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こういう冒険は成功したから良かったようなものの、一歩間違えば危険ではないでしょうか? 小1、小2兄弟が百名山!祖父と2年4か月で
祖父はまだ63歳ですから、体力はあると思われますが、12月29日9時46分配信 読売新聞 埼玉県ふじみ野市立亀久保小学校の1年生と2年生の兄弟が、日本百名山すべての登頂を成し遂げた。 祖父と2年4か月での達成。公式記録はないものの、日本山岳協会は「小さな兄弟が、百名山制覇を達成するなんて聞いたことがない」と驚いている。 百名山の全山に登ったのは、塗装業松本順一さん(35)の長男優人(ゆうと)君(8)と次男拓人(たくと)君(6)。 2007年7月、群馬と栃木県境の日光白根山で挑戦が始まった。この年、28の山を踏破。08年に50か所目の北海道・羊蹄山など43の山に登った。 今年の夏休み、28日間を富士登山などに費やした。10月に3000メートル級の山梨県・北岳の頂上に立ち、偉業を達成した。2人は「ディズニーランドにも行きたかったけど、達成できてうれしい」と話す。 祖父の馨さん(63)が5歳だった優人君を誘い、県内の山に登ったことがきっかけ。拓人君が「僕も行きたい」と言いだし、3人で山に登るようになった。 百名山を目指すため、半年ほど練習を積んだ。登りは兄、下りは弟が先頭を歩く。けんかしたり、泣き出したりして座り込んでしまうこともあるが、必ず自分の足で登る。登山客に記念撮影を求められる人気者。馨さんは「孫と山に登るのが生きがい」と目を細める。 優人君は「頂上でお弁当を食べる瞬間が最高」と山の魅力を語る。「ライチョウやナキウサギを見た」のが拓人君の自慢。2人は来年は、三男の直人ちゃん(2)と登りたいと元気いっぱいだ。 ◇日本百名山=北は北海道の利尻岳から南は鹿児島県の宮之浦岳など、作家の深田久弥が選んだ名峰。深田が随筆「日本百名山」で紹介し、多くの登山愛好家が目標にしている。 1人で子供2人引率では、何か不測の事態が起きたら危険だと私は思いますが… 私にも同世代の子供がいますが、1人で2人を引率して山を登るのはね… お父さんが入って大人2人になれば、だいぶ印象は変わりますが… どう思われますか?
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後半はボールは回すものの、攻めあぐねていた時間が長くて、 日本代表の試合を見ているようでしたが(笑) 後半終了間際に追いつき、延長戦できっちり決める所は流石ですね。 TV解説はともかく、いい試合でした。 120分頑張った、両チームの選手に拍手です。 .メッシ決勝弾!バルセロナ悲願の世界一!/クラブW杯
12月20日3時33分配信 サンケイスポーツ サッカーのトヨタ・クラブW杯は19日(日本時間20日)、UAEのアブダビで決勝戦が行われ、欧州覇者・バルセロナ(スペイン)が南米王者・エストゥディアンテス(アルゼンチン)を延長戦の2−1で下し、初優勝を果たした。2009年世界最優秀選手賞バロンドールを受賞したFWメッシが延長後半5分、決勝ゴールを決めてチームを初の世界一に導いた。 試合は前半37分、エストゥディアンテスFWボッセリが先制点を決めて1−0とリードして折り返した。しかし後半44分、バルセロナMFペドロが土壇場で同点ゴール。試合は1−1で延長戦に突入した。 1−1と同点のまま迎えた延長後半5分、バルセロナのメッシが胸で押し込んでゴールを決め、2−1と逆転。そのまま試合が終了し、バルセロナがクラブW杯初優勝。クラブ史上初の世界一に輝いた。 |
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片山右京さん号泣「全部自分の責任」 遺体と対面
7月のトムラウシの事故もまだまだ記憶に新しいですが、12月19日21時21分配信 産経新聞 元F1ドライバーの片山右京さん(46)ら3人が富士山を登山中に遭難した事故で、発見された2人の遺体と対面した片山さんは19日夜、静岡県御殿場市内で取材に応じた。 両脇を関係者に支えられながら、顔を下に向けたまま力なく報道陣の前に立った片山さんは、「全部自分の責任です。助けられなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいです」と、号泣しながら声を絞り出した。 片山さんは遭難時の様子を振り返り、「(死亡した2人に)呼びかけたが、呼吸が止まって…。何とか担いで下りたかった…」と途切れ途切れに言葉をつないだ。今回の富士山登山についても「力不足でした。申し訳ありません」と何度も謝罪の言葉を繰り返した。 片山さんから話を聞き取った静岡県警によると、片山さんは「今思えば、2人を連れてこなければよかった。後悔している」と話したという。 山の恐さを改めて痛感させられる事故が起きてしまいました… 亡くなったお二方のご冥福を、私からもお祈りさせて頂きます。m(__)m 現時点では、マスコミお得意の『ご遺族のコメント』はありませんが、 執拗にご遺族を取材して、変なコメントを引き出さない事を願うばかりです。 辛い思いをしているはずの右京さんを、そっとしてあげて欲しいものですが… (追記です) いくつかの記事に、ご遺族の談話が出ていますね。 幸いにも直接の取材ではなさそうですね。 片山さんの会社の関係者が遺族の談話を発表した。宇佐美さんの妻直子さん(45)は「思い残すことはたくさんありますが、好きな山で逝くことができて、よかったと思います」。堀川さんの父和男さん(68)は「喜んで出掛けた美しい富士山で、仲の良い先輩と最期を一緒にできたことは幸せだったと思います」との内容だった。 こういう記事もありますね…
