■本物の波乱万丈人生はここにあります!おもろい人生です

億万長者のような人生から自己破産そして生活保護受給者になるまでの転落人生記

★公開用カミングアウト(自伝)

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今まで自分は過去を振り返ったりはしませんでした。

人生に起こりうる困難にその時々の状況で対応していました。

しかし、私の人生は浮き沈みが激しく、まるでジェットコースターのような人生。

良い方向に進んで行っても、転げ落ちる。

自分には過去の反省が無いのかと思い、ある時に戻って何があったのかを書いてみました。


物語は10年程前の幸せだったシーンから始まります。

では。。。


*このお話はノンフィクションです
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第二章(弍)

二日間連続で飲むのは何ヶ月ぶりだろう。
少し会社の整理で遅くなったので店に着いたのは二十三時に近かった。
店のドアを開けたら結構混雑していた。
金曜日の夜だったため、ボックス席は全て埋まり、カウンターに二人の客。
ほぼ満席状態だった。

完全に酔ったママがやってきた。
「よっぴ〜遅かったぢゃない。予約席まで用意してたのに」
「じゃぁ、また出直してくるよ」
「だいじょぶだよ。予約席に座ってる客を退かすから」
そう言って一番奥のボックス席に座っている若者二人をカウンターに移動させた。
相変わらず無謀な接客だ。

「よっぴ〜、席が空いたよ」
「店が混んでるのに俺ひとりでボックス席でいいの?」
「いいんだよ!ヤツらは知り合いだし、あたしもよっぴに内緒の話があるから」
私はカウンターに移動させられた若者二人に軽く頭を下げ奥の席に座った。
席につくなり、ママが私にもたれ掛かってきた。
「なぁ〜んか酔っぱらっちゃった」
かなり酔っているようだった。

「おい大丈夫かい?」
酔った勢いで、ママは足元に手を伸ばして何かをやっている。
「私のパンプスの匂い嗅ぐ?」
そう言って片方のパンプスを差し出してきた。
「あ〜っ!嗅がないって!内緒の話ってコレかよ!」
自分がまだ素面なのでママのテンションにはついて行けない。

「ってのは冗談で、よっぴはこの席が何の席か解る?」
「一番奥のボックス席だろ?」
素面の私は普通に答えてしまった。
「え〜っ!よっぴ忘れたの?」
「この席で何かあったかな?」
「この席はさ、オープンの日によっぴが冷えたドンペリのゴールドを持って来てくれて飲んだG席だよ」
そうだった、ママに言われて思い出した。ここはG席だ。

このお店はカウンターは一番から五番の席があって、ボックスはA席B席C席そしてG席という振り方だった。
客は伝票を見ないからお店のスタッフしかわからない。
その日にママがゴールドを飲んだ席だから、この席をG席にすると言っていたのだった。
「思い出したよ。そうだったG席だったよな」

この店のオープンの日に都内で仕事があった。
ドンペリゴールドを都内で調達し、そして木箱から出してクーラーボックスに氷と一緒に入れて運んで来たのだった。
この日は首都高が混んでいて、オープンの時間に間に合うかヒヤヒヤしたものだった。

このプレゼントを開けた時のことを、ママは早口で一気に捲し立て話していた。
「よっぴはさ、黒のスーツ着て木箱抱えてきて、それがドンペリのゴールドだからビックリ!、木箱開けたらボトルが冷えてるから三重丸でビックリした!超〜イカしてたよ!ホストみたいだった!超〜サプライズ!アンド超〜リスペクト!」

「お祝いにイイかなって思って、冷えてないと美味しくないからね」
「ホントホント、超〜美味かった!ゴールド飲むなんて一生で一度だと思った。未だにあれっきりなんだけどね」
今でもこんなに喜んでくれていることが嬉しかった。

「ずっと覚えててくれて嬉しいよ」
「忘れるワケないぢゃん。箱だってカウンターの後ろの棚に飾ってあるでしょ?箱の中にはキレイにした瓶も入っているよ。コルクもコルクのカバーも」
言われてみればドンペリゴールドの木箱が飾ってある。
ドンペリゴールドの木箱は一本用の高級木箱となっている。
しかし、コルクを抜く前の被せてあるカバーまで取って置くのはいかがなものかと思ったが、それ程までに嬉しかったのだろう。

「本当だ。贈った当時は覚えていたけど、きょうは気がつかなかったよ」
「この街でね、ドンペリゴールドを空けた店は無いと思うよ。他の店に無くてあたしの店にあるのが自慢なんだ」
ママは拳を二つ鼻の上に乗せて天狗の真似をしてふざけた。
「G席ってイイ名前だよな。俺も気に入ってるよ」
「でしょ〜、で、この席はVIP席でもあるんだ」
「あ〜始めて聞くぞ。ここがVIP席?」
ママに合わせてしまった。

「そうそう、よっぴ席!よっぴはいつもVIP!どこでもVIP!」
ママが調子に乗り始めた。
「あの〜それは言い過ぎでしょ?」
「ぢゃぁさ、あたしと奈美を五年くらい前に六本木ヴェルファーレに連れていってくれたぢゃない?あの時VIPルームに座ったぢゃん」
「まぁそうだけど、あまりにもウルサイのは苦手なんでね」
「でもさ、よっぴはヴェルファでVIPぢゃん」
「支配人と仲がイイからかな?」

「だってさ、あの時は地元で飲むって言ってたのがいきなりヴェルファになってビックリしたよ。ついでに目黒のウエスティンまで二部屋リザーブするから」
「だからね、理恵がヴェルファに行きたいって言ったからそのまま向かっただけ。飲んだら車では帰って来られないからホテルを予約したの」
「でもねでもね、ヴェルファに着いたら黒服さんが来て車のドアを空けてくれて車を預かってくれたでしょ?だからVIP〜」
「車で行ったらそういう風にしてくれることになってるの」
「え〜私が車で行ったら無理ぢゃん」
「・・・かな」

「だよね〜、よっぴと一緒だと黒服ちゃんのエスコートでVIP席へGO!ドレスコードはデニムでもスルーパス!エレベーターも他の客を下ろしてオレ専用!だから超〜VIP!」
ママはラップ調で話したが、よく覚えているなと感心した。こういう初めての体験は忘れないものなのだろう。
「だから、支配人と仲がイイからそういう風にしてくれるの!」

