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百聞は一見にしかず、百見は一験にしかず。

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ことわざ集シリーズその8である。私が大切、座右の銘の一つにしているものです。「意思あるところに道は開ける。」 
対応英語は”Where there is a will, there is a way." です。

なにかやっている時、つまずくことが多々ある。やろうとすることに多くの困難が伴う。困難がありすぎて、到底それが出来そうにない。その実現のための方法、プロセスが見えてこない。

そんな時、まずはその目的を必ず果たすという強い意思を持つことだ。その目的を抽象的なものでなく、その内容を具体的なものにすることが肝要だ。すると、何を何時までに、どういう方法でやるか、その道筋、ステップを考え、それが見えてくる。

それがその目的を果たす、実現のための道筋、方法、プロセスを開く、最善のアプローチである。

この英語のことわざ ”Where there's a will, there's a way.”だ。
対応の日本語ことわざいろいろある。

成せばなる - Weblio 
念力岩をも通す. - 研究社 新和英中辞典
意志ある所に道あり。 - Tanaka Corpus
石に矢の立つためしもある. - 研究社 新和英中辞典
精神一到何事か成らざらん. - 研究社 新和英中辞典
意志のあるところに道がある - 日本語WordNet
などなどである。

私は「意思あるところに道は開ける」、これを今朝のBLOGタイトルに選らんだ。「意志のあるところに道がある」を多少アレンジしている。

「成せばなる」「念力岩をも通す」「精神一到何事かならざらん」などの意味、趣旨は分かるがいかにも精神論的だ。今問題になっているスポーツ界、体育会系の暴力的指導者、コーチがよく持ち出してくるものだ。

そうではなく優れた指導者は達成したい目的をより具体的にすることによって、それに至るプロセス、道筋もをより具体的に教えるものだ。それがこのことわざの本質である。

図1 「意思あるところに道は開ける。」
このことわざの意味をより上手く表すイラストを描きたい。これが、Willなのだが・・。

tad
「習うより慣れろ」 日本語、英語対比のことわざ集その7である。

どんな事でも新しく習い始める場合、人や本から教わるよりも、自分自身で
実践練習、経験を重ねた方がいい。結果として学習成果が早く得られるということだ。これは絶対の大原則。

かってテニスをやっていた頃、こちらも素人もいいところだ。が、全くの初心者に手ほどきをしなければならないことがあった。私の場合もちろんラケットの握り方くらいは教えるが、その教え方があった。いきなりコートに入り、最初はコートの三分の一位使っていきなりボールを打つ、打ち返す、いわゆるラリーの練習をやる。

カンのいい人だとすぐにそれができる。そして少しづつ使うコートを広くして
やっていくと、30分もしないうちに、コート全面を使って結構ラリーが続くようになる。本人はそれで面白く、楽しくてしかたない。そしてテニスが大好きになる。

それが下手なテニススクールなどに入ると大変。専用のコーチがいて、まずテニスとは何かという講釈が延々と始まる。次にラケットの握り方について30分ひどい時はもっと長い。肝心のラケットの振り方など何時始めるのか、という感じだ。あらゆる講釈だけで初回一時間終わったりする。

いやこれも講釈だ。私はテニスのコーチの資格などないからこれでやめておく。要するに云いたいことは、なんでもそうである。どっちに転んでも、自分で実際にそれをやってみて、試行錯誤を通じ、それが自分なりに納得して出来るようになるプロセスが大切なのだ。

辞書をいろいろ調べると、「習うより慣れろ」は英語では、
”Practice makes perfect."
"Custom makes all things easy."
となっている。

もう少し身近な例だ。新しくパソコンを買った、スマホを買った場合など私は説明書などろくろく読まない。とにかくいきなり使い始める。それで大失敗することもあるが、ああでもないこうでもないとなんとか自己流でやってしまう。もちろん全く分からないところは参考書を見たりネットで調べたりはする。

実はその失敗することこそが、大切なのである。”Practice makes
perfect." とあるが、 「実践を通じて失敗も経験する。それでことは完全になる」くらいの意味だろう。

実践すると必ずさまざまな問題にぶつかる。失敗もする。それを重ねるからこそ、問題解決、失敗を無くする手段、方法が自然に身につく。

失敗と成功は反比例の関係ではない、正比例の関係なのである。

"Custom makes all things easy." は、その実践、成功体験を習慣化することが大切という意味だ。成功体験をいかに習慣化するか、ルーティン化するかである。

