色水あそび

ご覧いただき、ありがとうございます。

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

色水あそび(8)

私は駅前の喫茶店でバイトしている。

高校の時からだから、もう5年になる。

喫茶店の大きな窓から、駅員さんが切符を受け取り、ホームを出入りするのが見える。

小さな町だから、改札機なんかないんだ。

私はいつもそれを、当店自慢の絞りたてオレンジジュースや、実はインスタントのコーヒー

を運びながら、何気なく見ている。

けれど、今週は違った。土曜日になっても、私の脳は、暇さえあれば麗の言葉を繰り返し再生していた。


大原邸には、昔、庭に『回旋塔』があった。

円錐みたいな形の、ぐるぐる回るジャングルジムみたいな遊具。

一番上のネジを覆っているお饅頭みたいなカバーが外れるようになっていた。

小さい頃は、その頂上はとても高くて、なかなか手が届かないように思えたそのてっぺんの

『おまんじゅう』の中に私達は宝物を隠してたんだ。

砂場で拾った水晶のかけらや、キラキラのシールとか、大したものじゃないけど。

そこは、私と麗の宝箱だった。

『舞ちゃんが忘れていたもの』

麗はあのことを言ってるんだろうか?手のひらくらいの、白い布に包まれた包み。

中身は何かって?実は私も知らない。ある人が、中は見ないで大事に隠しておくように言ったから。

あの、おまんじゅうの中に隠しておいたんだ。

麗は知ってたんだ。それが今の私にはとても意味のあるものだってこと。

麗ってちょっといい奴かもって思った。一瞬だけね。



日曜日、玄関で靴を履いてる私に、お母さんが、「これ、持って行きなさい」って紙袋を渡されて

覗いたら、白いマフラーが入ってた。

「生徒さんに教えるために編んだものだけど、麗ちゃんに似合うと思ってね」

毛糸のマフラーなんて、麗がつけるわけないのにって思ったけど、

何も言わずに受け取ろうとしたら、お姉ちゃんがきてさっと取り上げた。

「えっ!麗ちゃんって、大原麗?あの麗が?女の子が欲しかった母親にスカート履かされてた子でし

ょ?あんた仲良かった。帰ってきてるんだ?で?舞、あんた何でそいつのとこ行くわけ?」

あ〜面倒くさい。

「もったいない。お母さん私達には一度も編んでくれたことないのに」

不満げなお姉ちゃん。でも、確かに編んでもらったことはなかったって思う私。そしたら、

「あんたたちは女の子なんだから、自分で編めるでしょ!孫でも産んだら、いくらでも編んであげるんだ

けどね」ってお母さんがお姉ちゃんを小突いた。

「セックスレスで別れようっていってんのに、子どもなんて出来るわけないでしょ!」って叫ぶ

お姉ちゃん。玄関で何言ってんの。最悪。ギャーギャーうるさいうちの家族。仲が悪いのは昔からだ。



紙袋を取り上げてさっさと玄関を出たら、冷たい風がふんわりスカートを吹き抜けた。

寒い。だってもう12月だから。やっぱりジーンズにすればよかった。

さっさともらうものもらって帰ってこよう。

その時はそう思ってた。まさか、あんなのが待ち受けてるとは知らなかったから。

開く トラックバック(17)

色水あそび(7)

「どうぞ、おかけになって。お紅茶でよろしいかしら?・・・ちょっと!」

パンパンって手を叩く麗。

向かいのソファーに腰掛けたら、麗の合図でどこからともなく体格のいい無愛想なおばさんが

ドスドス現われて、そのヒラヒラエプロンのメイド服姿に私はブッって噴出しそうになった。

麗の趣味なんだろう。そりゃ、こんなの着せられたら無愛想にもなる。

お菓子やお茶がどんどん運ばれて、楕円形のテーブルいっぱいに並んだ。

「そうだわ。ランチはおすみになって?帰国して、おいしいイタリアンのお店を見つけたの」

「え?・・・まだ、10時前だけど?」

「ええ、そうね?」って。それが何か?って顔されても困る。しかも、あんた入院してる身でしょ。

でもこういう感じ。確かに麗だって思った。私の知ってる昔の麗は、大胆で自信家で頭もよかった

けどちょっと変わっていた。ずれてるっていうか。

私は改めて目の前の麗を見つめた。ちょっと尖りすぎの細い眉。ツヤツヤの唇に決め細やかな肌。

もしかして、化粧もしてる?

