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 私の12月31日のBLOGに対し、友人のTMさんが、参加されているMLに反論を寄せられました。

 このことについては、おそらく同じような反対のご意見をお持ちの方が大勢いらっしゃるのではないかと思っています。TMさんのご意見もその一つで、うれしく拝見しました。

 ありていに言うなら、TMさんのご意見は、日本人のおそらく60%位の方々が、同じように考えられるのではないかと想像します。私のBLOGを読まれ、あれ?これはちょっとこれは違うぞと、思われたと思います。まずはTMさんの反論を全文そのまま引用させていただきます。


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「 あけましておめでとうございます。

国際情勢が騒がしい年になりそうですが、なんとか平穏無事な環境を保ちたいものです。
さて、Tadさんの昨年の12月31日のブログで稲田防衛相の靖国参拝問題を論じておられますが、その中で気になる一節があるので私の意見を述べてみます。
Tadさんは「A級戦犯であろうと一般の戦士であろうと、当時は日本国か国民のために尊い命をささげたのだ。その人たちの霊に祈りをささげること以外なんの他意もない」と言われます。
この主張に私は反対です。A級戦犯を合祀してしまった以上靖国神社へは政治家は参拝に行くべきはないと私はかねがね思ってきました。昭和天皇もA級戦犯を合祀した宮司に反発してそのご参拝を取り止めましたがこれは正しい判断と思っています。

そもそも支那事変以来日本を太平洋戦争に導いた戦犯達がいなかったら、或いは別の正しい方向に国を導いていれば今靖国神社に祀られている大半の一般戦士は戦死しなくても良かったはずで英霊達はもし歴史の真相を知ったら、自分たちを死に追いやった戦犯達と一緒に祀られるのは真っ平だと思うのではないでしょうか。

極東裁判が勝者による一方的裁判でその有効性が議論されていますが、仮に当時の日本国民の意見でもおそらく東条英機などというのは間違いなくA級戦犯に選らんだに違いありません。しかもTad氏も述べておられるように日本は極東裁判の結果を受け入れているのです。
中国や韓国は反日を(国是?)として学校教育から反日思想を教え込んでいる位ですから、南京虐殺や慰安婦問題などあることないことを針小棒大にして反日を煽って来ていますから、安倍首相が「和解」を強調しても、おいそれと状況はかわらないのです。しつこく70年も恨み続けるのもいい加減にしてもらいたいという感情は日本人としてありますが、この感情はいたずらに刺激しないことが肝要だとおもいます。
こと靖国神社問題は日本人としても、私はA級戦犯を合祀している以上参拝する気にはなれませんが、少なくとも政治家まして政府閣僚は参拝していたずらに周りの国を刺激することは避けるべきとおもいます。

稲田防衛相は数かすの失言もあり、こんな頼りない者に国の防衛を任せるのに不安を覚えます。靖国神社参拝をやったところで安倍首相は稲田氏を更迭すべきと考えます。
以上私見をのべました。
                                    TM 」        
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 私は生まれついての天邪鬼・へそ曲がりで、大勢の方々の意見にあえて逆らってみるという性癖があります。

 ただ本件については、だからと言って、屁理屈を述べたつもりはありませんし、また私の意見を変えるつもりは全くありません。

 私は終戦後、日本がGHQの支配下にあって、日本人の歴史観がかなり自虐的に歪められたものになった傾向はなきにしもあらずと思っています。戦争の結果、勝者が敗者を裁く裁判は世界史上後にも先にも、東京裁判があるだけです。他にそんな例などあろうはずがありません。

 その東京裁判を日本は受け入れたではないかとおっしゃいますが、GHQの支配下において、受け入れる以外に選択肢がなかったのです。またそれを見た日本人自体、それが正当だと思ったのだから、いたしかたありません。自虐的という言葉は当たらないかもしれませんが、日本人とはそういう人種なのです。いい意味では素直であり、悪い意味では「勝てば官軍」となってしまうのです。

