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残念です… しかし38歳にして、本線にまで駒を進めたことだけでも、驚異的ですよね。 学生時代に、グラフとの対決などを見ていた者としては感慨深いものがあります。 同世代としても励みになります。 今後とも彼女の活躍を楽しみにしています。 クルム伊達、初戦突破ならず=カネピに競り負け−全豪テニス
1月19日9時25分配信 時事通信 【メルボルン19日時事】テニスの四大大会今季第1戦、全豪オープンは19日、当地のメルボルン・パークで開幕した。初日は男女のシングルス1回戦が行われ、日本勢は、昨年現役復帰し、13年ぶりに四大大会本戦出場を決めた38歳のクルム伊達公子(エステティックTBC)が、第25シードのカイア・カネピ(エストニア)にフルセットの末に競り負けた。第1セットを4−6で先取された伊達は第2セットを6−4で取り返したが、第3セットは6−8で競り負けた。 第26シードの杉山愛(ワコール)はステファニー・デュボワ(カナダ)の挑戦を受ける。 女子では第5シードのアナ・イワノビッチ(セルビア)が2回戦へ進出。世界ランキング1位で四大大会初制覇を目指す第1シードのエレナ・ヤンコビッチ(セルビア)、男子では四大大会で歴代最多タイの14度目の優勝を狙う第2シードのロジャー・フェデラー(スイス)、前回覇者で第3シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)も登場する。 |
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2009年01月19日
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「一見軽症、実は重症」見極めノウハウをブログで発信
https://www.cabrain.net/news/article/newsId/20129.html1月16日16時42分配信 医療介護CBニュース 【第45回】泊慶明さん(市立池田病院急病・救急総合診療科医長) 「救急初期診療の現場では、一見、軽症かと思われる患者さんが、実は重症だったというケースにしばしば遭遇する。短時間の診療で、適切に『重症』患者を見抜くことが求められる」―。このように指摘し、重症患者を見極めるノウハウを記した医師のブログが昨年、注目を集めた。ブログの名称は「日々是よろずER診療」。救急初期診療の現場の事例を紹介したもので、昨年6月には同名の書籍も出版されている。 ブログを書いたのは、大阪府内の公立病院で救急初期診療を行う泊慶明医師。臨床研修時にER型救急診療システムを採用する病院で救急初期診療の基礎を学んだという泊さんは、「救急初期診療のスキルは、『ER型救急』の診療システムの中で最も効率的に磨くことができる」と話す。一方で、「救急初期診療における『診断』とは、短時間での評価における暫定的な判断(仮診断)にすぎず、しかも確率的なもの。百パーセント正確な診断は不可能だと考えてほしい」など、救急医療の現場に存在する「限界」も指摘している。 泊さんに、救急初期診療の在り方や、ブログに込めた思いなどを聞いた。(萩原宏子) ―救急初期診療などの現場で重症患者を見抜く力は、「ER型救急」の診療システムの中で身に付けられる、と指摘していますね。ER型救急の診療システムについて教えてください。 まず救急のシステムについてですが、基本的にはER型救急と、重症度によって患者を一次、二次、そして三次の救命救急センターに分ける、日本型の救急体制に分けられます。 救命救急センターは、主に重症患者を受け入れ、その初期診療から緊急手術、集中治療までの一連の流れを、すべて基本的に自分たちで行う、いわゆる「自己完結型」の体制を取っていますが、ER型救急はそうではありません。救急搬送される患者さんであれ、歩いて来院する患者さんであれ、患者さんの疾患の専門性や重症度にかかわらず、まず「ER」という場で診療を始めます。そしてERに従事する医師が、診察や検査などを通じて患者の状態を見極め、帰宅可能な患者、緊急入院や緊急手術の必要な患者などを判断します。これは同時に、ERに訪れた患者さんを、どの専門科にどのタイミングで引き継いでいくのか判断することでもあります。 