砂塵 〜アラブの勇姿〜

ベールに包まれたアラブの真の姿に驚くこと間違いなし!!

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 2008年5月1日付イエメンタイムズ紙にまさにこのタイトルで特集が組まれた。カートという社会問題に国民がどういう認識をしているかリポートした記事だった。タイトルは「『カート』が禁止されていたとしたら、あなたの生活はどのように変わっていたか?」というもので、いろいろな立場の人たちが意見を載せていた。どこまで彼らは本音を言うことができるのか果たして疑問だったのだが、忌憚ない意見が載っていたことにびっくりした。

 ここに寄せられているドクターの意見は、一般大衆の“カートは体にいい”という信仰に真っ向から挑戦状をたたきつけている。カートが無くなれば、癌が大幅に減ると明言している。そして、カートの栽培の際に使われている、違法でとても殺傷能力が高い殺虫剤による中毒がおきなくなるため、それが原因でおこる病気がなくなると指摘しているのだ。(カートをほとんど洗わずにそのまま口に入れるため殺虫剤を舐めているに等しいのだ。>○<)そして、彼らはその直接的な影響だけでなく間接的な影響、つまり、これまでの回で説明してきたように、カートを噛むことによっておきる、生産性の低下、『悪の循環』を心配しているのだ。

『悪の循環』という言葉を理解してもらうには、ちょっと説明を加えなくてはならないだろう。“循環”になってしまうのには、カートを噛む時間とその効果の持続性に原因があるのだ。一般的には、彼らは昼食後にカートを噛みはじめるのであるが、葉っぱであるため、即効性・劇薬的効果はない。葉っぱを一枚そして一枚と口の中に蓄え、噛み漉していく過程で、徐々に覚醒をし始めるのだ。もちろん個人差があるし、噛み溜める量によっても効果が違うのだが、徐々に効き始めるのだ。彼らが、その効果を持続できるのも、異常なまでの頬のふくらみでも判るが、カートをずっと口の中に噛み溜めしているおかげなのだ。吸えば終わりのタバコとは違い、持続性がある。そして何よりも高いお金を出して購入したカートをそうやすやすと吐き出しはしない。だから夕方を越えて夜までずっと顔はハリセンボン状態なのだ。(^○^)

 前回【街に溢れかえる『癌患者』の症状とは? 『イエメン人にとっての麻薬』 シリーズ第二弾】で説明したように、頭が飛ぶというのはその効果の現れなのだが、覚醒の極みにいけばもちろん仕事どころではない。座って宙を見つめている方が安全というものであろう。(^○^)寝る時間が近づいてくれば、さすがに覚醒をとめないと眠れないと彼らも知っているのか、口の中で漉されたカートの葉っぱのカスをそこらじゅうの道端で吐き始めるのだ。しかしカートの効果はそんな数十分で消えるような生易しいものではない。数時間は持続する。結果は見えている。寝ようと思っても眠れない不眠症の人たちができあがるのだ。

 これは非常に問題なのだ。この手の不眠症の人たちは意識的な不眠症患者で、例えカートが原因だと思ってはいても、『カートは体にいい』と信じ込んでいる人たちなので、毎日同じ行動をとる。慢性的に不眠症になるのだ。もちろん毎日仕事があれば仕事にはいくが、その人たちが仕事を意欲的にこなすかこなさないかは、火を見るより明らかであろう。

 実際、職場の同僚で全く使えない人間は、カートの異常なまでの愛好者であるのだ。働かない、いや、働く意思など湧いてこないといったほうが正確かもしれない。その意識を毎日カートにより、常に不動のものとしているのだ。(悲しいかな)これこそ、『悪の循環』であろう。

新聞記事に戻ろう。

 この中にはカート業者のコメントも紹介されている。“カートにはイエメンの国民の大多数がなんらかの形で仕事に携わっており、それがなくなることは国民を苦しませ、悲しませることだ”と。確かに、カート生産業者、流通業者、販売業者、そしてそれを支える購入者を考えれば、そうコメントするのも否定はできないが、言葉を変えれば、麻薬で潤っている人たちを悲しませるから、と言っているのだ。このコメント自体、常軌を逸している。(>○<)

 実はこのカートの習慣は、その本人の体と精神を蝕むだけではない。その周囲の人たちにも深い関係がある。この特集記事には女性たちのとても興味深いコメントが載っている。

もし男性がカートをやめるなら、“こどもたちのためにお金を使えるし、夫婦喧嘩は確実に減るだろう”と先生であるカウカブは指摘する。学生のハナンによれば、“大学に行くことも可能になる”とも。そして21歳の女学生サハールによれば“今よりももっとましな生活ができる”と述べているのだ。

 カート購入がどれだけの負担を強いているか、家庭への影響を考えてみたい。近くにあるカート市場に行けば、様々な産地からのカートに出会えるが、品質および価格はピンきりなのだ。一袋は安いもので300リヤール〜、高いもので4000リヤールというものもあるのだ。一般公務員(イエメンでは安定しているかなり高い給料水準である)の所得一ヶ月150ドル(=30000リヤール)を例にすると、仮にその激安のカートを30日としても9000リヤール、約三分の一が消えていく。それだけの所得者が300リヤールということは考えにくいから、仮に500リヤールのカートとしても15000リヤール、つまり半分がカートに消えていく計算になるのだ。これは驚きの割合と言わねばならない。

 このしわ寄せが行くのは、悲しいかな彼の家族であり特に社会的弱者である女性なのだ。ただでさえ機会が開かれない女性への教育の機会まで奪ってしまうとは・・・、これを悲劇と呼ばずなんであろう(ほんとうに泣けてくる>○<)しかもここでコメントを寄せているのは、恵まれた環境の人であることはほぼ間違いない。女性でも定職についている、そして学校に通っているのはその証である。紙面には取り上げられることの無い大多数のイエメン人に至っては、どのような状況下にあるかを考えるとほんとうに心痛い。(>○<)

しかしながらこのカートの問題は、外部の人間がだったら無くせばいいじゃないかと考えるほど簡単に解決できる問題ではないのだ。

 イエメンが発展途上国といわれる理由。世界ではあたりまえのように禁止されている薬物が我がもの顔で氾濫し、またほとんどが意義を唱えない世界。心と体を蝕まれているのに気づこうとしない社会。

 自分はこれがゆえに、ある旅行書籍で何気なく取り上げられているカートの記事を見るとき、心が痛む。自分は、最初は噛んでみようと軽く考えていた頃もあった。しかし、カートに惑わされて、次々と起こる社会問題に盲目にならされている現状を知れば知るほど、なおのこと表面上でカートを彼らと一緒に噛み、『タマーム(アラビア語で、良い、の意)』とは決していいたくはないのだ。

(写真左から1,2枚目:有名大学新サナア大学の前にあるカート市場でカートに群れる男達)
(写真左から3,4枚目:有名大学旧サナア大学の裏手にあるカート市場でカートに群れる男達)
(写真右から3枚目:イエメンタイムズ紙の特集紙面)
(写真右から1,2枚目:世界遺産オールドサナアの街中で普通にカートタイムを楽しむ若者達。これが若者の現状である。>○<)

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2009/8/13(木) 午後 4:32 [ セックス ] 返信する

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