ルーティン化と云えば、日本ラグビーチームの五郎丸選手の正確なゴールキックが話題、有名になったのを覚えておられるだろう。あれが成功のための習慣化、ルーティン化の典型例だ。

私自身、このことわざをまさに座右の銘としている。それと同じ意味の言葉を使っているのが、当BLOGの冒頭、左上に掲げたものである。

「百聞は一見にしかず」、「百見は一験にしかず」がそれだ。ものごとをマスターするには、「百回見るよりも、実際に一回実体験してみることが大切」という意味である。図1

少々大げさ、飛躍しすぎかもしれない、しかし「習うより慣れろ」ことわざなんてそんなものだろう。図2

tad



マジック点灯

8月12日のBLOGで、今年の西武ライオンズがリーグ戦で快進撃していることを書いた。

私は地元西武ライオンズのファンだが、その西武ライオンズ、ここ10年、優勝もなく、低迷を続けてきている。そのこともあって、この10年プロ野球そのものに全く興味を失っていた。よくも惡くも、応援を続けるのが本当のファンなのだろうが。

昨年辻監督が就任以来、西武ライオンズがかっての活気を取り戻し、期待してきた。そして今年はその期待通り、4月開幕から一度も首位の座を譲ることなく、その快進撃には目を見張るものがある。おっ、今年は行けそうだと楽しみにしている。

ちょっとおもしろい裏話だ。8月、あの有名な甲子園での優勝戦があった。優勝した大阪桐蔭高校のことはほったらかにして、世間はあの金石農業高校、吉田輝星投手フィーバーに沸き立っていた。本来なら天邪鬼な私のこと、判官びいきだから、その金石農フィーバーに乗っていたはずだ。

ところがそれが違っていた。実はこの件に関しては、大阪桐蔭の圧倒的な優勝ぶりに拍手喝采であったのだ。そしてそれを褒めたたえ、報道しない称えないマスコミに不満であった。

なぜなら、実は今年の西武ライオンズの快進撃を支えている主力選手、主将の浅村栄斗、ホームラン打者の中村剛也森友哉など、大阪桐蔭出身の選手達が節目節目で大活躍していたからだ。とりわけキャプテンの浅村のシーズンを通しての活躍が大きい。

大阪桐蔭高校の優勝は、ライオンズ主力選手のモチベーションをあげることに無関係でなかったはずだ。私はうん、これはいいぞと思っていた。

まあ、それはそれとして、今年の西武ライオンズの打線は凄い、一番秋山二番源田、三番浅村、四番山川、五番森、そしてあのホームラン王中村が6番とか7番でホームランをバンバン打つ打線の強力さときたらない。

野球は8−7位になるのが一番おもしろいというが、今年の西武野球が
それだ。

その攻撃力の強さはホームランだけでない。彼らが共通して優れているのは、ただ打つだけでなく、選球眼がしっかりしていて死四球が結構多いことだ。

ランナーが溜まったところでドカンと一発だから相手はたまったものでない。さらに、足が早く、盗塁も多いのが攻撃力を倍加させている。

とにかく今年の西武の攻撃を見ていて、バントというものを見たことがない。あのちまちまバント作戦はプロ野球になじまない。西武はバントより盗塁なのだ。そして、その成功率は極めて高い。

まあ、そんな野球評論家みたいな解説などどうでもいい。とにかく、4月開幕以来一度も首位の座を譲ることがなかったのは、やや弱体の投手陣、守備力を補って余りあるその総合的な強力な攻撃力からきている。

そして、その西武、数日前のソフトバンク戦で3連勝。ついに待望のマジック11が点灯してしたのである。バンザイ、バンザイだった。

そのカウントダウンが始まり、一つまいにちの楽しみが増えたのである。

しゃくなのは、先のBLOGで書いたように、この西武戦のTV中継があまりないことだ。多くて一週間に一度あったらいいくらいだ。巨人戦は毎日必ずあるのにである。

ただよく考えてみると、実はそれが当たり前。実は私の住む場所、フランチャイズは東京なのだ。西武ライオンズのフランチャイズは埼玉なのである。自分の住む武蔵村山は名目東京だ。しかし一番近いのは、狭山湖の対岸、埼玉MET球場なのである。

もっとも毎日西武戦のTV中継があったら、むしろもそれが問題かもしれない。一週間に一度くらいが丁度いいところだ。でないと、自分のなんでも熱中するとやめられなくなる性分が問題だ。健康維持の観点からそれはまずい。