「たぶん違うよ〜。よっぴはずっとVIPにいたけど、あたしと奈美は下に踊りに行ったでしょ?」
「うん。そうだね」
「そしたらね、ホールの黒服さんによっぴのお連れの方ですよね?って声かけられて、そうですって言ったら、お飲み物は何にいたしましょう?だってさ!タダで飲み放題!」
そのようなことがあったのは知らなかった。

私はスタッフによく知られているし、エントランスで既に私が来店していることをインカムで全てのスタッフに伝えてあったのだ。
「もう言い逃れできねぇぞ!よっぴは何処にいってもVIP〜目黒のウエスティンでもレイトチェック夕方五時までタダ〜だから超〜VIP〜」
嫌になるくらいよく覚えているものだ。
「そして〜〜〜!」

私はママの言葉を遮った。
「VIPを何回言ってるの!お客さんがみんな見てるぢゃん。恥ずかしいよ」
「あ、ゴメン。でもさ、覚えてるよっぴのVIP伝説を全部言おうと思ってた」
「わかったから、そろそろ鏡月ちょうだい」
もうVIPは聞きたくなかった。それは過去の話だから忘れたい。
店に来てから暫く経つのに、ママが酒を出すのを忘れているのは酔っている所為だけなのだろうか?私にはわからなかった。
内緒の話は何処に行ったのか。

ママがマッカランの十二年を持ってきた。
「あれ?鏡月って言ったけど」
「これはあたしの奢り。よっぴには昔から世話になってるし、あたしの店ぢゃよっぴしかマッカラン飲む人いないから」
ママはマッカラン十二年を私しか飲まないのをわかっていて、ずっと取って置いてくれたのだ。このことが内緒の話のサプライズだったのだろう。

最近の私の事情をなんとなく知っていて、気を遣ってくれたようだった。
「なんか悪いな。遠慮なくご馳走になるよ」
ママがさり気なく耳打ちしてきた。
「でもね、帰りに焼肉奢って。わたしと令未の二人分」
気遣いなのか、等価交換なのかわからなくなってきた。
ママと令未と焼肉行くのが内緒の話なのか、本当にママには参った。

「今日はお店の分は全部奢るから。いいよね?」
「ありがとう。気を遣ってくれているんだね」
「オイオイ!ストイックになるなよ!飲むぞ〜」

ママはいつもこのように元気だが、酒を飲んで何かを忘れようとしているのではないかと私は感じる。



>>> to be continued



第二章(壱)

私の債務が整理回収機構へ譲渡されるまであと二ヶ月半。
銀行の他にも保証協会の債務もあった。
父が所有していた土地は市街化区域だけでも約一万五千坪で、調整区域を含むと二万坪強の広さがあり、数にすると五十ヶ所以上あった。
これだけの土地を売却するには二ヶ月半では全く期間が足りない。
売却の条件が厳しくなる整理回収機構に債権譲渡されるまでに、なるべく多くの土地を売りたかった。
しかし、譲渡される四月一日までには五分の一も売ることができなかった。

強気姿勢の私でもとうとう疲れ果てて体調を崩し入院することとなってしまった。
十数年もの間、様々なことがあり走り続けていた自分。
よく考えてみれば丁度良い休息になった。
慌てずにゆっくりと売却をすれば良いと思った。
自分に待っているのは自己破産という不名誉なことのみだから。

既に債務は全てが整理回収機構に債権譲渡され、債務整理の窓口となっている。
担当者はあと二年で退職を迎えられるベテランの職員の方だった。
「整理回収機構って言ったって、そんなに怖いものでもないよ」
自分が思っていたよりも感じが柔らかいと思った。
しかし、優しく言われると逆に怖い気もする。

担当者は私の心配を和らげるため、気を遣って言った。
「慌てずに良い買い手を探して余裕を持って進もうよ」
恐れるものは何もないので、この方を信じて頑張ってみよう。
今まで追いかけられてきた自分が、やっと横並びで歩けるような人に出会った。
整理回収機構の担当者との初対面は自分に精神的ゆとりをもたらしてくれた。

「しばらく飲みに行ってないから、楽しい酒でも飲むか」と思いながら、駅へと続く街路樹を見上げ、その隙間から少しばかりの春の光を感じていた。
地元に帰ってきて夜の街に出てみた。


六本木などとは極端に違い、街中は人通りも少なく明かりも乏しく寂しかった。
淋しいネオンに壊れかけの看板。路の端にはゴミが散乱している。
酒を飲みに行くのは久しぶりだったので、街の様子は気にならなかった。
何度か行ったことのある知り合いの店にとりあえず寄ってみた。

「いらっしゃいませ〜」女の子たちの声が響く。
まだ時間が早い所為か、お客はひとりも居ない。
カウンターが五席とボックス席が四つで、満席でも二十人程度のお客しか入れない小さな店だ。
店の女の子が三人待機している。ママを入れても女性は四人。そしてボーイがひとり。

「あれ〜、よっぴ久しぶり〜」
奥の方からママの理恵が目を丸くして出迎えてくれた。
「ちょっとね、いろいろあって忙しかったんだよね」
とりあえず平然を装ってみた。
「そうだよね、よっぴはいつも忙しい人だからね」
その忙しいは私の会社の現状を言っているのか定かではなかった。
でも、ママは以前と変わらずに接してくれている感じがした。

「よっぴはマッカランでいいんだよね?」
マッカランは私の大好きなスコッチだ。
「いや、鏡月でいいよ」
節約しなくてはと思い、安い焼酎のボトルにした。
「え〜焼酎?茶色い酒好きが透明な酒?珍しいこともあるね」
ママは大袈裟に驚きの表情を浮かべた。
私がスコッチ、バーボン、ブランデーをよく飲むのをママは知っている。

「ちょっとワケありでね」
苦笑いして答えるしかなかった。
ママは聞かぬ振りをしていたのだろうか。
「ハイハイみんな、ボトルいただきましたよ〜」
ママは相変わらず調子がよい。
女の子達が声を合わせる。
「ありがとうございま〜す」
若い女の子たちの声を聞くのも久しぶりだ。
いろいろあった最中にも飲みに来てれば良かったと思った。

