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内閣支持率急落、支持・不支持が逆転する中で、野田首相危機感を感じたのだろう。街頭演説までやって、増税の必要性を訴えているそうだ。野田首相もちろんそれとともに、改めて行政改革による歳出削減が必要なことは強調しているが、どうもそれについては説得力は乏しい面は否めない。党内には小沢グループを中心とする増税反対の声が根強いが、野田首相、場合によってはそれも強行突破して、増税に政治生命をかけるつもりのようなのだ。そして小沢氏は公然と野田首相の路線を、党の公約違反だと批判し始めた。 こうした状況を見て、マスコミはまた小沢グループがいつものように権力争い、党内抗争が始めたかとニュースショーなどでもさかんにた取り上げだした。話をそのように矮小化してしまうところが情けない。まさにこの問題、どう決着するかが、今後のこの国の行き末を大きく左右するのだ。 そもそも先の参議院の選挙で菅前首相があの消費税増税発言で大敗の原因を作ったのが、今日の混乱の始まりであった。鳩山内閣で財務大臣を務めていた菅氏が、財務省官僚の影響を受けたのだろう、まさに突然選挙前に消費税増税論を持ち出したことがそもそも大間違いの始まりだったのだ。民主党のボタンのかけ違いはそれによって始まったと言ってよい。 もちろん鳩山前首相の政治とカネの問題、普天間基地移転問題での迷走があって、民主党への支持下落となったことは事実だ。ただ、それについては当時の鳩山首相、きちんとけじめをつけ、小沢幹事長ともども辞任した。それ自体が民主党の支持率低下につながったことはまちがいないが、しかしそれを菅氏が引き継いだ時点では大いなる回復をみせていた。それがどうして参議院選大敗、そして今の国会ねじれ現象を作りだしたか、その主な原因は菅氏の選挙直前におけるあの消費税増税論であった。国民のあまりの反発に懸命にいいわけをしたものの、それが国民不信につながり、参院選大敗の原因となったことは明白だ。 あの当時も党内からそれを言うのは公約違反だという声があったが、菅氏を引き継いだ野田氏もこれまた財務省官僚の影響であろう。増税論を全面に押しし、それに政治生命をかけると宣言しているのだ。 もちろん財政赤字解消の必要性は十分承知している。それとこれからの社会保障費増大に伴う財源の確保、そのためには、民主党内を含めて将来、それも近い将来である、あらゆる歳出削減策を実行し、そしてよりよい社会保障制度、年金制度を国民に提示した上で、消費税増税を打ち出すという公約であったはずである。たしかそのことも当時の鳩山、小沢両氏の間でも議論が戦わされた結果であったと理解している。鳩山氏もそのことを了承し、そのように説明していたと記憶する。それが公約であったはずだ。 もちろん政権奪取後歳出削減、行政改革が予想以上に困難なこと、当初想定していた以上に財源をねん出することが難しいが判明したことはその通りであった。しかしあの事業仕分け事業などを含めてやるべきこと、やるべきことの方向性はある程度打ち出せたはずだ。それはそれまでの政権と比べても大きな前進であったはずだ。 ところが、ところがである、あの選挙大敗、そしてねじれ現象の結果、その野党勢力が大きく増えた結果、なにをやってもなにを言っても、公約破りのレッテルを貼られる結果となってしまったのだ。それもこれもあの政治的センスというか、時期を心得ない菅氏の消費税増税発言に端を発しているのである。 困ったことに野田首相も菅氏とある意味同じ轍を踏もう、いやすでに踏んでいるのだ。増税が必要であることは言っていい。が、その前にまずやるべきことをやってからだとどうして明確に宣言できないのか、それが不思議なのだ。そのやることとは何かは、もちろん何も目新しいことでなく、行革であり、公務員改革であり、それに関わる経費削減なのだ。さらに政治改革、国会議員削減もおおきな柱の一つである。どうしてその具体的な内容を内閣の責任においてつめ、まずこれをやりますと宣言し。その実行に掛らないのか。