み〜ちゃ no うたかた日記

再開とまではいきませんが、時々書き込みます。

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■母が急に亡くなって3週間たちました。
3週間前の金曜日の午後4時、目の前で呼吸が少しずつ遅くなっていく顔を、今でもふとした時に思い出します。

それから、火曜日に通夜、水曜日に葬儀で、怒涛の1週間。
その後も49日の法要に向けての準備やら何やらで、数日実家にいましたが、仕事もあったので、一週間の忌引きプラス2日の有給の後、仕事のために大阪に戻りました。

そして、仕事に戻ったとたん、疲労回復がままならないうちに、今度はパワハラ騒動に巻き込まれてしまいました。
この騒動はとてもややこしく、いまでも決着がつかないばかりか、悪化しつつあります。
私は立場上、見過ごしができないので介入していますが、私の今の状態だと、ちょっときつい・・・。

■というわけで、このブログで心配していただいた皆さんにもお礼の挨拶をする時間もないまま、今日になってしまいました。
申し訳ありません。そして、コメントを残していただいた方、見ていただいた方、どうもありがとうございました。

他の友人・知人の方々からも気遣いの声をかけていただきましたが、そうした声や思いのおかげで、バランスを崩すことなく日常を過ごせているのだと思います。

■それでも、周囲からは、これからドッと疲れが来るからと気をつけるようにと言われています。
そうかもしれません。

それに、あまりにも突然のことだったので、母の死をまだ十分に理解しきれていないような気がしており、しかも、そのこと自体(理解できてないこと自体、それのことを放置していること自体)に、ちょっと罪悪感を感じているような自分もいます。

とはいえ、あまり突っ込んで考えると、色々なこと(あまり考えたくないことまで)がわきあがってくるような気がするので、今はペンディングにしているのですが、そのこと自体が、あまりにも冷たいようにも感じられて・・・・という堂々巡りです。
そして、その堂々巡りを、日常の生活や49日法要や新盆などの準備にかこつけて紛らわしているというのが実情でしょうか。

■なんだか、またグタグタな文章になってしまいました。
大阪は、このところ蒸し暑い梅雨空におおわれ、今日も、朝から雨です。
その雨に誘われるような感じで、ブログに向かってみました。
これからまた、少しずつ、自分を整理するために、また書いていきます。

本当にみなさん、お気づかい、ありがとうございました。

上野公園にて

今日は、仕事で東京は上野に来ている。
今朝は実家のある神奈川から来たので、私にしては朝も早くから、久し振りに東海道線に乗りこんで、東京から山手線に乗り換え、上野に9時半に到着。
う〜ん、疲れた〜。

■上野なんて、何十年振りだろうと思いながら、公園を突っ切ると、そこには早花見客が場所取りをしていた。
そう、上野と言えば、花見なんだよねぇ〜。
いつもテレビで見て知っていたのに、この季節に上野に来たのは始めてだからか、あの映像と現実が結びつかずに、ちょっとびっくり。(そして自分のうかつさにもビックリ・・・)

■さて今日の昼食は、せっかくだから公園でとることにして、再び、公園に舞い戻ってみると、そこは大賑わい。
朝方は薄曇りだったけど、昼にはすっかり晴れて、ちょっと汗ばむくらいの陽気で、噴水がとても気持ちようさそうだった。
イメージ 1

でも、多くの桜はかなり散りはじめていて、葉っぱも出ている。
とはいえ、この週末最後の桜を楽しもうと(あるいはその機会に飲み食いしよう)多くの人が桜の木の下で、すでに宴会状態だった。
やはり皆好きだよねぇ〜
イメージ 2

散り始めている桜も、とくに青空を背景にすると美しい。桜の枝を下からのぞくとこんな感じだ。
所々、黄緑の葉っぱも出ていて、それが陽の光で映えているのも分かるだろうか?
イメージ 3
でも、下で飲み食いしている人たちは、上を見上げることなんてないんだろうなぁ・
それに、はらはら散っている桜が、ブルーシートに落ちてきたのを、一生懸命箒などで掃き出している人がいたけど、無粋な・・・
イメージ 4

イメージ 5でも、そんな中、頭の上にバスケットを載せて、落ちてくる花びらを集め回っている女の子もいた。
うまく入らないようで、かなりの時間あちこちを回っていたけど、その気持ち、なんとなく分かるなぁ。
最終的にどれくらい集まっただろうか?