「よっぴに一番新しい子紹介するね」
「いやぁ、ママだけでいいよ」
「ババアより若い子と話をするのもいいよ。令未〜おいで」
令未はストレートの髪が長く腰のあたりまである。後ろ姿を見ると髪は定規で引いた線のように真っ直ぐに下に向かっている。目は切れ長で肌は色白。
自分のところは息子が二人なので、令未のような娘が欲しかったことがあった。

「はじめまして、令未です」
ちょっと淋しそうな目をした大人しそうな子だ。
「随分若く見えるけど十代?」
「いえ、二十になりました」
「ふ〜ん、十六〜十七にしか見えないけどな」
ママが横から口を挟んだ。
「よっぴは紳士なんだから、女の子の年齢を聞いちゃダメ!」
「理恵さんは何歳?」
「え、私?永遠の二十だよ〜」
「聞いた俺が間違ってたよ。理恵さんは五年前も二十だったし、始めて出会った時も二十だったよな?」

ママは頬を膨らませてから言った。
「年齢とかぢゃなくてさ、もっと違う楽しい話とかした方がいいんぢゃない?」
ママは何かとうるさいし、しかも作る水割りの酒が中途半端に濃い。
美味しい酒はロックかストレート。安い焼酎を水割りにするならば薄めの方が好みだった。

「出身は地元?」
ママがお節介にも代弁した。
「令未は隣の県の出身。でも今は市内に住んでるんですけどね〜」
「ママが話したら令未ちゃんとの会話ができないぢゃん」
「あれ〜よっぴ、もう酔ってきた?話し方が変わったよ」
「若い子相手ぢゃ三十後半のおじさんは、ん〜わかんねぇ」
ここでは話し方もママに合わせるしかない。
「ではではオババはここで失礼しま〜す!楽しんでちょ」

ママが席を立ったら何を話していいのやら、わからなくなった。
「あ、お酒作ります」
令未はぎこちない動作で焼酎の水割りを作っている。
「令未ちゃんも何か飲む?」
ちょっと困った顔をしながら
「ありがとうございます。スプモーニをいただきます」
「若い子はやっぱりカクテルだよね。自分はスコッチが好きだけど、今は貧乏だから安い焼酎なんだ」実際その通りだか、冗談らしく言ってみた。

令未の表情が少し和らいだ気がしたので、カクテルの話もしてみた。
「カクテルは普段は飲まないけど、常夏の島とかに行ったらモヒートをよく飲むよ」
「モヒートって、どういうカクテルですか?」
「あはは、おじさんがよく飲むカクテルかも。ラムベースにミントのカクテル。カリブ海に行った時に好きになったカクテルなんだ」
「カリブの海賊がいるところですよね?」
「昔はいただろうけど、今は麻薬の密輸の船の方が多いかも。ミッキーランドとはちょっと違うかな」

鏡月も三分の二が空いた。少し酔が回ってきて私も幾分饒舌になってきたようだ。
飲み始めてから一時間ほど経ったが、令未からはあまり話しかけて来ない。
とても静かだけどワケありの感じもする。
何故か店内の壁の向こう側の遠くを見ているような目をしている。
私は静かに酒を飲み、彼女を観察していた。
彼女には心の病でもあるのだろうか?

ふたりの周りは静寂のヴェールで囲われているようだった。
そんな静寂を打ち砕くかのようにママがやってきた。
「オイオイ!お通夜ぢゃないんだからもっと騒ご!」
「俺はさ、令未ちゃんと静かに飲んでるのがイイの!」
「ハイハイ、わかりましたよ〜だ!」
ママはあかんべーをしながら他の客の元へ去って行った。

この時、令未がクスッと笑った。
さっきまで能面のような顔をしていた子が笑うと可愛らしさが何倍にもなる。
殆んど会話もしてないのに何故か彼女には引き込まれる。
沢山の女性たちと遊んできた自分ではあったが、彼女の雰囲気は何処か謎に満ちていて、とても新鮮に感じた。

気付けば店内はカウンターにふたり、ボックス席が二つ客で埋まっていた。
カラオケを唄う客がいたり、店の中は若い客を中心にとても賑やかだった。
この喧騒の中であっても、ふたりの空間を静寂が囲ってくれている。
「こういうのって悪くないよな」頭の中でひとりで満足していた。
なんかここの空間だけお見合いの席みたいな感じがする。

そう思っている時に令未が語りかけてきた。
「お仕事は何をされているのですか?」
急な質問にちょっとビックリした。
「あ、いろいろやってるんだよね。食品の販売とか飲食店とか不動産管理とかもね」慌てて答えた所為か、やっている仕事を棒読みしただけになった。
「いろいろお仕事されているのですね。青年実業家のような感じですか?」
沢山の仕事をしているから青年実業家と言うのではなくて、会社としての利益をしっかり出して社会貢献しているアラサー辺りがそう言われるのではないかと自分勝手な解釈をしていた。


「いや青年と言うよりは中年実業家かな」ちょっとふざけてみた。
「中年実業家の方もいらっしゃるのですね。私、青年実業家しか聞いたことないので失礼しました」
この子はこのような感覚が素なのかと思った。正しく天然なのだろう。

今更になって気付いたが、彼女の左手首に可愛らしいドット柄のシュシュが巻いてあった。
ここで点数稼ぎをしようと思い聞いてみた。
「その手首に巻いてあるシュシュ可愛いくて令未ちゃんに似合ってるよね。いつでも髪を結べるようにしてるのかな?令未ちゃんの馬のしっぽ見てみたいな」
彼女の表情が少し強張り、軽く左手首を下に向けた。
「髪を結ぶために付けてるのとは違います!アクセサリーとして付けてます」
急に怒った顔と口調だったので、私は驚きを隠せなかった。
少し調子に乗り過ぎたかもしれない。

「ゴメン、ゴメン、何か気に触ったかな。おじさんだからアクセサリーっていうことはわからなかったよ」
彼女も慌てて弁明した。
「あ、私もごめんなさい。そういうつもりではなかったんです」
この令未という子はとても不思議で難しい女の子だ。
この子に対して興味が湧いてきた自分がいた。
この夜は鏡月のボトルを一本空けて家路を急いだ。

