まいにちまいにち

百聞は一見にしかず、百見は一験にしかず。

投票

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

政治大混乱の責任

昨日朝9時のNHK政治討論会、一体改革の協議の進め方で議論をやっていた。与党は野党に協議に参加してくれといい、野党はほぼ全部がそれに否定的という状況だ。こんなのんきなことをやっている国はほかにはあるまい。なにしろ重要問題の中身について議論するのでなく、そうした重要テーマについて議論を始めるか始めないのか、それを始める前提、条件をめぐって議論をやっているのだから話にならない。

大体この国の国会、政治家たちにはそういう体質というか、条件闘争精神は身にしみついたものだ。それは他の重要問題にわたっても、その体質がフルに発揮されてきた。例えば憲法改正問題などがその典型例だ。憲法反対派の野党は、それを議題にして議論を始めることすら反対するのだ。そんな体質を改めない限り、この国では憲法改正なんて永久に無理である。今回のこともそうである。そもそも消費税を上げること自体に反対だから、そんな議論を始めることに反対するのだという。そんな言い分があるものか。

ただその反対の内容にもいろいろある。なにがなんでも絶対反対というのと、いやいずれはそれはやむをえないことだ、増税すべきだが、今は反対、まずはやるべきあらゆることをことをやるのが先決だという意見がおそらく国会議員の80%の意見であり、それはまた国民の意見でもあると思われる。私自身もその立場である。

いや、議論をどう進めるかについて、いろいろもめることも悪いとは言わぬ。だったら昨日のNHKの政治討論会のようなことを、NHKでなく、国会で、国民の前でその議論をやって見せたらいいではないか。その案件中身のことでない。その議論を始めるのかどうか、どうその議論を進めるのか、進めないのかの議論をまず国会で始めたらいいではないか。どうしてそれがNHKの政治討論会でしかできないのか。

そういう意味でも、野党が協議を拒否する理由がいまいちよくわからないのだ。しかし協議ではなく、国会の議論でいいではないかという言い方にも一理はある。

そもそも増税には基本的には賛成のはずの自民党が、協議を始めないと拒否するのは、与党案が閣議決定されたものでなく、まだまだ内容不確定なものであることを理由にしている。それは根拠のあることだ。民主党は政権与党なのであるから、与党として、内閣としてステップを踏んで正式に決めた案を出せという野党の要求はある意味当然のことではないのか。たしかになぜ野田内閣がそれを閣議決定できないのかよく分からない。

それが出来ればいいのだが、党内反対の意見が多すぎて出来ないのが実情なのであろう。それで、増税賛成の自民党を懐に呼び込み、野党自民党と協議が成立した形をとって、それを国会を通したいというのが野田総理、岡田副総理の意向なのであろう。しかしそれはやはり本末転倒ではないか。

与党民主党内に増税案に反対があるのは当然のことなのだ。それは実は自民党とて同じこと。ただ民主党の方は政権担当をしている責任ある与党なのである。反対派を上回る賛成を得た上でそれを与党案として、閣議決定したものとして提示すべきであることは当然のことではないのか。なぜそれができないのか、まったく分からない。

しかもそれを社会保障制度との一体改革という限り、あるべき社会保障制度の全体像についても明確に、具体的に提示しなければならないことも当然のことではないのか。公明党が、与党が社会保障制度改革の全体像を示すなら協議に応じるとしているのも、その通りではないのか。民主党がかねがね訴えてきた年金一元化のテーマを含めてその全体像をできる限り具体的に示すべきである。それができないでどうして野党と議論が始められるのか。

国会議員定数削減についても同じだ。前原政調会長は削減案は国会全体の問題であるから民主党案を提示することは避けたいようなことを言っていたがそれはおかしい。この問題こそ民主党がかねがね公約として主張してきた、比例区中心削減案を正々堂々提出したらいいのである。小政党の大反対があろうとなかろうと、党内の反対があろうとどうしてそれができないのか。これこそ国会で、国民の前でそれぞれの党の言い分を聞いてもらい国民の判断を得るべきことだ。仮の話、採決に至らなくてもいい。その問題に関してそれぞれの党がどんなスタンスで臨んだかを知ってもらえばいいのである。次の解散総選挙の時、それは国民がどの党を選ぶかの重大な参考ポイントになる。