■しばらく散歩をしていると、噴水の近くで、大道芸のお兄さんが、かなりの観客を集めていた。
ジャグリングやマジック、水晶玉のパフォーマンス、身体の柔らかさのパフォーマンス等、色々な技を駆使しつつ、そのしゃべくりもかなりの腕前。
皆さんの拍手がないと乗れない、と言い、拍手や称賛を「強制」したりする客とのやり取りがチャーミングだったし、もちろん、技もなかなかのもの。

ずっと見ていたかったんだけど、午後の仕事も会ったので、途中で抜けたが、ああいうパフォーマンスを見ていると、何だが、こちらまでも嬉しくなった。
嫌なことばかりだけど、世の中、捨てたもんだじゃない?

■もちろん、上野公園には、朝からホームレスらしき人が多くいた。
昼にも、炊き出しらしき一団や、何かのチャリティ・コンサートのために、駆り出されたホームレスの一団(簡易舞台のまえにキチンと整列して座っている姿がちょっと異様だった)も見かけた。
いわゆる社会の問題も、かなり見えてくる場所である。

つまり上野公園は、娯楽、家族連れ、観光客、消費主義、文化や教養、雇用問題やホームレス問題などなど、互いに相いれないような様々な要素が、互いに直接は関連してないけど、一挙に集まってきている場であり、その意味では、とても特異な場所だ。
その背後には、上野という場所が、かつて東北地方等から東京に出てきた人々の到着地であったという歴史も絡んでいるのかもしれない。

今日、たった1時間ほどの上野散策だったけど、印象は強烈だった。

■今は仕事も終え、ようやくホテルに戻ったところ。
明日も午前中まで、上野で仕事があるが、月曜日も仕事なので、その後は早めに大阪に帰るつもり。
でもまた、もう一度公園をゆっくり歩いてみたい。
そこには、残りわずかな桜ばかりでなく、色々な人がいそうだ・・・。

関東の天気って変?

今、母親が入院しているので、一人暮らしの父親。
まあ、これで4度目の入院だから、だいぶ慣れたとはいえ、今回は容体がおもわしくないので、父親の気分もなかなか上向かない。

■というわけで、最近は頻繁に父親に電話をして話し相手をしているのだが、その時ふと気がついた。
実家のある関東って、意外と天候が、全国と違うんだよね。
同じ太平洋側の近畿や東海とも、様子がかなり違う。
今日も、冬みたいに寒かったというし。
一方で、こちら大阪は、快晴とはいえないけど、それなりに良い天気だった。

そのことに気づいてから、よくよく天気予報を見てみると、関東だけ、全国の天気の動向から外れていることが、しばしばある。
関東地方って、日本列島から、太平洋に突き出した部分になっているからかなぁ〜

■でも、その関東地方に東京があるから、時々テレビでアナウンサーが「今日は良い天気でしたね」なんて平気で言って、実際に晴れなのは東京周辺だけだったりすることも多い。
いわば、東京中心主義だ。
この例に限らず、日本のメディアも、本当に東京中心主義だよねぇ〜。
(まあ今は、その反動か、県民性を取り上げた番組もできているけど、でもそれは、上から目線で面白がっているだけで、地方の多様性が尊重されているとは言えないしねぇ)

■でも、その前にひとこと。
NHKの7時からのニュースで、天気予報を担当しているお姉さん。彼女の服装のセンスって、すごい(もちろん変という意味)と思いませんか?
このニュースを見る機会はそれほどないけど、その少ない機会に見るたび、あんな服、どこから探してくるんだろうと、思ってしまう。

