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「過失はなかった」 調査結果、遺族らに説明 双葉病院
改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。m(__)m河北新報 10月1日(月)6時10分配信 福島第1原発事故の際、患者を置き去りにした病院と誤解を受けた双葉病院(福島県大熊町)は30日、いわき市内で患者の遺族らに病院側の調査結果を説明し「病院側に過失はなかった」と述べた。一部の遺族から反発の声が出たが、病院は今後、遺族らが東京電力に賠償請求する際にサポートしていく方針。 説明会には患者の家族や遺族124人が参加。調査報告書によると、鈴木市郎院長は待機場所で救助隊に合流する意思を警察や自衛隊に伝えていた。しかし、救助に当たった自衛隊が、鈴木院長の待機場所と違う道を通って病院に向かったため、病院関係者がいない中での救出になった。 報告に当たって、病院側は置き去りを印象づける記者発表をした福島県災害対策本部の「配慮を欠き、適切でなかった。おわびする」とする謝罪文も公表した。 病院側の担当弁護士は「当時の状況の中でできるだけのことをした。病院側に(法的な)過失はない。患者の被害は、国や県、東京電力など全体の救助システムが機能しなかったことが原因」と語った。 一部の参加者からは病院側に謝罪を求める声も出たが、病院側は「過失がないのに謝れない」と断った。 病院側は今後、遺族らから個別に事情を聴いた上で、東京電力に賠償請求する際のカルテや調査結果など提供、弁護士の仲介などで手助けする予定。 [双葉病院問題] 原発事故翌日の昨年3月12日、入院患者337人のうち第1陣の209人が救出されたが、2、3陣の搬送が14〜16日と遅れ、事故から1カ月以内に40人が死亡したほか、隣接する系列の介護施設の高齢者ら10人が亡くなった。県は同月17日、「患者搬送の際、病院関係者が一人もいなかった」と広報し、病院は「患者を置き去りにした」との誤解を受けた。 双葉病院事件の過去の経緯は、拙ブログでは 生きるか死ぬかの大震災時にもきちんと情報を伝達せよ、とのマスコミさまのお言葉です。 『苦渋の放置』 日刊ゲンダイの最悪記事「福島双葉病院の驚愕実態 患者残して医者が逃げた!」 他にも検索していただければ、多数見つかるはずです。 各紙内容はバラバラですが、説明会はなかなかの修羅場だったようですね… 院長「謝罪の必要ない」 怒りの遺族、退席相次ぐ 双葉病院50人死亡
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120930-00000543-san-soci産経新聞 9月30日(日)20時10分配信 政府事故調の報告に続き、双葉病院は病院側の責任を否定したが、鈴木市郎院長(78)が「謝罪の必要はない」と話すなどしたことに遺族側は激高。途中で退席する遺族が相次いだ。 「亡くなったことに対しては謝罪はなかった」。ドーヴィル双葉にいた姉=当時(79)=を亡くした会津美里町の男性会社員(67)はそう憤る。男性会社員によると、説明会で鈴木院長は「謝罪の必要はない」「家族が病院側に安否を問い合わせるべきだ」と神経を逆なでするような発言をしたという。男性会社員は公開質問状の提出を検討する考えを示した。 浪江町の主婦(53)は双葉病院にいた兄=当時(62)=を亡くした。事故後1カ月以上たってから来た電話は兄が転院先で死亡したという連絡だった。「もう少し早く連絡がほしかった。誠意がない」と吐き捨てた。 同病院で弟=当時(65)=を亡くした埼玉県越谷市の主婦(68)は1時間余りで説明会を途中退席した。「今までの経過説明だけ。新しい話はなかった」と不満を漏らした。 また、ドーヴィル双葉で祖父=当時(92)と祖母=同(88)=を亡くした大熊町の男性会社員(33)は「どういう経緯で亡くなったか聞きたかったが、何もない。墓前に報告したかったが…」と不満そうに話した。 さらに「同じような震災があったときにまた患者をたらい回しにしないためにも、今回の教訓を生かすべきだ」と指摘した。 説明会後、記者会見した鈴木院長は「名誉回復を果たせたと思ったが、『説明よりも謝ってほしい』といわれてショックだった」と話し、以後は口をつぐんだままだった。 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120930/dst12093020050017-n1.htm この産経の記事だけを見たら、『院長ふざけんな!』って思いますよね。 結果的に死亡者を出したことについて「断腸の思い」としたといった内容を完全スルーするのは、さすがとしか言えません。双葉病院「手尽くした」 原発事故避難で中間報告 福島民報 10月1日(月)9時30分配信 東京電力福島第一原発事故に伴う避難の最中に患者21人が死亡した福島県大熊町の双葉病院は30日、いわき市で開いた説明会で、当時の避難状況に関する病院側の中間調査結果を遺族らに初めて示した。患者らの救助を関係機関などに要請しながら、救助がなかった点を強調。病院側は患者の避難や院内でのケアに可能な限り尽くしたとした。説明会後の会見では、結果的に死亡者を出したことについて「断腸の思い」としたが、病院側に過失はないとした。遺族側からは、説明不足を指摘する声が出た一方、理解を示す人もいた。 中間調査結果によると、震災と原発事故当初、双葉病院内に患者338人、系列の介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」に入所者98人の計436人がいた。職員の大半は病院に残り、患者と入所者のケアを継続したが、停電のため夜間の患者の状態確認は、ろうそくや懐中電灯を使用せざるを得ず通常通りの観察は困難だった。 当初、原発で問題が起きているとの認識はなく、昨年3月12日早朝、避難指示の範囲が拡大したことで全町民に避難指示が出たことを把握。集団行動が可能な患者を集め、職員の先導で大熊町役場に移動した。