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連日連夜橋下大阪市長が、自ら主導する大阪維新の会の国政への進出に関してさまざまな政権構想というか、その政治理念、公約的なものを語り喧伝している。その中から来るべき衆院選挙の立候補者を選ぶのだろう、塾生を公募したところなんと3000人近く集まった。中に、現職の民主党の議員がいたとあってこれまた大騒ぎとなる始末。 マスコミがこれをセンセーショナルに報じるものだから、橋下ブームますます加熱する勢いである。もちろんそれは、その足を引っ張るなにかの事件、不祥事が突発することも大いにあるわけで、そうなるとこのブーム一気に急速に冷えてしまうこともありうるのだ。日本社会は実に熱しやすく、冷めやすいことはご存知通りだ。 一番の問題は、我々市民、国民はそうしたのブームの様子でなく、やはりこの大阪維新の会が掲げる、政治理念、政策の中身がどんなものであるのか、をじっくる見る必要があるのだ。維新の会と言っても、それはほぼ百%、橋本市長自身の頭の中から毎日次から次へとひねり出されてくるようだ。政治・経済・社会問題に詳しい学者、研究者、コンサルタント、現役の中央、地方の首長とか、議員たちが集まって議論した上で、それが集約されたような形で出てくるというようなことでないようだ。いやそれも全くないわけではないが、とにかくその殆どが橋下氏自身の口から毎日湯水のごとくどんどん出てくるのだ。 地方分権、大阪都構想、道州制、首相公選制、参議院の廃止、TPPへの積極参加、日米同盟基軸の外交、消費税増税支持、資産課税強化、教育制度改革、最低生活保障制度、源泉徴収制の廃止・・・・・こうした事項が、なんの脈絡もなく相互の関連性も、そうしたものを綜合したあるべき国家像、社会像が語られることなく、次から次へと語られるのを聞いていて、戸惑いを感じるのは私だけだろうか。 いや、それぞれの事項についての意味内容はわかる。しかしそのそれぞれの政策はあるべき、目指すべき国家像、国家社会像実現のための手段であり、方策なのだ。そうした国家像を目指すために、そうした政策がどう組み合わされるのか、整理されて示されるべきなのだ。 その実現のために最大の障害となるのはすでに指摘されているように、さまざまな法律、とりわけ、そのおおもとである憲法である。今更、憲法改正など議論することすら封じるようなこの国柄、その壁の厚さと言ったらない。その議論の困難さ、それに挑む、挑戦 者はまさにその巨大な壁、風車に挑むドンキホーテなのである。 冷静になってよく考えて欲しい。橋下氏の言ってることなど、特に目新しいことなど何もない。それぞれのことはすでにこれまでも、多くの政治家、学者、評論家が唱え、主張してきたものだ。それはなんらかの形で選挙時政党のマニフェストとして組み込まれたこともあることだ。日本の戦後の政治史の中で行政改革、政治改革という形、なんらかの形で主張されてきたことではないか。 維新の会に応募したくだんの民主党の現役議員の馬鹿さ加減といったらない。すでにBLOGでも述べたが、橋下氏の主張する地域主権確立のことなど、先の総選挙では民主党自体のマニフェストの中でもうたわれていたことではないのか。維新の会に入って一体何を学ぼうというのか。 もちろん橋下氏に期待したいのはそうした理念だ、マニフェストだということでなく、その実行力にある。国民が期待するのは、行政のトップにたって、強力に強引にことをすすめる実行力である。大阪府で出来たことを今度は大阪市でやってみせようということで市長に転身したはずである。それがどうして市政のことはほったらかしで、どうして今や国政のことばかりの話になるのか。 もし国政をやるのなら、正々堂々、次回の国政選挙に立候補し、維新の会が政権を奪取し、自ら首相として大改革を実行すればいいのである。それを宣言しないで、一体何をどうやって、実現していくのか、そのプロセスが全く見えてこないのだ。 tad 関係記事: |
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2012年02月14日
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