もちろんそれが至難の業であることは分る。しかしそれに一体どこのどの党が明確に反対するというのだろうか。これこそ誰も世論の手前、正面切って反対することなどできないはずだ。 小沢氏グループがこの段階で消費税増税をいうのは公約違反だと主張して、反対の立場を鮮明にしているのは当然だ。ただその公約違反ということの内容をもっと具体的に示すべきではないのか。行革の具体的な内容だ。国会議員の定数削減問題もみずから率先してその内容を具体的に提案すべきでないのか。で、ないとその説得性にかける。 しかもこの行革、国会改革の問題は、今問題となっているもう一つの大きな政治テーマ、地方主権推進の問題と無関係ではない。それは地方主権を推し進める一方で、中央政府の役割を大幅に削減するということのはずだ。国の役割を防衛、外交、トータルな社会保障の運営などに特化させるというのなら、なぜあんなに多くの国会議員が必要なのか。 それこそアメリカ議会のそれのように人口比率に応じて選出される下院、例えば衆院議員100名前後、10の道州を代表する2、30名程度の上院、道州代表議員程度の人数で済むはずなのだ。 まずは、そこまでいくのはあと10年、20年掛るとして、そうした形への移行を前提としてとりあえずトータルで百名くらい削る案くらいどうして出せないのだろうか。 この議論、空論でも根拠のない抽象論でもなんでもない。時の政権の首相が決断し提案すれば国会もそれを受けざるをえない状況のはずである。消費税をあげるには国民の同意を得ること自体なかなか難しいとしても、国会議員の数百人削ることなど国民の80%はもろ手をあげて賛成するだろう。どうしてそれをやらないのか、やる気がない、やる勇気がない、そのことにつきるのではないか。それとも野田首相、国会のことは国会で決めていただきます、とでも言うおつもりか。 断っておくが、増税は必ず必要なのだ。ただその前に大行政改革そして国会改革、そして現在の社会保障制度、医療制度にまつわる無駄な経費の削減が必要であることも一般論のあるとおりなのである。 そうしたトータルな税と社会保障の一体改革、そして今やもう一つ出てきた地方分権の具体像を示すグランドデザインを誰が示せるのか、野田首相ができるのか、どの与野党政治家、そして地方の首長が出せるのか、国民は目をこらして待っているのである。 tad 関係記事: |
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大阪でのダブル選挙結果を受けて、「大阪都構想」が大きく動きだした。そのこと自体は大阪府民と市民の民意を受けてのこと、かねてより橋下新市長の選挙公約であるから特に異論はあるまい。府民も市民も少々不安があっても、そうした大きな流れで事態が動いていくことについて先の選挙でゴーサインを出したのだろう。 また選挙前、橋下氏と対立していた民主、自民、公明などの党も、都大阪都構想の具体像を決める「都構想推進協議会」の設置条例案が2月に府議会と大阪市議会に提出された場合、賛成に回る方針を固めたようだ。これでこの条例案が成立する見込みとなった。これまた民意に基づくものであって、この段階でそうした協議を始めること自体に反対する理由は何もない。どの党もその中身の議論はこれからだという意識なのだ。そこで、問題点を出し、検討していけばいいと考えているに違いない。 私自身も、都構想議論が本格的に始まることについては、大いに興味があるし、地方分権推進の立場からその推進協議会が出す結論が、その具体化につながっていくことに期待したいのだ。 ただ、この一連の動きの中で一つ大きな疑問、疑念があるのは、大阪市と、同じ政令都市堺市のことだ。松井新知事は竹山堺市長に対し、大阪府市の広域行政の一元化をめざす「府市統合本部」に堺市も参加するよう求めた。竹山市長は統合本部への参加について当初は「市議会の考え方を踏まえて対応したい」と慎重な考えを示していた。が、その後、その統合本部での議論が堺市の分割などの問題を含まないのであればという条件付きで参加を表明した。当然のことである。