それに、あのぶりっ子ぶりなど、他にも言いたいことはあるけど、それ以上に声を大にして言いたいのは、彼女、早口すぎるということ。

実は、そうぼやいたのは、まず父親だった。
父親の耳はかなり遠いのだが、ニュースのアナウンサーの声は、通常、よく聞こえるという。(さすがアナウンサー!)
だから、ニュースはよく見るし、年寄りだから、天気も気になるのだが、この7時のニュースだけは何を言っているのか聞き取りにくいというのだ。

私もそう思う。
彼女のしゃべり、こもった感じだし、言葉が時々滑るんだよねぇ。

「天下」のNHK、ちゃんと指導しないのかしら?
年寄りに優しくない!
(最近、若干努力しているように見えるけど、大抵後半は聞き取りにくい・・・)

■あ、何のことを書こうとしていたのやら・・・
とにかく明日も、ここ大阪は良い天気だという。そろそろ本格的に衣替えをしなくては!

4月1日の意味

今日から4月、新年度。
私の部署には新人は配属されず、メンツは同じままだけど、年度が替わっただけで、なんとなく新たな気分。

■とはいえ今日は雨で、せっかくの新年度の門出というのに、陽の光の下で思いっきり闊歩できなかったのは残念。

だけど、空気は暖かめだったので、雨が本格化する前、出勤前にバス停を一つ分、歩いてみると、通りの桜は、昨日の晴れ間のおかげか、5分咲きくらいにはなっているだろうか。
それに、すでに、ツツジも花開き始めているなんて!
これは、たしかヤマツツジとかいうツツジで、ツツジの中でも最も早く咲く品種だと思うが、すでに満開。
薄紫の花ビラが、春も盛りという感じにさせてくれるんだよね。(まだ早いような気がしていたけど、もう4月だものね)
イメージ 1

で、大慌てで、普通のツツジにも目をやってみると、すっかり蕾の準備も出来ていたんだねぇ。
気がつかなかった〜。
イメージ 2

やはりこのところ、桜、桜と、つい上ばかり見ていたせいかもしれない。
そして、もう一度周りを見渡してみると、アイリスと言うのだろうか、この花も発見!!
この花も、アヤメ等に似ているせいか、私の感覚では、もう少し遅いと思っていたのに・・・。
イメージ 3

■あ、それと今日は、エイプリル・フールでもあったんだよね。

日本でも昔は、メディアでも何か冗談半分のニュースをやったことがあったように思うけど、結局定着しなかったし、最近では、人の口の端に上ることすら少なくなっているんじゃないだろうか。
子供の世界では、どうなのかな?
私が子供のころには、エイプリル・フールにはどんなウソをつこうか、色々と考えて、友達同士で遊んだ記憶があるけど。

■ところで、ちょっとした「告白」だが、私自身にとっては、エイプリル・フールは、現在でも、ちょっとした意味がある。
それは、この日が、私の誕生日の翌日であると同時に新年度の開始の日であるということもあっても、自分自身に「大言壮語」を許す日になっているのであ〜る!
(ちょっとアホみたいだけど)

「大言壮語」とはいっても、大したことはなく、自分の長所を徹底的に褒めあげて、徹底的に甘やかせてみるという一人芝居、一人遊びのようなもの。
寂しいねぇ〜、とか言われてしまいそうだけど、なんとなくお気に入りだ。

私は(大抵の人もそうだと思うけど)、常日頃から自分に自信のないほうだ。
自分のことを過小評価し過ぎると言われたこともある。
たとえ褒められても、容易に信じられず、ウジウジしてしまうのだが、この日だけは、これまでに褒められたことを拡大解釈したりして、その雰囲気に浸っちゃえ、というわけだ。エイプリル・フールなんだから、嘘でも何でもいいじゃないの!という感じだ。

