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あ、夕焼けだ。 暑い1日の終わり。明日もきっと真夏の太陽が照りつけるだろう。 それでも、こんな夕焼けを見ると、ほっとする。 夕焼けの向こうに私たちが見るのは、なんだろう。明日か、それとも、過去も未来も超えた別の世界なのか。 死と生の狭間と、時間と空間の混沌と・・・ |

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こんにちは、ゲストさん
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あ、夕焼けだ。 暑い1日の終わり。明日もきっと真夏の太陽が照りつけるだろう。 それでも、こんな夕焼けを見ると、ほっとする。 夕焼けの向こうに私たちが見るのは、なんだろう。明日か、それとも、過去も未来も超えた別の世界なのか。 死と生の狭間と、時間と空間の混沌と・・・ |
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わたくし事ですが、先週、ちょっと体調を崩してしまいました。 |
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世界は偶然の塊だ。パターンなんて、見る者が自分の空想を押し付けただけだ。 本当は、意味なんかありはしない。 この最低の世界を作ったのは、形而上学的な超越力じゃない。 子供を殺したのは神じゃないし、その死体を犬に食わせたのも運命なんかじゃない。 おれたち人間だ。人間の仕業だ。 by ロールシャッハ(『ウォッチメン』アラン・ムーア、小学館202頁)
シーモア、お前にやれと言ったんだぞ!
悲惨な人生の中で、せめて一度くらい責任を持って意味のある仕事をしてみろ!(『ウォッチメン』アラン・ムーア、小学館412頁) さあ、あなたには(そして私には)、これは何に見える?
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「あなた」の、そして「わたくし」の、「現れ」。
言葉と行為によって私たちは自分自身を世界の中に挿入する。 「あなた」が、「わたくし」が、この世界に現れる。 人間は一人一人が唯一の存在であり、とするならば・したがって、人間が一人一人誕生するごとに、何か新しいユニークなものが世界に持ち込まれる。 ・・・・・なんという奇蹟! これぞ、人間には、本来は予想もつかないこと、ほとんど不可能なこともなしうる能力があることを意味しているのではないだろうか。 つまり人間には、一人一人がユニークな「だれか」として「現れる」能力があるのであり、しかも、その能力(ユニーク性)は、世界の中で、すなわち他者たちの中でこそ、発現しうるものなのだ。 一人一人が根源的に唯一無二の存在であること、それを互いに認め合うこと・・・それこそが人間の、社会の根源的な可能性でもあるのだ。 その奇蹟に賭けてみたい・・・ アーレント『人間の条件』より |
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理解とは、自分が相手をどこまで理解できていないか、ということを理解することである。 言葉や習慣が違っても、互いに理解しあえるか。そもそも、何を持って、理解したと言えるのか。 難しい問いだ。しかし・・・・理解しようと努力すればするほど、同時に、自分がどの程度相手を知らないか、理解できていないかが、分かってくる。 その遠慮が敬意を生む。 つまり、相手に対する敬意と遠慮とは、距離の自覚からしか生まれないが、その距離の自覚は、そもそも、相手を理解しようと努めることから生じるものだ。 したがって、理解という営為に、そうした相手に対する敬意と遠慮が欠けていれば、一方的な理解でしかなく、そうした理解は、理解とは言えないのではないだろうか。
理解とは、完成形はありえず、むしろ深まったり広がったり間違えたり等々、可変的で創造的な行為なのかもしれない。 |
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