片山右京さん判断…民事責任生じる可能性も
12月19日21時34分配信 産経新聞 片山右京さんらが遭難した事故は、原因究明のうえで片山さんの“判断”に注目が集まりそうだ。専門家は「3人の上下関係」「事故の予見可能性」という2つのポイントを指摘する。 『登山の法律学』という著書がある溝手康史弁護士によると、山岳事故で刑事責任が問われるのは、学校の山岳部顧問や登山ツアーの引率者など、安全管理の重大な責任を負う者がほとんどだという。 今年7月、中高年の登山客ら10人が死亡した北海道・大雪山系の遭難事故で、道警はツアーを主催した「アミューズトラベル」(東京)を業務上過失致死の疑いで捜索した。だが、「今回は仲間うちでの登山で、3人ともそれなりに登山経験もあったという。刑事事件として片山さんの過失責任は問いにくいだろう」(溝手氏)。 民事的な責任はどうか。 早稲田大学の浦川道太郎教授(スポーツ法)は、3人の人間関係に着目する。「2人は片山さんの会社のスタッフ。片山さんが登山を主導し、片山さんの意向に反対できないぐらい強い上下関係があった場合、責任が発生する可能性もある」。片山さんが天候やほかの2人の能力をどの程度把握していたかも重要な要素で、「片山さん自身の登山能力や危険を予見できる能力も考慮される」という。 3人は登山の行動予定や連絡先を記した「登山計画書」を提出していなかったが、「法的な提出義務はなく、そのこと自体が問題になることはない」(浦川教授)。2人を置いて、救助を求めるため下山した片山さんの行動も「やむを得ない」との声が強い。登山経験も豊富な溝手弁護士は「片山さんがそばにいたからといって、2人が生存したとは言い切れない。助けを求めに下りたのは仕方のない判断ではないか」と話している。 |
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パチンコのCMがうざかったですが、いい試合でしたね。 亀田家の代わりに、マスコミにちやほやされたのが敗因ではないでしょうが、 同世代(ベテラン)が負けるのは悲しいです… 引退するのかなあ… ゴルフ場でカート事故を起こしたTBSでは、お祭り騒ぎが続くのでしょうね… <ボクシング>亀田興が2階級制覇、内藤に判定勝ち
11月29日21時25分配信 毎日新聞 世界ボクシング評議会(WBC)のダブルタイトルマッチが29日、さいたまスーパーアリーナで行われた。WBCフライ級タイトルマッチ12回戦は同級3位、亀田興毅(23)=亀田=が同級王者、内藤大助(35)=宮田=に判定3−0で勝ち、新王者になった。06年8月の世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級に続く国内7人目の2階級制覇を達成。 35歳2カ月の内藤は6度目の防衛に失敗し、自身の持つ日本人最年長世界王座防衛記録(34歳8カ月)の更新はならず、日本人の世界フライ級王座防衛回数単独最多記録を逃した。亀田興は次戦で暫定王者、ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)との対戦を求められている。 WBC女子アトム級タイトルマッチ10回戦は同級王者、小関桃(27)=青木=が同級5位、ティラポーン・パンニミット(17)=タイ=を判定3−0で破り、3度目の防衛に成功した。17歳3カ月のティラポーンは男女通じて史上最年少の世界王座獲得に失敗。小関は11戦9勝(2KO)2敗。国内の女子世界王者は4人のまま。 ▽亀田興毅 もう、今はもう言葉がないです。応援してくれたファンに感謝の気持ちでいっぱいです。まだ夢の途中なので……。オヤジ、どんなもんじゃい。ここまでいろいろあった中、応援してくれた亀田家のファンの皆さん、ほんまにありがとうございます。 ◆亀田興毅(かめだ・こうき)86年11月17日、大阪市生まれ。11歳からボクシングを始め、弟の大毅、和毅もプロ選手。アマ戦績17戦16勝(12KO)1敗。03年12月にプロデビューし、05年8月に東洋太平洋フライ級王座獲得。06年8月、フアン・ランダエタ(ベネズエラ)に判定勝ちし、国内歴代3位の年少記録となる19歳8カ月でWBAライトフライ級王座獲得。同年12月にランダエタに判定勝ちで初防衛(その後王座返上)。左ボクサーファイター。戦績22戦22勝(14KO)。 ○…10〜8ポイントの差を付け、判定で3−0と圧勝した小関。3度目の防衛に「ほっとした気持ちが強い」と笑みを見せた。2年前に対戦し、小関が判定勝ちした相手。「前は敵地だったし、打ち合いになってしまったので今回は気をつけた」という。課題だった右をうまく使い、序盤から主導権を握った。後半はガードが甘くなり、相手の右を食らう場面もあったが「これだけの(大きな)会場で(緊張せずに)できたのだから、自分では合格点」と満足げな表情を浮かべた。 |