しかし、他の住民が多数集まり、すぐには避難が困難な状況で、寒い屋外で待ち続けるのは難しい状況だったため病院に戻って救助を待った。併せて、町職員や自衛隊員に救助を依頼した。 同日正午ごろ、国土交通省が調達した大型観光バス5台が病院に到着したため、自力歩行できる患者209人が職員の引率で避難を開始した。一方、鈴木市郎院長は院内に残る患者の点滴などに当たったが、救助が来ないため自動車で救助隊を捜した。翌13日も病院・施設の職員がパトカーや消防車両に救助を依頼などしたが、14日早朝まで救助はなかったとしている。 原発事故直後、院内で最終的に4人が死亡したほか、過酷な長距離移動などで避難の途中や避難先などで計21人が亡くなった。調査結果では、一般論として患者の死亡は原発事故と因果関係があり、遺族が東電に対して損害賠償を請求する要件を満たすとの認識を示した。また、「3月14日から16日にかけて施設には重篤な患者だけが残された」とする県の発表は事実と異なるとしている。 説明会は非公開で行われ、遺族ら約120人が臨んだ。病院側は、遺族が東電に賠償請求したり、原子力損害賠償紛争解決センターに仲介を申し立てたりする際には資料として調査結果を提供する考えも示した。 遺族らから謝罪を求める発言が複数あったが、病院側は「過失が認められない」として謝罪はしなかったという。 説明会に避難先の仙台市から参加した遺族の女性(54)は「起きてしまったことは仕方ないが、納得いく説明が聞けなかった」と釈然としない様子で話した。 一方、浪江町からいわき市に避難する男性(54)は「当時の状況を考えればやむを得ない」と理解を示す。避難の過程で父親の認知症が悪化したが、「精いっぱい対応してくれた病院には感謝している」とした。 説明会終了後、鈴木院長と代理人の井上清成、山崎祥光両弁護士(東京)が記者会見した。井上弁護士は今後も行政に聞き取りするなど独自調査を進める方針を示した。遺族らから病院側に謝罪を求める厳しい声が上がったことについて、鈴木院長は「病院の名誉が少しずつ回復してきたと思っていたが、この説明会では院長に謝ってもらえればいいんだと言われ、かなりショックだ」と動揺を隠し切れない様子だった。 ※双葉病院 東京電力福島第一原発から約4・5キロの大熊町にある私立の精神科病院。政府の原発事故調査・検証委員会の最終報告書によると、患者、入所者のうち自力歩行が可能な209人が、昨年3月12日に政府のバスで避難、同14日には132人が自衛隊のバスで病院を離れ、同16日に避難が完了した。政府事故調は計50人が死亡したとしている。救助時に病院関係者がいなかったと県が発表したため、多くのメディアが「患者置き去りの病院」と報じたが、政府事故調は「事実と反する」と指摘した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121001-00000012-fminpo-l07 |
救急医療
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やはり福島はいまだに聖地なんだな。
双葉病院の立地は福島県浜通り地方の大熊町。そして医療界を震撼させた福島県立大野病院産科医逮捕事件も、同じく大熊町での出来事。
どうやら、この地域の人間は、滅私奉公で人助けに励んでいる人間を叩くのが好きらしいな。
2012/10/2(火) 午後 2:04 [ GAO ]
GAOさん、Yosyan先生のところのm3記事によれば、
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20121002
>もっとも、遺族の発言を参加者の多くが拍手などして支持したわけではなく…
とあるように、そういう人ばかりではなさそうです。
比率こそ違えど、他罰的な人は全国的に多いのではないでしょうか?
(今回の産経のようなマスコミ報道が増やしているのでしょう…)
2012/10/2(火) 午後 5:19
福島県が極めつけの危険地帯であることは震災以前より明白な事実だったわけで、
ご苦労様でしたとは思っても、
あまり気の毒には思えないんですよね。
地雷原とわかっているところを歩いていて地雷を踏んだだけだから。
2012/10/3(水) 午前 10:42 [ n_y*m*ju ]
>あまり気の毒には思えないんですよね。
地雷原とわかっているところを歩いていて地雷を踏んだだけだから。 ・・・シリアの戦闘地域に取材に行って被弾するのと同じで、医者冥利につきるんでしょう、きっと。
確か福島の地検が、「いちかばちかで医療をやってはいけない」という趣旨のことを大野病院事件の時に放言していましたよね。いまだに福島で医療なんかやっている以上どんな事情があろうとも100%の結果を出すことを請け負っていると思われてもしょうがないんですよ。
日本という国は医療は無過失結果責任主義なんです。原発は事故起こしても有耶無耶にしてくれるけれど。
2012/10/3(水) 午後 10:51 [ 廃業産科医 ]
やっぱり聖地って言われてしまうんですよね。脱力です。「こんなところで医療を」なんて、言われているところで、うちの身内はやろうとしているんですよね。「いまだに福島で医療なんか」って・・・。悲しいコメントでした。
だけどtaddy先生の筆致はそこまでではないようなので、少し救われましたけれど・・・。
民報の記事まで紹介してくださりありがとうございます。双葉病院報道は誤報だから、って投書したかいはあったかな。
2012/10/10(水) 午後 3:11 [ kya*mr2*xan*ia ]
kya*mr2*xan*iaさん、昔は私も「聖地」呼ばわりしてたような気がしますが、
震災・津波や原発事故など、あまりにもいろんなことがありましたから…
それに、自動車学校と幼稚園バス、南三陸町の話など、
福島県以外での似たような話が続出してますしね…
http://blogs.yahoo.co.jp/taddy442000/33012557.html
http://blogs.yahoo.co.jp/taddy442000/33533170.html
2012/10/11(木) 午後 3:27