それは本来大阪市と大阪府の問題、直接堺市がこれに関わることでないという判断であったはずだ。 ところが、維新幹事長でもある松井一郎大阪府知事は「(分割の是非も含め)条件付きの参加はだめ」と言明したそうだ。つまり堺市分割論も大いに議論の対象になるよと言っているわけだ。これで両者の見解が食い違っていることが明らかになった。今後の動向が注目される。 松井氏にしてみれば、選挙では堺市の分割を含めた都構想について訴え支持を得たはずと言うだろう。竹山市長にしてみれば、今堺市分割の話がでることなど堺議会、及び市民が了承しているわけでないと言うに決まっているのだ。私自身今は東京都民だが、元大阪府民であり、元堺市民である。この問題には大いに興味がある。さらにこれを堺市民の立場で考えると、そうした松井新知事、橋下新大阪市長の主張はかなり強引だと感じるのである。 たしかに大阪市民の民意は問われた。しかし市民との一番の合意点は市と大阪府の二重行政、その無駄を排除するということだったはず。それはその通りだ。ところが堺市については、そもそもその二重行政という問題が存在しているのかどうかである。松井知事は堺市にある大阪府立大学のことや、堺市に乗り入れている地下鉄のことで話し合いたいと竹山市長に申し入れたそうだが、そのことが一体大阪市と府の二重行政の話とどういう共通性、接点があるのかである。 政令都市堺市ほど大きくはないが、大阪府にはその他にも大きな市町村が存在する。その中でなぜ堺市だけを大阪市と統合するのか、それによって堺市民にとって一体どのようなメリットが生まれるのか生まれないのか。そのことについて一体どんな検討がなされたのか。橋下氏や松井氏の頭の中でそれはあったかもしれないが、堺市側、行政側で一体それについてどのような検討がなされ、またそれについて市民への説明があったのかなかったのかだ。いや、実際にはそれは殆どなかったと言っていいはずだ。 いや、実はそれは大阪市民にとっても同じことのはずだ。二重行政の無駄のことはわかる。しかし一体府と市をどう構成し直すことでその無駄を省くことができるのか、その実際の具体的な検討と検証はこれからのことなのだ。市長と知事のコンビでそれを始めることは大いに結構。それが民意でもあった。大阪府と大阪市については、まあそれでよかろう。ところが堺市の場合は全くそれは存在しないのではないか。そもそもそれが民意などというレベルではないはずだ。それを堺市がいきなり都構想推進協議会に参加せよが言われて戸惑うのは当然ではないか。 橋下氏の都構想、それ自体これからの地方分権という大きな流れに沿うものであり、それが道州制導入論に結びついていくことも間違いない。いやそうあるべきだと思う。そのことについては既にBLOGでもふれた。これまたすでに述べたことだが、どうもやはり話の順序が違うのである。 橋本氏にしても、松井氏にしても、これは市と府の問題であり、それについて市民、府民の合意を得たのだからことをどんどん進めたらいい。進められるべきだと考えているようだ。果たしてそうなのか。仮にそれが府と市の問題だとしても、それは国家との関わり、周りの大阪府内の市町村との関わりの問題を避けて通れないのだ。隣接の堺市との関係をどうするかということ問題からして、それがいかに大変なことであることが露呈してきた感がある。 竹山市長は橋下氏の支援を受けて当選した。しかし、必ずしも竹山氏都構想に全面的に組みしているわけでないそうだ。いや、仮にそうであったとしても、それで、堺分割という重大な問題をそう簡単に片づけられるわけがない。堺議会、堺市民は一体今回のこの動きをなんと見ているのだろうか。私が市民なら、橋下氏がいとも簡単に大阪市と堺市を統合してしまうようなことを言ったとしたら猛烈に反発するだろう。いや多くの堺市民は今そういう心境であるに違いない。 再度いうが、私自身は地方分権という大きな流れの中での大阪都構想という考え方に異論はないのである。それが長期的には大阪府全体、大阪市さらに堺市ほかの市町村の活性化につながっていくだろうことも認めていい。 