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今日と明日は、指導医講習会で、朝から夕方まで缶詰状態です・・・ |
腎臓移植
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73歳女性、病腎移植めぐり市を提訴
2月5日19時40分配信 産経新聞 治療のため摘出した腎臓を修復し、別の腎臓病患者に移植する病腎(修復腎)移植をめぐり、がんではない腎臓を摘出され、精神的苦痛を受けたなどとして、岡山県備前市の市立病院で万波廉介医師(64)の執刀を受けた同県内の女性(73)が市に約3700万円の損害賠償を求める訴えを岡山地裁に起こした。病腎移植に絡んで病院側が訴えられるのは初めて。 訴状によると、女性は平成18年7月、備前市立吉永病院で、万波医師から「九分九厘、腎臓がん」と診断され、左腎臓の摘出手術を受けた。しかし、手術後に腎臓はがんではなかったことが判明。その後、万波医師から「摘出した腎臓を透析患者に移植したところ、正常に機能し始めた」と説明されたという。 女性は「十分に検査せずがんと誤診し、医師としての注意義務違反は明らか」と主張している。 現在、医療法人「徳洲会」東京本部に所属する万波医師は「恥じることや隠すことは何もない。私が無茶をしたと思われるなら、裁判ではっきりさせてほしいが、修復腎移植の推進への影響が気がかりだ」。市は「訴状を見て検討したい」とコメントした。 「九分九厘、腎臓がん」という診断が誤りだったこと自体は『医療の限界』かもしれませんが、どうしても私には、「病腎移植」ありきの腎臓手術に思えるのですよね… 先日の再開1例目も 宇和島徳洲会病院 病気腎移植を再開 臨床研究1例目 「手続き規定順守」 2010年01月01日(金) 愛媛新聞 腎がん病巣部を切除した腎臓を他の患者に移植する「病気腎(修復腎)移植」の臨床研究開始を表明していた徳洲会グループは31日、宇和島市の宇和島徳洲会病院で30日に1例目の移植を実施したと発表した。ドナー(提供者)不足の中、2006年秋に摘発された臓器売買事件をきっかけに明るみに出、医学的妥当性や透明性などをめぐり議論を呼んだ同移植は3年3カ月ぶり。徳洲会は4センチ以下の腎がんを対象に5年間で5例の研究を行うとしている。 徳洲会によると、ドナーは50代男性。協力病院の呉共済病院(広島県呉市)で30日朝から摘出手術をし、冷蔵保存した腎臓を高速艇と高速道路を使い宇和島市に運んだ。同日夜、万波誠医師を中心に5人が執刀。がんを取り除いて縫合、慢性腎不全で透析中の40代男性に移植した。万波医師は宇和島徳洲会病院での会見で「手術はうまくいった。経過は順調。手術直後に尿が出ており、3、4週間で退院できるだろう」と話した。 関係学会などが妥当性とともに強く批判した手続き面について徳洲会は「自ら定めた規定に基づいた」と強調した。徳洲会の説明では、臨床研究に同意した男性が28日に同会移植事務室にドナー登録し、呉共済病院は同日に倫理委員会を開催。ドナー適格、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)などを審査した。徳洲会側は、移植希望登録者26人から移植事務室が登録データを点数化し候補者5人を選定。特定非営利活動法人(NPO法人)内の確認委員会にチェックを受けて、外部の5人でつくる宇和島徳洲会病院修復腎検討委員会が29日、適格性から優先順位を決めてレシピエント(被移植者)を選び、同日午後の同病院倫理委員会(14人)で選定手順を審査したとしている。 徳洲会グループの能宗克行事務総長は「透明性を確保するため、可能なものは公表していきたい。臨床研究を成功させ、保険診療につなげたい」と話した。 一方、日本移植学会は病気腎移植の妥当性などを問題視。近く倫理委員会を開き、対応を検討したいとした。ドナーとなった患者さんが納得されていれば、問題は無いのですが、 腫瘍は直径3・5センチ 50代男性 という条件からは、 (既往歴や合併症、腫瘍の部位などは不明ですが…) 私なら、腎臓(全部)摘出術ではなく、 腎臓部分切除術を第一選択に考えます。 『部分切除で癌の部分だけを切除することができますよ。』 と十分に説明したが、ドナー患者さんの強い希望で腎臓を全部取る事になった。 という話ならば、私は反対する気はありません。 それでも、 こういう訴訟が起きるということは、やはりドナー患者さんへの説明は不足していたのではなかろうか? レシピエント患者さんのことばかり考えていて、ドナー患者さんへの配慮が足りないのではないか? という、私など他の医師の疑念に答えて欲しいものです… この裁判の行方には注目して行きます。
