私の園芸ノート

思いつくままの気紛れメモですが・・・

我が家のペット

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私が生まれた時、我が家には生後5〜6年になる三毛猫「ミイ」が先住民として暮らしていました。
ですから、私にとって最初の猫は「ミイ」ということになります。
当時は猫に避妊手術をするという発想そのものがなく、「猫に法律は無い」を地で行く暮らしが普通でしたから、毎年次々と生まれてくる子猫は、生まれて直ぐに処分されることも普通に行われていました。
子供だった私の知らない間に子猫が生まれ、知らない間に行方不明となっていたのではないかと思います。
でも、大雨の後、茶色に濁って轟々と流れる川に、紙に包んだ数匹の子猫を投げ捨てる所を目撃して何日も泣いていたこともありました。
大人たちにとって、猫を無制限に増やすことがどういう結果になるか見えていても、幼かった私には惨く辛い思いしか残らなかったのですが、抗議もせず一人でこっそり泣いていたのは子供心にも生きることの厳しさを漠然と感じていたからではないかと思います。
(小学生になって「小鹿物語」を読んで、主人公の少年が可愛がっていた小鹿を猟銃で撃たなければならなかった時の辛さが心に沁みました。)
ミイの子供の何%が殺されてしまったのか?まるで判りませんが、50年前後も昔の山の町では子猫を買う習慣などなく、育てている間に「貰い手」が出来ることも多く、私が小さい頃は何匹もの子猫がいることもありました。
ですから、幼かった私にとっては大人になっていたミイよりも子猫の方が良い遊び相手でした。
末っ子だった私は子猫を赤ちゃんか人形に見立てて、いつもオンブしていました。
専用のネンネコ袢纏の中に入れてオンブしていると、暖かくて、やわらかくて、その感触が私は大好きで、母に「お姉ちゃん」と呼ばれてご機嫌になっていたことを思い出します。
(その弟妹たちは、最終的にはみな、養子に行ってしまったのですけど。)
ミイは、私が小学校二年生の夏に家出をしてしまい、その1ヶ月後にあの伊勢湾台風がやってきました。
ミイが13歳の時でした。
昔から「猫は死に目を人に見せない。」とも言いますので、「死期を悟って家を出て行ったのではないか?」と家族の者は言い合いました。
でも、私の心にはずっと疑問が残っていました。
ミイが家出をした頃、3歳だった甥が私の家に遊びに来ていたことがありました。
その甥は猫と暮らしたことがなかったので、ミイが近づくと怖がって泣き出すので、両親や姉がミイを傍に近づけないように気を使い、ミイが近づくと「あっちへ行け」と追いやっていたからです。
甥もそれに習って半泣きしながら「あっちへ行け、あっちへ行け。」と家族中でミイを家族の傍から追い出すようになったのです。
私だけがミイに言い訳をしていましたが、それでも家族と同じ部屋に入れることが出来ず、ミイを抱えて別の部屋に置いてきぼりをしていました。
そんなことが重なっているうちに、ミイは帰ってこなくなってしまったのです。
昔の猫は13歳と言えば高齢の方ですから、死期を悟ったと言えなくもないですが、あれだけ家族中から「あっちへ行け」を連発されたら・・・
私はミイの気持ちを思うと、自分たちにはまるで非が無かったかのように言い合う家族の気持ちが理解できませんでした。
でも、その甥が中学生くらいになった時、ミイの写真を見ていたら「僕のせいでミイが死んじゃった」と言うのを聞いた時、やっと大人たちの思いが理解できた気がしました。
たった3歳の子供が、自分が怖いために猫を追いやろうとした、その行為のために本当に猫に家出された後に台風が来て、それきり帰ってこなくなった
そのことをず〜っと覚えていて苦しんでいたなんて・・・
私は3歳だった甥を責めた記憶はないのですし、責めたのは自分自身だったつもりですが、私もまだ7歳の子供でした。
もしかしたらミイ可愛さに責めてしまったことがあるのではないか?そう感じながらも怖くて聞く事ができませんでした。
その甥も既に50歳を超えており、その後、ミイのことを話したことはありませんが、ミイを思い出す時には必ず一緒に思い出してしまいます。
7歳までの記憶の中にミイとの思い出は、あまり残っていないのですが、犬の嫌いな子だったように思います。
町内の床屋さんが趣味で猪猟をしていて猪を追う猟犬を飼っていました。
その猟犬をミイが追いかけたことがあるらしく、猟犬を連れて我が家の前を通る時、そのおじさんが「猫はおらんかね?おったら捕まえとってくれね。」と何度も確認するように言いながら怯えている犬を引っ立てながら家の前を通っていく様子がおかしくて、「猫に負ける犬が猪を追えるのか?」と思いつつ、ミイを抱いていたことはしっかり思い出せます。
その犬の名誉のために言いますが、猟犬としてはなかなか立派に役目を果たすことの出来る子だったらしいです。
子供の私が制止しても言う事を聞いて、にらみを効かしているだけのミイでしたが、その前をびくびくした様子で猟犬が通り過ぎるのを見るのは結構面白く、記憶に残っています。
ミイは私にとって少しも怖い存在ではなく、可愛い子でしたが、姉たちが夜に外出する時はミイを用心棒として抱っこして歩いたそうですから、かなりの猛者だったのかもしれません。
ミイについては、自分が直接覚えていることよりも、聞かされて知っている知識の方が多いかもしれません。
思い出少ないミイですが、それでもミイは私にとって最初の大切な猫でした。