ただそれ至る前に十分なる国そして個々の自治体との見解の違いを十二分に議論し、調整して行く必要がある。それがなく、あの橋下流、松井流の強引なやり方は反発と混乱を招くだろうことは間違いがない。 今この二人に送りたい言葉は「急いては事を仕損じる」である。お二人の方はともかく、もう一人渦中の人竹山氏についてである。竹山氏は堺市長なのである。氏にはこのお二人と当然ちがった立場から発想していただく必要がある。 これはなにも大阪府のことだけでない。この大阪のことがきっかけで、今全国の都道府県、政令都市、市町村をまきこんだ新しい国の骨格を作り直すプロセスが始まろうとしているのである。その中で堺市のような立場にある政令都市は一体どのようにしたらいいか、市民と府民そして国家全体をまきこんだ議論がこれから始まることをお忘れなきようお願いしたいのである。 tad 関係記事: |
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「大阪維新の会代表の橋下徹氏は12日、次期衆院選で維新が候補者を擁立する場合、「道州制」の実現を争点に掲げる方針を明らかにした。橋下氏は大阪府と大阪、堺両市を再編する「大阪都構想」を掲げており、実現後は関西の府県を再編する「関西州」へと進むのが持論。これを踏まえて「道州制を含め、統治機構そのものを変えることが次の総選挙の大きなテーマになる。今の国の形では政策は何も決まらない」と述べた。 野田内閣の二人の閣僚が問責決議を受け、国会は早速動かなくなってしまった。野田首相はそう簡単に野党の辞任要求に応えるつもりはないようだ。それはそうだろう。辞任を簡単に認めたら、自らの求心力を急速に失うことは避けられない。それに世論は必ずしも野党のそうした動きを支持しているわけでない。ここは世論の動向を見定めながら消費税増税問題に決着をつけるまで頑張る、我慢比べだと決意したのだろう。それはそれでいい。 そうした与野党の綱引きが始まった中で、前原党政調会長が、通常国会中の解散の可能性について言及した。どうもこの人最近の言動はおかしい。本来なら党の要職に政治家として一川氏の大臣としての資質について、当の本人はもちろん野田首相、野田内閣のの足を引っ張るようなことを言うべきでない。ところが一川氏の防衛大臣の資質について根本的疑義をはさむような発言をしているのだ。 そして今回の解散可能性発言、一体どういう真意のもとに、そんな発言をするのか理解に苦しむ。今一日も早い解散を一番望んでいるのは、自公両党である。与党民主党にとっては最悪のタイミングだ。 いや、ここでのポイントは、それが選挙を控えて、それがどちらに有利か不利かということ、どちらに風が吹いているのか、ではない。仮に今解散になったとして一体国家、国民にとって、一体どういう理由があって、与党民主党を再度選ぶのか、それとも自公政権の復活を選ぶのか、それともくだんの橋下維新の会を中心とする第三の新興勢力を選ぶのか、迷うところだ。 迷う迷わないもない。与野党の政策、マニフェスト、国家ビジョンといったものがそれぞれ現在一体どうなっているのかという問題整理、論点整理が本当にできているのかいないのか、それが一番問題なのだ。民主党はもちろんバラバラ何が一体どうなっているかわからない。自民党、ただ民主党がバラバラだというだけで自民党自体とてそれについては大同小異なのだ。 そうした各政党の重要政策について論点整理ができていないまま、一体何を争点として選挙を戦うのか。前原氏がそれについて、なんの言及もないまま、ただ野党けん制のため総選挙の可能性について言及するのはまさに無責任といわざるをえない。氏の政調会長としての、税と社会保障の一体改革、最近浮上した、大阪の都構想、そしてそれに関わる道州制問題など氏自身の見解、党としての方向性など聞いたことがない。それが無くして何が解散総選挙か。 大阪のダブル選挙で橋下氏率いる橋下維新の会が大きく勢力を伸ばしたことでこれからの政治の世界、日本全体の政治が一体どのような方向に向かうのを決める大きな力となったことは間違いない。