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「掘り下げが不十分」 大川小検証委最終報告 遺族、落胆の声 宮城
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140224-00000041-san-l04産経新聞 2月24日(月)7時55分配信 遺族の期待は最後まで裏切られた。児童・教職員84人が死亡、行方不明となった石巻市立大川小学校の問題で、第三者検証委員会は23日、同市で最終報告書を遺族に説明した。しかし、最後まで踏み込んだ内容は示されず、遺族から落胆の声が上がった。 最終報告では、先月提示した報告書案に、石巻市の対応の不備などを加筆。亀山紘市長が震災後、「自然災害における宿命」と遺族に発言したことについて、「不用意な発言で不適切」と批判した。 しかし「避難開始の意思決定が遅く、避難先を河川堤防付近としたことが事故の直接的要因」などとする骨格部分に大きな変更はなかった。次女のみずほさん=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(50)は「掘り下げが不十分」と憤り、次女を亡くした紫桃(しとう)隆洋さん(49)も「質問が反映されていない」と肩を落とした。 検証委側にもその認識があり、検証の開始時期が遅かったことや、強制力を持った権限がないことなどから、調査に限界があったことを記載。遺族の疑問を解決することが「十分にはできなかった」という反省の弁も明記された。 改めて、震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。m(__)m (もうすぐ3年ですね…) もし責任を認めれば、続いて損害賠償や(教職員個人への)刑事責任の話になる訳で、 そこを曖昧にした報告書では、ご遺族の納得は得られないのが当然ですよね… (学校側の初期対応が不適切だったことが、そもそもの発端ですからね…) 残された方法が「裁判」しかないのは現実ですが、 ご遺族の望む「真実」や「事実」が、裁判によって明らかになるかどうか? 遠い空から見守らせていただきます… <宮城・大川小>遺族が石巻市提訴へ 検証委報告を受け 毎日新聞 2月24日(月)7時15分配信 東日本大震災の津波で、宮城県石巻市立大川小学校の児童・教職員84人が死亡・行方不明となった事故で、一部の児童遺族が23日、「学校が適切な避難をさせなかったため児童が死亡した」として、同市などに対し、損害賠償を求めて仙台地裁に提訴する意向を明らかにした。同日公表された第三者機関「大川小事故検証委」の最終報告書で十分な事実解明が得られなかったとし、裁判で明らかにする道を選んだ。 遺族によると、同小は地震発生後、市の防災無線や広報車により避難指示を認識できたのに、津波襲来まで約50分間、児童らを校庭に待機させ、安全に避難させる義務を怠った、と主張する方針。3月5〜7日にも提訴する。請求額は未定。 検証委が示した最終報告書は、遺族説明会での市教委や市長の対応、心のケアの支援など、震災後の行政対応の不備を加筆し指摘した。しかし、遺族が解明を求めた事故当日の学校の状況は1月に示した報告書案とほぼ同じで詳細に踏み込まず、事故の直接的原因を「避難開始の意思決定が遅く、避難先を河川堤防付近としたこと」とするにとどまった。【近藤綾加、金森崇之】 ◇我が子の最期、消えぬ「なぜ」 「本当は裁判などしたくない。でも『校庭で何があったのか、何が判断ミスにつながったのか』を知るには、もう裁判しかない」 大川小6年だった長男大輔君(当時12歳)を津波で亡くした今野浩行さん(52)、ひとみさん(43)夫妻は提訴に参加する。「なぜ助けられなかったのか」と自問自答を繰り返し、市教委や検証委にも問い続けた3年間。納得できる答えを、司法に求める決意だ。 疑問の発端は、震災約2カ月後、他の保護者から聞いた生存児童の証言だった。大輔君が校庭で、同級生と一緒に「ここさ居たら死ぬべ」「山さ逃げよう」と先生に訴えていた−−。ひとみさんは疑問がわいた。恐怖を感じる状況だったのに「なぜ逃げなかったのか」。 毎回5〜6時間を超す市教委の説明会でも疑問は解けない。市は2013年2月、第三者機関の検証委を発足させた。「公正中立な専門家」の検証に「少しは期待した」と浩行さん。だが、23日の最終報告書でも、子どもたちの最期の真実は明らかにされなかった。 昨年7月の中間報告に失望し提訴を決意した浩行さんは、勤務先に辞表を書いた。社長に受け取ってもらえなかったが、今も持ち歩く。「裁判になればインターネットなどに『金目当て』と書かれる。でも、どれだけ大輔がおっかなかったかを考えると、裁判で向き合うしかない」【近藤綾加】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140224-00000010-mai-soci |
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