ここから本文です
みなとみらい線 周辺散歩日記
みなとみらい線沿線・周辺の小ネタ・都市開発ネタを、徒然と

書庫全体表示

イメージ 1

50年後の横浜臨海地域の在り方を検討する海都横浜構想2059の概要がこの夏公開されました。
陸地部分2,014ha、水面部分1000ha以上の横浜港から川崎港にかけての3,254haが対象地域になるようで、
山手,野毛,三ツ沢、関内や、みなとみらい、そして、戸部、神奈川といった地域が含まれ居住人口は20万人を想定しているようです。

http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/6edc9bbe/bc/4c24/__sr_/bc1d.jpg?BCWIYLLBg422F6_Z
横浜の海岸線って横浜中心部、根岸湾付近、金沢湾付近と北から3つの湾が大中小と並ぶ感じで図式化できる感じですね。上から商業港、工業港、レジャー港みたいな感じです。

http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/6edc9bbe/bc/4c24/__sr_/6ce5.jpg?BCWIYLLBXoZaWAku
1927年に描かれた10年後の横浜港のイメージ。「10年後の1937年にはこうなるかも」なんてイメージ図です。
1927年って昭和の頭、第二次世界大戦前にこんな構想図が描かれていたなんてすごい。
よく見てみると、今ある本牧埠頭は描かれておらず、根岸付近のコンビナート建設に絡む埋め立て計画もない時代であったこともあり、三渓園も海沿いに位置しています。
一方で、瑞穂埠頭等、鶴見方面の臨海地帯はみなとみらいの初期構想図みたいな雰囲気で描きこまれています。

ベイブリッジもなく、その代わりのように巨大防波堤が描かれていているのも一興です。
山下埠頭もどきと瑞穂埠頭を結ぶ防波堤が曲線を多用したイメージで描かれていますが、これもみなとみらい中央地区に似たイメージですね。
人って、この緩やかな曲線にどこか未来っぽいものを感じるんですかね。

実は都庁などを設計された丹下健三先生は東京の将来を海に求め、東京計画1960なんて構想を提唱され、東京駅から袖ヶ浦方面を結ぶ数本の高速交通網を軸に東京湾上に人口地盤を無数に配置してそこに100万人以上が住む人工都市構造をやはり50年以上前に提唱されています。

http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/6edc9bbe/bc/4c24/__sr_/8a17.jpg?BCQgLOLBMFZTg3Jq
結局、東京計画1960は実現されませんでしたが、東京の街は海側に膨張し、今はその埋立地に箱モノを敷き詰めるのではなく、巨大な緑地帯を出現させる東京海の森構想が安藤忠雄先生などが携わって進められています。
U2のBonoが植樹している姿をテレビで見ました。。
U2ってUnforgetable FireからJoshua Treeのころが一番格好良かった。。なんて歳がばれますね。。

まぁ、夢いっぱいで、ちょっと現実味がありませんが大きな方向性を探るという意味でも、50年後の横浜臨海部の姿に思いを巡らすのも楽しいものです。。


  • 顔アイコン

    タモリ倶楽部がきっかけで「ぶらタモリ」なる番組をNHKがつくるほど古地図ブームですが、古きを訪ねるのも一興ですね。

    [ bas*on*o*2006 ]

    2009/11/7(土) 午後 4:28

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事