これから国会解散前にやっておくべきこととして、社会保障と税の一体改革、国会改革、行政改革、経済成長政策と並んでもう一つ大きな争点になることがある。それはあの大阪都構想をめぐることだ。次回大阪維新の会は総選挙で200人の議員を確保をめざしているという。それが実現できるかどうか分からないが、問題はそれは一大阪府の問題でなく、国家の構造を根本的に変革する、地方分権、道州制導入というテーマなのだ。

この問題についても野田首相関心はあると表明しているものの、その後なんら具体的な取り組みの姿勢を示していない。担当の川端達夫総務相などひどいもので、閣議後会見で、大阪都構想について「今の法体系ではそういうことが想定されていないのも事実。どういう議論をして、我々にどういう話があるのかわからない。大きな関心事だが、事態を見守りたい」と述べている。なんということか。どうしてその問題こそ、民主党政権発足後原口総務大臣を中心として取り組んできた問題であったと宣言し、それが具体的に「道州制」という言葉を使うかどうかは別にして、今こそ地方分権化問題への積極的取り組みの姿勢、具体的なアプローチ案を提示しないのかである。これも重要な民主党政権公約であったはずのテーマなのだ。

このように見てくると、今の政治の大混乱の責任はひとえに野田総理のリーダシップ欠如、無定見、つまるところ政治センスの欠如、無能力にあると言っていい。

自公両党を含むあらゆる野党の政治責任ももちろん大きい。が、かれらに好き放題の攻撃材料を与えてしまっている政権与党中枢の責任はまことに大きいと言わざるをえない。

tad

関係記事:

一体改革 協議の進め方で議論:nhk
政権の広告塔・岡田副総理、“勇み足”発言で野党から集中砲火も:sankei
定数削減、民主単独の法案提出に否定的…前原氏:yomiuri
協議すら応じぬ野党、「理解できない」と岡田氏:yomiuri
維新の会、200議席確保へ準備 次期衆院選:asahi
自民が道州制勉強会設置へ 大阪都構想も視野に:asahi
大阪都構想「具体的に検討する」 野田首相:asahi

両目に眼帯の野田首相

野田首相が片目に眼帯を掛けて記者の前に現れ、改めて消費税増税に関して与野党協議を自公両党に迫った。目のけがはお気の毒なことであり、こんなことを、政局になぞらえて論評するのは気がひけることだ。しかし、なにしろ首相は国家経営の最高指令塔であり、国家の命運を握っておられる方、以下のようなうがった見方もお許しいただきたいのである。

昨日のBLOGでは、消費税アップはいずれ必須の案件であることは認めるが、その前に、やるべきこと、税と社会保障の一体改革というより、それも含めて国家の体制、統治機構との一体改革が必要なのではないかという趣旨述べたわけだ。それこそが単なる議員数削減でない、国会改革であり、行政改革なのだ。

今朝はもっと現実的なことだ。野田首相、消費税増案実現への展望が開けず、一番肝心の与党民主党内でコンセンサスがえられていない現実をいかにも軽視していることに驚きを感じるのである。昨日も小沢氏系議員が集まって、現段階での消費税アップに反対の声をあげていたが、その理由、根拠には多々耳を傾けるべきものがある。

ところがその片目の野田首相、そうした党内の強固な反対論を意識したのであろう、「今や、民主党が崖っぷちなのではなく、日本崖っぷちなのだ」と、党内の反対論など、意に介せず、自公に増税のための協議を始めることを求めたのであった。一見それは極めてまともな行動であるかのような印象を与えるところが困るのである。

