そんなこんなで起こされた主人。 とりあえずお湯を沸かしてコーヒーを飲み、
あ、そうそう。 前のアパートの水はまずいし衛生的に不安があったので、殆どそのまま飲む事は無かった主人であった。 ここの水に期待したのだが、まけず劣らず不味かったのでがっかりである。
主人の実家は井戸水なので美味い水には慣れている。 ミネラル・ウェーターなど特に美味いとも思わぬ主人である。 しかし、主人の職場がある町の水は不味いので有名なのだ。
ここも例外ではなかったようだ。 とてもそのままでは飲めない。 湯を沸かしてもなおなんとなく臭いし苦い。 困ったものだ。
暫くテレビを見ていた主人は昨日買っておいたものでお昼にした。 初めての調理はチンだけだったが。
まだ雨がどんどん降っているので憂鬱だったが、主人は元のアパートに出かけていった。 鍵の引渡しのためである。 そこで、現状確認も行われるらしい。
約束は3時。 しかし、2時半頃に出かけていく主人。 何か忘れているものがあったらあわてて誤魔化すためである。
主人は現地に着くなり忘れていた靴を一足回収した。 そしてたたんだ段ボールをバイクに積んだ。 まだ時間はある。
主人はシャッターを開け、ガラス窓の前に胡坐を書き、雨の情景を眺めて煙草を吸い始めた。 主人が一体何を考えながら眺めているのか我輩には良くわからなかったが、余り楽しそうな事ではないと言う事は顔を見ればわかる。
この風景、大体主人にとっては散歩コースを連想するものであろうと思われる。 だとするならば辛く、苦しく、痛い思い出しかない筈だ。
靴を変えてぐっと楽になったのつい最近の事で、それまでの3年間は殆ど腰の痛みと脹脛と脛の痛みとの戦いであったのである。
ただ生憎なのは靴の所為である可能性が大であると言う事だ。 苦しみ損であったように我輩には思われる。
さて主人、シャッターをして戸締りをすると外に出た。 てっきり旧我が家にやって来て、郷愁に涙でも流すのかと思いきや、至って涼しい顔をしている。
大体がこう言う場合、過去に囚われない男なのである。 それよりももう心は新居に飛んでいるのであろう。
時間が来たと言うのに誰も来ない。 タバコを2本ばかり吸った主人はたまりかねて不動産屋さんに電話した。 管理会社の電話番号は登録してなかったのである。
そこで事情を話し、管理会社に連絡してもらった。 元々がここからの紹介だったのだから別段理不尽な要請でもあるまい。
しかしまた10分ほど待っても返事が来ない。 3時40分頃、ようやく返事が来た。 管理会社の社長が隣に住んでいるので今から来ると言う。 程なくやって来た初老の男。 どデカイ家に住んでいる割にみすぼらしい格好である。
「ああ、3時でしたか。」だと。 こ、の、や、ろ、う! 忘れていやがったのか。
しかし、もうここでトラブルは起こしたくなかった主人は、「そうですよっ」と精一杯嫌味を言っただけで収めた。
代わりと言っては何だが、我輩、隣にあるこの社長の家の庭に脱糞してやった。
たっぷりと。
全く、この駄目社長有りて駄目会社員有りだ。 全く駄目な会社だ。 こんな会社の物件を借りたくは無かったのだが、それがわかったのは借りてからだったのである。
貸家と言うのはこう言うトラブルもある。 今度のも一戸建てとは言え借家は借家。 大家が変人でないことを我輩祈るばかりである。
さっと見ただけで現状確認は終わったようだ。 壁の煙草の後は如何ともしがたい。
しかし、カーペットに関しては経年変化の範疇であると考えている主人である。
無駄な時間を1時間も費やしてしまった主人は、ブツブツ言いながら帰路に付いた。
やっこらせとバイクを玄関先に乗せる。 板は今にも折れそうだ。
その後、主人は断続的に片付けをした。 台所はほぼ片付いたがひとつだけ問題が有った。 炊飯器の置き場所が無いのである。
正確にはコンセントの近くに置き場所が無いのである。 ここはどこかから延長してくるしか無さそうだ。
8時前、食べるものが何も無かった主人は、傘を持って歩いて近所のスーパーへと向かった。 雨の日に傘差して歩くなど何年振りであろうか。
ところがスーパーについてみるとどうも様子がおかしい。 客がひとりも居ない。
「あれ? おかしいな。」と主人、試しにドアの前に立ってみたが開かない。
なんともう閉店していたのだ。 中には店員と思しき雌の人間が一人レジで何かしているのみ。
なんと、今時8時前に閉めてしまうスーパーが有ったのかと呆れる主人。 仕方なく雨の中最寄の駅の方角に歩き出す主人。 きっと何かしらあるだろう。
すると幸い、二つ目の交差点でドラッグ・ストアの看板を発見した。 最近ではドラ
ッグ・ストアでも大抵のものは手に入る。 果たして行ってみると、生鮮食品以外は何でも有った。
適当にラーメンなど買う主人。 初めての調理となりそうだ。 調理とは言ってもただお湯を沸かして煮ただけだったが、それでもIHとの違いは歴然としていた。
久しぶりの直火に感激する主人。 これで炒め物も揚げ物も出来るというものだ。
ただやってもせいぜい二ヶ月に一回か二回だが。
その夜、DVDとCDを棚に収め、一階の居間も殆ど片付いた。
それにしても主人、不思議に思っていることがある。 この家、不動産屋の案内で二
度来ただけで、ここで落ち着くのも寝るのも初めてだというのに、妙に違和感を感じないのだ。
勿論、使っているものが同じと言う事もあるのだろうが、何か見慣れた感じがするのである。 その事、それ自体に違和感を感じる主人であった。
さて、激動の土日が暮れようとしている。 主人は、初めての風呂を沸かそうと風呂場に行った。 我輩もそろそろおネムである。
そこに主人の素っ頓狂な声が響いた。
「フタがねーじゃんかよっ」
これが最高のトラブルであるようだ。
に、にゃあ〜