「まぁ、そんなに見ないで!」

視線に気づいた麗が、恥ずかしそうにその体をくねらせた。

ティーカップを持ちあげた手。小指がたってるし! ゲッソリ。


「舞ちゃんにはとても感謝しているの。救急車を呼んでもらったうえに、病院にまでついてきて

くださって。もちろん、退院したら、すぐにお礼に伺うつもりだったのよ。ずっと考えていたの。

舞ちゃんは何が好きだったかしらって。それで」

「何で帰ってきたの?」

話しの流れを無視して訊いた。だって、ほっといたらいつまでも喋り続けそうだったから。

麗は、今大学を休学して、帰国してからはお父さんの会社の研究室で勉強していること。

両親は健在で豪華客船で世界中を旅行中だってことなんかをべらべら話した。

「懐かしくなって、私だけ帰国したのよ」

「あっそ。いい身分だね」

聞こえてないのかしらないけど、私の嫌味を無視して、麗はそれからまた話しはじめた。

10年ぶりに帰国したら、町のあそこが変わっていたとか、〇〇が新しくなったとか。

高揚した顔で身を乗り出し「覚えてる?」って訊かれるたびに、

「さぁ?昔のことはあんまり覚えてない」って紅茶をすすり、お菓子をもくもくと食べる私。

だって、出されたものは食べないと。「どんどん召し上がって」って麗は嬉しそうだし。

捨てなくて済むし、私のお昼代は浮くし。

「そうだわ。舞ちゃんの話がききたいわ」

その言葉を訊くなり、私はバッグを肩にかけ、「ごめん、帰る。バイトがあるから」って立ち上がった。

こいつに話すことなんてない。これ以上、低音の女言葉をきかされるのはごめんだ。

待ってって立ち上がる麗。見上げる私。昔は逆だった。

それだけじゃない。身長も、肩幅も、骨のラインも、手や足のパーツの大きさも、

その努力に反して、麗は明らかに男だったんだ。

変わったねって言葉をやっとこさ飲み込む私に、麗がもじもじしながら言った。

「あのね、退院のお祝いパーティーをする予定なの。それで、舞ちゃんに来てほしくて」

「ごめん。私いそがしいから。あんたと違って」

「あら、渡したいものがあるのよ」

「何?」

「それは来てからの、お・た・の・し・み!」

・・・こいつ、イライラするんですけど。

「もったいぶらないで言いなさいよ」

「そうねぇ・・・そう。舞ちゃんが忘れていたものよ」

「私が忘れていたもの?」

「ええ、そう。忘れていたもの」

にっこりと微笑んだその妙に色けのある怪しげな細い目を見ていたら、突然私の頭が

フラッシュバックした。

回旋塔。おまんじゅう。白い包み。

「日曜の6時に、お待ちしているわ。・・・ちょっと、お送りして」

パンパンって麗の拍手でハッとした。

まだショック状態の私を、押し出すように見送るおばさんメイド。

後ろから麗の「約束よ」って、確認するような声が聞こえた気がしたけど・・・私の頭の中は

さっきの言葉でいっぱいだった。

― 私が忘れていたもの

色水あそび(6)

私は麗が嫌いだ。

ちゃんと理由はある。思い出したくないから、思い出さないけど。


それから二日後くらいのことだった。麗とのことが頭にあったせいで、夢を見たんだ。

誰かに背中を押されて真っ暗な井戸の底に落とされる夢。

井戸の底から見上げた丸い空は、真っ青ですごく綺麗だった。

見とれていたら、黒い影が覗いた。誰?

「約束を守れない子は嫌いよ」

声が聞こえた途端、頭を押さえられておぼれた。ゴボゴボゴボゴボ・・・


両手でもがきながら飛び起きたら、ベッドの下でお姉ちゃんがいびきをかいて寝てた。

まったく、頼りにならない。もう秋だっていうのに、寝汗びっしょりだし。

バイトに行く準備しなきゃ。だるいなって思いながら暗い台所でカルキくさい水を飲んでたら、

玄関で音がして、台所に入ってきたお母さんは、眉間に皺をよせ、

「舞、あんた昨日大原さんの家で何かあったの?」って訊いてきた。

どうやら、狭い町だから、昨日私が救急車に乗り込むところを近所の誰かが見てたらしい。

「そんなことがあったのに、何で黙ってたの!お見舞いに行って来なさい。

麗ちゃんには昔いろいろお世話になったでしょう?」

『麗ちゃん』って。苦笑いの私。今の麗を見たら、お母さんは卒倒するに違いない。

「お母さん、あのね、麗ただのおかまになってたよ」

「何ねぼけたことを言ってるの。ほら、さっさと行って来なさい!」

しかも、顔洗ってたら、「ちゃんと花か果物か持って行くのよ」って。

助けてやった上に、お金まで払ってこいなんて、理不尽な世の中。

結局、病院へ向かったけど、手ぶらで行った。いいんじゃない?