というか、それがまさにこれからの政治の最大大のポイントとなった。 私自身はずっと橋下氏が唱える「都構想」のことだけが議論される状況をずっとおかしいと思ってきたし、そのように発言してきた。いや、実際にはそれは単に大阪府だけの問題でなく、すでに愛知県にも全く同じ問題があったはずだ。それはまさにこれからの日本の国家全体の政治統治の形を決める問題である。その言葉の内容の議論はともかく、それはまさに日本が「道州制」導入に向かって進むのか、進まないのかという問題なのだ。その議論を横においたまま、大阪の「都構想」の是非を議論するなどできようがないということだ。橋下氏は「都構想」ができたら「関西州」に進むなどと発言しているが、関西州はもちろん日本全国の統治の形がどうなるのか、どうすべきかの議論がまず先決であることなどいうまでないことだ。 案の上、昨日橋下新市長がこの「都構想」は「道州制」の問題そのものであり、まず国家としてこのテーマを論じることが先決だという趣旨の発言をされていた。今話題になっている、消費税増税問題など、単なる対症療法的なものであって、この国家のあり方、統治の形を論じない、決めないで財政再建、そんための消費税アップのことを論じてもしょうがないではないかという趣旨だった。まことにその通りではないか。 橋下市長誕生を受けて与野党各党はさかんに秋波を送ったり、都構想自体に理解を示したり、疑問を示したりしているが、どちらかというと、与党民主党の方が、それに距離をおくような発言が多いのは一体なんとしたことか。野党自民党の方は当然のことながら次回選挙のことを考え、橋下維新の会との連携を示唆するようなアプローチが目立つのだ。おかしな話である。 思い出していただきたい。民主党が政権を取った直後の鳩山内閣時代は、原口一博元総務大臣を中心として、地方分権化を推進する動きが明確にあった。原口氏はその内容、具体論に違いはあっても、大きく地方分権化を推進するべく、名古屋の河村市長、大阪の橋下知事などとの連携というか、彼らとともに地方分権の具体像を模索していた。それがどういうわけか、菅内閣、政権になってから、話の中心が消費税増税論に移ってしまい、地方分権のテーマがどこかへ行ってしまった感があるのだ。いや、むしろ愛知の河村・大村連合、大阪の橋下維新の会などと対立する軸を作ってしまったかの印象を作ってしまった。民主党現政権は今もその空気を引きずっているようであり、それがおかしいのである。 その点自民党はその点では民主党の一歩も二歩も上を行っている。大阪でのダブル選挙では同じように維新の会と対立したはずの自民党だった。が、選挙後はするすると橋下維新の会にすり寄り、「都構想」推進の協力の言及すら始めたという図式なのだ。きたるべき解散総選挙ではそれが有利に働くことを読んでの動きであることなど言うまでもあるまい。 再度いう。これから総選挙で争うべき中心テーマは「都構想」などでなく、ましてや橋下市長の言うように「消費税」増税ではない。「道州制」という言葉に象徴されるように国家の形を決めることがその中心テーマなのだ。今あるべき社会保障制度をめぐって国と地方の見解が対立としているという:ニュースもあったが、まさにそうなのである。その社会保障に関わる経費を中央政府と地方自治体が一体どのように負担するか、負担を分け合うかなどの議論はそもそもこれから地方分権をどう進めるのか進めないのかという議論そのものなのだ。 国家の政権を担当する民主党、野田内閣がこうした地方分権論についての論点、具体策を明示しないまま、ただ消費税増税だけを争点にして民意を問うなどあってはならぬことだ。税と社会保障の一体改革の問題はもちろん重要だ。しかしもっと大きな根幹の問題は、これからの国家の統治の形、「道州制」論を含めた地方分権をどう進めるのか進めないのである。さらにそれぞれの党がこれをどう進めるか、そのことが明確な具体論として国民の前に示されることがもっと重要なのである。 次の選挙の争点は明確になった。それはまず第一に国家のあるべき統治の形、地方分権の具体論だ。そしてそれと関連して、税と社会保障の一体改革論なのだ。 tad 関係記事: |