翌日の夕方に理恵ママからの電話があった。
「よっぴ、ごめんなさいね。令未がよっぴに失礼なことをしたって言うから、心配になって電話してみたんだけど」
「失礼なことなんて何もないよ。ただ不思議な子だなって思っただけ」
「本当にそれだけ?令未はお店が終わった後で泣いていたから」
「彼女が泣いていたの?何で?」
「よっぴに嫌われたかもしれないって、落ち込んで泣いてたよ」
「えっ!俺に気があるのかな?」
「あ〜それはナイナイ!勘違いするな!」
「まぁ、それもそうだけど何か気になるよな」
「気にしないで。よっぴが怒ってないか聞きたかっただけだから」
「でも俺は気になるよ。今夜も遊びに行くから令未ちゃんによろしく伝えておいて」
「ええ〜今日も来てくれるの。令未が超〜喜ぶよ。ぢゃぁヨロシク!」
そう言ってママが電話を切った。

自分の中では客引きのための店内での策略だと感じてはいたが、少し策略に乗っかってみようと思った。
私も学生時代にはこのような店のボーイをしていたことがあったので、店側の考え方や店の女の子の考えることは熟知していたが、乗っかった振りをしようと思っても、その反面では男の性が顔を出しているのかもしれなかった。


 
>>> to be continued

第一章(參)

粉飾を始めてから約七年が経過した。
私は精神を患ってしまい、都内の大学病院の精神科に通っていた。
精神科に通う直前に頭の中で燻っていた恐怖が一気に爆発したのだった。
それは、借入金が極度に膨れ上がり、不安の毎日を過ごしていたこと。
自分が犯してしまった罪と責任。
次第に自分を責め、自分自身で責任を取るためにはどうしたら良いのかを考えることが中心となった。


その当時、私は会社と個人の生命保険の契約が沢山あり金額も莫大だった。
死亡時の保険金の受取金額は合計で八億五千万円だった。これが事故だった場合には1.5倍の十二億七千五百万円を受け取ることができた。
全ての銀行に全額を返済することはできないが、社員を守ることと父の土地を多少は守ることができると考えていた。
武士は自刃することで責任を全うした。


自分の中にもその考えがあり、計画的に事故を装って死亡することを考えていた。決算書だけでなく死も偽装とはと苦慮はしていた。


結局、自分自身の命を以て責任を全うすることは、正しいとの極論に辿り着いたのだった。また、愛するものを守るために死ぬことは美しいとさえ思った。
自己犠牲の精神こそが本物の愛情と信じていた。
そして、事故死に見せかける計画を作り始めた。
完璧な計画はできたが、実際に実行することができなかった。


実行の瞬間に幼いふたりの息子の顔が浮かんでしまったのだ。
息子たちの将来を考えたら死ぬことができなかった。
命があれば、まだ策はあるのではないか?と自分にい言い聞かせた。
結局、ふりだしに戻ってしまった。


そして、相変わらずの悶々とした日々が続いた。
罪と責任の重圧に押し潰され、毎日が生きていて辛くなってきた。
もう罪だの責任だの関係ない。息子たちや家族、社員も関係ない。
兎に角、この状況から逃げたい。そのためには、死ぬしかない。
そう思い、新たな死に場所を探し、ようやく辿り着いた。
「あぁ、楽になろう」でも、先へ進めない。
死ぬことが生きることよりも怖くなった。
結局、死ねなかった。


余りにもの自分の不甲斐なさに延々と闇夜の中で号泣した。
「俺は自分で死ぬこともできない臆病者なんだ」
家には帰ったようだが道筋も何もかも覚えていなかった。
この時から一年間、記憶がなくなった。
そして、都内の大学病院の精神科に通うこととなった。
都内の精神科へは毎月一回、妻が連れて行ってくれた。


妻の話では診察の順番を待っている間、何時間も遠くを見ているような目をしていたと言っていたが、私は殆んど覚えていない。
診察時に妻は診察室の外で待っていたため、医師との会話は全く知らなかった。
医師との会話でうっすらと覚えているのは、私が「本屋に行きました」と言い、医師は「外に出ることは良いことですね」と言っていたようなことだった。


妻によれば生活は部屋に籠りきりで、扉の内側に運ばれてきた食事を時々食べ、テレビも観ることもなく本も読まずに何もしないでいたらしい。壁の方を見ている光景が多く、トイレも何時行ったのかもわからなかったと言っていた。


一年間そのように過ごしていたらしい。
生ける屍のようだったのだ。


精神科に通い続けて十二ヶ月目に変化があった。
いつものように診察を待っていた時に私が妻に話しかけたことだった。
妻は突然のことで心臓が止まると思ったと冗談交じりに言っていた。
私はその言葉をしっかりと覚えている。
「何か変な人が沢山居るな」だった。


自分自身が精神病を患い変な人となっていたので、この時まで周りのことも何も覚えていなかった。
診察時には医師と様々な話をし、来月からは自宅から近い心療内科へ行ってくださいと言われた。
私は急速というよりも一瞬で一年前の記憶に戻った。
今でも空白の一年間の記憶は全くない。

この空白の間、会社を経営していたのは父だった。
病気があるにも関わらず息子のために命を削って頑張ってくれた。
これこそが無条件の愛であり、自己犠牲の精神なのだ。
その父のお陰で今の私がいる。
父の寿命を縮めてしまったという責苦を背負いながらも強く生きることができている。
「お父さん、ありがとう」


粉飾を始めてから約十年が経過した。
極度の精神的ダメージを受けて立ち直っても、粉飾を銀行に打ち明けることはできなかった。
「どんなに借金を背負っても命までは取られない」という開き直りがあった。
当然のことながら来る日は来た。


「至急当行までお越し下さい」と全ての銀行の支店長から連絡があった。
私にとって必要なことは包み隠さず真実を語り、誠実に謝罪をすることだった。
「謝罪か」頭の中でそう思っただけだったが、オフィスで声に出して言ってしまった。
「社長、謝罪って何ですか?」経理部長が尋ねてきた。
彼は馬鹿ではない。薄々とは運転資金の疑惑を感じていたのは確かだ。
ただ賢い分、私に十年間何も尋ねてこなかったのだ。
「ん、いや、なんでもないよ」平然を装ったが顔には動揺が出ていたと思う。


