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ssd先生の記事からです。 救急部医師 7月からゼロ・・・松江赤十字病院
2013年1月31日 読売新聞 松江赤十字病院(松江市母衣町)は30日、同病院の救命救急センターで救急患者の診療を担当する救急部の医師が、7月からゼロになる可能性が高いと発表した。同部のただ1人の医師・佐藤真也救急部長(46)が6月末で退職する意向を示しているためだ。後任のめどはたっておらず、同病院は「松江の救急医療体制が崩れかねない」と危機感を抱いている。(寺田航) 同センターは、隠岐諸島を含む県東部の救急患者に対応するため、2004年4月に開設され、救急部の医師たちが24時間体制で診療に当たってきた。 しかし、毎年約2万人が受診するなど激務で、07年に6人いた担当医師は次々に辞め、昨年7月から佐藤部長1人になっていた。 病院側は、医師の負担になる「コンビニ受診」を減らすため、時間外の軽症の救急外来に求める時間外選定療養費を引き上げるなど改善を模索してきたが、佐藤部長は同9月、「軽症の患者が多くて疲れた」と辞意。病院側が慰留したが、意思は固いという。 後任が見つからない場合、7月以降は他の部の医師が交代で同センターで勤務する。また、救急部の医師が同乗して車内で医療行為をする救急車「ドクターカー」を昨年3月から運行してきたが、3月末で休止する。 同病院によると、松江・隠岐圏域(松江市、安来市、隠岐郡)の重症救急患者の受け入れは、同病院と松江市立病院、松江生協病院が担ってきたが、松江赤十字病院が患者の半数を受け入れているという。 この日、記者会見した秦公平院長は「救命救急センターはどんな形ででも維持しなければならない。自治体や医師会とも話し合い、松江の救急医療をどうするのか考えたい」と話した。 松江赤十字の救急部医師 7月からゼロに 13/01/29 山陰中央新報 松江赤十字病院(松江市母衣町、645床)の救命救急センターを受け持つ救急部の担当医師が、7月からゼロになる可能性が高いことが28日、分かった。ただ1人の担当医師が6月末で退職し、後任のめども立っていないため。松江医療圏の救急医療の中核を担う同センターの危機的な状況がさらに深刻になりそうだ。 松江赤十字の救命救急センターは、松江、安来、隠岐地域をカバーする唯一の救命救急センターで、重篤な救急患者を24時間体制で受け入れる。屋上に患者搬送専用ヘリポートを設け、医師が救急車に乗って現場で治療するドクターカー運行にも携わっている。 同センターには年間約2万人の受診者があるが、救急部の担当医師は2007年の6人をピークに減り続け、昨年7月からは佐藤真也部長(46)だけに。他診療科医師の応援を得ながら対応してきたが、同9月に佐藤部長は「気力、体力ともに限界を感じた」と病院に辞意を伝えた。 松江赤十字によると、山陰両県の大学医学部などに後任の救急部長を務められる医師の派遣を打診したが、不調に終わったという。 7月以降の対応については、他科の医師が交代で診療を担って救命救急センターを維持し、週1回程度あるヘリコプターによる患者搬送も、これまで通り受け入れる。一方、ドクターカーの運行は3月以降、休止する。 松江赤十字の秦公平院長(65)は「救命救急センターはなんとしても維持したい。市民の皆さんは、かかりつけ医を持ち、時間外の救急の受診を控え、現場の負担軽減に協力してほしい」と呼び掛けた。http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=536979004 この話の続報です。 07年に6人いた担当医師は次々に辞め、昨年7月から佐藤部長1人になっていた。佐藤部長は同9月、「軽症の患者が多くて疲れた」と辞意。元々は『6人』で行なっていた仕事を、『1人』で行なうことになった訳ですからね。「たった2ヶ月」で根を上げたにもかかわらず、公表は(3ヵ月後の)昨日ですか… 松江赤十字によると、山陰両県の大学医学部などに後任の救急部長を務められる医師の派遣を打診したが、不調に終わったという。鳥取では2009年にこんな話がありましたし…、島根大学などにも余力はないのでしょう。院内プロジェクトチームを作るそうですが、何か実効性のある対策が打てるのでしょうか?
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救急医療
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舞鶴と同じ道をたどりそうですね。舞鶴の場合は現市長の後ろ盾の当時の市長が大リーガ医等を理解せず、副医院長と対立暴言を吐き研修医が二度と舞鶴に来たくないと言わせ事で近くの福知山市民に当時の研修医が医長を勤め北近畿No.1の病院になり副医院長が進めいる総合診察医育成体制病院に研修医が集まり地域医療を守るのが証明されたけど松江病院はその体制病院ではなかったのではないですか。
2013/2/10(日) 午前 6:54 [ トホホ ]