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このブログはオタクな話を扱っているのですが、保護者の方もご覧になっているようで
びっくりもし、ありがたくも思っております。
そろそろ進路選択も大詰めの季節、そこで保護者の方向けの情報も
織り交ぜていこうと思います。
少々硬いお話になり恐縮ですが、ご興味があればお付き合いください。
教員にも「評価」を導入せよ。
能力の無い教師は「現場を去れ」「免許を剥奪せよ」。
こういう議論が進み、事実学校にも外部評価は導入され、
教員免状も更新制になり、学校内部でも教員の「評価・格付け」が盛んになりました。
私が勤務している某地方私立高校でもこの流れには例外なく巻き込まれています。
その結果、次のような評価制度が導入されました。
1、教員自身による自己評価(生徒指導・教科指導・部活指導・校内の分掌業務などについて)
2、生徒による教員の授業評価 年一回実施
3、学年主任による学年部所属教員の評価
4、校長・教頭による教員評価
私自身も、評価するのは賛成なのです。
しかし、その評価のものさしをどうするか。
それが教育の場合には問題になります。
教育というのは、今日教えた内容が明日成果として直ぐ出る、という
性格のものばかりではありません。
加えて、教育の成功は成果という分かりやすい形で見えにくいという問題があります。
たとえばですね、今しきりに問題になる「命の大切さ」を上手に生徒に伝え、
その先生が受け持った生徒は皆殺人事件も起こさず、自殺もせず、
生徒が親になった時子供を虐待せず、子供にも命の大切さを伝えているとしましょう。
この成果は、「問題が起こらない」という形でしか実現しません。
つまり、はっきりと「こんなにいい成果が出た!」と誰が見ても分かる種類の
成果ではないのです。
しかも卒業後10年20年経って初めて効果が出る教育もあるわけです。
しかし、そんな「分かりにくい」「数字に置き換えにくい」教育効果は
教員の評価に反映できるか、というと「まず無理」なわけです。
教員の人間教育が素晴らしいかどうか、
もっというと「その先生のお陰で子供が殺人事件などを起こさなかったかどうか」
などということは、もちろん分かるわけが無いのです。
そうなると、どうなるか。
簡単に「人目で見て分かること」「数字に表せること」が評価の基準になることになります。
加えて、少子化でいかに生徒を入学させるかに私学は必死になっています。
結果が、例の「大学合格者水増し事件」などになるわけです。
「子供が前向きに人生に向き合うようになった」ということはパッと見で
分かりませんが、「今年東大に10人入った」というのは宣伝効果が高いわけです。
その結果どうなるか。
信じられないようなことが教員内部でも起こってきます。
まず、進学実績をあげるには、担任する生徒の成績が元々優秀な子供の
方が卒業時にも優秀な合格実績をあげる可能性が高い。
すると、年配の先生は自分の担任するクラスに
優秀な生徒を固め、若い教員には学力が低い生徒を担当させるような
露骨なクラス編成や授業担当割り振りを行う方もいらっしゃいます。
その割りに、年配の先生は長年の授業方法を変えようとしない方も多いのです。
今の子供の学力に合わない、早く言えば分かりにくい授業をしているのも
年配の先生に多いです。(あくまでうちの職場の話ですが)
それで上記2の生徒によるアンケートで年配の先生方の成績が
軒並み悪く出ると、教務の会議(もちろん年配の先生方ばかりの会議)で
「生徒による評価は人気取りアンケートになっており、
授業本来の評価としての信頼性が低く参考にならない」と
今年は中止になる!など、かなり意図的な「評価」がなされるのです。
また生徒指導は、「命の大切さ」や「様々なことをいかに考えるか」というような
抽象的な教育よりは、「校則をしっかり守っている」
「教員に逆らわない」「教員の言われたとおりに黙々と勉強する」というような
生徒にすることが「いい指導をする先生」ということになるのです。
結果として、校長や学年主任が「いいクラスだ」というクラスは
実際には担任教師が強権的に生徒を押さえつけ、
わずかな校則違反でも厳しく叱責し、授業で冗談を言っても
「笑っていいの?」というような重い空気が流れ、
ノイローゼになる生徒も出てくる…でもこれが「いいクラス」とされ、