これで西武がリーグ優勝を果たし、クライマックス戦、日本シリーズ戦ともなれば嫌がおうでもTV中継も増える。まずは果たしてそうなるか、どうかそれを楽しみにしておけばいい。熱を上げるのもほどほどにしておかないと、と自制しているところなのだ。

そう云えば、そのマジックナンバー、やはり応援している大阪なおみさん、東レパンパシオープン優勝まで、あと三つである。

そしてやはりなんとか頑張って欲しい、横綱稀勢の里はあとマジック1(?)まで迫っているではないか。

tad

樹木希林さん死去

女優の樹木希林さん15日渋谷区の自宅で死去された。

二日前それを聞いた当初、全身がんという聞いたこともない、難病におかされていたことからして、「やはりそうか」という感慨をちらりと持っただけだった。

ところが昨日朝、NHKの「あさいち」の冒頭で、MCの博多華丸・大吉さんが今年の5月に、樹木希林さん「あさいち」に出演された時の様子を、振り返り紹介された。実はその番組、私も見ていた。

そしててその時の樹木希林さんのユークな様子、死生観、家族や友人知人との人間関係、毎日の生活の楽しみ方など語られていたのを思い出したのだった。

そうだった。その時の樹木希林さん、実に楽しそうに、淡々と毎日の生活のありようを語っておられたのが実に印象的であった。通常の俳優さん、タレントさんなどの世界と全く違う。その生活内容、衣食住、実に質素なもの、しかしそれをご自身の工夫でいろいろな活用を楽しんでおられる様子に興味が惹かれた。

家族、友人知人との関係もなんのてらいも、無理もなく、ありのまま、なんの義務感も、格好をつけることもなく、自然のままの関係を続けておられる様子を語っておられた。

そんな樹木さんが、最後はご自宅で家族に見守られてお亡くなりなったとのことはなによりだったと改めて感慨を深くしたのである。

昨日の「あさいち」では、大吉華丸さん、冒頭で。そうした好感、いい雰囲気のトークショーであったことについて、さらりっとふれただけだった。そして次の話題にさっと移った。それ以上のものはなにもなかった。それでよかった。私もそれ以上のものを期待することはなかった。

こうした訃報についての民放TVの報道のくどさ、饒舌さと言ったらない。それは分かっていた。だからそれからチェンネルを切り替えることもなく、TVを切って静かにベットの上で目を閉じた。

朝、朝食後だというのに、まだちょっと寝不足だったのだろう。また静かな眠りに陥ってしまった。

謹んでご冥福お祈り申し上げます。

tad


 「経済産業省は、家庭や企業が発電した太陽光発電の電力を電力会社が買い取る価格について、2020年代半ばをメドに、現在の半分以下に引き下げる方針を固めた。買い取り費用は国民が払う電気料金に上乗せされており、国民負担の軽減につなげる狙いがある。

 太陽光や風力など再生可能エネルギーの普及を促すため、電力会社は再エネによる電力を国が決めた価格で一定期間買い取るよう義務付けられている。「固定価格買い取り制度(FIT)」と呼ばれ、2012年に始まった。決められた金額での買い取りを保証することで、発電業者の新規参入を促し、家庭や企業での再エネ導入を拡大する狙いがある。