もちろんそれを受けた自公両党、従来通り、煮え切らない態度でそれを受け止め、協議自体は拒否するという態度で終始している。それについては、世論も厳しく彼らを批判しているのは分かっているが、そうせざるをえない。その方が結果得だと計算しているからだ。

それはそうだろう。与党民主党内で意見が割れていることに、野党が賛成に回って法案成立ともなれば、それは野田政権の手柄、結果的には民主党政権の延命につながるという読みがあるからだろう。だからそんな呼びかけに応じるわけがないのである。

そこで追い込まれた野田総理、昨日は増税法案を衆院で強行採決をして、参議院に回し、野党がそれに反対に回る姿を国民にみてもらうのも一つの方法かな、などと言い出した。それがさらに野党の反発を買う結果になることなど自明のことなのにである。

そもそもそれができるくらいなら、誰も苦労しない。たしかに肝心の衆院で民主党は多数を占めているが、党内の意見が真っ二つの状況で、増税法案が衆院で通りそうにないから問題なのだ。参院でのねじれの上、衆院でもそういう状況なのだから、片目どころか両目とも眼帯でふさがれた状況なのである。

それでもがんばる野田首相の政治的信念はすばらしいと支持する世論もなくはないが、私はそれはやはり所詮「書生論」にしか過ぎないと思う。

政治は国家国民のためのものであって、民主党のものでない、自民党のものでもないと言いたいのだろうが、そんな分かりきったことをおっしゃらないでと言いたい。なぜ先の国政選挙で国民が民主党に政権をゆだねたのか。あの長い自公の政権にうんざりし、限界を感じ、民主党の公約マニフェスト実現を願ったからなのだ。

それがいいとか悪いとか言うが、それが政党政治というものの基本であり、民主主義政治制度の基本ということであろう。それが政党政治の基本であり、今後ともそれが成り立たなくては今後日本の民主主義政治など成り立たなくなる。

民主党の増税反対派が、あの選挙での公約の原点に帰るべきだと主張しているのは至極当然のことであって、それを根拠に増税案に反対するのは筋が通っていることだと思う。それと並行して財政大赤字をいかに解消するかのことは当然論じられるべきことである。

それがいつのまにか話がすり替わり、党内で賛成が得られないのなら、反対派を切り捨てて、元々それを公約に掲げていた野党と組もうなどというスタンスそのものが間違っているのではないか。たしかに組もうとまでは言っていないが、もともとあなた達の主張に近いのだから賛成してくれと言っているのだ。

それを受けて自民党がそれについて、それが与党、内閣で一致して決まった法案なら、事前協議もなにも必要なし、それを国会に提案してもらいそれを議論すればいい話、と主張しているのだ。これまたあながち間違ったことは言ってはいない。

ところがそれができないというのは、野田氏、首相というより、民主党代表たる資格がないという証拠であって、そもそもそんな人を代表に担いでいる民主党がおかしいのである。自公はそれを選挙で国民に見せたいのだ。それ自体政党政治としては当然あってしかるべき戦術ではないのか。

そういう意味でも、まずはのコンセンサスをはかる努力を最大限しないで、最近はとにかく野党協議のことばかりをいう野田首相のスタンスに大きな疑問を感じるようになってきた。

自公はいうまでもずるい。自分達がさんざんやってきた政治スタイルを棚のあげて、民主党の政権担当能力のなさばかりつくのは実におかしい。しかしそうされてもおかしくないそれ以上の矛盾と隙を見せ続けているのが現在の与党民主党であることは否定すべくもない。

tad

関係記事:

増税否決なら解散 野田首相、野党を牽制:asahi
消費増税「やり抜いて民意問う」…首相:yomiuri
谷垣総裁 談合的姿勢には反対:nhk
山口代表 法案けん制は穏当でない:nhk
小沢氏“公約の原点に返るべき”:nhk
野田改造内閣が発足し、野田首相、岡田氏を副総理に取り込むことで増税のために最強の布陣ができたと悦に入ってる感がある。岡田氏も自信満々、消費税増税など自分が代表の頃から主張していたこと、それに向かって進むことに一体なんの疑問があろうか表明している。

