終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案 読売新聞 12月5日(月)1時29分配信 高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給は、延命が期待できても、本人の生き方や価値観に沿わない場合は控えたり、中止したりできるとする医療・介護従事者向けの指針案が4日、東京大学(東京・文京区)で開かれた日本老年医学会のシンポジウムで発表された。 近年、口で食べられない高齢者に胃に管で栄養を送る胃ろうが普及し、認知症末期の寝たきり患者でも何年も生きられる例が増えた反面、そのような延命が必ずしも本人のためになっていないとの声が介護現場を中心に増えている。 そこで、同学会内の作業部会(代表・甲斐一郎東大教授)が試案を作成した。広く意見を募って修正し、来年夏までには同学会の指針としてまとめるという。この問題については、長尾和宏先生の「平穏死の10の条件」をまずご覧下さい 胃ろうはすべてが悪いものではありません。生きて楽しむための胃ろうもあります。胃ろうは元々、約30年前にアメリカで嚥下障害のある脳性まひの子供のため開発されたものなんです。口から食べられない人でも栄養摂取が可能になって長く生きられるので、先天性の奇形のある赤ちゃんのように、未来ある人には必要です。でもそれがなぜか日本では高齢者の延命に使われるようになってしまいました。何かおかしくないですか? 認知症終末期で、全く意識のない状態の人への胃ろうをどう考えるでしょうか。病院で研修医は「退院時に胃ろうにしないと家族が困る」と教育され、十分な同意なしに胃ろうにしてしまうと聞いています。そして内視鏡で胃ろうを入れていく技術がどんどんと発達する。その結果、日本では毎年20万人も胃ろう造設者が増え、亡くなる方を除いても合計すれば甲子園球場8個分の40万人にもなるそうです。中には胃ろう専門の高専賃まであるそうです。特養に胃ろうの人は受け入れられにくいので、逆に入れるよう枠を用意しているという訳の分からないことになっているようです。
胃ろうの何が問題かというと、注入を中止できないことです。本人が植物状態になっても中止できない。やめれば医師が罪に問われる可能性があります。だから、日本静脈経腸栄養学会というところで、注入中止のガイドラインを作ろうとしています。生きて楽しむための胃ろうは必要です。活用して、床ずれが治って元気になったり、口から食べられるようになったり。またALSの方については延命ではなく福祉用具として捉えることができます。胃ろうがすべて悪いのではなくて、病気、病態、病期を考えて活用することが大事です。 胃ろうの何が問題かというと、注入を中止できないことです。本人が植物状態になっても中止できない。やめれば医師が罪に問われる可能性があります。現時点では、富山県の射水市民病院であった人工呼吸器外し事件と同じく、ご家族の同意があっても、栄養補給を中止すれば医師は「殺人罪」に問われる可能性があります。 その辺りが何とかなることを期待しています。 |
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介護の現場で胃ろうを見ました。ご本人が望んでいるならいいけれど、虚しい延命が多数です。
転載しますね。
2011/12/5(月) 午後 1:36
まおさん、転載有難うございます。m(__)m
こういう胃ろうなどで何が問題かというと、
病気になってからでは、一番大切な「本人の生き方や価値観」を確認できないことだと思います。
タイムマシンがあれば、乗って聞きに行きたいくらいです。
2011/12/6(火) 午後 5:33