クロルの思い出

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写真は今の家族のルルですが、この子が我が家に来る前に家族だったクロルのことをお話させて下さい。

クロルは、目がやっと開いたばかりで、ミルクを舐めることさえ知らない時に捨てられていました。

私は猫が大好きですが、我が家は国道一号線に面しているし、ご近所が隣接しているので猫を飼うことは諦めていました。

でも、満面の笑顔で嬉しそうに子猫の入った小箱を差し出した娘に、「元の所に捨ててきなさい。」とは言えませんでした。

それで室内飼育を条件に家の子にすることに決めましたが、やんちゃなクロルはとても室内だけで満足できる子ではありませんでした。

私が体中傷だらけになって遊んでやっても、リードをつけての散歩に付き合っても、決して外を諦めることが無く

外を自由に歩けないストレスから胃炎になって、食べた物を全部戻すようになってしまいました。

もし、私がクロルだったら・・・そう考えた時、私はクロルに自由を与えることを決心しました。

車の往来の激しい国道一号線に飛び出したら、クロルの命など一溜りもありませんが、私たちの自己満足のために不自由で悲しく長い一生を過ごさせるより、

事故で短命に終わったとしてもクロルの好きなように生きさせてあげること、それがクロルの幸せだと私は思いました。

勝手な論理かもしれませんが、娘が側溝の中から拾ってこなければ、そして、私がミルクを与えて世話をしてこなければ、

「あの時に死んでいたはずの命」そう考えて、クロルの命は私がもらうことに決めたのです。

とは言え、全身真っ黒のクロルですから、国道以外の道でも夜道は危険過ぎると思い、夕方に帰宅してからは外出禁止としました。

ところが、ところがです。

娘がクロルを拾ってきた時には、「猫なんて・・・」と言っていた夫が、すっかりクロルのファンになり

クロルのご機嫌をとりたくて、夕方以後でもクロルが甘え声で外出をねだると、玄関を開けるようになってしまいました。

猫も人間も、一度でも破られた規則は規則ではありえなくなり、クロルは夕方以後外に出たい時は、必ず夫に甘えてねだるようになりました。

夫は、クロルにというより、私に聞かせるように「クロ、9時までだったら行ってきても良いぞ。」と言いながら玄関を開けていました。

当時、私と子供たちは9時にお布団を敷いて、10時に眠る生活をしていましたので、

私は背を向けて出て行こうとするクロルに「クロル、お布団敷くまで良いんだってよ。」と声を掛けながら
夫には「お父さん、駄目だよ。クロルは時計持っていないんだから。」そう言って笑うしかありませんでした。