二人ともここまでくれば、党内最大の反対勢力小沢グループにもそこそこ人事面で配慮したし、第一小沢氏自身4月の裁判結果が出るまで、大きな動きはできまいという読みなのだ。万が一与党内が大きく割れても与党民主党が分裂しようがどうなろうが、増税路線めざしてまっしぐら、野党の反対抵抗は元より承知の上、場合によっては解散総選挙も覚悟の上というスタンスなのだ。

野田首相のその心意気をよしとする世論もなくはないが、直近の新聞社、NHKなどの世論調査は概してそうした野田首相の思いをもっと冷静に見ているようだ。各種世論調査でも内閣支持、不支持は完全に逆転し、今や不支持は50%以上支持は30%台となってきている。消費税アップの法案を国会に出したしてもそれがすんなり通る確率は極めて低い。結局は解散総選挙でその信を問うということになりそうだ。

その場合、民主党はもちろん真っ二つに割れてしまう。それはしかたないとして、では自民党が民主党に代って単独過半数が取れるかとなるとどうやらそれも無理のよう。世論調査でも政党支持率自体、民主党と並ぶかまたは逆転している場合も多々見られる。結局解散総選挙が生み出すのは政治の大混乱だ。増税どころの騒ぎではなくなる。

そのことを野田首相、岡田副首相の二人はどれだけ分かっているのかである。仮にそうなってもそれをめざすのが、自分達の政治的使命だなどと粋がるのはやめてもらいたいのである。

そもそも増税、消費税アップという大きな流れに世論とて必ずしも反対してないのだ。大雑把にみて50%反対、賛成40%だが、反対派の真意は、増税の前にやるべきことをやれば、賛成だと言う派がおそらくその60%を超える。民主党内の反対派議員も同じだ。もうあれだけ完全なマニフェスト破りの修復はもはや修復し難いがそれでも、その見直し、再編の総括ををやった上で、増税を言うのならいいが、それを一切言わないでとにかく増税を言うのは間違いだという主張自体は正しいのではないか。

第一増税だけで財源が確保できるわけでない。もっと重要なのは、本来経済成長による税収アップで財源を確保するのが本筋だという主張の一体どこが間違っているのだろうか。それが短期的にも長期的にもまず財政赤字脱却の基本的戦略だという考えは絶対正しいはずだ。

これもおそらく圧倒的民意のようだが、目先的には増税の前に国会議員の削減と公務員改革、給与削減をやるべしということなのだ。どうして野田首相は、それに関する法案提出を増税案に先駆けて提出することを明言しないのだろうか。それに与野党がどう反応するかも解散選挙になる前に是非国民に見せておいて欲しいということだ。政府提出それは民主党の公約に近い比例区を中心にした削減案になるのだろうが、増税法案の前にまずはそれを国会に提出することだ。

その中身の議論は当然あってしかるべきだが、その提出自体を阻むような野党こそ、もはや偽ものの政党なのである。これがまずどうなるか、削減案に与野党がどういう反応をするか、議論をするかまずは見てみたい、聞いてみたいものだ。

ただ本来もっと大切なことがある。増税法案提出の前にもう一つ重要なテーマの整理をしておくべきことがある。野田首相、それは「税と社会保障の一体改革」がテーマだとしているが、それは必ずしも全面的に正しいわけでない。

今やそれは「税と社会保障の一体改革」というより、「税と国家体制の一体改革」というのがメインテーマとなっているのではないか。どんな社会保障制度にするかはもちろん主要テーマだが、その前にもっと根本的な、そもそもこの国を一体どんな形にするのか、どういう国家構造にするのかというテーマを論じることこそが先ではないのか。

政治の目的はこの国を一体どんな国にするのかを決め、その方向に向けて国家のあらゆる政策をそれに向け誘導することだろう。税金を上げるかどうするかなどむしろ単なる手段論、方法論にすぎないのである。どんな国の形にするか、中央集権なのか、それとも道州制を中心とする分権国家なのかなどによって、社会保障制度がどんなものになるかも決まってくるしその財源論、税体系のことも決まってくるはずなのだ。

