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2009年12月22日
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いよいよ判決です。 (とは言っても、一審で確定する可能性はゼロに近いですが…) 改めて、亡くなった妊婦さんのご冥福をお祈りします。m(__)m 奈良の妊婦死亡訴訟が結審 3月1日に判決
http://www.asahi.com/national/update/1221/OSK200912210064.html2009年12月21日12時47分 朝日新聞 奈良県大淀町の町立大淀病院で2006年8月、出産中の妊婦が19の病院に転院の受け入れを断られた末に死亡した問題で、遺族が町と担当医師に約8800万円の損害賠償を求めた訴訟が21日、大阪地裁で結審した。判決は来年3月1日。 この日の第4回口頭弁論で、長男の出産後に脳内出血で亡くなった高崎実香さん(当時32)の夫で原告の晋輔さん(27)は「担当医が誤診しなければ、妻は助かったかもしれない」と陳述。一方、被告側は「医師個人の責任ではなく、母体搬送システムの不備が引き起こした事故だった」と反論した。 奈良・妊婦転送死亡:賠償訴訟 判決は3月1日 毎日新聞 2009年12月21日 大阪夕刊 奈良県大淀町の町立大淀病院で分娩(ぶんべん)中に意識不明となり死亡した高崎実香さん(当時32歳)の夫晋輔さん(27)らが町と担当医に賠償を求めた訴訟の弁論が21日、大阪地裁であった。晋輔さんが「子どもが(今後)どれだけ苦しむかを考えると毎日がつらい。正直に誤診を謝ってほしかった」などと涙を流して陳述し、結審した。判決は来年3月1日。 訴状によると、実香さんは06年8月7日、出産のため同病院に入院。翌日午前0時ごろ頭痛を訴えた後、意識を失った。別の病院に転送されて長男は生まれたが、実香さんは脳内出血で8日後に死亡した。 原告側は「意識を失った時点から4時間以上、放置された」と主張。町と医師側は「転送の決定に遅れはなかった」と請求棄却を求めている。【日野行介】http://mainichi.jp/kansai/news/20091221ddf041040006000c.html 相変わらずのエブリデイの記事ですが、 下記、読売の記事には絶句しました… 「妻を返して」夫が意見陳述…「大淀・妊婦死亡」結審
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20091221-OYO1T00580.htm2009年12月21日 読売新聞 奈良県大淀町立大淀病院で2006年8月、出産時に意識不明になった高崎実香さん(当時32歳)が相次いで転送拒否された末に死亡した問題で、夫の晋輔さん(27)と長男、奏太ちゃん(3)が同町と担当医に約8800万円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が21日、大阪地裁(大島真一裁判長)であった。晋輔さんが「実香を奏太のもとに返してください。奏太を抱かせてあげてください」などと意見陳述し、結審した。判決は来年3月1日。 訴訟で、町と担当医は争う姿勢を示している。この日、意見陳述に立った晋輔さんは「小さな子どもをベビーカーに乗せて散歩している夫婦を見ただけでも胸が張り裂けそうになる。今まで当たり前のように思っていたことが、つらくてつらくて毎日が生き地獄のよう。僕の命と引き換えでいいのなら、すぐにでも返してほしい」などと訴えた。 小さな子どもをベビーカーに乗せて散歩している夫婦を見ただけでも胸が張り裂けそうになる。という高崎氏の心境には大いに同情しますが、無理が通って遺族側が全面勝訴したら、 産科や救急医療に従事する医療者の数は更に減ることでしょうね… 町医者先生に教えて頂いた朝日の記事を追記しておきます。 ウィキペディア丸写しで書面間違い 妊婦死亡訴訟で町側
2009年12月22日4時3分 朝日新聞
奈良県大淀町の町立大淀病院で2006年8月、出産中の妊婦が19の病院に転院の受け入れを断られた末に死亡した問題で、遺族が町と担当医師に約8800万円の損害賠償を求めた訴訟で、被告の大淀町側の代理人が事実と異なる経緯を準備書面に記載していたことがわかった。
誰でも書き込みができるインターネット上の百科事典「ウィキペディア」からそのまま引用していた。今後、大阪地裁に上申書を提出し、この部分を訂正するという。
長男の出産後に脳内出血で亡くなった高崎実香さん(当時32)の夫で原告の晋輔さん(27)が、大阪地裁で21日にあった陳述で明らかにした。
被告側の第7準備書面は訴訟に至る経緯を「07年2月に検察が立件を断念すると、検察審査会に不服申し立てをし、不起訴不当議決を得て検察が再捜査を始める中で、当初民事訴訟はしないと言っていた原告らは07年5月に本訴を提起した」とした。
しかし、立件を断念したのは奈良県警で、検察審査会にはかかっていなかった。被告側代理人の米田泰邦弁護士は「書面作成にあたってウィキペディアを参照した。具体的な日付まで書いてあったので、間違いがあるとは思わなかった。争点に関係ないので、被告の大淀町に刑事告訴の有無などの事実経過は確認していない」と話した。
晋輔さんは「法廷は真実だけを述べる場だと信じていましたが、亡くなった実香の人格を何度も何度も踏みつけにし、私たち遺族を二重、三重に傷つけるこのような行為を決して許せません」と話した。
http://www.asahi.com/national/update/1222/OSK200912210168.htmlさらに、ググっても『書類送検した』という記事が見つかりませんし、 『本件は、警察が送検前に立件を見送ったという事案』というモトケン先生のコメントがありました。 検察審査会で『不起訴不当』となったのは大和高田市立病院の事件ですね… 民事訴訟の本筋とは関係ない話ですが…
