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私は麗が嫌いだ。
ちゃんと理由はある。思い出したくないから、思い出さないけど。
それから二日後くらいのことだった。麗とのことが頭にあったせいで、夢を見たんだ。
誰かに背中を押されて真っ暗な井戸の底に落とされる夢。
井戸の底から見上げた丸い空は、真っ青ですごく綺麗だった。
見とれていたら、黒い影が覗いた。誰?
「約束を守れない子は嫌いよ」
声が聞こえた途端、頭を押さえられておぼれた。ゴボゴボゴボゴボ・・・
両手でもがきながら飛び起きたら、ベッドの下でお姉ちゃんがいびきをかいて寝てた。
まったく、頼りにならない。もう秋だっていうのに、寝汗びっしょりだし。
バイトに行く準備しなきゃ。だるいなって思いながら暗い台所でカルキくさい水を飲んでたら、
玄関で音がして、台所に入ってきたお母さんは、眉間に皺をよせ、
「舞、あんた昨日大原さんの家で何かあったの?」って訊いてきた。
どうやら、狭い町だから、昨日私が救急車に乗り込むところを近所の誰かが見てたらしい。
「そんなことがあったのに、何で黙ってたの!お見舞いに行って来なさい。
麗ちゃんには昔いろいろお世話になったでしょう?」
『麗ちゃん』って。苦笑いの私。今の麗を見たら、お母さんは卒倒するに違いない。
「お母さん、あのね、麗ただのおかまになってたよ」
「何ねぼけたことを言ってるの。ほら、さっさと行って来なさい!」
しかも、顔洗ってたら、「ちゃんと花か果物か持って行くのよ」って。
助けてやった上に、お金まで払ってこいなんて、理不尽な世の中。
結局、病院へ向かったけど、手ぶらで行った。いいんじゃない?
だって、私が何持って行ったって、麗にとってはゴミみたいなものに違いないから。
麗の病室は変わっていた。金持ちの好きな最上階の一番奥。
「こんにちは」ってノックしたら、男の声がして、
「舞ちゃん?」
「そうですけど?」って私。
「少しお待ちになって」
「はぁ」
何様のつもり?5分くらい廊下で待たされて、もう帰ろうかと思ったらまた声がした。
「どうぞ、お入りになって」
戸を開けた途端、唖然とした。薄いピンクで統一された室内。いったいどんだけ改造してるの?!
運び込まれた豪華な家具で、その部屋だけ別世界になってた。
フリフリのシーツ。フリフリのレースがついたカーテン。壁には絵画。
そして棚にずらりと豪華な花かごや果物の数々。ほらね。何も買わなくてよかった。
一体どこにいるのって見渡しながら入っていったら、部屋を仕切る紗のカーテンのむこうに
気配があった。
麗はいた。優雅に足を組み真紅のソファーに腰掛け、ティーカップを手に私を見ていた。
襟のピンとたった白いシルクのシャツに黒いパンツ。ボタンのところがヒラヒラしてる。
ヒラヒラだらけ。っていうか、あんた、病人なのに何でパジャマじゃないわけ?
「お久しぶりね。舞ちゃん」
お姉さますわりの膝からナフキンをすっと取り上げ、しずしずと立ち上がった麗。
面影のかけらもないその顔を、私は下から睨むように見上げた。
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