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白い廊下の椅子に座り、私はぶつぶつ計算してる。
窓の外は、もうすっかり夕方だ。
屋敷には誰もいなかったから、私が救急車を呼んで、ここ、病院にあの男を連れてきたんだけど、
玄関の扉に伝言を書いて貼ってきたけど、まだ誰も来ない。
本当なら今日でバイトはやめるつもりだった。今日の稼ぎで目標額に達成するから。
明日から予定があって・・・なのに、あのドジな男のせいで、予定が狂ってしまった。
こっから家までタクシー代いくらかかるだろう。もっかい救急車にのせてほしいくらいだ。
恥ずかしいジャージ姿の腕を抱きキョロキョロしてたら、男ののったベッドが運ばれてきて、
看護士さんが私を見つけて、所持品から家族と連絡が取れたので、もうすぐ来るって言った。
そして、右手首にひびがはいっているのもあって、しばらく入院することになるって。
「そうですか。よかった」って笑う私。『え?』って顔の看護士さん。綺麗な人。
「あの、それくらいですんでよかったと思って」
「そうですね。脳の検査でも今のところ異常はありませんでしたから」
ほんとは、縁起でもないから、死ななくてよかったって意味ですけど。
「まだ眠っていますが、面会出来ますよ」っておせっかいな笑顔に、しぶしぶ病室に入った。
ベッドの男を改めて見下ろす私。ベッドの端から端まである長い体。
顔は綺麗だった。おでこをすりむいてるけど。
すっとした目、鼻、口。ちょっと白すぎるきめ細やかな肌。
例えるなら歌舞伎役者みたいな。でも、ちょっと線が細すぎる感じ。
まぁ、階段の上から下までなすすべもなく転げ落ちるくらいだから、体育会系じゃないのは確か。
もう夕方だからか、口ひげがうっすら生えてきてる。だけど、眉は無駄毛一本もなく整えられて
いて・・・え?まさか顔の産毛も剃ってる?まったく、最近の男って・・・
顔を近づけたら、男は「う〜ん」って動いて、
お腹の上にのった、その長い指の女爪が、つややかに光った。
え?マニキュア?
胸がざわつきはじめた。不穏な空気が個室に漂う。
明るい廊下で、看護士さんが病室の入り口にネームプレートを貼っているのが見えた。
「まさか!そんなわけ!」
つぶやいたけど、不安だった。
落ちつきなくそわそわした後、意を決して足元に周り、恐る恐るシーツをめくった。
ツヤツヤした足の爪、手入れの行き届いたかかと。そして・・・
「ヒッ!」
すね毛がない!!ツルッツルじゃん!!
転げるように廊下に飛び出て、壁にかじりついたら、奥のナースステーションの方から
見覚えのあるおばあちゃんが看護士さんに支えられてこちらに歩いてくるのが見えた。
もう言葉にならない。ダッシュで逃げ出す私。
病院を飛び出したら、どしゃぶりで、かすかに視界にはいったネームプレートが頭をよぎり、
走りながら私は早口でハイジを歌いはじめた。
道行く人達に怪訝な顔で見られても構わない。気にしてられない。
だってあり得ないから。あんなの違う。間違ってる!
彼女は私の憧れだった。揺れる白いレースのスカート。
ほしかったのに買ってもらえなかったルーシーちゃん人形みたいに、
栗色巻き毛にリボンをつけて・・・
麗は可愛い女の子だったのに!!
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