そんな私たちのやり取りを知ってか知らずか、クロルはいつでも必ず8時40分に帰ってきていました。必ずです。

そんなある時、夫がいつものようにクロルを出した後、町内のソフトボール大会に備えて練習で外出することがありました。

すると、いつものように8時40分に帰ってきたクロルは夫を玄関で待ち、夫が家に入るや否や足に噛み付いたのです。
クロルは、ふざけて甘噛みをすることはあっても、怒った顔で人間を噛むほど凶暴な猫ではありません。

でも、クロルに9時には帰れと言った本人が、クロルよりも遅く帰って来たことに腹を立てたのです。

9時帰宅を言いつけた夫は、そんなクロルの反応を最初は偶然だと言い張りました。

猫にそんなことが解るはずがないと言うのです。

でも、信じられないかもしれませんが、クロルは言葉の理解できる猫なのです。

だから、約束を守って8時40分に帰ってきていたのです。

初めてそんなことがあって以来、夫は夜に外出した後、9時を過ぎて帰宅する時は緊張気味に玄関を開け

私は私で興味深くクロルを観察するようになりました。

すると、クロルは帰宅した時、夫の「お帰り」という声が聞こえないと居間に入って夫のいないことを確認し

再び玄関に引き返して、夫が帰ってくるまで、ず〜っと玄関から動かないで夫を待つのです。

そして、玄関が開くや否や、夫とクロルの運動会が始まります。

私も子供たちも、大喜びで拍手をしながらその様子を眺めさせてもらいました。

夫が逃げることに疲れてクロルが一噛みするとゲーム終了になるのですが、一噛みするまでは絶対に追いかけることを止めませんでした。

そんなことを何度も繰り返して、初めて夫はクロルが言葉も時間も理解できることを認めるようになりました。

そして、自分が出かける日は10時までの外出を認めるようになったのです。「クロ、今日は10時まで出かけて良いぞ。」ってね。

当然、私は「クロル、寝んねの時間まで良いんだって。」と付け加えておりました。

果たして、そう言われた時のクロルは、9時40分に帰って来るのです。

夫はその直前に帰るので、当然、夜の一人と一匹の運動会は行われることもありませんでした。

猫が布団を敷く時間と、眠りに付く時間という言葉を理解できたとしても、その時間になったことをどうやって理解したのか?

体内時計を持っていたからでしょうか?それは未だに解りません。

でも、帰ってくる時間を決して間違えることなく、決まって言いつけの20分前には帰ってきていました。

不思議ではありますが、時間が解っているとしか思えません。

他にもそういう猫ちゃんがいるでしょうか?


クロルは、ドライブもお風呂も大好きな子でした。

クロルは、お寿司が大好きで、犬のラッちゃんとも大の仲良しでした。

たった2歳で事故死したクロルの思い出はつきませんが、長くなってしまいますので今回はここまでとして
続きは次回にお話させていただこうと思います。

長々お付き合い下さいまして、有難うございました。

ルルの武勇伝

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今、我が家にはルルとフーの母子猫がいます。
ルルは甘えん坊だけど気性の激しい子です。

ご近所にシュート君というゴールデンレトリバーの男の子がいましたが
散歩で毎日我が家の前を通ることもあって、私とシュート君も仲良しでした。
ある時、私を見かけたシュート君が喜んで私に駆け寄ろうとしてきた瞬間に、
どこにいたのかルルがシュート君の鼻頭めがけて飛びかかってきました。
凄い斜めジャンプで、頭だけでもルルの全身分あろうかと思われる巨大なシュート君に
全身で飛び掛ってきたのです。
私には、一瞬何事が起きたのか理解さえ出来なかったのですが、
シュート君は素早い動きで身をかわし、ルルだけが宙に舞いました。
ルルは着地と同時に身を翻し、尚も飛び掛ろうとしている勢いにシュート君は
飼い主さんと共に逃げ去りました。
そして、その日以来シュート君は我が家の前を足早に通り過ぎ、
私とはどこで出会っても目を合わせることがなくなりました。
声を掛けると、困ったような目をして顔を背けるようになり、
ご主人とお喋りしている間も落ち着き無くソワソワしている様子がみてとれました。