 18年度の買い取り価格は、事業用太陽光が1キロ・ワット時あたり18円だが、22〜24年度に8・5円に引き下げる。26円の家庭用は25〜27年度に11円にする。」Yahoo
上記ニュースにあるように、経済産業省は、太陽光発電の電力を家庭や事業者から電力会社が買い取る際の価格を、2020年代半ばに現在の半分以下に下げる方針を示した。
今の太陽光発電、買い取り価格は電気料金に転嫁されている。たしかにこれによって利用者の負担は減るが、太陽光発電のさらなる普及にはブレーキとなる可能性もある。そのことへの政府の問題意識は一体どうなのか。
いずれにせよこのニュース一般には殆ど関心を生まなかったようだ。私自身には大きなそして重要な関心事である。
我が家では15年ほど前に、自宅を新しく建て直した際、太陽光発電装置を屋根に設置した。それ以来、現在も電気を電力会社から買う、買電の一方で、太陽光発電装置で発電した電気を電力会社に売る、売電をやっている。
それを設置するためには結構大きな費用が掛かった。しかし当時は結構多額の補助金制度があった。もっともそれをやったところで、その費用がペイするようになるとは考えていなかった。それでもそれをやったのはある意味実験だという考えがあったからだ。多分これから、この国でも太陽光発電が、火力発電、水力発電、原子力発電と並んで重要な電源資源となるだろう、なるべきだと考えた。その投資額がすぐにペイするかしないかについては、ペイしないことは理解していた。当時の買い取り価格ではそれは無理であったからだ。
ところがあの関東大震災が発生、福島の原発事故が勃発した。当時の民主党管政権の方針で売電価格が大幅に引き上げられた。その結果それ以降は季節にもよるが、気候条件のいい、4,5、9、10月など、要するに冷暖房の電気代があまり掛からない一方で、良好な日照時間の長い月には、電力会社東電への売電額が買電額上回るという大きなメリットをを経験してきたのである。
だからこのニュースを聞いて、「ええっ?」となった。どうやらそのメリットはなくなるということで、少々残念に思ったところはあった。しかし、それが大きく家計に響くわけではない。そもそも、電力会社が太陽光発電でのマイナス分を一般の電気代に跳ね返して取り返すということ自体はおかしなことなのだ。まあそれ自体はしかたがないことだ。
ただ同時に私の頭をかすめたことがある。問題の本質はそんな太陽光発電買い取り価格が上がった下がったではない。今回の経済産業省の決定、単に買い取り価格のことだけのことになっていること自体がおかしい。
それは国のトータルのエネルギー政策、電源ミックスの中で、それと関連して説明され、語られなければならないことではないのか。
今回の北海道地震で経験した大規模停電が、なぜ起こったかという根本問題ともからんでいる。今北海道で運転を停止している泊原発の再開問題、さらに泊に限らず日本全体の原発を今後どうするのか、どんどん再開していくのか、それとも大きく原発廃止の方向に向かうのかという問題とも密接に関連しているのである。
そもそも政府、経済産業省が基本的に示すべきなのは、ただ太陽光発電の買電価格を上げる下げるといった末梢的なことでなく、長期的総合的エネルギー政策、いわゆる電源ミックス全容が最重要なことなのである。
これから30年先、50年先の太陽光発電、風力発電を含めた自然再生エネルギーが全体ミックスの中でどれくらいの比率にもっていくのか。火力、水力、原子力、そして自然再生エネルギーの電源ミックスを一体どうするのか、その長期的な方針がきちんと示されるべきなのだ。
いや、それはあることはある。参考資料にあげた2050年に向けたエネルギー基本計画」なるものがそうだ。ただそれが、どこまで具体的なのかどうか一向に明確でない。そのことについて国民はもちろん政治家自体殆ど関心がないように見える。
それが証拠に、この重要な案件、今やっている自民党の総裁選挙で全く争点として取りあげられないのはどういうわけか。
日本はそれででなくれもドイツなどに比べて、自然再生エネルギーの比率を高めることが遅れている。ドイツはすでに原発全面廃止の方向なのだ。日本は一体どうするのか。原発は当面再開の方針であることは間違いないようだ。
果たしてそれでいいのか。安倍内閣が、後6年続くことはもう決まったようなもの。その安倍首相、あの東京オリンピックの招致のプレゼンテーション演説でのことだった。福島原発事故の処理は大丈夫なのかと質問されて、「全く問題なし」とみえをきった。
今でもそのスタンスは不変のようだ。本当にそれでいいのか。福島の深刻な原発事故問題、本当に終息したのか。
安倍内閣、自民党政権は基本的に原発継続のようだが、その中にあって、小泉元首相はそれに正面から反対している。果たしてこれからどうなっていくのか。
実は最近の北海道地震でも、外国からの最大の関心事は、地震国日本での原発継続は本当に大丈夫なのかということであった。日本のマスコミはどうしてもっとこの問題に焦点をあてないのか。
北海道地震で、北海道が全面停電となったのも実は泊原発の存在自体がその背景にあったことは衆知のことなのである。
そのことが国会、政界で殆どまともな論議の対象になっていないこと、私には不可解である。
昨日も安倍首相と石破氏が政策論争をやっていた。アベノミックスを論じるのはいい。憲法論議もいいだろう。
しかしどうしてこの国の将来にとって最も重要と思われ総合的なエネルギーミックス、とりわけ原発継続の是非、そして自然再生エネルギー振興の議論をしないのか。
上記ニュースを聞いて一言云っておきたくなった次第である。
tad
参考資料:
太陽光発電買い取り価格引き下げ:Yahoo
「エネルギー基本計画」、2050年に向けたエネルギー政策資源エネルギー庁


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