今やそれが最大の政治テーマである直近の大阪や愛知での知事選、市長選の結果が示していることだ。次の総選挙では橋下大阪維新の会が大躍進が予想されているが、橋下氏が提起していることは別に大阪を都にするかどうかだけでない。その主張の先には、道州制の導入というまさに国家構造の根本的変革というテーマが存在しているのだ。

そのテーマ自体も元々、民主党の地域主権確立というにもあったはず。どうして野田首相も岡田副首相もそのことの意味する内容を増税論と絡めて持ち出さないのか理解に苦しむのである。そもそも税と社会保障の一体改革ではない。むしろ税と国家体制の一体改革と言い換えた方が、その中身の大きさ、重要さがはっきりするのではないのか。どんな社会保障体制にするかも、その国家体制がどうなるかをまず論じないで、どうして決まるのだろうか。

野田首相は記者会見の中でも橋下氏などの改革運動について、スター政治だとか、劇場型などと筋違いの批判を口にしていたが、一体なにをどう理解しているのだろうか。その中身はともかく、維新の会をはじめとするこの地方分権化へのうねりの政治的意味をあまり理解されていないようだ。岡田氏自身も同じである。菅政権の幹事長時代に愛知知事選、出直し名古屋市長選などで完敗したことの意味が全く分かっていないように見える。

いやお二人ともそんなことはない、地方分権も重要テーマだとおしゃるのなら、どうしてこの地方分権、道州制導入などのテーマについて、税と社会保障改革と並んで、というよりむしろ優先的にこのテーマを論じるスタンスをお持ちでないのだろうか。

増税するかどうかなど、要するに一手段論、方法論にしかすぎないのである。国家財政破綻をさけるために増税が必要だという主張を間違いとは言わぬが、まずはその前に今一度この国家構造論の主要テーマとして論点を整理する必要があるのはないか。

この国をどういう形で統治するのか、そのことこそが今政治の世界で論じられるべき最大のテーマではないのか。国会議員削減がどうのこうのも本来そのことを考えないでやってもあまり意味がない。そもそも国費を減らすために議員数削減が必要だなどいう論自体がおかしいのだ。中央集権をやめ分権化が進めば、そもそも国会の仕事も、行政の仕事も減るのである。そのことを論じないで、ただ減らせ減らさぬの議論が成り立つわけがないのである。

まずは議員たるもの自ら身を切ることが大切だなどという精神論など実は全くなんの意味も論理もないのだ。

そうではない。国家運営のためには中央集権体制を改革し地方分権、例えば道州制を導入するべしという議論がまずなされるべきなのである。それと並んで地方議会の議員などみなボランテイア化すべしという議論も大いになされる必要がある。そうした総合的政治改革、行政改革があって初めて、国会改革、行政改革にもつながってくるのである。

そのことのためにもまず10%公務員の給与を減らすのだという議論が先にあってもおかしくはないが、それは大きくは将来の国家体制、地方自治体の形をこうするのだという国家構造改革論と連動していなければ意味がないのである。

あれこれ議論が拡散してしまったが、最後に重要な論点を再度整理しておく。

・野田首相が社会保障体制を維持し、国家財政破綻を防ぐために増税が必要であるという考え自体が間違いであるなどと誰も思っていない。世界から日本という国家について信頼を獲得するためにも、財政改革が必要であること、できるだけ早い時期にそうすることを想定すること自体が必要であることもわかる。

・ただ問題は財源をどう確保するかであって、そのため増税だけがその手段、方法でないことなど自明のことだ。国家運営のための財源確保はなにも増税に頼ることだけでない。それは本来国家経済を持続的に成長させることで税収を上げ、それで必要な財源を確保するべきだという方法論がもっと論じられてしかるべきなのだ。野田首相、岡田副首相はどうしてこの経済成長論の必要性、意味をもっと訴えないのか。