覚悟を決め、本物の決算書を持ち、それぞれの銀行に向かうことにした。
最初はメインバンクへ向かった。
社長に就任してから何度ここに通ったことだろう。
支店長も二〜三年毎に代わるため、私にとっては四人目の支店長だった。
激怒されるのを承知で来店したが、支店長はとても優しく対応してくれた。
私の謝罪を快く受け入れてくれたのだった。
私が話た全てのことを真実とし、誠意を認めてくれた。


そして、今後の返済計画を話し合うことで了承していただけた。
三年間の利息棚上げ。
五年間の元金棚上げ。
この計画で会社の体力をつけるということになる。
その他の銀行もメインバンクと同様の内容だった。
他行へのメインバンクからの働き掛けもあったことと思う。
十字架にかけられても仕方のない私に対し、全ての銀行がとても慈悲深く接してくれた。


父が作った借入金は約十三億。
その中には自宅建設での約四億の借入れも含まれている。
私が安易に増やしてしまった借入金は十一億。
合計で二十四億。
お金はプライドのために使うと、このようになってしまう。


会社とは利益を出してこそ意義があり、引かなければならない時は縮小または廃業しなくてはならないことがわかった。
当たり前のことが十数年わからなかった。
私は社長に就任以来、全く経営をしていなかった。
経営者ではなく詐欺師であり、利己主義者だった。


銀行との利息と元金の棚上げの約束ができてから約一年後。
メインバンクの自己資本比率が急降下し、増資をする話が出てきた。
支店長が私のところへ訪れて来たのは間もなくのことだった。
「増資の件ですが、社長のところで五千万お願いしたいのです」
「えっ?私の会社では無理ですよ。それは支店長が一番よくご存知でしょう?」
予想もしなかった無理な話だった。

「当行から五千万貸出しますので、それで増資をお願いしたいのです」
全くもって意味不明であった。
銀行からお金を借りて、その銀行に増資するのは、どう考えても理不尽だった。
しかし、いま頭を下げている支店長は私を許してくれた方である。
各支店での増資額集めのノルマもあることだろう。
本部に対しても私のために様々な便宜を図ってくれたことと思う。
メインバンクの姿勢が十字架への貼付けではなかったため、他行も足並みを揃えてくれたこともある。


私は意を決し、支店長の顔を立てるべく申し出を了承した。
彼の役に立ちたかった。借りた恩義は返すべきであると思った。
また、ここで破綻されてしまったら最悪のシナリオになってしまう恐れもあった。
県内の中小企業は次々と倒れて行くだろう。
そのようなことも頭の片隅にあったのは事実だった。
県内の多くの取引先からの増資の支援を受け、株価も持ち直してきた。


増資をした数ヶ月後のとある土曜日。
私は都内での仕事を終え、新幹線で駅のホームに降り立った。
構内のコンコースを抜け、階段を降りて行くと号外が配られていた。
号外の内容を見て愕然とした。
なんとメインバンクが破綻との文字がとても大きく見出しに出ていた。


暫く呆然と号外を持ったまま立ち尽くす自分。
「あの増資はなんだったんだ」怒りとも言える感情が一気に吹き出した。
「なぜ?なぜ?国は都市銀行を救済するのに地方銀行は見放すのか」
増資した株は一円になった。
以前から取引上の付き合いで所有していた株が七千万円。
増資の分の五千万円を合わせると合計で一億二千万円。


「何も言えない」


破綻したのだから銀行は一時的に国営になった。
破綻前の銀行との取り交わしは全て反故されてしまった。
三年間の利息棚上げの破棄。
七年間の元金棚上げの破棄。
全てが国営銀行との再交渉となる。
その他の三行とも再交渉となった。
一から出直しということになってしまった。
しかも一億二千万円分の株の損失もある。
「全てが銀行を欺いた罰なのか」そう思うしかなかった。


再交渉は四行とも足並みを揃えて、短期借入金を全て長期借入に変更した。
銀行によって借入金額が大小異なるので、返済年数も様々となった。長いもので三十年での返済ということとなった。
当然、金利、元金も併せて返済して行く。
私の会社は不採算部門を全て閉鎖した。
早期退職者を募り、希望者には優遇処置をとった。
会社の規模は四分の一まで小さくなった。
父が所有している土地を一部売却したが、それでも資金は回らないだろう。
この時からは、その時々にできることを精一杯実行することだった。


不運は続くもので、銀行破綻の数ヶ月後に父が他界した。
亡くなった原因は脳梗塞によるものではなく、長年患ってきた糖尿病の合併症によるものだった。六年程前から人工透析をしていたが、腎不全のため亡くなった。
亡くなる一週間前に急に体調が悪くなり、近くの大学病院に緊急入院。
家族四人が毎日二十四時間交代で看病した。
しかし看病の甲斐もなく深夜零時過ぎに息を引き取った。
息を引き取った時には病室には私しかいなかった。


母は不眠不休の看病疲れで体調が悪くなり、病室で父の担当医師に診てもらったところ、通常は低血圧だった母が高血圧になっていた。その場で車椅子に乗せられ緊急外来で処置を受けに行っていた。
私の妻は父の着替えを自宅に取りに行っている最中だった。
妹は子供が小さかったため、夕方には帰宅していた。

私は父が亡くなる一時間ほど前からふたりでくだらない話をしていた。
睡魔に襲われうとうととしていた時に父の声が聞こえた。
「ん?何?」
声が小さかったので、父の枕元に行って言葉を聞き取ろうと思い近づいた時に
「・・・」
「なんだい?」
突然ピーという医療機器の独特の音が静かな病室に鳴り響いた。
医師と看護師数名が直ぐにやってきて、心臓マッサージを行ったが、既に遅かった。


医師が父の死亡時刻を私に伝えた。
私にその言葉は聞こえる筈もなかった。
私は涙も出さず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


僅か数分前に父は生きていた。
父の手を握ると温もりがあった。
それでも父は死んでいる。
数分前の父の最後の言葉「・・・」
父は私に何かを伝えようとしていたように思う。
しかし、私には伝わらなかった。
私にとって一生離れない「・・・」