だって、私が何持って行ったって、麗にとってはゴミみたいなものに違いないから。


麗の病室は変わっていた。金持ちの好きな最上階の一番奥。

「こんにちは」ってノックしたら、男の声がして、

「舞ちゃん?」

「そうですけど?」って私。

「少しお待ちになって」

「はぁ」

何様のつもり?5分くらい廊下で待たされて、もう帰ろうかと思ったらまた声がした。

「どうぞ、お入りになって」

戸を開けた途端、唖然とした。薄いピンクで統一された室内。いったいどんだけ改造してるの?!

運び込まれた豪華な家具で、その部屋だけ別世界になってた。

フリフリのシーツ。フリフリのレースがついたカーテン。壁には絵画。

そして棚にずらりと豪華な花かごや果物の数々。ほらね。何も買わなくてよかった。

一体どこにいるのって見渡しながら入っていったら、部屋を仕切る紗のカーテンのむこうに

気配があった。

麗はいた。優雅に足を組み真紅のソファーに腰掛け、ティーカップを手に私を見ていた。

襟のピンとたった白いシルクのシャツに黒いパンツ。ボタンのところがヒラヒラしてる。

ヒラヒラだらけ。っていうか、あんた、病人なのに何でパジャマじゃないわけ?

「お久しぶりね。舞ちゃん」

お姉さますわりの膝からナフキンをすっと取り上げ、しずしずと立ち上がった麗。

面影のかけらもないその顔を、私は下から睨むように見上げた。

色水あそび(5)

白い廊下の椅子に座り、私はぶつぶつ計算してる。

窓の外は、もうすっかり夕方だ。

屋敷には誰もいなかったから、私が救急車を呼んで、ここ、病院にあの男を連れてきたんだけど、

玄関の扉に伝言を書いて貼ってきたけど、まだ誰も来ない。

本当なら今日でバイトはやめるつもりだった。今日の稼ぎで目標額に達成するから。

明日から予定があって・・・なのに、あのドジな男のせいで、予定が狂ってしまった。

こっから家までタクシー代いくらかかるだろう。もっかい救急車にのせてほしいくらいだ。

恥ずかしいジャージ姿の腕を抱きキョロキョロしてたら、男ののったベッドが運ばれてきて、

看護士さんが私を見つけて、所持品から家族と連絡が取れたので、もうすぐ来るって言った。

そして、右手首にひびがはいっているのもあって、しばらく入院することになるって。

「そうですか。よかった」って笑う私。『え?』って顔の看護士さん。綺麗な人。

「あの、それくらいですんでよかったと思って」

「そうですね。脳の検査でも今のところ異常はありませんでしたから」

ほんとは、縁起でもないから、死ななくてよかったって意味ですけど。

「まだ眠っていますが、面会出来ますよ」っておせっかいな笑顔に、しぶしぶ病室に入った。

ベッドの男を改めて見下ろす私。ベッドの端から端まである長い体。

顔は綺麗だった。おでこをすりむいてるけど。

すっとした目、鼻、口。ちょっと白すぎるきめ細やかな肌。

例えるなら歌舞伎役者みたいな。でも、ちょっと線が細すぎる感じ。

まぁ、階段の上から下までなすすべもなく転げ落ちるくらいだから、体育会系じゃないのは確か。

もう夕方だからか、口ひげがうっすら生えてきてる。だけど、眉は無駄毛一本もなく整えられて

いて・・・え?まさか顔の産毛も剃ってる?まったく、最近の男って・・・

顔を近づけたら、男は「う〜ん」って動いて、

お腹の上にのった、その長い指の女爪が、つややかに光った。

え?マニキュア?

胸がざわつきはじめた。不穏な空気が個室に漂う。

明るい廊下で、看護士さんが病室の入り口にネームプレートを貼っているのが見えた。

「まさか!そんなわけ!」

つぶやいたけど、不安だった。

落ちつきなくそわそわした後、意を決して足元に周り、恐る恐るシーツをめくった。

ツヤツヤした足の爪、手入れの行き届いたかかと。そして・・・

「ヒッ!」

すね毛がない!!ツルッツルじゃん!!