病名も重症かどうかも分からない段階で診察や検査を積み重ね、できる限り確定的な診断に迫っていくことが求められ、しかも一見して軽症と思われる患者集団の中から、わずかながらも確実に潜む重症患者を見極めなければなりません。そういう点でERは、重症患者を見極めるスキルを磨くには非常にいい環境だと言えます。なお、ER型救急は各専門科への引き継ぎを前提とした診療システムですから、数多くの専門科のバックアップ体制が整っていることが重要です。ERという“箱”だけでは成立しないシステムだということを付け加えておきたいと思います。 ちなみに、北米では、すべての救急患者の外来初療のみを専門的に行う医師はER physicianと呼ばれ、2万人くらいはいるといわれていますが、日本では、ER診療のみを専門とする医師は、まだまだ少ないのが実情です。 わたし自身は今「救急」に所属していますが、本来は内科医です。ER型救急の経験はそれなりに長いということはありますが、救命救急センターでの救急診療は経験していません。わたしのブログ上でのハンドルネームは「なんちゃって救急医」なのですが、この「なんちゃって」という言葉の裏には、「自分は今『救急』に所属はしているが、日本の多くの人が『救急』と聞いて思い浮かべる日本型の三次救急のイメージ、『救命病棟24時』の江口洋介さんや『コード・ブルー』の山下智久さんのイメージとは違う『救急』だ」という思いがあります。 ―こうした「ER型救急」の診療システムが、重症患者の見極めに役立つとのことですが、「軽症に見えるが、実は重症」という患者は、救急医療の現場で増えているのでしょうか。 はい。そもそも日本では、交通事故による多発外傷など、誰が見ても明らかに「重症」だと分かる患者さんの治療をする、というところから救急医療を発展させてきたという歴史があります。昭和40年代初頭のことです。ところが平成になってから、外傷以上に心筋梗塞などをはじめとする内科的な救急疾患が増え、救急医療の対象となる患者さんの疾病構造の変化が指摘されるようになりました。「胸が痛い」と訴えて来院したものの、10分後には治まり、一見するとあまり重症には思えなかった患者さんが、結果的には心筋梗塞だった、というようなケースですね。診断はあくまで確率的なもので、常に「絶対」はないのですが、やはりこうした重症患者の見極めがより重要になっているがために、最近ER型救急が注目されているという側面はあると思います。 ―そんな中、泊さんがブログで救急初期診療の経験を伝えていこうと思ったきっかけは。 研修医など、特に若い医師たちに、重症患者を見抜くノウハウを伝えたいと思いました。 わたし自身は、ER型救急に先進的に取り組んでいる病院で臨床研修を受け、その際、1年のうちに1000人近くの救急患者の診療を経験しました。スタッフからもいろいろ、教育を受けることができました。ただ当時の日本では、ER型救急の診療システムを採用している病院は数えるほどしかありませんでした。医学部の教育でも、各専門科の枠を超えて患者を広く診ることについて学ぶような「救急医療の教育」はありませんでしたから、自分の専門から一歩外れたところでの救急診療は、医師個人の経験の偶然さに完全に委ねられていたと言えると思います。 わたしの場合、その救急病院での研修が終わってからは大学の医局に戻り、いろいろな病院で時間外診療のアルバイトに出るようになったのですが、そこで目にする医療というのが、あまりに自分がその救急病院で学んできたものと違って驚きました。「風邪で来た」という患者さんに十分な診療をしないまま、「風邪」と診断してカルテにわずか3行ほど書き込んだだけで帰宅させた患者さんが、後で重症になって戻って来る。患者さんが「胸が痛い」と訴えているのに、検査が不十分なまま帰していることもありました。 今思えば、わたし自身、「後医は名医」の錯覚に陥っていただけかもしれません。しかし当時のわたしは、「やはり問題ではないか」と思ったので、広く患者を診断して適切な診療科にコンサルトする救急初期医療の必要性を、周りの関係者にいろいろ提言してきました。ところが、それに対する反応は「救急のトレーニングなら、救命救急センターに行けばいいじゃないか」という具合で、わたしの主張はなかなか分かってもらえませんでした。