病室で死後の処置を終えたところで父の遺体は地下の霊安室に移された。
病院のスタッフがひとりいるだけで、家族が私しかいない霊安室。
この場所が父にとって一番寂しかった場所だろう。
私は線香に火を点け合掌した。
葬儀社のスタッフが近寄ってきた。
「この度はお悔やみ申し上げます」
私は言葉もなく軽く頭を下げた。
「当方の車でご遺体をご自宅までお送りさせていただきますが、よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いいたします」

私はこの寂しい霊安室から一刻も早く父を家に連れて帰りたかった。
「なるべく早くご自宅へ行かれた方がお父様もお喜びになられると思います」
葬儀社の方も仕事上、遺族の心情は察しているのだろう。
「早速お願いいたします」
私はゆっくりとした口調で静かに言った。
 
帰りの車の中で運転しながら私は泣きながら叫んでいた。
「なんで死んだんだよ!俺の所為だバカヤロー!」
自宅へ着くまでの三十分間、何度も何度も同じ言葉を叫んで号泣した。
午前四時、葬儀社の車と共に自宅へ到着した。
 
父の大好きな自宅にて近親者のみで密葬をし、二週間後に社葬を行った。
社葬が終わった半月後には、借入先の全ての銀行が容赦なく私のところへ押しかけてきた。
借入金の全額一括返済を求めてきた。
二十四億円の一括返済?
私の会社では一括で返せるわけもないので、気持ち的には開き直っていて楽だった。

一括返済を挙って求めてきたのには理由がある。
それは多額の相続税があるためだ。
推定ではあるが四億〜六億円。
各行には全ての土地を任意で売却し、その中から返せるだけ返すということで合意した。
借入金よりも財産の方が遥かに少ないとわかっていたことなので、法定相続人には全て相続放棄の書類を裁判所に提出させた。

そして私だけがマイナスの財産を相続し、土地を売却していくことを決めた。
私だけは相続放棄をしても意味はなかった。
会社と父が負っている借入金の連帯保証人だったからである。
相続放棄をしてもしなくても私に待っているのは自己破産という四文字。

取引先への支払いは早々に済ませ、最後まで残ってくれた大切な社員達には会社の就業規則に法り退職金は倍額。そして給料の三ヶ月分を追加して皆を送り出した。
社員の皆が私を気遣ってくれたことがとても嬉しかった。
それは私の心の中の宝物となった。

 
>>> to be continued
第一章(弍)

私は学生時代に簿記の夜間学校に通い、日商簿記二級まで取得していた。
そして経営者として三年の間に決算書を毎日のように眺め、決算書の数字の流れを全て学んでいたのだった。
そこで私が思いついた資金繰り解決策は粉飾決算だった。
作成しなければならないのは、偽物の経営計画書と三ヶ月分の月次報告書。
経営計画書には偽物の新規事業計画を織り込んだ。
銀行対策のため、粉飾決算書、偽事業計画書、偽月次報告書を、会社の社長室に閉じ籠もって自分ひとりで作り上げた。

現在では会計ソフトが充実しているので全ての計算をやってくれるが、当時はそのようなものは無いため電卓で計算をしていた。
全部が出来上がるのに徹夜を続けても三日間かかった。
決算書には貸借対照表、損益計算書などの数字が連鎖している。
ひとつでも数字が連動しなければ銀行の本部に偽造がわかってしまう。

その為、作業を中断することは数字の流れがわからなくなってしまう恐れがあったため、七十時間近く不眠で作業をしたのだ。
初の偽造は、何度も何度も数字が食い違わないか確認し、自分自身としては満足できる傑作だった。
数字の整合性がないのは命取りになる。
確認作業の時は、生涯で一番数字が怖いと思ったとても長い時間だったかもしれない。
 
ひとりで作ったのには訳があった。会計事務所を巻き込まないことと経理担当を巻き込まないこと。
もしも粉飾がわかってしまったら当然のことながら罪に問われる。
犠牲は私だけでよいと思った。
それだけの覚悟はできていた。
この粉飾決算書は銀行と私のみが見ることができる代物となった。
 
覚悟を決めて粉飾決算書等を持ちメインバンクに行ったが、正面エントランスで少し躊躇した。
自分に問う「これでいいのか?」
心を落ち着かせるために裏路地に入り込み、缶コーヒーを飲み煙草を一本吸った。
五分程の少ない時間ではあったが、心を落ち着かせることができた。
エントランスを入って歩いていると、支店長が私に近寄ってきて右手を差し出し出迎えてくれた。
支店長室に入り、いつもと変わりなく女性行員の方が出してくれたお茶を飲みながら世間話をした。
そして禁断の時が訪れた。
ここが自分の破滅点なのか?
いや違う、最善の策なのだ。

私は何食わぬ顔で粉飾決算書と偽書類を支店長に手渡した。
何故か手は震えていなかった。
しかし、流石に手に汗をかき、背中からも一筋の汗が這うように落ちていったのがわかった。
私は支店長が決算書等を見ている間、部屋に飾ってある絵を唯ぼんやりと眺めていた。
まるで裁判官から判決を言い渡される被告人のように。
支店長が勢いよく言葉を発した。
「社長、世間は不景気なのに業績がいいじゃないですか」
「いや、新しい事業はバブルとは関係ないですから」とだけ言った。
支店長は満面の笑みをしている。

私はゆったりとした口調で融資の件を切り出した。
「新規事業の運転資金ということで五千万お願いしたいと思っています」
全額であれば約一億だが、その半分の融資のみを依頼すれば相手の気が緩むと思っていた。いま必要な五千万円の運転資金を確保することが先決だった。

「こちらの事業計画書では1億くらいは必要となっておりますが」
第三者的に物事を考えれば、私の依頼は間違っていないと思った。
融資を受けられる確率を上げるための策略だった。
「そうですが、まだ必要のないお金はお借りしない方がいいと思っていますから。
必要になったらお願いすると思います」
私はこの時、詐欺の罪人となった。
社員を助けるためのお金と自分に強く言い聞かせた。
「では、早々に本部の稟議をかけるように致します」
私は本部と聞いただけで緊張により口の中が乾いてきた。
私とは反面、支店長は潤った口で矢継ぎ早に話し出す。
「一週間ほどかかるとは思いますが、よろしいですか?」
「二週間以内でしたら大丈夫です」
何故かわからないが、私の口からは余裕のある言葉が自然と出てきた。
支店長を欺くことができたからか?
いや違う。
この粉飾決算書は僅かな時間では、経理のプロであっても見破ることはできないという自信があったからである。

