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■梅雨明けとともにやってきた猛暑の連休、結局ほとんど外に出ずに過ごしたけど、連休の最後の今日、夕方、買い物がてら外出。 このところ、色々あったので、外をのんびり歩くこともめっきり忘れていたけど、外は、すでに夏の緑! 街路の木々が、久しぶりの青空を背景に、風に葉をなびかせながら、誇らしげに緑色を見せびらかしていたような感じだった。 ああ、この木々も生きてるんだな、気がつかなくってごめんね〜。 緑っていいな。緑って、命の色だと言う人もいるけど、そうかもねぇ。 ■この連休、家の中を久しぶりに掃除していると、ニベアのハンドクリームを発見。 これって、母親のために買ってあげたやつだ。 母親の買い物には、昔から、ある癖があった。 どんなものでも、使い切るかなり前から、予備用のモノを買っておかないと気がすまなかった。 もちろん、この癖って母親に特別なものではなく、特に高齢女性に多いようだ。だけど、鬱がひどくなってからは、さらにひどくなり、気になったものに関しては、二つも三つも予備を買わないと、イライラしたり寝られなくなったりしていた。 このニベアのクリームもその一つ。 手が荒れると言っていたので、私が使っていたのを勧めたら、気に入ったのは良かったのだが、私が帰るたびに買ってきて、と言うようになった代物だ。 はじめは、仕方ないなと思いながら、それでも気が済めば良いと思って買っていたのだが、そのうち私のほうがイライラするようになった。 そして、「まだあるでしょ」「そんなだからいけない」等々と説教するようになり、ついに「使わなんだったら私が使う」と言って持ち帰ったのが、これだった。 ■あんなに早く逝ってしまうんだったら、素直に買ってあげればよかったのかもしれない。 母は、自分でもコントロールできない感情を抱えていたのだから・・・。 それを、私は、自分のイライラを優先させて、自分の論理を押しつけていたんだよね。 結局、自分のイライラをスッキリさせれば、それでよかったのであって、母親の気分が楽になることを優先して考えることはできなかった・・・。 母親は、私の言葉を聞いて、もっと追い詰められたに違いないのに・・・。 そんな言葉に包囲されつつ、亡くなってしまったのだろうか。 ここ数年、母親は心休まることはなかったのではないだろうか・・・。 ■来週は49日法要。
母親の記憶は、良いものもあるというのに、まだしばらくは、こんな思いとともに思い出すのかもしれない。 |

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み〜ちゃさん こんばんは!
忌明けの49日まで、コメントを差し控えさせて頂こうと思って居りましが、他人の私が言ふのは憚れると思いましたが、一言。
>母親は、私の言葉を聞いて、もっと追い詰められたに違いないのに・・・。
はっきり言って、其れは無いと思いますよ。
親とは、如何なる時でも親なのです。子供は幾つになっも可愛いものです。お見舞いに行かれた(来てくれた事が)一時の幸せだったと思いますよ。
お母さんの一生は、幸せな人生だったろうと思います。
自身の我がままを全て優しく受け止めてくれるお父さんとの人生。
何かれに付き、心配して見舞いに来てくれる、娘に息子夫婦。
そして、お父さん。
きっと幸せな人生だと思って居られたと思います。
49日は、死から新しい生に生まれ変わる時です。
無事に極楽浄土(天国)に送って差し上げて下さい。
2010/7/20(火) 午後 11:15 [ はぐれ雲 ]
はぐれ雲さま、ありがとうございました。
そうですね、家族の私たちこそが、母の楽しかったことや嬉しかったことを覚えていてあげなければならないのに、ネガティブなことばかり思い出していては、母の人生を傷つけることにもなるかもしれません。
とはいえ、入院していた時の母の顔を思い出すと、まだ母のつらさばかりが身に迫ってくるのも、正直なところです。
でも、この間、父親や弟と母の話をすることによって、少しずつ母親の思いがけない面が見えてきたり、忘れていたことを思い出したりしました。
そうそう、49日とは、仏様になる日でしたね。よいきっかけにしたいと思います。
色々なことを気づかせていただき、本当にどうもありがとうございました!
2010/7/21(水) 午後 10:50