その一方で、「わたしの周りの関係者は、『特定の専門の診療科に限らず、広く患者を診る』という教育を全く受けてこなかった医師たちばかりなのだから、理解を得にくいのは自然なことかもしれない」とも感じていました。 ただ、「せめて自分がこれから出会う若い医師たちには、自分の知っていることを伝えていこう」と思いました。今のわたしの職場は「ER型救急」の診療システムではありませんが、それでも研修医の先生たちが、救急診療の研修のためにローテートしてきます。これまでわたしは、実際の現場を通して、わたしの思いとノウハウを彼らに伝えてきたつもりです。その経験の蓄積を、今度はブログというツールを利用して、広くネット空間に公表してみようと思いました。少しでも多くの人にわたしの経験が伝わることで、日本の救急初期診療が少しでも良くなれば、との思いがあったのです。 ―最後に、救急初期診療にかかわっての思いをお聞かせください。 正直なところ、日々、世間が要求する医療の水準に脅威を感じながら医師という仕事を続けています。医師は、しばしば患者さんの死に直面します。どれだけ医療が発展しても、「絶対」はありません。診療の精度を上げる努力は必要ですが、診療には不確実性が付きまといます。本来、医師は患者さんが生きるためのお手伝いをする仕事です。しかし医師たちが一生懸命努力し、医療行為になんら過失がなかったとしても、病状の勢いが強いときは、患者さんは死の転帰をとります。 けれども、ブログでも何度も指摘しているのですが、今はメディアの報道が「百パーセントの医療」を求める風潮をあおっている状況にあるのではないでしょうか。手術に手を尽くしたにもかかわらず、患者さんが亡くなってしまい、それが「医師の過失だ」として訴訟に発展する事態が頻繁に起きていますが、こうした事例のメディアの報道姿勢は、わたしには異常としか思えません。医師が「隠れた重症疾患」を見つけられなかったことを「誤診」と書き、「医師が悪かった」という印象を読者に与えることもよくあります。このような報道は、「死」という結果を医師の「ミス」によるものとして印象付け、社会の医師不信を増幅していると思います。訴訟リスクや医師のモチベーション低下、勤務医の過労などの問題につながり、医師の現場離れを加速させていると、わたしは考えています。 救急診療の現場で、重症患者の見極めは今後ますます求められるでしょうし、医師が自分の専門科目だけでなく広く患者を診ることができるよう教育体制を整えていくことは、より良質な医療を社会に提供する上で必要なことです。その一方で、国民一人ひとりが「医療の限界」をきちんと認め、自分自身や家族の生と死に向き合うこと、メディアがきちんと「医療の限界」を伝えることが大切なのではないか。そして「医療の限界」に対する意識が広く世間に浸透することが、医師の現場離れを食い止めることにもつながるのではないか―。そう考えています。 国民一人ひとりが「医療の限界」をきちんと認め、自分自身や家族の生と死に向き合うこと、メディアがきちんと「医療の限界」を伝えることが大切なのではないか。そして「医療の限界」に対する意識が広く世間に浸透することが、医師の現場離れを食い止めることにもつながるのではないか―。まったく同感です。 |
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「地域枠」医学生 高い意欲
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20090115-OYT8T00225.htm2009年1月15日 読売新聞 地元優先枠で入った医学生が、へき地医療に熱意を持ち始めた。 「将来は医師になってこの島に戻ってきます」 島根大医学部3年の高梨俊洋さん(20)が力強く語ると、拍手が巻き起こった。 島根県隠岐の島町で昨年10月に開かれた「地域医療教育シンポジウム」。 パネリストの一人、高梨さんは地元出身だ。町で授産施設を運営する斎藤矗一さん(67)は 「島に帰ってきてくれれば本当にうれしい。崩壊寸前の離島の医療を支えてほしい」と期待する。 人口約1万6300人の町では、昨年4月から四つの診療所のうち一つが医師不在になった。 町のテコ入れで半年後に確保したものの、今春には別の診療所の医師がいなくなる。 