・税と社会保障の一体改革というが、社会保障体制がどうなるこうなる以前に国家と国民の関係のあり方そのもの、中央政府と地方政治、自治体の関係をどう再構築するかの問題であるはずだ。今それが大阪、愛知などで地方分権というテーマで浮上していることは衆知の通りだ。

・それは単に大阪、愛知の地方自治の形をどうするかの問題ではない。日本中の県、市町村の自治体行政のありかた、県、市町村の議会のあり方、それと中央政治の関係のあり方など、国家構造そのものの再編がメインテーマとして論じられるべき時が来ているのだ。
・そもそも政治の地方分権化の問題を論じることなく、国会の議員定数削減、国家公務員改革などのテーマが論じられるわけがないのだ。

・たしかに国会議員削減、公務員改革に手を染めることなく、増税など受け入れられないという国民感情にも理がある。野田政権はまずその具体的提案を国会に提起すべきである但しそれはその前提として上記の大きな国家構造再編論がまずあってしかるべきでることは言うまでもあるまい。

・こうした大きなテーマを時間を掛けてじっくり国民の前で議論し、論点を整理して国民に提示することが今求められているのである。増税が認められなければ党が割れようとどうなろうと国会を解散して民を問うなどということ自体が大間違い、それは結果として政治的大混乱に結びつくことは必定だ。それはまずは避けるべきことではないのか。

・野田首相が増税の必要性を訴えるのはよしとしよう。ただしその前提なるべき上記のような条件を整えるべく論点を整理し、与野党を巻き込み、それぞれ与野党の主義主張を提示した上で解散総選挙すべきなのである。でないと、国民は一体どの党をどういう政策を選ぶことが一番いいのかについて判断しようがないのである。

それが野田政権に与えられた役目と心得るべきだ。現在のようにただ増税路線まっしぐらのスタンスを押し通すのなら、与党内から再び倒閣運動が起こるのもやむをえまい。それは結果として政治をさらに混迷させ、群雄割拠の政治体制を作る結果となる。増税も公務員改革もはたまた社会保障制度の改革もなにもできずただただ大混乱を生じさせることになるだろう。

tad

関係記事:

費増税案に反対57%、賛成34% 朝日新聞世論調査:asahi
内閣支持率横ばい37% 改造効果薄く :nikkei]
内閣支持率37%に下落:yomiuri
朝日新聞は、小沢氏裁判の被告人質問が終った13日、「小沢氏公判―政治家失格は明らかだ」と題する社説を掲載した。その中身については、全文読むまのでもなく容易に想像できる。しかし、まずはじっくりお読みになり、これが法治国家なる国家を代表するマスコミの書くこととして妥当なのかどうか判断いただきたいことだ。

この社説で朝日社説が書いていることは特に目新しいことなど皆無である。一番のポイントは他のTV局にも登場したコメンテータ達が言うのと同じ、要するに5億円の出所がますます不明になったという点だ。それが全てであって、だからあやしい、おかしい、ますます不信が増大したの繰り返しに過ぎない。朝日の社説で一番ひどいのは、3人の秘書が一審で有罪判決を受けたということを根拠に、小沢氏がそれにからんだかは別にしてその監督責任があることは明白だ、それだけで政治家として失格だとしているところである。
第一三人の秘書が有罪だとどうして決めてかかるのか。それは一審の判決に過ぎない。あの一審判決のひどさと言ったらないが、いずれにせよ、それは司法が決めること、これから高裁そして最高裁の裁判があり、それで有罪が確定するかもしれないし、無罪判決も十分ありうるのだ。一審判決が有罪だから、お前ら罪人だと決めつけ、それに連座する小沢氏の責任は、小沢氏自身の裁判の行方はともかく、その政治的責任は大きいという論理なのだ。