 A級戦犯と言えば、安倍首相の祖父、岸信介氏は東条英機内閣の商工大臣、重要閣僚の一人でした。A級戦犯被疑者として3年も勾留されていたのですが、東西冷戦が激しくなり、第二次世界大戦後の世界の情勢ががらりと変わった結果、アメリカの方針が大きく変わったのです。日本のA級戦犯被疑者を含めて、戦犯なるものはすべて無罪放免ということになりました。東京裁判の存在そのものに、異議を持つ歴史学者、社会学者はこの辺が非常におかしいと指摘しており、私もそう考えます。

 これを論じ始めると話が長くなるので、今はその話をしませんが、先のBLOGで述べた如く、安倍首相の歴史観は、おそらく、そもそも東京裁判の存在など認めないお考えなのだろうと思います。あの村山談話などもちろん認めていないと思われますが、それを言うと大事になるから、あえてそのことには触れないでいるだけのことです。

 それを追求したところで、何も生まない。歴史は歴史、政治・外交は歴史にこだわっていたら何もできないのです。むしろ過去の歴史は歴史として、未来志向の新しい世界を切り開くべきなのです。それが政治・外交の役割であり、それが安倍首相の考えであり、オバマ大統領もそれをサポートしました。私もそれが正しいと思いました。

 今はその是非を詳しく論じるつもりはありませんが、そもそもA級戦犯だけが極悪非道という考え自体、私はおかしいと思います。昭和天皇うんぬんの話もあり、畏れ多い話ですが、東京裁判では昭和天皇の戦争責任を問うという話も実際に出ていたのです。しかし、実際にはそうなりませんでした。マッカーサーの一存でそのようになったのです。その判断は正しかったと私は思っています。

 あの戦争の責任は、すべてA級戦犯のもので、その他全ての者は被害者であるようなものの考え方は、少々おかしいのではないでしょうか。いや私は、かなりおかしいと思っています。いや、考えは違うが、それに歯向かうことができないので、仕方なく、それに従っていたというのならまだしも、心底そう思っていたところが大いにあると思います。それを情勢の変化があったとたんに、自分はそんな考えでなかったと、ぬけぬけと言うところがおかしいと思います。まあ人間は誰しもそうなのですが。

 韓国、中国を不必要に刺激することはないということは、その通りです。 しかし靖国神社はむしろ団体に過ぎず、日本人の宗教観では死後まで、過去の罪を断罪されることはないですし、そうしてはいけないということではないのでしょうか。

 TMさんが信奉されるキリスト教だって基本的にはそういう考えではないのですか。
 ちなみに私自身、神教を信奉しているわけではありません。ただものの考えとして、国家国民のためにその生命を捧げた人たちの霊を安らげるためのという言い方、説明には、別に無理も他意も感じません。人間として極めて自然的な行為であり、考えだと思うことには何ら変わりがありません。

 それに政治的意味を持ち出して、そこを参拝することを追求したり、白黒をつける方がおかしいと私は考えているのです。

 tad



<真珠湾慰霊>欧米メディア両首脳は詩的で感動的な演説

欧米メディアは日米両首脳の真珠湾での慰霊演説を速報で伝えた。ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は安倍晋三首相が「真珠湾攻撃への後悔を表明したが、謝罪はなかった」と伝わえた。米CBSテレビは現地からの中継で「両首脳は共に、詩的で感動的なスピーチで和解を強調した」などと報じ、「両者ともリロイター通信は今回の慰霊が、米国でのトランプ新政権誕生の直前であることに触れ、「(新政権下で)日米関係が複雑になる可能性がある中で、両国の同盟深化を強調する意味合いがあった」などと分析した。
 一方、英BBCテレビは安倍首相の演説を生中継した。首相が「二度と戦争の惨禍を繰り返さない」と誓ったと報じるとともに、オバマ米大統領が今年5月に米大統領として初めて被爆地・広島を訪問したことも伝え、両国が同盟関係を深めたと分析。一方、中国外務省の華春瑩・副報道局長が記者会見で「中国やアジア諸国との和解がなければ日本は次に進めない」と述べたことも伝えた。」Yahoo  
 安倍首相の真珠湾慰霊訪問は大成功だった。私は一人の日本人としてまずそのことを高く評価する。うれしい、誇らしいことだ。
 