転げるように廊下に飛び出て、壁にかじりついたら、奥のナースステーションの方から

見覚えのあるおばあちゃんが看護士さんに支えられてこちらに歩いてくるのが見えた。

もう言葉にならない。ダッシュで逃げ出す私。

病院を飛び出したら、どしゃぶりで、かすかに視界にはいったネームプレートが頭をよぎり、

走りながら私は早口でハイジを歌いはじめた。

道行く人達に怪訝な顔で見られても構わない。気にしてられない。

だってあり得ないから。あんなの違う。間違ってる!

彼女は私の憧れだった。揺れる白いレースのスカート。

ほしかったのに買ってもらえなかったルーシーちゃん人形みたいに、

栗色巻き毛にリボンをつけて・・・


麗は可愛い女の子だったのに!!

色水あそび(4)

雲の流れが速かった。

もうすぐ雨が来るからだ。

ああ、面倒くさいことになったなって思いながら、大原邸へとテクテク向かった。

近所のコンビニに行くにも完全防備で行く私だから、途中、うっかりジャージ姿で出て来たことを

後悔したけど、雨がぱらつきだしたから引き返さなかった。

大原邸に着くと、門が少し開いていた。『あ、じゃあないかも』って思ったら、茂みに青いのが見えた。

ああ、やっぱりそのままだ。おばあちゃんだから、気づかなかったんだろう。

とにかく、このままじゃ雨に濡れるから、私は中に入り、芝にうずもれた回覧板を

ジャージのお腹に入れ、ポーチの階段を上がり玄関へ向かった。

インターフォンを押したけど、誰も出てこない。おばあちゃんだから、耳が遠いんだろう。

扉に手をかけたら、あいた。金持ちなのに無用心。おばあちゃんだから、かけ忘れたんだろう。

おばあちゃんっていいな。世間はおばあちゃんに寛容だ。


扉を持つてが震えた。胸がドキドキして。だって、10年ぶりだから。昔、足しげく通っていた場所。

まさか、再び足を踏み入れることがあるなんて、想像もしてなかった。

重い扉を開いた途端あふれ出した音楽室みたいな匂いに、全身を包まれた。

そして真っ先に目に入ったのが、広いホールの中央に居座る大きな階段だった。

それを見た途端、懐かしさが全身の血液をぐるぐる巡った。

階段の紅いカーペットを駆け上がる白いスカートがザッと脳裏をかすめて、ああ、どうしよう。

私は慌てて鼻歌を歌い始めた。


子どもの頃怖がりだった私は、よくイジワルなお姉ちゃんに怖い話をされておびえていた。

それで、怖い話を思い出しそうになった時、思い出さないよう頭を切り替える為に歌を歌うことを

思いついた。夜中のトイレとか、遅くなった冬の帰り道とか、留守番とか。

そしたらいつの間にか癖になってたの。

怖い話に限らず、あんたも恥ずかしいかった出来事とか嫌な思い出とかを思い出しそうになったら、

歌ってみて。あんたが聖徳太子みたいじゃないなら、少しは脳をだませるから。

ちなみに、私のテーマ曲はハイジのオープニング。ここ大事。

人に聞かれても引かれない、かつ、‘機嫌がいいんだな’って思われるような曲にしたほうがいい。


「どちら様?」


ハッと口を閉じ、声の方を見上げたら階段の上に人がいた。

黒いシャツの、知らない若い男。誰こいつ・・・おばあちゃんじゃないじゃん。

「あ!あの、回覧板です」

「・・・」

熱くなった呼吸を整え回覧板を掲げてみせた。

何で?きょとんとした顔で、ぼけーっと立ってる。

「回覧板を持ってきました。雨が降ってきたから濡れると思って・・・門が開いてたんで」

無反応・・・。まさか、金持ちすぎて回覧板を知らないわけじゃあるまいし。

「置いておきますね」

面倒くさいから、脇の空の花瓶ののったテーブルにのせ、さっさと帰ろうとしたとき、

「待って!」

突然でかい声で呼び止められた。吹き抜けの天井まで響き渡るその声。

そして何って私が振り返った次の瞬間、なんと、階段をおりていたそいつが、

途中で足を踏み外し転がり落ち始めたんだ。

ゴロ・・ゴロ・・ゴロ・・・・・ドスン。

ドラム缶、もしくはバレリーナみたいに、きれいに回転して、あれよあれよと言う間に。

そいつは、階段の裾でひっくりかえったまま、動かなくなった。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事