朝日に限らず、如月さんがBLOGで書いておられるように、日本のマスコミは日経新聞を除いて総じて小沢氏を頭から有罪と決めつける報道姿勢を貫いてきている。検察のリーク情報を元に連日そうした姿勢の報道をやってきた連中、ありていにいえば小沢氏に無罪を勝ち取られたら困るのである。

朝日の社説はこの2日間の公判の様子を、一方的に観測した上で、『「小沢氏は検察にはめられたのだ」と主張してきた人々は、これでもなお小沢氏を擁護するのだろうか。』と書いている。これでもなおとは、一体どういうことか。小沢氏の有罪はもう確定したとでも言うのか。

そうした人々、いやおそらくそうした人々とは小沢氏を治家として応援するとかなんとかでなく、要するに日本の検察の在り方、検察審査会なる制度自体に根本的な疑問を持つ人々なのだ。そうした人々が実はまさに実際にその具体的アクションを起こしているのだ。
この朝日の社説が出た前日12日に、八木啓代氏が代表をつとめる「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」が、30人の連名で、最高検に、小沢氏強制起訴を行った検察審査会に虚偽の報告書を提出した田代検事の刑事告発状をを提出している。その告発状をじっくりお読みいただければその中身は分かるが、告発状に提示された犯罪容疑はふたつある。
 
・第一は、検察審査会に出す証拠を隠すことで検審審査を誤誘導した容疑での被疑者不詳による偽計業務妨害罪。
 
・第二は、石川議員取調べで、検審提出のため事実と異なる報告書を作成した容疑での田代検事に対する虚偽有印公文書作成罪および同行使罪。

要するに検察審査会への報告に当ってプロの検察が立件できなかったような取調べの実情についてなんら記載しなかったこと、石川議員の取調べの内容を事実とことなって報告したことである。それは検事ととしてはあるまじきことなのだが、なにしろ告発状提出先の最高検察庁、これこそ、それ自体が告発対象になっているという前代未聞のことなのだ。その二つの事実は今の裁判の中で証拠として採用される可能性が高いとされているようだ。もしそうなるとそれが裁判自体に与える影響がはかりしれないものになることは明白である。

最高検察庁がこの告発をどう扱うかわからないが、そのこと自体検察当局が立件できないような案件を検察審査会なるものを使って立件し犯罪人を作ろうという意図が検察庁側にあったといわれてもしかたがないところがある。この告発はまさに朝日のいう「小沢氏は検察にはめられたのだという主張する人々」のその具体的アクションなのである。

朝日を始め日本の主たるマスコミはこの市民団体による田代検事告発の事実を当然知りながらそのことは殆ど報道していない。私も実はそのことを知ったのは、昨日になってからのことである。私などネットでマスコミのニュースでなく個人、市民団体のBLOGで知ることができたのである。

この告発に最高検察庁自体がどう応えるか非常に興味のあるところである。さらにマスコミがどう応えるかについてはもっと大きな興味がつきない。仮に仮にである、検察庁がそれを受け、立件したとしたら、その時それについてマスコミは一体どう報道するのだろうか。

朝日何食わぬ顔で、平然と、一転してあの村木事件と同じように、検察けしからんの論調に転じるのであろう。

tad

関係記事:

小沢氏公判―政治家失格は明らかだ:asahi
最高検に告発状を提出いたしました:nobuyoyagi
告発状:pdf
如月氏BLOG:jogetu
2日前だったか安住淳財務相がガイトナー米財務長官にイランへの追加経済制裁措置として原油輸入削減を表明したことが報じられた時、「ええっ!」と驚いたものだ。が、藤村官房長官が記者会見で「あれは財務相の個人的見解」と否定していたので「さもありなん、そんな重大な決定がなされたら大変だ」と思っていたからだ。

不思議だったのは、丁度改造内閣の話題が中心で、その重大事項をマスコミも大きくとりあげなかったし、野党からも目立った反応がなかったことだ。今回の内閣改造は消費税増税をめぐってそれを強力に推し進めようという野田首相の意図で行われたこと、消費税増税に賛成か、反対かは別にしてその問題自体、いずれにせよ今日、明日の問題でない。これからも時間を掛けて与野党を巻きこんで議論が展開される政治的課題なのだ。第一増税かどうかは国内問題、別にそれがどうなろうと外国、特に同盟国アメリカに迷惑をかけることもない。