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間寛平さん 前立腺がんと判明 「アースマラソン」は継続
1月14日0時30分配信 毎日新聞 マラソンとヨットによる世界一周「アースマラソン」に挑戦中のお笑いタレント、間寛平さん(60)が、前立腺がんにかかっていることが13日、明らかになった。ホルモン療法により、マラソンは続けるという。 間さんは、08年12月に大阪を出発、太平洋、アメリカ大陸、大西洋、ヨーロッパを経て、昨年12月にトルコに入った。トルコで前立腺がんの早期発見の検査をして判明。12カ所の検体のうち5カ所からがん細胞が見つかったという。現地の医師らが検討した結果、注射と薬でがん細胞の活動を抑えるホルモン療法をすることになった。マラソンの継続は問題ないとしており、15日からマラソンを再開する予定。 間さんは「ひょっとしたら死ぬんかなあと思った。でも、この病気と走ることは別もんやと聞いた。一日も早くゴールして、病気を治すように頑張って帰ります」とコメントしている。 前立腺がんの早期発見の検査をして判明。12カ所の検体のうち5カ所からがん細胞が見つかったという。PSAの数値も不明ですし、転移などの有無も記事からは不明ですが、PSAが(前立腺特異抗原)値がすごく高くてという声明ですので心配でした… D・ホッパーさんに近い状況ではなかったようで、何よりです。 追記です。 公式ブログから、間寛平さんとスタッフのコメントを転記させて頂きます。 「間寛平です。1月4日に検査した結果、前立腺のがんということが解りました。 去年の春にロスに着いた時の検査で、PSA値というのが高くて調べてもらったんですけど、それは前立腺の炎症ではないかということで、抗生物質を飲みながらアースマラソンを続けてきました。 その後は、お医者さんやスタッフと相談し、3ヶ月に一遍は検査をして、今日までアースマラソンを続けてきました。 そして、去年の12月、イスタンブールに着いて検査した時に、ちょっとそのPSA値が思わしくないなぁ、もう一回調べないかんなぁ、と言われました。それでアンカラまで1万キロを走りきった後、イスタンブールに戻って1月4日に検査した結果、前立腺のがんということが解りました。 それから精密検査に入ったんですけど一週間はほんと不安で、『このままアースマラソンを続けれんのか、この病気は治るのか、ひょっとしたら死ぬんかなぁ』とか一杯思いました。 不安で寝られへん時もいっぱいありました。 でも、精密検査したあとトルコの先生、アメリカの先生、日本の先生、いろいろ話合ってもらって、そして結果が出て、「寛平ちゃん、良かったな!まだ幸運や!注射をし、そして薬を飲みながら治しながら走れるで!」ということを聞きました。 もう、その時はめちゃめちゃ嬉しかったです。 ほんまに、ほんまに、ものすごく嬉しかったです。 この病気と、走るということは全く別もんや、ということを先生に聞きました。 めっちゃ嬉しかったです。 先生の言うことを聞き、スタッフの言うことを聞き、自分の夢であるアースマラソン、ゴールに向けて1日も早くゴールして、病気を治すように頑張って帰ります。 明日からその治療、薬を飲み始めます。 そしてアンカラに戻って15日から再スタートします。 『寛平ちゃん、頑張ってや!」いうていつも通り、応援お願いします。 僕以外にも、大変な病気の方もいてると思うんですけど、みんなも頑張ってください。 僕も頑張ります。」 スタッフから皆様へ
「アースマラソン」をしている間だから、ホルモン療法を行うという事ですかね?アースマラソンでは定期的にメディカルチェックを行ってきました。太平洋横断後のロサンゼルス(米)で行った検査でPSA値が高い数値を示しましたが、雑菌による前立腺炎の疑いと言う診断で抗生物質を処方され服用しました。その後も特にPSA値に注目しコロラド(米)、ニューヨーク(米)、ルアーブル(仏)、プラハ(チェコ)、と検査をしましたが高いなりに安定した数値を示し続けました。 ところが12月のイスタンブールでの検査値がそれまでの最高数値を越えました。陸上走行距離1万キロと言う節目も達成したので、この2010年1月4日に生体検査を実施し、その結果発見されたと言うのが経緯です。 『前立腺がん』が発見された後、トルコの泌尿器科の専門医、ニューヨーク在住の日本人専門医、日本在住の日本人専門医に検査データを共有してもらい、他部分への転移を検査、そして今後の治療方針を検討してもらいました。 