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昨日日曜日午後4時たまたまフジTVの「THE GOLDEN BATTLE トップアスリートが対決!絶対にありえない4番勝負」なる番組を見た。いや、こんなおもしろい番組久しぶりに見た。プロゴルフVS女子サッカー(タイガーウッズ・澤穂希)、ボクシングVS卓球(亀田興毅・小野誠)、野球VSソフトボール(野村野村克也監督率いるプロ野球選手・上野由岐子)それぞれの分野の一流中の一流プロフェッショナルの運動能力、反射神経の戦いである。 この番組の企画はすばらしいが、こんな番組に出るプロフェショナル達もえらい。そんな番組で運動能力だ、反射神経だので争って、勝てばいいが、負けたら自らの能力についてのイメージダウンにつながりかねない、それよりもそれぞれやっているスポーツ界全体のイメージダウンになりかねないことだ。にも関わらずそれに出て、あえて、その本来のスポーツ競技そのもので、そこで使うほんの一部、特定の運動能力を試す競争をやってみることは、もちろんカネのためでもなく、名誉のためでもなく、それ自体をやってみることに意義を見出しているからだろう。結果的にそれぞれの自分の競技の技そのものの向上にながることがあるからだろう。 この番組でそれぞれの異なるスポーツ界のプロ達がどんなことで争ったかはここではその詳細を書かない。が、私が一番興味を持ったのは、ボクシングの亀田興毅選手と卓球元世界選手権者の小野誠氏の「動体視力」をめぐる戦いだった。小野誠氏はもう現役ではないが、氏が機関銃のように繰り出す球の早さはトップクラス、しかも正確無比とくるのだ。 その球を卓球台の向う側にいる亀田選手が60秒間おそらく、秒速150メートル近いスピードで、150球近く飛んでくる球を全部避けることができるかどうかの問題だ。一球でも体に当たったら、その時点で勝負はお終い。つまりそれは小野誠氏の繰り出す球のスピード正確さと、それを避ける亀田選手の動体視力の勝負なのである。 私は二年前汗を掻くため卓球を始めた。この勝負は当然小野氏が勝つと思っていたし、そう願っていた。小野氏の打つ球の速さ、しかも正確性から観て、20秒も経たないうちに亀田選手の顔面または体の一部を捉えるだろうと想像していた。 しかし驚くべきことにその予想は見事はずれた。亀田選手、まさにギリギリのものもあったが、60秒間の間、全ての球を見事避けきったのだった。 小野氏は素直に敗北を認め、相手に賞賛の言葉を送っていた。その瞬間私もあの生意気極まりない亀田興毅選手に思わず拍手を送ったのだった。 そう言えば、あの亀田選手の父親が亀田選手に子どもの頃から卓球の球を投げつけ、飛んでくる相手のパンチを避ける練習を課している場面を思い出した。そうだ、それがあの練習の目的であり、そしてこれがその成果だったのだ。 そのテーマは「動体視力」の訓練、向上ということである。私はかってやっていたテニスをやめ、二年前から卓球を始めた。私などそれをやるのは、とりわけ上手くなろうとか、試合に出て勝つことだなんだということでない。要するに汗を掻くためだ。しかしその汗をたっぷり掻くためには、出来るだけ長く、相手と長く球を激しく打ち合う必要がある。そのためには、こちらはできる限り相手が返球しやすい球を打つべく心がけるのだが、相手もそうしてくれる人、いやそうしてくれようにもなかなかそれができないことが多い。それはしかたがないのだ。 ところがそれでも二年近くやった成果なのだろう。最近は二年前より、相手からの球をより広い範囲で拾えるようになったという実感がある。それは必ずしも意識してやったことでなく、やっている内に段々その「動体視力」が向上したようなのである。そのことをこの番組を見ているうちに思い出し、実感したのだった。そうだ、そうに違いない。それは自然に身についたことだろうが、意識してやればもっと成果があがるのではないか。 「動体視力」といえば、もう一つ思い出したことがある。