訪問の目的、タイミングは、ぴったり、理に適ったものであった。
 世界中が注目していた。欧米のマスメデイアは総じて好意的な報道ぶりであった。そして両首脳の演説内容は詩的で基調の高いものだと報じた。メディアの中には、安倍首相の演説の中に謝罪がなかったことを書いていたが、必ずしもそれを非難したわけではない。
 真珠湾攻撃で大勢の仲間を失った生き残りの兵士が、安倍首相と抱擁し、その後で「安倍首相は謝罪する必要などない」と語っていたのが、印象的だった。
 現地ハワイで、日本軍の攻撃で、身内を失った遺族ですら、この訪問について、異議を唱えたり、謝罪を求めたりすることがなかったのは何よりだった。それは憎しみの忘却だとか、風化だとかいう言葉で表現するのは正確ではない。もう一つ次元の高い寛容の精神のなせることだろう。常識ある米国民には基本的にそれが備わっている。
 一方オバマ大統領が広島を訪れた時も、日本の被爆者、被爆で家族を失った人々も、それを歓迎することはあっても、謝罪を求めたり、敵意を示したりすることは一切なかった。これは日本人として誇っていい精神であろう。
 あの戦争では互いに敵同士であったのに、今はまさに、日米両国の間にそのわだかまりが残っていないことこそが、安倍首相の言う、今や日米両国相方に「和解の力」が生まれ、それが大きく働いているからだ。日米両国がさまざまな面でそのように心がけ、行動してきたからだ。
 米国のあるメディアが、日米の首脳の演説を、詩的で感動的だったと評していたが、それは詩的というより倫理的、論理的であったと言うべきだ。「和解の力」は、なにも良好な日米関係を生んだだけでない。それがなにより、紛争、戦争の絶えない世界から、平和の世界を作るために最も必要なものだということなのだ。
 それを訴えるのが、両首脳の演説の最大の趣旨、目的ではなかったか。日米同盟の強さ、絆の深さを強調するのは、なにも日米両国のためでも、トランプ次期大統領牽制のためでもない。それは今も争い、憎しみの連鎖が絶えない世界、世界の国々へ、それはもうやめませんかというメッセージなのである。
 寛容の精神を持って。それをベースに日米両国はこれまでもそうであったように、これからも世界平和のために共同、協力して臨みますというメッセージなのだ。
 繰り返しになるが、そのベースになっているが、「和解の力」だと世界に向かって宣言したのである。いや、実はそれを実現したのが、EUというヨーロッパ共同体であったはず。そこではかっての敵国同士が、究極の同盟関係、一つの政治・経済の共同体を作ったはずだ。それが今、崩壊の危機に瀕しているのはご存知のことだ。
 そんなことがあってはならない。世界平和の維持のためには、日米同盟とともに、EUの安定的存在は絶対に欠かせない存在なのだ。
 ヨーロッパにはそれでも、すでにEUというものが存在しているが、日本を取り巻くアジアはまだまだまさにばらばらの状況だ。
 とりわけ日本とお隣の二国、中国、韓国との関係は最悪である。そうなっている理由として、日本には責任がないと言わないが、中国、韓国のあまりにも行き過ぎた過去の歴史、日本の侵略行為への謝罪要求のスタンスは、いかんともし難いものがある。
 今回の安倍首相の真珠湾訪問についての反応も相変わらずである。
 中国は、「日本は中国やアジア諸国との和解がなければ次に進めない」とコメントしている。
 日本はこれまで中国には、さまざま「和解の道」を示し、その具体的なアクションも行ってきている。それを、一方的にその道を閉ざすどころか、ゆえのない反日教育を継続してやっているのは一体どなた様ですかと問いたい。
 韓国もひどいものだ。もう決着がついたはずの慰安婦問題、朴政権が交代したらまた蒸し返すというのだからどうしようもない。
 過去の歴史の見方、事実関係を含めてそれはいろいろあるだろう。しかし、それはそれ、それを超えて未来志向でいくしか、問題を前向きに解決する道はないのである。その実例が、日米関係であることを安倍、オバマ両首脳は訴えたのである。中国、韓国のことがその念頭にあることは明白だ。
 それがおわかりでない、理解しようとしない国は、当たらずさわらず付き合っていくしかない。
 もっとも肝心の相手米国もトランプ新政権誕生で日米関係がこれからどうなっていくか分からないというのが、多くのマスコミの見方である。
 どうもこうもない。こうして築いてきた日米同盟そう簡単に崩れるものでもないし、また絶対崩してはならないものだ。
 それを信じてやっていく以外ないというのが少々頼りないが、本論のまとめである。
 tad
関係記事:

<真珠湾慰霊>欧米メディア両首脳は詩的で感動的な演説:Yahoo 



「財務・厚生労働両省は2017年度予算案で医療費の伸びを1000億円規模抑制する政府原案をまとめた。高齢化に伴う急激な医療費膨張に歯止めをかけ、社会保障費の自然増)を抑える。高所得で経済力のある高齢者に一定の負担を求め、外来時の負担を増やしたり、初診料に追加負担が求められる病院を拡大したりする。高齢者の過度な優遇を見直す。
 政府は16〜18年度の社会保障費の自然増を1.5兆円に抑える目標を立てている。来年度は自然増分が6400億円程度とみており、5000億円程度に抑える方針だ。判明した政府原案では1000億円を医療費で、400億円を介護保険制度の改革で捻出する。与党の意見を踏まえ、12月上旬に具体案を固める。
 政府は余力があるとみられる高齢者に一定の負担を求める考え。医療費抑制の柱は、高齢者の負担拡大だ。毎月の医療費負担の上限を定めた「高額療養費制度」と、75歳以上が加入する公的健康保険「後期高齢者医療制度」の保険料の軽減措置の見直しが軸になる。
 高額療養費は、70歳以上を対象にした外来の負担を軽くする制度の一部を段階的に廃止する。現在は入院費より低く抑えている。月額負担の上限額をどう設定するか今後政府・与党で調整するが、完全に廃止すれば、年収370万円以上の現役並み所得者の負担は4.4万円から少なくとも8万円以上になる。一定の収入がある「一般所得者」だと1.2万円から5万7600円になる。」日経新聞 
 政府は22日、2017年度予算案を閣議決定した。国の予算の基本的な規模を示す一般会計の歳出総額は97兆4547億円と5年連続で過去最大を更新した。その概要は参考記事を参照されたい。歳出カットのための方策はいろいろあるが、高齢化で増大を続ける社会保障費、中でも医療費、介護費などの削減が一つ大きな焦点だ。
 高額療養費については、70歳以上を対象にした外来の負担を軽くする制度の一部を、段階的に廃止する。現在は入院費をより低く抑えている。月額負担の上限額をどう設定するか今後政府・与党で調整する。完全に廃止すれば、年収370万円以上の現役並み所得者の負担は4.4万円から少なくとも8万円以上になる。一定の収入がある「一般所得者」だと1.2万円から5万7600円になる。
 これから誰しも高齢者、必ず経験する病のために入院した場合、これまでだと仮に2週間を超えた場合、月の終わりに受け取る医療費の請求は、その内容にもよるが、10万円前後になる。
 ところがそれが後期高齢者となると、その年収によって、4.4万円、または1.2万円が請求限度額となってくる。つまりどんなにかかっても、4万4千円で済む。
 実は私自身その制度の意味、内容を理解していなかった。自身が5ヶ月あまりの入院中、体験したことだが、最初の入院月の終わりに病院から受け取った請求書を見て驚いた。医療費合計額が、たしか10万円近い数字が、なんと4万4千円となっていたからだ。もちろん、これはありがたい、という方の驚きであった。
 極端に言えば、実際に掛かった医療費が20万円であろうと、極端な話、100万円であろうと、実際に請求されるのは、4万4千円だということである。これが現行の「請求限度額制度」なのである。対象者にとって、こんなありがたい制度はない。
 歳出カットの対象となる社会保障費のうち大きなシェアを占める医療費。とりわけ高齢者対象のそれが今回の予算案で一つ大きな焦点になった経緯は分かる。そして政府当局者が打ち出した医療費増大カット案の中に、この「請求限度額制度」が狙い撃ちされたわけだ。
 そしてその請求限度額、年収370万円以上の高齢者の場合、4.4万円が8万円以上に、それ以下の年収者については限度額1.2万円から5.8万円と、一気に倍増以上になるわけだ。高齢者にとってはまさに痛みの伴う改革案となる。
 これを見た時、私は「うーん」と、うなってしまった。私自身がその後期高齢者でありながら、元気な時は、まさか自分自身がそうした経験をするとは、夢にも思っていなかった。その「限度額」の意味すら理解していなかった。仮に理解していたとしても自分自身がその対象になるとは想像すらしていなかった。
 人間は勝手なもので、立場、状況が変わると、がらりとその考えも変わるものだ。「うわーこれは大変」と思うとともに、こんな改革案、是非ぶっつぶすべし、と思い定めたのだ。
 昔、大学で学んだ社会保障の基本的精神は「ゆりかごから墓場まで」であった。そういう精神で現行の社会保障プランを作ったはずである。実際に現代の北欧の先進諸国は、みなそうした精神に基づくトータルの社会保障制度が運営されている。
 但しそうした国家では、社会保障高恩恵の一方で、そのための高負担がきちんと実施されている。そうした諸国ではいわゆる消費税率など、軽く20%を超えるのが普通だ。
 さて、日本の場合どうか、高負担どころの話ではない。8%の消費税を10%にすら引き上げることを延期してしまう始末である。なんのために? なんのかんの理屈を付けて、本来やるべきことを延期してしまったのは要するに目先の「選挙対策」のためではなかったか。
 これから先の国家の構造改革のことを考えない、ただただ権力維持のために政治をやっている馬鹿政治家どもの愚行の結果である。
 もっともその結果については、それを許した国民の責任でもある。だからこうした社会保障費大幅カットの2017年予算案を見ても、たいした驚きも、反対の声もあげない。
 この2017年予算案はこの政府案のまま、成立するだろう。ただそれについては「まあ、しゃあないか」となる国民性なのである。
 もちろん私もその一人であることは、お断りするまでもない。
 tad