中核病院・隠岐病院の産科医は一人で、危険を伴うお産はできない。 高梨さんは、そんな大変さをよく知るだけに、「一日でも早く貢献したい」と意欲を見せる。 県内唯一の医師養成機関である同大医学部が、2006年度から導入した「地域枠」入試の1期生。 受験には、へき地の医療機関などでの研修と、出身地の首長の推薦が必要だ。 受験できるのは、松江市と出雲市の都市部などを除く県内出身者。 導入から3年がたち、学士入学を含めて32人が学んでいる。 地域枠の学生に将来、へき地の医療機関に勤務する義務はない。 だが「思いは伝わっている。受験段階で地域医療の実情の厳しさを見ており、 地元からの期待も感じている。地域に貢献したいという意欲はとても高い」 と木下芳一医学部長(53)。 授業内容は一般学生と変わらないが、春夏の長期休暇中に、 県内の医療機関で行う医療体験実習への参加を強く勧めている。 数日間、来院患者の案内や補助、診察の様子を観察し、 勤務医から話を聞く内容で、実際に地域枠の学生の参加率は高い。 県中央部、大田市出身の岡田祐介さん(20)(2年) は昨夏、隠岐諸島・西ノ島の病院で実習した。 「古里が好きだし、古里に貢献したいと改めて思った。実習を通して、勉強の意欲も高まった」 ただ、地域にとどまらず、高度な医療を学んで能力を高めたいという声があるのも事実だ。 「島根で働きたい気持ちは変わらないが、理想の医師像はまだ見えない。 他県の先進地域にも行って、様々なことを身につけたい」と3年の山口祐貴さん(21)。 地域枠の学生を担当する地域医療教育学講座の熊倉俊一教授(48)は 「医師が高度な医療技術を身につけることは、地域住民にも大切なことだ」と見る。 島根県では、県内のへき地に一定期間勤務した後、 大学病院や都市部の基幹病院に一時的に移り、大学での研究に従事できる仕組み作りも始まっている。 全国的な問題になっている都市部とへき地の医療格差。 「医師不足の地域で働く医師を育てるモデルを作るには、10年、20年先を見越す必要がある」 (木下医学部長)。息の長い取り組みが続く。(加地永治、安田幸一) ただ、奨学金の返還を免除されるためには、県内の指定医療機関に勤務することが必要です。 24 地域医療奨学金 地域医療を担う医師育成のために、地域枠推薦入学者を対象とした奨学金が設けられています。 (1) 貸与条件 卒業後、島根県内の公的医療機関や中山間地等での勤務を志す方。 (2) 貸与額 入学金対象額 282,000 円(平成21年度貸与予定額) 月 額 100,000 円(平成21年度貸与予定額) (3) 返還免除 大学卒業後、貸与期間3倍の期間内に、貸与期間と同年数、 県内の指定医療機関に勤務した場合は返還が免除されます。http://www.nyushi.shimane-u.ac.jp/pc/shiryo/i_tiikiwaku21.pdf これも、本人の意思を無視して押し付けられる訳ではありません。 罰則もありませんし、最初から貰わないのも人生です。 地域にとどまらず、高度な医療を学んで能力を高めたいという声があるのも事実だ。普通の医師はそう思っています。学年が上がるに連れて、比率も上がるのではないでしょうか。 高度な医療を学ぶのが困難だから、若手がへき地に行かないのです。指導医が絶対的に少ないのが原因です。また、『未熟だ』ということで、悪い結果を許してもらえるでしょうか? 医師が一所懸命やっているところを見せれば、『未熟さ』を許してくれるような土地柄なら、 医療崩壊は起きていない事が多いのですが… この「へき地医療」のロールモデルは、 先日のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で取り上げられていた中村先生なのでしょうが、 あれだけの努力をして家庭を犠牲にしなければ、へき地医療を支えられないのです。一期生の卒業は3年後だそうです。 どのくらいの卒業生がへき地に残りますかね? 「思いは伝わっている。受験段階で地域医療の実情の厳しさを見ており、地元からの期待も感じている。地域に貢献したいという意欲はとても高い」その医学部長の思いは伝わるでしょうか? |
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