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光が丘病院問題が泥沼化している現状を受けての、長さんのお考えなのでしょうが… 日大の光が丘からの撤退もまだ確定した訳ではありませんし、どうなりますかね? 改革委方針「日大付属に」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news/20120216-OYT8T01155.htm志木市民病院、21日に中間答申提出 2012年2月17日 読売新聞 志木市が同市立市民病院での小児科入院患者受け入れを休止すると発表した問題で、長沼明市長の諮問を受けた市民病院改革委員会委員長の長(おさ)隆氏(元総務省公立病院改革懇談会座長)は16日、市民病院を日本大学医学部の付属病院とするよう市に申し入れる方針を明らかにした。21日に提出する中間答申に反映させるという。 長委員長は、東京都北西部医療圏をカバーする日大練馬光が丘病院(東京都練馬区)が3月末で撤退することを挙げ、その隣接医療圏に立地する市民病院が「日大練馬光が丘病院の医師やカルテを引き継ぐことが患者のため、住民のためになると考える」と説明した。 長委員長は中間答申の骨子について、「私案」としたうえで、〈1〉市民病院に指定管理者制度を導入〈2〉日大重点関連病院としての指定を日大に要請〈3〉日大練馬光が丘病院の小児科医12人と産婦人科医5人らを受け入れる――などの内容を示した。 また、日大を招聘(しょうへい)する前提として、「地域周産期母子医療センターの2013年度開設」を挙げ、「市は市議会の同意を得てもらいたい」とした。 長沼市長は「正式に答申が出てきた段階で、尊重して対応したい」と述べた。 日大練馬光が丘病院は34床の小児病棟で年間8000人〜1万人、志木市立市民病院は45床で年間1万2000人の小児患者に対応してきた。 ◇ 一方、長沼市長は16日、市民病院から小児救急を受け継ぐ意向を示している菅野病院(和光市)へ移籍予定の、市民病院の男性小児科医2人が、市民病院で小児救急が継続されるなら残留したい考えを市に伝えていたことを明らかにした。市が15日に意思確認を行ったという。 菅野病院は、市民病院から清水久志院長以下3人の小児科医が移籍することを前提に、小児救急受け入れ方針を示していた。2人が移籍しない場合は前提が崩れ、小児救急受け入れは困難になるとみられる。 志木市民病院、日大付属化構想 「小児入院維持なら歓迎」 2012年2月17日 東京新聞 志木市立市民病院改革委員会の長隆委員長が十六日示した市民病院を日大医学部付属病院にする私案。周辺自治体からは「小児科入院・救急が現状のように維持されるのなら歓迎」とする声がある一方、先月から二転三転する方針に「これで本当に落ち着くのか」という疑問の声も上がっている。 (上田融、杉本慶一) 「必要なのは地域の小児救急医療を崩壊させない体制。それが守られるなら大変ありがたいことですが…」。県南西部の市長の一人はそう話しつつ言葉を濁した。背景には、この一カ月間の混乱に対する疑念がある。 志木市の長沼明市長が、常勤小児科医三人の退職を理由に小児科入院の休止を宣言したのが先月十六日。周辺自治体は直後に存続を求める要望を志木市に出し、最大年間九千万円規模の財政支援を申し出た。 危機感を強めた地域の医師会は、和光市の菅野病院を市民病院に代わる小児科入院・救急の受け皿にすると決定。志木市は菅野病院での体制が整う今年八月ごろまで、現状維持すると明言した。だが今月に入り、長氏が市民病院で小児科入院・救急を維持する答申を出すと明言。長沼市長は「答申を尊重する」としたため、菅野病院への機能移転は宙に浮く形になった。 菅野病院は機能移転で、周辺自治体に多額の支援を求めており、実現のハードルは高い。しかも志木市は十六日の会見で、退職するとしていた常勤医二人が「市民病院に残る意向」と明らかにした。 この問題で、上田清司知事は十六日、記者団に「(関係市町の)考え方を尊重する。知事の立場で県民全体の医療体制を守ることに関して言えば、良い体制ができればいい」と述べた。http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20120217/CK2012021702000060.html |
医療崩壊(小児科)
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