教員評価でも上位に来る先生のクラスなのです。
これまでこのブログで保護者の方の変化、クレーマー化のお話を
書きましたが、教員の側、特に年配の先生方の行動にも問題があるのです。
少子化により、生徒数の確保のため評価制度を取り入れている私立高校。
その中でも簡単に見てこれだけの問題があるのです。
評価するのはいいのですが、どういった基準で、誰がするのか。
学校という場所の機能を考えると、一般企業のようには出来ないのではないか。
というのが、若手教員の私が抱いている考えです。
すみません、大変硬い話で長くなってしまいました(汗)。
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「いいクラス」について・・よくわかります。
人を育てる(教育)とは、もう一度考えて欲しいですね。
年配の先生は公立同様、入れ替わる時期にきてますから、もう少しの我慢!でも、立派な中堅がいないので不安もありです。
2007/10/25(木) 午前 10:52 [ - ]
話がずれるかもしれませんが
わが子の保育園で思うことがありました。
なんとそれは前園長についてです。
いわゆるカリスマで
ポリシーに一本筋が通っているので
崇拝している人はもう教祖並に信望しているんですが
ワンマン。
考えが合わない保育士はどんどん排除していく。
保護者も同様で、気に入らない保護者は無視。
”私がルール ”なんですよね。
保育士のある行動が気に入らなければ
誰の前であろうが(子どもの目の前であろうが)
激しく叱るんですが
「そんなに騒ぐことだろうか?」と思うこと多々あり。
評価の基準はできるだけ客観的であるべきですが
「崇拝する」人がいる反面
「気分を害するほど嫌っている」人もいる。
こういう人は真ん中とって”普通”評価になるのか?
・・・謎です。
評価については他にもいろいろ言いたいことがあるんですが
今日の所はこれくらいで。
2007/10/30(火) 午前 10:20
ランダムから来ました。
適正な人事評価って、一般企業でも難しいのでしょうね。
僕も地方の私立学校の職員(事務)ですが、学校の存在意義
を何で評価するのか?といった問題で悩んでいます。
端的に言えば志願者数なのかなぁと思ったりしてるのですが・・・
今後もお邪魔させていただきます。
2007/11/1(木) 午前 11:18
>おぱんこ様
公立と私立の違い、それは転勤があるかないか。
これは保護者の方からも、教師からも大事な点ですね。
秋山も「若いから頼りない」と思われないよう
精一杯頑張ります。
>TOPPY様
”私がルール ”な先生、いますよね。
いわゆる「教師しか出来ない」ような方に多いです。
人間を育てる、ということに正解はない。そう考えると、
どこかで教師も謙虚にならないといけない。そう思うのですが。
>PIPPIMAN様
初めまして。コメントありがとうございます。
人事評価は確かに民間でも学校でもどこでも難しいでしょうね。
そういったことをキチンと考えてシステムを作らないと
管理職が現場を萎縮させるだけになってしまいますよね…
志願者数、これは高校教師は完全に買い手市場…
泣けてくる悪条件で働いてますw
2007/11/7(水) 午後 9:56 [ 秋山妙子 ]
学校って,一人の先生で成り立っているのではなく,
みんなで協力して仕事をしているということを,
もっと理解していかなければいけないし,
世の中の人たちにも分かってもらわないといけないでしょうね。
私もどちらかといえば,何でも独りでやりたいタイプですが,
他の先生が,厳しいことを言った子どものフォローに回ってくれたり
私の失敗した仕事の後始末をしてもらったりしているわけです。
授業は一人でするので,「教師は一人でする仕事」といわれがちですが
表面に現れない,そして数字でははかれない仕事がたくさんあることを
もっともっと見ろよ!文科省!教育委員会!管理職!
そして,世の中の学校関係者!学校関係者以外も!
2007/11/18(日) 午前 11:05
>うみ様
お言葉、有難うございます。さすが、同じ現場に
いらっしゃるだけ、お言葉に同感で嬉しくなります。
一年契約という不安定な雇用を多く用いておいて、
責任は旧来以上に若手教員へ負わせるのは、
教育以外の仕事でも見られる、ひどい現実だと思います。
2007/11/24(土) 午前 0:07 [ 秋山妙子 ]