参考記事:医療費 高齢者の負担増 ー2017年予算案:日経 
17年度予算案:日経

「糸魚川火災推定150棟焼く大火
新潟県糸魚川市で発生した大規模火災は23日午後4時半ごろ、約30時間ぶりに鎮火した。同市災害対策本部によると、全半焼や部分焼を含め推定で約150棟を焼き、被害が及んだ地域は約4万平方メートルに上った。総務省消防庁によると、震災を除き、市街地火災の焼損棟数としては過去20年で最多で、面積では1976年の山形県酒田市の大火(建物焼損約15万平方メートル)以来の規模になる可能性がある。」Yahoo


 糸魚川の大火、平穏無事を祈った天皇誕生日休日のトップニュースだった。その様子をTVで見ていて、私自身には一つ大きな感慨があった。

 新聞やTVは、この糸魚川大火を、この20年では東日本大震災を除いて、150棟とは最大の焼損被害軒数だったと報じている。
 私は一瞬あれ?と思った。「おい、おいそんな短いタームでなく、もっと長いタームで比較したらどうか」と言いたかった。

 糸魚川と言えば、同じ北陸新幹線の延長線上に魚津市があるが、1956年、丁度60年前に魚津大火があった。その延焼軒数約1500軒、今回の糸魚川大火の10倍位の規模であったのだ。それは私が一年浪人のあげく、やっと大学に入ることができた年のことだった。

 その知らせを聞いて、一番ショックを受けたのは、共に魚津出身の両親と、七人兄弟のうちでも私だったと思う。

 その大火で、両親の実家はそれぞれ焼失してしまった。父も母もそれは大きな落胆だったに違いない。そしてある意味、私にはもっと大きなショックだった。
 というのもあの戦争の末期、私と(すぐ上の)姉の二人は、その魚津の小学校に疎開入学していて、その場所にはさまざま思い出がある。
 二人は父の実家に疎開し、そこから大町小学校に通学していた。祖父母は当時すでに相当な高齢であったが、私たちの面倒をよく見てくれた。たいして大きな家ではなかったが、今の日本家屋では到底見ることができない、太い大きな柱が印象に残っている。

