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「[北京 25日 ロイター] - 中国共産党系メディアは25日、同国と周辺国が領有権で対立している南シナ海問題に関し、米国が中国に人工島建設の停止を要求することをやめなければ、米国との「戦争は避けられない」とする論説を掲載した。

人民日報傘下の環球時報は論説で、人工島建設作業を「最も重要な結論(bottom line)」と位置付け、中国は作業を完了させる決意である、と述べた。

米国は、南シナ海での中国の動きを警戒し偵察機を派遣。中国は前週、これに「強い不満」を表明した。

環球時報は、中国として米国と戦うことも考えて「注意深く準備」すべきと指摘。

「もし、中国が(建設)活動を停止すべきというのが米国の主張ならば、南シナ海での米中戦争は避けられない」とし「対立の程度は、世間一般で『摩擦』と評価されるよりも深刻になる」と述べた。

中国国営メディアの論説は必ずしも政府の政策方針を示すものではない。」ロイター5月25日

5月16日のBLOGで映画音楽百選(その6)というのを載せた。映画は楽しい、音楽は楽しい。大いに楽しめばいい。

ただあのBLOGの中で、自分として一番印象的なものを挙げるとしたら、それは「渚にて」という映画だと書いた。あの映画で登場する音楽、「マーチングマチルダー」は私の大好きな曲の一つだ。実はあの曲、オーストラリアの民謡というか国家といってもいいようなもので、それがどうしてあの「渚にて」という核戦争で人類が破滅する悲惨な映画の主題歌で使われたかと疑問を持っている。

それについての解説はどこにもないが、要するにそうした人間が累々として築きあげてきた文化・社会が、一旦核戦争が始まれば一瞬のうちにこの地球上から消されてしまう悲惨さ、非道さ、不条理さを訴えたのだ。

NPT会議が決裂し、「核なき世界」の実現が遠のいたことが報じられたのはつい二、三日前のことだ。このことに関心をもった、日本人、そして世界の人々は一体どれくらいいたのだろうか。殆どいないだろう。

いや、実際には、それが決裂しようが、その会議がそれをどのように決議しようが、大量の核兵器がまだ世界に存在しているという事実には変りない。いずれにせよ、それが遠のいたどころか、この世界核戦争の危険性はまだ厳然として残っているのである。そのことに日本人は、そして世界の人々は一体どういう認識を持っているのだろうかとつくづく思う。

あれは1962年のことだった。これも今話題のキューバーにソ連がミサイルを配置することを決めたことについて、当時のケネディ大統領がそれは絶対に許さないと、核戦争すら決意しようとした瞬間があった。それは当時ソ連のフルチチョフ書記長の決断で避けられたということがあったのだ。「渚にて」はまさに現実のものになっていたかもしれないのである。

核戦争などありえない、たかをくくっている方がおかしいのである。実はその危険性、可能性、一発触発性は今日だって何も変わってはいない。

今朝の冒頭ロイターのニュースを読んでぎょっとなったのは私だけだろうか。ならない方がおかしいのである。日本の人々、世界の人々一体どれくらいの人がそれをぎょっとして読んだか読まないのかである。

あの中国という国、あの紛争地域、何カ国も領有権を主張している南沙諸島で埋め立て工事をし、飛行場の建設までにとりかかっているのだ。これについて米アメリカ副大統領バイデンがそれは絶対に許さないと声明を発したのが5月23日、そしてそれに答えたのが、この24日の中国政府系メディアの宣言ということであった。

まさに歴史は繰り返すである。

要するに中国、アメリカがそれを言うのなら、戦争開始も辞さいないよと宣言しているのである。それが一旦始まってしまえば、後は核戦争になってしまう可能性はまさにゼロではない。戦争が始まってしまえばそうなる。いや、中国のメディアはそう警告しているのである。

もちろんそうならないだろうし、さすが米中政府がそれを避けるのは当然のことだ。そうでなければ、後はもうまさに「渚にて」となる。

米中政府ともこうやってつっぱりあいながら、互いにいわゆる落としどころを少しでも優位に持って行こうとしているところなのである。

そういう解説は、日本のマスコミには一切ないが、この米中ののやりとりで結局一番得をしたというか、結果的に漁夫の利を得たのは、案外日本だったかもしれない。

中国のやり過ぎが、結局はアメリカのこれだけは許せんという立場を鮮明にすることにつながった。それは日本にとっても尖閣列島死守のより強い根拠を与えたし、5月23日の太平洋諸島サミットへの宣言にもつながったのである。

それを遡ること、5月21日の安保法制をめぐる党首討論を聞いていて、私は少々虚無感というか、虚しさを感じざるをえなかった。自衛隊の海外派遣を認めるかどうか、どの場合にどうのこうのの議論がすべて無駄だとか意味がないとは言わない。

あの南沙諸島に領土権を主張し、軍事施設を作りそれを正当化しようという中国のことについて、どうして、それが国家防衛上の大驚異であることをお互い討議し、認識を共有しないのだろうか。

あの国にとって、国際法がどうのこうの、正当な論議もなにもあったものでない。アメリカが、これまでは少々甘く見てきて、結果既成事実化した部分はあるが、しかしもうこれ以上の無法は許しませんよと牽制するのは当然のことなのである。

そういう意味でも、5月23日太平洋島国を集めてのサミット宣言の意味はタイミング的にも絶大であったのではないか。私は率直にそれは安倍首相・政権の大ヒットであったと評価しておきたい。

言いたいことはまだまだ山ほどあるが。難しい、ややこしいことは別にして、三つの地政図(図1,2、3)を改めて眺めていただければと思う。これを眺めながら、それぞれの周辺諸国の利害がどうからみ、それぞれの国のりーター達が、それをどう自国を有利にするため、何をどうしたらいいか、考えているかを想像してみていただきたいのである。

私が今やっているところである。

もし米中戦争など始まったら、人類社会それでもうお終いであることは覚悟しておきたい。それはありえないなどとの楽観は禁物である。ただ戦争を始めたらそうなること位は、米中の首脳はもちろんご存じだ。ウクライナ問題での米ロ首脳も同じであろう。プーチンはもちろんそれをちらつかせた。

その間にあって日本はどう行動すべきかである。もちろん答えは簡単んではないが、なんのかんの言って、日本人は全般的にあまりにも平和ボケしていることだけは間違いない。そのことだけははっきり指摘しておく。

「あなたそんなことを言ったところで一体なにがどうなると言うの・・・」

そう言われるのは覚悟の上でそれを言っておきたい。

tad

参考資料:

米国との「戦争は避けられない」ロイター
バイデン米副大統領が中国批判 南シナ海問題「たじろがない」 :nikkei
キューバ危機: Wikipedia 

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