11月29日だったかNHKのあさいちの番組で、「速読術、遅読術をいかに鍛えるか」という番組をやっていた。このあさいちなる番組、どうも民放のニュースショー化していておもしろくないなどと批判が上がっていた頃のことだ。私も同じように感じたことをBLOGでも書いた覚えがある。 しかしこの番組に限ってはそうではなかった。「速読」に関すること、それを高めることの意味、その方法論の紹介は非常に面白く、興味深く、そしてさまざまな意味で役にたったことを書いておきたい。 いまこの番組の中身に詳しく書くつもりはない。いずれまたなんらかの機会でBLOGほかの話題になろう。ここでは速読術を鍛える方法はさまざまあるが、一つにはこの「動体視力」を鍛えることがそのアップにつながるということがあった。そうですよね、如何に早くより広い視野に広がる文字を正確に拾えるかということなのだ。NHKあさいちの番組では実際にその鍛え方の実験をやり、その結果を見せながらその意味を検証してみせていた。この番組、オンデマンドなどで再度見られたら是非見たいと思っている。 いや、汗を掻くために始めた卓球だったが、それが意外なところで、運動能力、反射神経の維持向上に役立っていること、さらにその結果としての「動体視力」の向上維持ということが案外、速読術などという知的能力の向上、維持にも貢献していることを知って大いに喜んでいるところなのだ。 これ、「全ての道はローマに通じる」だな、ちと違うかな、ハハハ。 tad 関係記事: |
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「東京証券取引所は、ニューヨークなどの取引所と株の売買に使う通信回線網を接続することで基本合意し、海外の中小証券会社も東京市場の取り引きに参加できるようにすることで、低迷が続く市場の活性化を目指すことになりました。」 NHKニュース 12月10日 このニュースをNHKのTVで見て、ええっ、と思った。このネット社会の時代、その先端をいくはずの證券株式取引市場のことだ。米ニューヨークの証券取引所と東京証券取引所のネット回線が直接つながっていないことなど、夢想だにしていなかったことだった。 もう数カ月も前のことだが、私がわずかばかりの資金を持っている日本の大手証券会社の支店の担当者が、アメリカのIT関連の有名会社の株を買ってみないかと持ちかけてきた。私は、国内でも特に株式投資は殆どしていなし、してこなかった。しかしこの話、額はわずかだし、どっちにころんでも大したことはない。それより米国の大手企業の株を買ってみることなどかってなかった。それがどのような形で行われ、決済されるのか、むしろそちらの方に興味があって、それに同意したわけだ。 その結果はまずはよかった。問題を感じたのはそのことでなく、その売買取引自体に結構手数と時間が掛ったことだった。要するにこの場合、その証券会社日本法人支店から、アメリカのニューヨーク(だろうと思う)の現地法人に売り買いの注文を発するという形なのだ。取引市場への注文はその現地法人が代行する形である。どうして日本の證券会社支店から直接ニューヨークの証券取引所に直接売買の注文ができないのか、不思議に思ったわけだった。 というのも、そもそもこのニュースにあるように、まず日本とアメリカの證券取引所のコンピュータすら直接つながっていないのだ。仮につながっていたとしても、外国の証券会社が日本に拠点拠点を持っていないと、法的規制のため、直接売買の注文を入れることができないのである。アメリカ證券市場へのアプローチも同じことなのか、それは確認していない。 いや、いずれにせよ、私がそんなこととはついぞ知らなかったのだ。時代の最先端をいく證券・金融取引の世界で、まだこんな程度のネットワークなのである。 東京・大阪の証券会社が一本化することは決まった。そのことを含めて、東京証券所のコンピュータシステムとニューヨークのそれが直接つながることの意味は大きいようだ。これで低迷を続けてきた日本の證券取引業界の活性化に少しはつながるのだろうと期待されているのである。 tad 関連記事: |