 母方の祖父は内科の医師で医院を営んでいた。そこへもよく遊びに行ったが、祖父は私たちをとても可愛がってくれた。

 疎開していたのはほんの4ヶ月ほどだったが、1945年終戦当時私は小学校一年生だったのだ。その後中学、高校の夏休みには必ずといっていいほど、大阪の堺から、富山の魚津へ遊びに行ったものだ。魚津は私にとっては第ニの故郷であった。
 その思い出の祖父母の家が、大火でなくなってしまったのだ。その衝撃は私にとっては非常に大きなものがあった。

 あれから60年、もうその魚津とも段々疎遠になり、そこのことを思い出して懐かしむこともあまりなくなってしまったのは仕方がない。

 そしてこの糸魚川の大火だ。まず頭に浮かんだのは魚津の大火のことだった。久しぶりに、Googleマップで、糸魚川より昔住んでいた魚津の家の場所、小学校、蜃気楼で有名な海岸線、遊び場だったお寺などを確認し、遠い遠い昔のことを懐かしんだのである。

 糸魚川大火で被害に遭われた住民の方々へのお見舞を忘れてはなるまい。
 報道の中に当時の魚津大火に、はるか糸魚川からも消防隊が駆けつけたというエピードが紹介されていたが、今の時代、糸魚川大火にはそれこそ近隣の富山県、長野県からも消防隊がかけつけたことだろう。

 1956年当時、魚津〜糸魚川間は、鉄道で1時間は掛った。今は糸魚川から魚津最寄りの黒部・宇奈月温泉駅まで15分も掛からないのだ。
 その北陸新幹線にも一度乗ってみたいと思いながら、まだそれも果たせていない。

tad

参考記事:
「糸魚川火災推定150棟焼く大火」Yahoo 

魚津大火:Wikipedia

参考図 1 糸魚川と魚津
イメージ 1

参考図2 焼失した魚津の町
イメージ 2


 わが町にも飛んでくるオスプレイ

 普天間基地沖に墜落したオスプレイ、アメリカ軍は、2日ほどかけてその機体の残骸を撤去したら、即演習・飛行機を再開してしまった。

 このオスプレイ、これまで数多くの事故を起こしている。沖縄県民、知事などが、事故原因の究明を行うことを要求し、配備撤回を求めるのは当然のことだ。

 一方軍司令官は、この程度の事故で済んだのは、パイロットの判断がすばらしかったなどと言ったものだから、何たることを言うのかと、反発を爆発させてしまったのは余計なことだった。

 マスコミでも批判が出ていたが、私はその司令官の言いたいことも分からないではないと思うが・・。第一、空中給油などという危険なことを誰も好き好んでやっているわけでない。ただアメリカ軍の軍事戦略のためにやっているわけでない。国家が、(この場合、日米両国と言い換えていいが、)その防衛のためにやっていることだと、その司令官は言いたかったに違いない。

 そんなことを思い巡らせているうちに、はたと気がついた。
 そうだ、このオスプレイ、来年には、わが町近隣の横田基地にも配備されることになっているはずだ。この事件について、遠い沖縄のこと、他人事のような感覚になってしまうが、そうではない。

 普通の航空機ならあまり影響がないのが現状であるが、ヘリコプターとなると、どこへ飛んで来るかわかったものでない。 我が家の真上だって飛行するかもしれない。

 うわー、これは大変だと思いつつ・・。
 まあ、そんなものなければ、それにこしたことはないが、それも「しゃあないか」といった心境である。その「しゃあない」には、いろいろ内容があるのだが。
 
  平成28年12月21日  tad

参考資料:
飛行再開「怒りとむなしさ」
 Yahoo 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161219-00000093-jij-soci

横田基地へのオスプレイ配備撤回を 住民らが集会
 NHK 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161218/k10010811281000.html



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