一方言うまでもなくこのイラン追加経済制裁措置は完全な外交案件、さらにそれは国民の生活を直撃するエネルギー問題なのだ。原油価格の高騰が再び始まろうという最中、さらに国内の殆どの原発が止まっている状況もあって、イランからの原油輸入がストップしたら、即深刻なエネルギー問題になることなど、誰が考えてもわかることだ。

その時にあの安住発言である。まさかと思っていたが、その後昨日の記者会見でも、野田首相、改造内閣のことに加えて、この安住発言は個人的見解で内閣の統一見解でないと否定したのを聞いてまずはいい。さらに肝心の玄葉光一郎外相が安住発言に不快感を表明したそうだ。当然だろう。しかしそれで済ませていい問題ではない。

あの安住なる人物、先の菅内閣の国会対策委員長時代からその言動をどうも軽い。なぜあんな人物を野田首相が財務相などという極めて重いポストに起用したのかご疑問に思っていたが、今回のことでその軽さがまさに露呈した感がある。

再度言うがこの件、なによりもまずは外交、防衛問題なのである。首相や外務大臣、防衛大臣がアメリカが提案している制裁措置をどのように考え、どう対処するか当然考えているはず。それを確かめもせず、所轄でない問題についてよくもまああんな簡単にものが言えるものだ。

日本にとってはアメリカは同盟国、アメリカの要求はそれがなんであれ、慎重に配慮しなければならない。しかしその一方でそれは重大なエネルギー問題、もしアメリカの言うとおりにしたら、それは国民の生活自体に長期にわたって悪影響を与える可能性が高い。第一それは玄葉外相が言う通り、かえってイランを利する結果になりはしないかということもある。アメリカ自体はこの制裁措置をしても、原油供給で困ることはないかもしれないが、日本は大いに困るのだ。アメリカとて、日本の立場は分かっているはず、そのことを伝え、日本には日本の対応があることに理解を求めるなど当たり前のことではないか。いや、それがどんな形であれ、日本の経済が深刻な影響を受けることも覚悟の上で、同盟国アメリカの言うとおりにするのだという覚悟があるのなら話は別だ。そんな合意が政府内にあるなどと首相自身、外相もまだ表明していない。そのはずである。

そんな状況の中であの安住氏、一体なにを考えているのだろうか。不思議なのは野党もこれにたいして不信の声をあげたり、問題に関して野田首相の内閣不一致の責任を追及したりしていないことだ。マスコミだって、その不一致ぶりを報道することはあっても、その首相の重大な責任を追及する論評を展開しないのか疑問を感じる。

このような外交問題の不一致ぶりは国家の信用問題に関わることだ。こんな問題にこそ野党はただちに問責決議を提出を検討すべきだし、野田首相自身そんな批判を受ける前に、こんな愚かな財務相は直ちに更迭する位の決意を示すべきではないのか。それが政府の統一見解ではない程度のことで済ませられる問題ではないはずだ。

日本はアメリカの属国ではない。イランを含めてアラブの石油の安定的な確保は、重要なエネルギー問題であり、広義の国家安全の問題でもあるのだ。日米安保、同盟関係の維持と並行して考えなければならない問題のはずである。この問題でアメリカの言うとおりになるわけにはいかないのである。

米国隷属の外交を展開してきた自民党がこの問題を見て見ぬふりをするところがダメなのだ。もちろん、こんな不一致を内外に露呈する民主党政権ももちろん話にならない。この問題にどう対処したらいいのか、これも与野党を超えたもっと真剣な議論を国会で始めるべきではないのか。

tad

関係記事:

イラン原油輸入削減で早くも足並みの乱れ 首相、外相が財務相発言打ち消し:sankei
安住 淳:Wikipedia

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事