「二週間以内でしたら間に合いますので、ご心配はありませんよ」
支店長は相変わらずの喜びようだ。
私は支店長を完全に欺き、裏切った。
でも、まだまだ油断してはいけない。
バブル崩壊後の今、銀行の本部審査では、今まで以上に決算書の数字の列挙を見てくるだろう。数字が羅列していたら終わってしまう。
「何度も数字の流れを確認し、検算も何度もやったのだから大丈夫だ」
この時ばかりは自分の作業に絶対的な自信を持ちたかった。
 
支店長から電話が来るまで毎日が苦痛だった。
銀行の得意先係が毎日夕刻に会社に訪れるが、彼の顔色も見る始末。
世間話をするのもぎこちない。
この期間がとても耐え切れなかった。
得意先係の対応を経理部長に任せ、社長室に隠れていたのも数日あった。
「どちらでもいい、早く審判の日が来ないのか」憔悴しきった自分の精神。

支店長の電話は一週間後にかかってきた。
「社長、稟議が通リましたので当行までお越し下さい」
支店長の喜ぶ声が受話器にこだまする。
私はついに修羅となってしまった。
これから本当の修羅の道があるとも知らずに足を踏み入れた。
 
銀行を欺くのならば世間も欺くことが必要だと思った。
他の銀行にもその銀行用の粉飾決算書を持ち込んで資金を借りた。
そして、世間を欺くために二千万程の高級外車を新車で購入した。
世間からは賞賛や妬みなど様々な声が聞こえてきた。
儲け話がないかを聞いてくる事業主も度々訪れてきた。
金のあるところには人は集まる。
人間の醜さなのか。
気がつけば合計四行との取引になっていた。
 
父は私の幼い頃から地元でも大地主で通っている。
実際に市内でも三本の指に入るほどの地主だった。
父が所有する土地は全て銀行の抵当の設定がされている。
それで今までは融資を受けられていた部分もあった。
しかしながら、バブル崩壊後は年を追うごとに路線価よりも実勢価格が極端に下がってきているため、銀行も融資を続けるか悩んでいたようだった。
バブル期では路線価よりも実勢価格が極端に上がっていたので全く逆となった。
銀行独自の土地評価査定も年々下降しているため、資金を調達するのは益々困難となってきていた。

私の会社は手形決済をしていないので不渡りはない。
手形は銀行からの短期借入金の約束手形だけである。
取引先との決済には入出金共に全て現金決済だった。
このことも粉飾がやり易い要因であった為、私は粉飾に手を染めてしまったのだ。
約束手形は期日を待ってはくれないが、取引先に現金決済をしていれば「入金が遅れているので少し待って下さい」と言えば大抵は待ってくれる。
この少しの期間に支払いのための資金調達をすればよかった。
 
銀行を騙し続けられれば会社は安泰だった。
試行錯誤しながらも資金調達のための事業計画書などを作成していった。
私が作成している粉飾決算書は四種類もあって、当初は作成するにも困難を極めたが、熟れというのは恐ろしいもので、簡単に決算書の数字の流れを運河のように扱えるようになった。
当然のことながら、数年後には地方銀行四行からの借入金は増え続けるばかりであった。
借入金を返すために新たな借入をする。
個人が消費者金融で陥ることと同じになっていた。

しかしながら、私は四つの金を流す運河を自在に操った。
そして、地方銀行四行の借入金ローテーションができてしまった。
メインバンクの銀行に提出した粉飾決算書には、その銀行の残高証明一通しか添付しなかった。その他三行の借入金は闇に消えている。
その他の銀行にはメインバンクとその銀行の残高証明の併せて二通しか添付していない。その他ニ行の借入金は闇に消えている。

地方銀行のみ借入をしたのは、都市銀行に比べて審査が甘いというところがあり、全てに於いて調査不足というところもあった。

金を操る主旨や方向性は違うが、マネーロンダラーと同じようなものだと思った。
同じような重罪なのではないのか?と焦燥にも駆られた。
 
後戻りできない私は、加速するように出口の分からぬ修羅の道を走り抜けようとしていた。
 

 
 
>>> to be continued
第一章
 
私は大学を卒業後、大手町にある上場企業に就職した。
新入社員でありながら本社勤務だった。
皇居が見渡せる地上十九階のフロアでの勤務だったため、いくらかの胸躍る感じもあったが、自分にとって本社勤務は大きなプレッシャーとなっていた。
それは同じ事業部内への新入社員の配属は私ひとりだったからである。
事業部は五つの課があり、総勢六十名ほどの大所帯ということもあった。

女性は定時の九時に出社し、定時の五時に帰宅。若しくは残業が一時間ほど。
当然と言えばそれまでだが、男性は全く違う。
男性社員は暗黙の了解の中で、早朝出勤と夜遅くまで残業をしていた。
本社の仕事というのは、全国に散らばる支社や支店のフォローを朝の九時から行っていて、夕方五時を過ぎてから自分の仕事をするということが定説のようになっていた。
独身寮までの道程は約一時間弱。帰宅時間は夜中の零時〜一時頃。
朝は六時頃に起きて出社に備える。
独身寮では朝食と夕食が準備されていたが、いつも時間外だったため殆んど食べたことがなかった。

慣れるまでは毎日が肉体的にも精神的にも疲れきっていて、睡魔までもが容赦なく襲ってきた。
トイレに行く振りをして便座に座り居眠りをしていることが日課となった。
半年もすると結構馴れるもので、睡眠時間四時間が普通となった。
大手の企業というものは、つまらないと感じてきたのもこの頃。
中小企業に入社して最前線で働きたかったと後悔したものだった。
 