それはともかく、私には何故ルルが飛びついたのかが解りませんでした。
シュート君に飛びつかれそうになった私を守るため?
それとも、甘えるシュート君にやきもちを焼いたため?
そのどちらとも思えましたが、ルルがフーたち5人の子供を産んで子育てに頑張っている最中、
はっきりと知らされる事件(?)が起きました。
内弁慶で、病院などでは信じられないほど大人しく聞き分けの良いルルですが、
家では怒りん坊の甘えん坊、怖い物知らずなのに
何故か掃除機だけが大の苦手で、スイッチを入れると途端に側から逃げ出してしまいます。
ルルが近くにいる時は、うっかり掃除機も掛けられない生活でしたので、
5人もの子供たちがそろいに揃って掃除機嫌いになったら・・・
想像しただけで怖いものがあると思い、こうなったら小さい時から掃除機に慣れさせるに限ると考えました。
ルルの子育て部屋に掃除機を持ち込んだ段階で警戒顔をしていたルルを横目に、
子供たちの遊んでいる側で掃除機にスイッチを入れた途端
ルルはシュート君に飛び掛ったのと全く同じ顔で掃除機に体当たりしてきました。
いつものルルは、掃除機にスイッチが入るとコソコソと逃げ出していたのにです。
大事な我子を守る必死の形相。
それはルルにとって当に命がけの行動であり、一人の時には決して見せたことのない行動でした。
ルルがシュート君に飛び掛ったのも、焼き餅なんて生易しい感情の産物ではないことをはっきりと思い知らされた瞬間でした。
犬でさえ、飼い主が襲われた時に飼い主を放り出して逃げてしまう犬の方が多いと言われている時代に、
我身を呈して私を守ろうとしてくれたルル。
思い込みの激しさ、勘違いの行動は私に似たのでしょう。
シュート君との友情は引き裂かれてしまいましたが、ルルとの絆はしっかりと育てあっていきたいと思っています。
ルルは私の宝物です。

葉先ゲジゲジの風知草

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数年前から我が家の風知草は何者かに食い荒らされたように葉先がゲジゲジになっていました。
斑入りの風知草はお好みではないらしく、全く食害にあっていないので、どんな虫が食べるのか興味深々でしたが
ある時、風知を食べている我愛猫フーちゃんを発見しました。
それ以来、フーちゃん専用の鉢を用意して食べやすい所に置くことで、他の鉢の風知草を守るようにしました。

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1人暮らしは寂しくないですか?
お母さんは娘のいない生活が少しだけ寂しいですよ。
お父さんもいるし、息子もいるし、ルルもフーもいるし、友達もいるし、仕事もあるし
大好きな百姓をしながら、花に囲まれてノンビリ暮らしているし
娘を想って毎日泣いている訳でもないのだけどね。
美味しいイチゴを見ると食べさせてあげたいなーって思ったり
職場の若い娘たちには、ついつい親切な良いオバサンになったりしてますよ。
周り廻って、いつか貴女が他の人に親切を受けられるようにってね。
私自身も19歳で親と別居を始めたし、子供がいつかは巣立っていくものだって知らない訳でもないのに
時に、離れている事を寂しく思うことがあるのも、親としては自然なことなのでしょうね。
暇ができたら、たまには顔を見せてくださいね。
そして、一緒に温泉にでも行きましょう。

玄関に花の鉢を運び込んで写真を撮っていたら、ルルがちゃっかりと鉢を置くためのイスでくつろいでいました。
でも、ルルだけで写した写真より、お花と一緒に撮ったルルの方が可愛く撮れたでしょう?
ルルって、意外とお花の似合う子だったんだーって思いません?

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