を作る方が対応出来ないと言う事なのだろうと我輩猫ながら思った。
 
月曜日と火曜日の昼までは炭水化物を避けていた主人であったが、火曜日の夜になって暫くお盆を眺めていた主人は、突然全ての物を食べ始めた。
一口しか口にしなかったご飯も猛然と食い始め、終いにはお茶かけて漬物をぶち込んで食べたりもしていた。
 
いよいよ明日は本番である。 
そのストレスが限界に達したか、これが最後の食事になるかも知れないと思ったのかは、さすがに飼い猫の我輩とと言えども計り知れなかった。
 
 
明日はいよいよ本番である。
予定は2時頃だそうだ。
 
とにかく今はもう早く終わってくれる事だけを願う主人であった。
 
 
に、にゃあ〜
 
3月8日。 早いものでCT騒動から3週間以上が経過した。
主人は幸い生きていた。 
 
微かな治療の必要なしと言う希望を胸に病院に向かう主人。 全く諦めの悪い男である。
結果は、予想をはるかに上回るものであった。
 
 
見せられた画像は主人が期待していたものとは全く違っていた。
主人はてっきり3次元的で鮮明な画像を見せてもらえると思っていたのだが、医者がPCのモニターに出したのは、何がなんだかわからないところに、不鮮明な白い線がある画像だった。
 
「ここがですね、真ん中の動脈なんですが、ここの、このところが狭窄してますね。」
 
画面を見入る主人。 しかし、どこがどうで何が何なのか殆ど理解できない様子。
 
「この3本の血管のうちの1本が90%ほど狭窄しています。」
 
なんでも三叉に分かれている血管のうちの1本が狭くなっているのだとか。 確かにキュッとすぼまっている様に見えなくは無いが、どう見ても3本の血管などは区別できなかった。
 
「ここに、ステントを入れる事になると思います。」
 
ステントと言うのは聞いたところによると、ネット状になった金属の筒らしい。 
まずこの狭まったところに風船を持ち込んで膨らませ、その後にステントを入れると元の太さに戻ると言う寸法らしい。
 
「えー・・・ これはすぐにやらないと駄目でしょうか。 どれくらい猶予は有りますか?」
 
主人この期に及んでと思うところだが、これには理由が有る。 一週間もの休みをそう簡単には取れないからである。 
もっと時間的猶予を持って交渉に及べば何とかなるかも知れないが、例えば来週とか言われてもほとんど無理だろう。 
辞職するのなら話は別だが・・・。
 
「恐らく、1年以内に再び心筋梗塞を起こします。」
 
今まで殆どはっきりと物事を言わなかった医者が、この時ばかりはやけにはっきりと断言した。 この一言は我輩にとってもショックであったが、主人の優柔不断な精神にとっては決定打と言って良い一言であったようだ。
 
後1年以内などと言われてしまってはどうしようもない。 これはやるしか無さそうだ。
 
 
実は主人、己の命に対してあまり執着が無い。
心臓が悪くなってから、大して長くは無いだろうとの自覚があったし、別に死んだからと言って家族がいる訳でなし、別に困る人間などいないからである。
ただ、ひとつだけ心に引っかかるのは両親がまだ健在と言うことだった。
親より早く死ぬのは確かに親不孝と言うものだと考えているらしい。
 
だから死ぬ事自体は別に怖くは無いし困りもしない。 どうせ死んだら後の事などわからないし、関与も出来ないのだ。
ただ、その過程が問題だ。 死ぬ瞬間が苦しいのは怖い主人であった。
心臓麻痺はかなり苦しいと聞く。 それは勘弁してもらいたい主人であった。
 
 
「では、お願いします。」 蚊の鳴くような声でようやく返事をした主人。 
主人は決断した。 散々逃れる算段をしてあがいたが、どうにもならなくなったようだ。
 
「わっかりました。 では・・・っと。 14日はもういっぱいですので、21日ですね。 ここに入れときましょう。」
 
いよいよ、主人の心臓カテーテル手術が3月の21日に決定した。
 
 
「一応、一日前に入院していただく事になっているんですが、前日が祝日で休みですので、19日に入院してください。 で、順調なら週末にでも退院できます。」
 
早いのだけはありがたい。 しかしまたもや2週間も空いてしまう。
事が決まってからのこの時間は猶予と言うよりは殆ど『生殺し』状態と言えよう。
 
 
ガックリと肩を落として入院の手続きに向かう主人。
そこで何枚か書類を渡され、あれこれと説明を受けた。
なんでも無料の部屋が満床なので、いわゆる『差額ベッド』と言う有料のものしかないのだそうだ。 それの一番安いのは4人部屋で2100円。 一週間だから14000円ほどもかかるらしい。
それでも満床になってしまう可能性が有るなんて言われた。 その場合はもっと高い部屋に入るしかないのだそうだ。
 
「その場合の料金はどうなるんですか?」
「その場合はその料金になります。」
 
そんな馬鹿な話が有るかと我輩思った。 あらかじめ予約しておいた部屋がホテルの都合では入れなくてより高い部屋にならざるを得ないからと言って、正規の値段を請求するホテルが有るものか。
しかし今の主人には、そう抗議する元気が無かった。 「そうですか。」と言っただけであった。
 
 
ガックリと肩を落とし、グッタリとうなだれたままバイクで帰る主人。
しかしこの男、意外と立ち直りが早いのが取り柄なのである。 
その足で主人が向かったのは100円均一ショップ。 何を買うのかと思ったら、入院に必要になるであろう、『お泊りグッズ』であった。
 
そしてそれからの一週間、主人は退屈しのぎの本を探し、携帯用DVDプレーヤーの動作確認をし、DVDを24枚持ち運べるバインダーを買い、あれこれ選択して詰め込んでいった。 
さらには暫く使っていなかったHDDプレーヤーに、まだ入っていない曲をダウンロードした。 主人お気に入りのPERFUMEである。 当然、DVDも持って行く主人である。
 
こうなったら如何にその一週間を楽しく過ごすか。 それしか頭に無い主人なのであった。
 
 
に、にゃあ〜
 

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