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ブログ市長 「命刈る作業を」と発言 障害者問題を念頭に 12月21日21時10分配信 毎日新聞 ブログでの障害者への差別的記述が問題化した鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)は、21日に福岡市であった講演会で「活力ある社会を作るというのは、命の定義に踏み込まなければいけない。刈り取る作業をしなければ全体が失われる」などと語った。障害者問題を念頭にした発言とみられ、改めて波紋を呼びそうだ。 講演会は福岡市の経営情報誌主催で、企業経営者ら約30人が出席。「刈り取り発言」は「NICU(新生児集中治療室)」のドキュメンタリー番組の内容に触れた後に飛び出した。社会づくりを「木」にたとえ「枝が腐ってきたら、切り落とさないといけない」とも語り、差別的記述問題については謝罪する意思がないことを改めて強調した。 講演後の会見で、報道陣から発言の真意について質問が出たが竹原市長は「答えない」などと拒否した。【三木陽介】 朝日の記事の方が詳しいですね。 阿久根市長「腐った枝、刈らないと」 障害者の記述巡り
http://www.asahi.com/national/update/1221/SEB200912210037.html2009年12月21日22時50分 朝日新聞 自身のブログに「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」と記述し、障害者団体などから批判を浴びた鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が21日、福岡市内での講演でこの話題に触れ、「木の枝の先が腐れば切り落とす。そうしないといけない」「表現として厳しいが刈り込む作業をしないと全体が死ぬ」などと発言した。 講演後の記者会見で竹原市長は「『腐った木』とは障害者を指したのか」と聞かれ、「違う」と否定。「どういう意味だったのか」と繰り返し質問を受けたが、「答えない」「新聞は言葉狩り」などと言って回答を拒んだ。 講演会は、福岡市内の民間信用調査会社が企画。集まった会社経営者ら約20人を前に、竹原市長は約40分間、マイクを握った。 講演では障害者に関する記述について「差別と言われるが、ああいう視点は私にはわからない」と批判を無視。自らの死生観に触れ、「みなさんもいずれ死ぬ。植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になる。私たちは葉っぱ、枝」などと表現。その上で「社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝の先が腐れば切り落とす。全体として活力のある状態にする」などと語った。 障害のある子どもの世話の大変さにも触れながら、「社会をつくることは命の部分に踏み込まないとダメ。表現として厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。情緒で社会をつくることはできない」とも語った。 講演では、障害者に関する発言のほか「問責決議を受けたが、慣れているのでなんともない」「団体交渉に従う義務はない」などと発言した。 竹原市長はさらに持参したウクレレで自作の替え歌も披露。反対派の市議会議員に対して「市長下ろしを考える 次の選挙は忘れてる」、市役所職員には「定期昇給考える 退職手当を考える 組合運動考える」などと皮肉り、自身の仕事については「裁判対策考える あ〜やんなっちゃった」とおどけた。講演後、聴衆からは拍手が起こった。 ブログでの障害者の記述は現在、「修正中」となっている。(古田大輔) ◇ 竹原市長演説の該当部分の詳細は以下の通り 「この間の障害者の件で、差別と言われるが、ああいう視点は私にはわからない。命は一つだと思っている。人間も動物も地球も。そういう感覚がある。なんでああいう言い方するのか。考えていくと、みなさんは生と死をわけている。今までたくさんの人が生まれて死んだおかげでみなさんがいる。みなさんもいずれ死ぬ。死と生が一体」 「植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になり、木を育てる。私たちは葉っぱ、枝。その中で、権利とかいうことで、より多く自分のところに養分よこせと言っている。たまたまいろんな役割をしているのに。葉っぱは葉っぱ、枝は枝。人生は金取り競争ではいけない。勝ち組、負け組を分けられない。生ごみ残して死ぬだけと、なんで了解できないのか」 「社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝の先くされば切り落とす。そうしないといけない。全体として活力ある状態に。ゆうべ、日テレで『アラームにかこまれた命』というのをやっていた。NICUで未熟児で障害児が生まれてしまった。それをどんなことしても生かす医療システムがある。のどにも胃にも穴をあけて、24時間見張る。栄養はチューブで入れる。そこで2年間。病院の扱いがひどくて、お母さんが家につれて帰る。お母さんは眠れない。2年半も。そういうことやっていいのか。それを止めるのは殺人となる。私のところに今回の件でメールがきた。こういう状態の人から。疲れて寝てしまった間に死んでしまったと。そういうのがけっこうある」 「要は、社会をつくるということは、命の部分にふみこまないと駄目。してきびしいが刈り込む作業しないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。それで全体を生き残らせる。み込まないから、命が失われつつある。それが今の政治、社会の現実。情緒で社会をつくることはできない」 どうしても障害児を例に出したいのですね… 表現としてきびしいが刈り込む作業しないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。それで全体を生き残らせる。誰に『刈り込む作業』をさせたいのでしょうか?竹原市長自らやるとでも? |
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