そして三者が共通して出した治療方針がホルモン療法です。 注射と経口薬で男性ホルモンの活動を抑え、がん細胞の活動を抑えると言う療法です。根治をめざして、まずはこのホルモン療法を行います。 このことで期待される相乗作用による治療効果の増強をはかってゆき、この数値などの変化に注意しながら次のステップに進むタイミングを計って行きます。 その間はマラソンの 継続は問題ない、この治療とアースマラソンは両立するというのが三者の医師の共通した見解です。 つまり腫瘍と肉体(宿主)の関係は特に無く治療しながら走ることに問題がない、運動をしたからといって前立腺がんが進行するものでもない、という見解です。 がん細胞の進行と毎日数十キロ走るという行為は無関係で、逆に安静にするよりも男性ホルモンの減少による筋力の低下を防ぐと言う意味で運動が推奨されています。 この医療的見解が出たところで本人、間寛平が希望し決断したのは、このホルモン療法を受けながらアースマラソンという自分の夢、挑戦を続けたいということです。 もちろんこの療法の効果、PSA値の経過を定期的にイスタンブールに戻り検査して行きます。また肝臓に負担がかかるということなので大好きなビールもこのアースマラソン完遂までは一切飲まないと言うことも決めました。 2010年1月13日(水)より治療を開始、そして1月15日(金)、トルコのアンカラ近郊ララハン(2009年12月31日(木)のゴール地点)よりRUNを再開する予定です。 世界中のマラソンに挑んできました間寛平の集大成"マラソン&ヨット"での地球一周「KANPEI EARTH Marathon(間寛平アースマラソン)」を引き続き応援いただけますよう、ご報告と共にお願い申し上げます。 (手術や放射線療法の前に行う、ネオアジュバント療法という事ですかね?) 60歳の至って元気な男性ですので、 早期がんなら一生ホルモン療法のみというのは、どうなのかな?と思いましたので… 更に追記です。 がんの転移は無かったようで、良かったです。 いずれは、手術か小線源療法を行なった方が良いと、個人的には考えますが、
優秀な先生が多数ついておられますから、私が出しゃばる必要は無いでしょう。 がんの転移はナシ! 前立腺がんが見つかった後、徹底的に行われたのは 「そのがんが他のところに転移していないか?」と言う検査です。 この後走り続けるためには、骨やリンパ腺などを念には念を入れて調べる必要がありました。 「ほぼない」というレベルをさらに調べ続けて「完全に転移は見られない」 という結論を医師団が出してくれました。 写真は右からトルコの大学でも教えている泌尿器の専門家 Dr.AKDAS, 寛平さん、ニューヨークからこのためにトルコまで飛んで来てくれた 泌尿器専門医Dr.田崎、検査を担当してくれたDr.Cevik このメンバーに日本からDr.頴川がインターネットで情報を共 有して診断に参加してくれました。 そして今後の数値の動向もこの医師たちが注視してくれます。 |
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余命わずかであることが判明 『イージー・ライダー』のデニス・ホッパー、がんが骨に転移
前立腺がんは一般には進行は遅いですが、1月13日12時11分配信 シネマトゥデイ アメリカのナショナル・インクワイアラー紙によると、去年の10月に前立腺がんであることを報告したデニス・ホッパーが、現在はがんが骨にまで転移したため、治療の施しようがなく、余命が短いと医者から宣告されたことを、友人に伝えていたことがわかった。 『理由なき反抗』『イージー・ライダー』『地獄の黙示録』『ブルー・ベルベット』などの数多くの有名作品に出演してきた名優デニス・ホッパーは、去年テレビドラマの「クラッシュ」(原題)の撮影を撮り終えてから、急に体の調子が悪くなり、ロサンゼルスのシダーズ・サイナイ医療センターに、クリスマス前から入院していた。前立腺がんと判明してからは、南カリフォルニア大学の特別なプログラムを通じて治療を受けていた。 現在デニスは、自らが撮った写真を本にした「デニス・ホッパー・アンド・ニュー・ハリウッド」を編集し、今年の4月発売を楽しみにしているそうである。彼は、最後まで俳優としての軌跡を残していくつもりのようだ。 『がんが骨にまで転移』すると病期D2ですので、さすがに予後は不良です。 デニス・ホッパーさんは73歳だそうですが、治療が効き続けることを願うばかりです…
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