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統一地方選挙

昨日夕方4時頃になって何かし残したことがある、さてなんだったろうかと思い、そして気がついた。そうだ。まだ投票に行っていなかった。やれやれと重い腰をあげ、市から送られてきていた投票用紙を持って近くの小学校の投票所に出かけた。投票所の小学校までは歩いて5, 6分、気分転換の散歩になるし、投票風景を見ておくのもいいだろうと出かけたわけだ。

投票に出かけたものの、市議会選挙などにそもそもなんの興味もない。誰に投票するかも決めていない。学校までの途中にある公園の候補者立ち看板の前で立ち止まって、候補者一覧をさっと眺め、さっと決めた。

市議会議員定員はたしか、20名、前回は候補者数が定員数と同じで結局無投票であった。そのことからすると今回は、それでも24、5名の候補者が立ったようだ。前回は政党間の談合的話し合いでそうなったのだといううわさがあった。今回はそれではいかんと、地方選挙区で基盤のしっかりしている政党が前回より勢力を増やそうと候補者を増やしたに違いない。

今回市議会議員選挙などよりもっと大切だと思われる市町村長選挙でも、その4割ほどが無投票であったということが話題になっていた。それはやはり困った現象であるには違いない。

ただ私はそもそも市議会などというものの必要性自体に疑いを持っていて、日本の地方市議会議員も先進欧米諸国のように、無償のボランティアが務めるような制度があったもいいのではないかと思っている。

かって地方都市議会の簡素化の議論が盛んにあって、その代表的なものが名古屋市の河村市長などの運動であった。私はずっとその河村市長の考えに賛同していた。最近その河村市長の運動なども殆ど話題にならなくなったのはどういうわけだろうか。

いや、名古屋市位の人口規模の市なら、まだ市議会というものの存在意味も分からぬではない。が、我が市のようにせいぜい5万人前後の住民の小都市に果たして20人もの市議会議員が必要なのかということなのだ。議会という制度の存在そのものは必要であったとしてもである。果たしてそんな多数の議員に、世間並に見ても結構高額の議員報酬と、高額の議会活動費を支給するようなことが本当に必要なのかどうかという議論がもっと出ていいはずだ。自治体の財政がどこでも厳しい時代なのである。
どうしてその議論がもっと活発にならないのか。

実はこれはもう3年も前のことだが、我が市の議会議員選挙が無投票であったことをとらえた当時の市長が主張したものだ。「そういうことになるのは要するに市議会議員報酬、政治活動費が低すぎるからだ。それが議員になる魅力に欠ける原因ではないか」と発言し、報酬アップの法案を提案したのだった。
そのことは大きな話題になった。当時先の河村市長の運動のこともあって、全国紙でそのことが報じられた。この市長の提案、時代錯誤も甚だしいとさんざん叩かれたものだ。それでその話は立ち消えになったという経緯がある。

私は当然だと思っていた。我が市位のレベルなら政治家としての市議会議員などせいぜい10名もいればいい。後必要ならば、有識者ボランティアで構成すればいい位のものだと思っていたからである。どうしてそういう制度の導入が全国的に検討されないのか。

そんなことを考えていた今回の市議会選挙だった。選挙の前の日土曜日、夕刻近く自宅でパソコンに向かっていた時、突然電話がなった。某政党からの投票依頼だった。電話の女性の運動員、現在の安倍政権の諸政策を批判をしたあげく、その暴走を阻止するためには、我が党の議席を伸ばすしかないのだと言うのだった。

私は答えた。「安倍政権の政策には私自身も反対、その方向性に疑問、危惧を持っている所はある。その批判のいくつかについては同感である。但しだからと言って。私はあなたの党に投票をするつもりない。というのはそもそも私は市議会の存在意味そのものそのあり方について根本的に考え直すべきだと考えているからだ。」 

相手は一瞬絶句し、それに続けてなにか言おうとしたが、私は今は時間がないから失礼すると言って電話を切ったのであった。

その電話での相手に対する私の答え、答えになっていない。市議会なるものの存在意味そのもののこともあるが、本当に言いたかったことは、その対象の党のよってきたるべき立ち位置、党組織のあり方に根本的問があるからだとは言わなかったからだ。もちろんそれを言ってもしょせん分かる相手ではないという判断もあった。

投票所に着いて投票を行った。そこは静寂につつまれ、実に閑散としたものだった。5,6名の事務職員がその受付業務に関わり、投票箱の前には立会人が4名ばかり、粛然と座っていた。一票を投じて、私は軽く、立会人に一礼した。立会人の方々もそれに応じてくれた。

それは必要悪、一種の儀式のようなところもある。盛り上がりには欠けるが、実に整然としたものだ。これは日本という国にも、選挙という民主主義の根本的制度が根付いてきている一つの風景かなと思ったわけだ。

それは必要悪ではなく、やはり制度としては欠かせない必要コストかもしれない。そうなのだろう。

統一地方選挙の低投票率のことがこれから話題になり、問題視されるだろうが、それはそれでいいのだと思うところもある。

tad

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