入社して十一ヶ月が過ぎた二月中旬、同じ課の女性社員から「お母さんから三番に電話ですよ」と言われ、珍しいことも相まって別のボタンを押してしまった。
慌ててしまって三番を押すまでに僅かの時間がかかった。
その少しの間が嫌な予感を発した。
運悪く、それが的中してしまった。
父が脳梗塞で倒れたと言うのだ。

上司に事情を説明し、数日間の休みをもらった。
会社を後にし、急いで新幹線に乗って入院している地元の病院へと向かい、久しぶりに故郷の地を踏んだ。
父が倒れたから故郷に戻ったということが自分の心を痛めた。
 
会社を三社経営していた父は、威厳があってとても頼もしく見えていたが、病院のベッドでは考えられないくらいに弱々しくなっていた。
薄暗い病室の中で、生まれて初めて弱い父を見た。
とてつもなく嫌なものを見た感じがした。
自分自身、弱々しい父を決して認めたくはなかったと言う気持ちもあった。
 
数日後に体調も良くなり、症状も軽度だったため、身体に重度の麻痺など生活に支障が出るようなものはなかった。
ただ顔の半面に麻痺が残り、表情が読み取れなく言葉もよく分からなかった。後遺症の顔面の麻痺によるもので、暫くはこのような状態が続くと言われた。
このような状態だった為、退院後はしばらくは自宅療養となることも医師から伝えられた。また、言葉を聞き取る時には耳を父の口元に寄せるように指示をされた。
 
医師の説明の後で病室に行くと、父が力を振り絞り私に手招きをした。
何か言いたそうなので父の口元に自分の耳を寄せた。
「もう俺には会社の経営はできない」と父が私に言ってきた。
「お前が会社を支えてくれ」とも言われた。
野太かった父の声は、とても細くて聞き取ることが困難だった。
自分の勤めている会社のこともあって、即答はできなかったが、既に心は決まっていた。
「何もできない俺が、どうしろって言うんだよ」と心が叫んでいた。
しかし、父の姿を見てしまったら「できなくてもやるしかない」と強く自分に言い聞かせた。
そして、社会人一年生の未熟者が無謀な挑戦を始める。
 
私は大学時代に様々なアルバイトを経験し、浅く広くではあるが世の中の処世術を幾らかは学んできたとは思っていた。
そのような考えの中でも私は、自分の考えや行動、精神面が脆弱であるという自己認識はしていた。
父が築いてきた会社は小さな輸送船を巨大な軍艦に見せるような経営手法だった。私にとっては怖しい未知なる世界だった。

僅か三十名程の正社員にパートタイマーが十名程の中小企業。
大きく見せかけること自体、自分にとっては荷が重すぎることは重々わかっていたことだが、父と同様に会社を世間に見せることが必要だった。
それは間違いではないかと感じてはいたが、未熟者の私は必然なのだと強く思い込んだ。父同様に世間に振る舞い、会社を守ることが使命だった。
 
僅か十四万人の都市では噂が広がるのが早い。
父の病気や後継者である私の噂話など様々な声が外野から入ってくる。
それに負けないようにと強気を貫き通さなければならなかった。
現在の量販店のように次々と新たな手を打たなければならない状況があった。
そのため、本業以外のことも次々と展開していった。
その甲斐もあり、なんとか会社が躍動しているところを世間に見せることができた。無理をしてでも巨大な父の威厳という亡霊と向き合って戦わなければならなかった。いくら頑張っても勝ち目があるとは到底思えなかった。しかし、自分にとっては終わりなき戦いだと感じていた。

ニ年も経つと世間では「息子がやっても変わらないな」という声も出てきた。
人口の少ない地元では目立つ者が落ちていくのを期待しているところがある。そのような時には「あれがいけなかった」とか「これがいけなかった」などと、自分自身の持論も加えながら様々な話を作っては酒の肴にしている。私の悪い噂話が聞こえてこないのは、まだ落ちぶれていないと見ているのだろう。
次第に「息子は新しい発想もあって若いけどやり手だよ」と言う話も聞こえてきた。この声には少しばかりの警戒心を持った。
 
街の経営者たちは私に見入ろうと様々な集まりの場で挨拶をしてきた。
今まで近寄りもせずに軽蔑の目で私を見定めていた年上の熟練経営者たち。
私には掌を返したようなその変化がとても気持ち悪く感じた。
未熟でもありながら世間の見立ては立派な社長に見える。
自分に実力が無いのに世間は勝手に過大評価してくる。

新聞の地方紙や全国紙の地方欄では毎月のように大きく取り上げられ、県内の経済誌の表紙も飾ったり、独占のインタビューなど掲載された。
いくつもの講演会を県内の団体から依頼され、地元の寵児とも言われたりした。
賞賛されることは普通では喜ばしいことだが、私は賞賛されることが恐かった。
自分自身が見せかけの実力と思っていたので、世間から認められたいと思う反面、後ろめたい気持ちが大きな黒い渦を巻いて押し寄せてきていた。

この頃、学生時代から付き合っていた女性と結婚した。とても美しく可愛らしい女性で、学内のアイドル的な存在だった。
一年後には子供も生まれ、会社の経営など不安な部分もあったが、その時は自分と家族が幸せの絶頂にいると確信していた。
 
しかし、その確信は間違っていた。
社長になって三年目にバブルが弾けた。
メインバンクであった地方銀行は運転資金を貸し渋るようになり、会社の経営は転げ落ちるように悪化して行った。
以前は必要もない貸付を毎月割り当てのようにしてきたのに態度は一変した。
この時から毎月の資金繰りをどうするのか考える日々が続いた。

社員をリストラしようと考えたが、今まで会社に貢献してきた人々の生活を奪う権利が自分には無いと思っていた。
リストラはできなかった。また、事業の規模縮小も二の足を踏んだ。
「世間に会社を大きく見せなければいけないのだ」頭の中で繰り返していた。
そのような浅い考えに固執していたことが、経営の財務を弱くしていった。

「父と同じ考えで経営しているのに、私と父とは何が違うんだ」
毎日が自分と父の違いについての葛藤で心は苛まれていった。
「全てを父と同じにする必要はない。独自の考えを新たに生み出そう」
このことが自分を間違った方向に向かわせていたように思う。

そして自分の中で如何わしい考えが浮かんできていた。

 
>>> to be continued

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