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「延命治療はやめて」と高齢者願うも病院では「地獄の検査」
NEWS ポストセブン 6月16日(木)16時5分配信 【書評】『後悔しない最期の時の迎え方』(井尾和雄著/現代書林/1470円) 【評者】嵐山光三郎(作家) * * * 超高齢化社会では「どうやって死ぬか」が深刻な課題となる。多くの高齢者が「延命治療はやめてほしい」と願っているが、救急車で病院に運ばれると、心肺蘇生処置が施され、酸素投与、昇圧剤投与、心電図、血圧がモニターされて「地獄の検査」がひかえている。 CTスキャン、MRI検査、血液検査と実験動物みたいに扱われ、人工呼吸器を装着されたら、死ぬまではずせない。スパゲッティ状になって「拷問」されながら死んでいくことになる。 終末期の患者に、こういった延命治療は不用である。 ただし痛いのや苦しいのはいやですね。モルヒネやオピオイドという医療用合成麻酔薬を使って心地よく死んでいきたい。 できれば「自分の家で死にたい」と思う人も多い。家族に見とられながら、昔の人のようにすーっと死ぬのが理想。病院では死にたくない。ところが大学の医学部には終末期医療の科目がない。さあ、どうしようと思い悩んでいる人のために現われた医者が井尾和雄氏なのである。 ドクトル井尾は在宅医療の達人で、患者の家に出かけてケアし、看取る。病状を楽にする。麻酔科出身だから、疼痛緩和や呼吸管理が専門で、病人をスパゲッティ状になんかしない。つまり「家で死ぬ極意」を実施している。こういう医者を待っていた。 井尾氏にはまだ会ったことはないが、この本を読んで、早いところ頼んでおこうと思った。ドクトル井尾の評判は毘友垣添忠生(元がんセンター総長)より聞いた。垣添忠生氏と東京大学で同級の麻酔医大村昭人(元帝京大学医学部長)氏より麻酔術を伝授されたというところも心強い。 私はかねてよりドクトル大村にモルヒネをたっぷり使って看取ってくれ、と依頼していたが、ドクトル大村がやってくれるかどうかは不確定のため、ドクトル井尾にお願いしようと決意した。いまのところ元気なので、このような書評を書きおくことにした。 ※週刊ポスト2011年6月24日号 多くの高齢者が「延命治療はやめてほしい」と願っているが、救急車で病院に運ばれると、心肺蘇生処置が施され、酸素投与、昇圧剤投与、心電図、血圧がモニターされて「地獄の検査」がひかえている。私も「終末期の患者に、こういった延命治療は不用」だと思いますが、何故、こういう不本意なことになってしまうかというと、 「終末期の患者が、救急車で病院に運ばれてしまう」からです。 仮に「救急車で病院に運ばれて」も、 『急変時には心肺蘇生はしない』という合意が、患者さん本人+ご家族と医療者側に出来ていれば、 「地獄の検査」を行わず、静かに看取ることは可能ですが、 死から目を背けている多くの日本人は、そういう話を避けています。 その結果、急変してからご本人の意思を確認するのは不可能であり(当然ですよね) ご家族の意向もすぐに決まらない以上は、 医療者にとっても不本意な、高齢者に対する「地獄の検査や治療」を行わなければいけないのです。 ご理解頂けますでしょうか? ただ、 「静かな最期」を迎える為には、事前にご家族や主治医を交えよく話し合っておく必要があります。それが出来てない限り、「想定外の急変時」には「地獄の検査や治療」を行わなければいけないのです。われわれ医療者にとっても、「地獄の検査や治療」は不本意であることを、ご理解頂きたいものです。まず、在宅死の為には、24時間体制で世話をしてくれる優しいご家族やヘルパーさんが不可欠です。 また、がんで末期が近づくと、「痛い」「苦しい」「気持ちが悪い」「身の置き所がない」 などさまざまな症状が出てきます。 その際、どんな「在宅医療の達人」でも、在宅で使える武器(薬剤)は 病院で、医師や看護師の管理下で使えるものに比べ限られます。(特に最終手段の鎮静が…) |
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2011年06月17日
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