他人から見ると、だいぶ変な話かもしれないな〜。

■で、今回は、最近感謝されたことや評価されたことなどをいくつか思い出し、つなぎ合わせて作った気分が「オーラのある知的な女性」。
似たようなこと(ただしもっとトーンは低い)を最近言われたんだけど、その時は、どうしていいか分からず、ほったらかしにしていたので、今日、遠慮なく拡大解釈させていただいた。
もちろん、そこには願望が大多数を占めてはいるけど、せっかくのエイプリル・フール、その気分を遠慮なく味わって悦に入っていた次第だ。

こうして自分で書いていても、私ってメデタイ奴だな〜、と思うけど・・・これもまあ、これから1年頑張っていくための儀式みたいなものかもしれない。

ここまで読んでくださった皆様、変な話でお許しください。ペコッ☆
(デモなんとなく書いてみたかったんだぁ〜。これもエイプリル・フール効果かな)

さて明日からは、現実の生活の日々。
来年の4月1日、いい気分で迎えられるためにも(?!)頑張るぞ!

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今日3月31日は、1年で私が最も憂鬱になる日。

■理由の一つ目は、この日は私の誕生日だということ。

もちろん、この年齢になると、本当に誕生日が来るのが煩わしくなるが、かなり小さい頃からも、この日は憂鬱だった。
何しろこの日は、翌日から新年度という年度替りの日だから、皆、4月からの新しい生活に心が飛んでいて、私の誕生日に関心を持ってくれる人はほとんどいなかった(と思っていた)からだ。
もちろん、小学校のころには、若干名の友人を招いて誕生会をした記憶もあるが、なんとなく、せわしない雰囲気があって、すぐに止めてしまった。

まあ、そんな思いも、自分勝手に気をまわしすぎていただけかもしれないが、自分の存在をことさら目立たせないようにする癖は、この頃からつき始めたのかもしれない・・・。
少なくとも、自分の誕生日なんて、結局、周囲の社会の出来事に比べたら、吹けば飛ぶような事柄なんだという思いは、強かった。
私の家族も、子供の誕生日にケーキを買ってくるような家ではなかったし・・・。

■そしてもう一つの理由は、この日が年度最後の日であり、これまで職を転々としてきた私にとっては、離職や別れの日でもあるからだ。

私は、今の職場に着く前に、東京、名古屋、金沢と、職場を転々としており、そのたびに3月31日に辞令を受け取り、4月1日に新しい着任地で新たな出発をするということを繰り返してきた。
だから3月末は、私にとっては、職場を片付け、家も引き払い、同僚に途中まで見送られながらも、一人で列車に乗り込んで新任地に向かうという季節であり、その時の寂しさの記憶が、この時期になると、どうしても思い出されてしまうのである。

もう、今回の職場で、転職はないとは思う。
でも、花々や木の芽が膨らみかけている早春になると、その開花を見届けることはないのだな、と思いながらあわただしく身辺整理をしていた記憶が、どこからか表に出てきて、次第に落ち着かなくなってしまう・・・。今年もそうだった。

この「さびしさ」って、ただ、慣れ親しんだ人や環境との別れ、というだけではなかった。
それは、たとえ様々な人との出会いに恵まれても、いいことも嫌なことも色々な経験をしても、結局、人間って一人なんだな、という事実が、心にしみわたっていったような経験でもあったと思う。

そのためか、私は実は、長時間列車に乗って車窓を眺めているだけで、言うに言われぬ、寂しいような苦いような思いに取りつかれることが少なくない。

■さてその思いも、あと1時間で終わる。
嫌だろうが、なんだろうが、4月1日は確実にやってきて、私のこんな思いも呑み込んでいく。

最後に、今日、たった一人の誕生日、どうしようかな、豪勢に夕食でもしようかな、と思いながらも、結局花を一鉢、買ったので、それをアップ。
カランコエだが、付いていたタグには「世界初の八重咲きカランコエ、カランディーバ」とある。
イメージ 1
誕生日だから、バラでも買おうかと思ったけど、あまりに定番すぎるし、そもそも私はバラと相性が悪いことを思いだして、他に何かないかな、と物色中に発見したのが、これだ。
さてさてどんな感じに咲くのやら。
そして、この新年度はどんな感じになるのやら・・・。

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