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ツイッターからですが、こういう闘病記が発表されていました。 精巣(睾丸)がんは、10万人あたり1〜2人と頻度こそ少ないですが、 20〜40最という若い方に多い癌です。発見時に転移巣があっても、頑張って抗がん剤治療をすれば治ることが多いですが、 早期発見できるに越したことはありません。 早期発見のポイントは、『痛みを伴わずに、片側の精巣だけが硬く大きくなる』ことです。 ご自身やパートナーが発見する事も不可能ではありません。 とりあえず、時々触ってみて左右の確認をしましょう! |
泌尿器科の日常
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文藝春秋2015年11月号に、近藤誠が川島なお美さんを診察した内容が掲載されているようです。 私はまだ、記事を読んでないですし、本を買う気もありませんが (この記事を読まれた方々は、是非立ち読みで済ませて下さい。(笑)) 冒頭に、こんな一節があるそうです。 法律上、亡くなった方は医師の守秘義務の対象ではなくなります『亡くなった方でも秘密を守るべき』というWHA(世界医師会)などの宣言はあっても、『亡くなった方の秘密は、暴露してもOK』と考える医師(人間)は、近藤誠以外には殆どいないはずです。少なくとも、私は同じ医師として許せません!近藤誠が、いかに身勝手で独善的な理論を振りかざしているか、良く解る話です。 |
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勝俣先生が、本腰を入れて近藤誠討伐に乗り出すようです。 http://www.akebono-net.org/ http://ovarysmiley.blogspot.jp/2015/04/blog-post.html ●近藤医師の被害に会われた方、がんもどきと誤診された方、放置と言われ、進行がんになり、手遅れになった方など、そのような方は、泣き寝入りしてはいけません。弁護費用無料で裁判の支援をしてくださる優秀な弁護士を紹介できます。心あたりのある方は、勝俣まで連絡をください。 ●その弁護士さんは、近藤医師の件に関して、問題意識をもってくださっていて、ボランティアで支援をしたい、と言ってくださいました。患者さんにとっては、過去の苦い経験を思い出すことも憂鬱になるという方もいらっしゃいますが、他の患者さんのためにも、是非お考えくだされば幸いです。勝俣先生に許可を得た訳ではないので、引用はここまでにします。 私にはここまでできませんが、勝俣先生のご活躍と、
一人でも近藤誠の被害が減ることを願ってます。 |
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宋美玄先生のブログ記事からです。 私には子宮はありませんが(爆)応援させていただきます。 ブログ記事の一節です。(宋先生には許可は得てませんが、怒られないはず…(笑)) 子宮頸がんは20代30代の女性がかかるがんとしては一番多く、最近急増しています。早期に発見出来なければ子宮を失うだけではなく、命を失うこともある病気です。
その理由の一つが、子宮がん検診の受診率がとても低いこと。先進国としてぶっちぎり最低で、30%に満たない受診率です。 子宮がん検診は、(100%ではありませんが)がんになる前の「前がん病変」という状態で病気を発見でき、前がん病変やごく初期のがんなら、子宮のほんの一部を切り取るだけで子宮を温存することができます。 |
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先日、こんな悲しいニュースがありました。 若き才能の悲劇…ウエスト・ハム所属20歳FWががんで死亡、1月には日本と対戦
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140419-00134530-gekisaka-soccゲキサカ 4月19日(土)8時12分配信 ウエスト・ハムに所属するU-21オーストラリア代表FWディラン・トンビデスが18日、精巣がんのため亡くなった。20歳だった。 トンビデスは2011年に精巣がんを発症。しかし闘病生活を続ける中で、2012年9月に行われたカップ戦に途中出場し、トップチームデビューを飾っていた。母国オーストラリアの世代別代表としても、2011年のU-17W杯に出場するなど活躍。今年1月に行われたAFC U-22選手権ではU-21日本代表と対戦し、フル出場を果たしていた。 若き才能の悲劇。クラブは19日に行われるクリスタル・パレス戦の前に1分間の黙とうを捧げると発表。公式サイト上では哀悼の意を表している。 「ディラン、君は年齢以上に落ち着いた性格と、知的なビジョンに誰もが尊敬の念を抱いていた。君は愛する息子であり、素晴らしい兄弟だった。君を知るすべての人が悲しみに包まれることだろう」 しかし、中にはトンビデス選手のように、治療のかいなく亡くなってしまう場合もあります… (日本での、年間の死者数は約100人) <かすみがうらマラソン>がん克服、49歳男性が完走 毎日新聞 4月20日(日)22時50分配信 第24回かすみがうらマラソン兼国際盲人マラソンかすみがうら大会は20日、土浦市の川口運動公園陸上競技場をスタート・ゴールとするコースで行われた。一般の部の出走者の中には重いがんを克服したランナーもいた。「がん患者やその家族に元気を届けたい」とフルマラソンに臨んだ東京都港区の大久保淳一さん(49)は3時間58分16秒で完走し、病気から復活後の自己ベストを更新した。 大久保さんは外資系証券会社に勤めていた35歳のころ、取引先の勧めで走り始めた。2003年からはサロマ湖100キロウルトラマラソン(北海道)に4年連続で出場したが、07年2月に右足首の骨折で入院。そこで精巣腫瘍(睾丸(こうがん)がん)が見つかった。腹部、肺、首にも転移しており、「5年生存率は49%。『最終ステージ』のがんと言われた」。3カ月の治療で、がん細胞は壊死(えし)していることがわかったが、抗がん剤の副作用から間質性肺炎を発症。肺が徐々に硬くなる病気で、一時は肺活量が半分まで落ち込んだ。 「もう一度マラソンを走りたい」という思いが闘病を支えた。病室では睾丸がんを克服した海外選手のDVDを見たり、マラソン大会のポスターを飾ったりして自らを奮い立たせた。マラソンに復帰した乳がん患者の雑誌記事に勇気づけられもした。07年11月の退院直後は青信号で横断歩道を渡りきれないくらいまで体力が落ちていた。皇居周辺のランニングも1周5キロを1時間かけて歩くことから再開。12年にフルマラソン、昨年から100キロマラソンにも復帰した。 ゴール後、大久保さんは「目標の4時間を切ることができ、うれしい」とホッとした表情を見せた。いつかはサハラ砂漠を横断するウルトラマラソンを走ってみたい。患者同士の交流サイトを作るという目標もある。この日の走りでその夢に向かい、また一歩前進できた。【戸上文恵】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140420-00000085-mai-spo |


